I Still Love You

美希みなみ

文字の大きさ
上 下
18 / 59
優しくしないで

第5話

しおりを挟む
それからの日々は忙しく、バタバタとした時間を過ごし、日葵は隣に住む壮一の顔をほとんどみることがなかった。

会社では厳しくもみんなを引っ張て行く壮一のおかげで、ずいぶん業務も円滑に進むようになっていた。

「長谷川さん、ここって」
可愛らしい一つ後輩の榊原柚希の声に、日葵は振り返る。

「ああ、この数字の計上はここのファイルから……」
パソコンの画面を操作しつつ、日葵は柚希を見た。

「ああ!ありがとうございます」
素直で仕事の飲み込みも早い柚希は、あっという間に部署にも馴染み、日葵も本来の自分の仕事に集中できるようになっていた。

「柚希!ちょっと!」
気になることと言えば、壮一が呼ぶこの言葉。
もともと総務部にいた柚希を、壮一が連れてきて以来、壮一は柚希の事をたまに呼び捨てにする。

もちろん、普段はきちんと部下との距離を取っている壮一が、ふとしたときに呼ぶその名前。

(別にいいじゃない。どう呼ぼうが……)

昔から女の人に言い寄られすぎて、苦手なのではと勝手に思っていた自分に日葵はため息をついた。
よくよく考えれば、香水のにおいや、派手な人が苦手なだけで、壮一が女嫌いだったわけではない。

肩の上できれいに切りそろえられたブラウンの髪、人懐っこいくりくりした瞳、服装もどちらかといえばカジュアルで、150cmを少し超えたぐらいの柚希は本当に可愛らしい女の子だった。

壮一の部屋に消えていった柚希を見ていたことに気づいて、日葵はハッとして視線を自分のパソコンへと向ける。

別に壮一が幸せになることすら許せないわけではない。
自分にそう言い聞かせて、受話器を取る。

リリース日がきまり、その日ははマスコミ各社を呼び、盛大なイベントを行う予定になっている。

そのイベント会社との打ち合わせが今日は入っていた。

受付にその事を伝えて、もう一度資料を確認していたところに、柚希が自分のところに来るのがわかった。

「長谷川さん、これチーフからです」

「ありがとう」
自分が確認を頼んであった資料だと分かり、日葵はそれに視線を向けた。

「柚希ちゃんは大丈夫だった?チーフに呼ばれていたけど」
柚希を心配しているような言い方をしたが、どうしてこの資料も柚希に頼むの?そんな気持ちが自分の中で見え隠れし嫌気がさす。

「はい、印鑑を頼んでいた書類をもらっただけなので。チーフって優しいですよね」
その言葉に、反射的に柚希の顔をみてしまい、しまった!と日葵はデスクの下で手を握りしめる。

「そう……だね」
不自然に揺れてしまった言葉を、柚希に悟られただろうか?
そんな心配を他所に柚希はニコリと笑った。

「ここの皆さん、いい人ばかりで嬉しいです」
純粋に移動してきて不安だろう柚希に、こんな自分勝手な思いを抱いてしまった事に、日葵は自己嫌悪に陥る。

「そっか、柚希ちゃんが来てくれて本当に助かった」
なんとか言葉を発した日葵に、柚希は嬉しそな笑顔を浮かべると自分の席へと戻っていった。

(何をやってるのよ……)

一人になり、机に顔を埋めると日葵は大きくため息を付く。
どうしても壮一の言葉や行動に振り回せれている気がして、嫌気がさす。

(なんの感情も持ちたくないのに……)

過去は過去として、大人なのだがら同僚として上司と部下として、他の会社の人と同じように接しなければいけないといけない事は、日葵もわかっていた。
それができず感情が揺さぶられることが、日葵には耐えられなかった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

獣人騎士団長の愛は、重くて甘い

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:3,174pt お気に入り:1,247

【完結】ホテル王の甘く過激なご要望♡

恋愛 / 完結 24h.ポイント:49pt お気に入り:138

ローズガーデン

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:80

恋は媚薬が連れてくる

恋愛 / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:141

おっさんの転生Remake〜最速の冒険者になって第二の人生ReStart

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:255pt お気に入り:206

BLゲームの世界に転生したら騎士二人の♂♂の受けとなった。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:241pt お気に入り:2,795

善界の狗

BL / 連載中 24h.ポイント:35pt お気に入り:33

処理中です...