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忘れたい
第9話
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なんとなく落ち着かない気持ちで食事を終え、送るといってくれた崎本の車の中。
信号が黄色に変わり、ゆっくりと停車すると静かな車内で崎本の声が響いた。
「また今度……」
しかし崎本の言葉は、日葵のカバンの中から鳴った着信音に遮られた。
ディスプレイの表示は〝清水チーフ"。
そっと崎本を見ると、小さく息を吐いて「出て」と言葉を発した。
仕事以外の要件で電話があるはずがないと、日葵はゆっくりと通話ボタンを押す。
『お疲れ様。遅い時間に悪い』
少し疲れた壮一の言葉に、日葵も「お疲れ様です」と返した。
『今いい?』
いいかと聞かれれば、かなり微妙な空間だったが、そんなことも言えず日葵は「はい」と返事をした。
『明日からの名古屋なんだが』
「はい、柚希ちゃんが行く予定の?」
冷静に言葉を発することが出来ただろうか?そんなことを思いながら日葵は壮一の言葉の続きを待った。
『行ってくれないか?』
「え?私が名古屋の出張に泊りで?」
その言葉に「え?」と崎本が言葉を発して、日葵はチラリと崎本を見た。
『……誰かと一緒?』
静かに響いた壮一の声に、日葵は答えることが出来、話を逸らした。
「柚希ちゃんはどうしたんですか?」
『ああ、さっき熱を出したと連絡があった。柚希の代わりになるのは……申し訳ないが長谷川しか無理だから」
その言葉に日葵はギュッと唇をかみしめた。
仕事なのはもちろんわかる。断る権利も、権限ももちろんない。
体調を崩したのは柚希で、残念な思いをしているのも柚希だ。
「わかりました」
静かに答えると、「じゃあ詳細はメールする」それだけをいうと少しの無言のあと、無機質なトーン音が聞こえた。
日葵はその場に崎本がいることも忘れ、憂鬱な気持ちでスマホを見つめていた。
いつのまにか、いつも送ってもらう場所へと車は停車していた。
「すみません」
かなり自分の世界に入り込んでいた日葵は、ハッとして崎本を見た。
ハンドルをギュッと握りしめて、俯いていて崎本の表情は解り知れない。
「ありがとうございました」
なぜか重たい空気に、日葵は慌ててシートベルトを外すとドアノブに手をかける。
それと同時に後ろから腕を引き寄せられた。
ハッとして振り返ると、日葵は崎本の腕の中だった。
「え? 部長?」
その状況が理解できず日葵は戸惑いの声を上げた。
「行くな……って付き合ってても言えないけど、行って欲しくないな」
「あ……え……っと」
日葵は崎本の腕の中が落ち着かないことと、どう返事すべきかわからず言葉を止めた。
戸惑う日葵をよそに、じっと崎本に見つめられる。
そっと頬に手が触れ、顎を掬い上げられたところで、日葵は反射的に崎本の胸をおしていた。
「あの……」
「悪い」
そっと日葵から離れると、崎本は大きくため息を付いた。
「本当にごめん。もう行って」
日葵を見ることなく言われたその言葉に、ギュッと唇を噛むと日葵は言葉を発した。
「ありがとうございました」
それ以上何か言えるわけもなく、日葵は車を後にした。
信号が黄色に変わり、ゆっくりと停車すると静かな車内で崎本の声が響いた。
「また今度……」
しかし崎本の言葉は、日葵のカバンの中から鳴った着信音に遮られた。
ディスプレイの表示は〝清水チーフ"。
そっと崎本を見ると、小さく息を吐いて「出て」と言葉を発した。
仕事以外の要件で電話があるはずがないと、日葵はゆっくりと通話ボタンを押す。
『お疲れ様。遅い時間に悪い』
少し疲れた壮一の言葉に、日葵も「お疲れ様です」と返した。
『今いい?』
いいかと聞かれれば、かなり微妙な空間だったが、そんなことも言えず日葵は「はい」と返事をした。
『明日からの名古屋なんだが』
「はい、柚希ちゃんが行く予定の?」
冷静に言葉を発することが出来ただろうか?そんなことを思いながら日葵は壮一の言葉の続きを待った。
『行ってくれないか?』
「え?私が名古屋の出張に泊りで?」
その言葉に「え?」と崎本が言葉を発して、日葵はチラリと崎本を見た。
『……誰かと一緒?』
静かに響いた壮一の声に、日葵は答えることが出来、話を逸らした。
「柚希ちゃんはどうしたんですか?」
『ああ、さっき熱を出したと連絡があった。柚希の代わりになるのは……申し訳ないが長谷川しか無理だから」
その言葉に日葵はギュッと唇をかみしめた。
仕事なのはもちろんわかる。断る権利も、権限ももちろんない。
体調を崩したのは柚希で、残念な思いをしているのも柚希だ。
「わかりました」
静かに答えると、「じゃあ詳細はメールする」それだけをいうと少しの無言のあと、無機質なトーン音が聞こえた。
日葵はその場に崎本がいることも忘れ、憂鬱な気持ちでスマホを見つめていた。
いつのまにか、いつも送ってもらう場所へと車は停車していた。
「すみません」
かなり自分の世界に入り込んでいた日葵は、ハッとして崎本を見た。
ハンドルをギュッと握りしめて、俯いていて崎本の表情は解り知れない。
「ありがとうございました」
なぜか重たい空気に、日葵は慌ててシートベルトを外すとドアノブに手をかける。
それと同時に後ろから腕を引き寄せられた。
ハッとして振り返ると、日葵は崎本の腕の中だった。
「え? 部長?」
その状況が理解できず日葵は戸惑いの声を上げた。
「行くな……って付き合ってても言えないけど、行って欲しくないな」
「あ……え……っと」
日葵は崎本の腕の中が落ち着かないことと、どう返事すべきかわからず言葉を止めた。
戸惑う日葵をよそに、じっと崎本に見つめられる。
そっと頬に手が触れ、顎を掬い上げられたところで、日葵は反射的に崎本の胸をおしていた。
「あの……」
「悪い」
そっと日葵から離れると、崎本は大きくため息を付いた。
「本当にごめん。もう行って」
日葵を見ることなく言われたその言葉に、ギュッと唇を噛むと日葵は言葉を発した。
「ありがとうございました」
それ以上何か言えるわけもなく、日葵は車を後にした。
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