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優しくしないで
第3話
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「後は明日のスケジュール…」
自分のブースで事務仕事をしていた日葵は、小さく息を吐いた。
時計は22時を回っても、夕方から始まった打ち合わせは終わらないようだ。
ストーリはもちろん、キャラクターのデザインなど、細かな修正や打ち合わせは日葵が入ったところでなにもわからない。
小さいころから父がパソコンに向かうのが当たり前だった日葵だが、その才能は受け継がなかったと自分でも思っている。
理系よりは文系。
そんな自分が少しだけもどかしい時期もあった。
「長谷川!」
静かなフロアに響いた声に、日葵はそんな思考をシャットアウトすると、びくりと背筋を伸ばした。
「まだいたのか……」
壮一のその声に日葵はグッと唇を噛む。
「すみません」
「嫌、もうこんな時間だろ……」
呟くように言った壮一の声が、ため息とともに消える。
「待ってろ」
それだけが聞こえたと思うと、壮一はすぐにいなくなった。
(待ってろって言った?)
その言葉に日葵は自分の心臓が煩くて、落ち着かなくなる。
「長谷川!行くぞ」
「え?」
ジャケットを手に戻ってきた壮一を見て、日葵は驚いて立ち上がった。
「もう終われ!明日でいい」
プライベートの壮一ではなく、長谷川と呼ぶこと、壮一を纏う雰囲気が完全に仕事であることに、これ以上言い合いをすることもできず、日葵も素直に従うしかなかった。
無言でエレベーターに乗ると、迷うことなく壮一は地下駐車場のボタンを押した。
「車なんですか?」
無意識に言葉を発していて、日葵は慌てて口を押させた。
「ああ、終電にのれないことも多いからな」
普通に返ってきた言葉に、日葵も納得する。
不規則な就業を強いられる壮一は、電車では大変だろう。
(あれ?)
ふと、朝崎本に言われたことを思い出す。
「でも、今日部長に……」
そこまで言ったところで、音もなくエレベータのドアが開き壮一が颯爽と歩いて行く。
その後を、日葵も慌てて追う。
「きゃ!」
急いで歩こうとして、バランスを崩した日葵の目に、慌てた壮一が目に入る。
「悪い」
不意に暗くなった視界の上から聞こえた声に、日葵は息を飲んだ。
転ぶことはなく、抱きしめられるように支えられた上に、聞こえた謝罪の言葉。
「いえ、私こそ……」
慌てて体制を整えると、日葵は壮一から離れた。
それから壮一の歩くスピードが遅くなったことに、日葵は驚いて隣の人をチラリと盗み見た。
「なに?」
昔より男っぽくなったその顔は、不機嫌そうなものではなく日葵はホッとした。
「いえ、昔なら早くしろっていわれてばかりだったから驚いて……」
つい発してしまった自分の言葉に、日葵は後悔するも、その言葉に対する壮一の返事はなく、少し複雑な表情を浮かべた気がした。
「乗って」
目の前に現れた、白のドイツ車に日葵は躊躇しつつも乗り込む。
正直頭痛も相変わらずだったし、雨も本降りになっており、送ってもらえるのはありがたかった。
すっぽりと包み込まれるような、座席に日葵は安堵の息を吐いた。
しばらく無言の時間が続くも、何を話していいのかわからず日葵は黙り込んでいた。
「さっきの……」
不意に言葉を発した壮一に、日葵はチラリと視線を向ける。
真っすぐに前を向いたまま、トントンとハンドルを指で叩いている。そんな横顔もやはり綺麗で日葵は無意識にジッと見つめていた。
「さっき、朝崎本部長に会ったって言った?」
「え?」
そんな向葵に構う事なく問いかけられ、日葵は「ああ」と視線を窓の外へと向けた。
この話題を無意識に話してしまった自分を後悔してももう遅い。
どうして壮一と崎本が顔を会わせたのかも、そしてどんなつもりで崎本にあんなことを言ったのか……。
その返答は、日葵にとってどういうものであれ、聞きたくない気がした。
「どこで会った?崎本さんと」
「……駅で」
呟くように答えた日葵は、壮一が大きく息を吐くのがわかった。
「駅ね」
その意味深な言葉の意味が解らず、日葵は壮一をみた。
「どういうこと?」
「崎本部長は車だろ」
その言葉に、崎本はわざわざ日葵と話すためにあそこにいた事は想像がつく。
そして、壮一にもその事がわかったのだろう。
この間の壮一の『付き合っているのか』という問いに対する答えはNOだ。
しかし、何もないと言えるかと言われれば、それもNOなのかもしれない。
明らかに好意を伝えられている人に対して、返事を保留にしていることは、もはや何もないとは言えない。
それは日葵にもわかっていた。
だが、しかしそれを今壮一に説明する気はなかった。
自分のブースで事務仕事をしていた日葵は、小さく息を吐いた。
時計は22時を回っても、夕方から始まった打ち合わせは終わらないようだ。
ストーリはもちろん、キャラクターのデザインなど、細かな修正や打ち合わせは日葵が入ったところでなにもわからない。
小さいころから父がパソコンに向かうのが当たり前だった日葵だが、その才能は受け継がなかったと自分でも思っている。
理系よりは文系。
そんな自分が少しだけもどかしい時期もあった。
「長谷川!」
静かなフロアに響いた声に、日葵はそんな思考をシャットアウトすると、びくりと背筋を伸ばした。
「まだいたのか……」
壮一のその声に日葵はグッと唇を噛む。
「すみません」
「嫌、もうこんな時間だろ……」
呟くように言った壮一の声が、ため息とともに消える。
「待ってろ」
それだけが聞こえたと思うと、壮一はすぐにいなくなった。
(待ってろって言った?)
その言葉に日葵は自分の心臓が煩くて、落ち着かなくなる。
「長谷川!行くぞ」
「え?」
ジャケットを手に戻ってきた壮一を見て、日葵は驚いて立ち上がった。
「もう終われ!明日でいい」
プライベートの壮一ではなく、長谷川と呼ぶこと、壮一を纏う雰囲気が完全に仕事であることに、これ以上言い合いをすることもできず、日葵も素直に従うしかなかった。
無言でエレベーターに乗ると、迷うことなく壮一は地下駐車場のボタンを押した。
「車なんですか?」
無意識に言葉を発していて、日葵は慌てて口を押させた。
「ああ、終電にのれないことも多いからな」
普通に返ってきた言葉に、日葵も納得する。
不規則な就業を強いられる壮一は、電車では大変だろう。
(あれ?)
ふと、朝崎本に言われたことを思い出す。
「でも、今日部長に……」
そこまで言ったところで、音もなくエレベータのドアが開き壮一が颯爽と歩いて行く。
その後を、日葵も慌てて追う。
「きゃ!」
急いで歩こうとして、バランスを崩した日葵の目に、慌てた壮一が目に入る。
「悪い」
不意に暗くなった視界の上から聞こえた声に、日葵は息を飲んだ。
転ぶことはなく、抱きしめられるように支えられた上に、聞こえた謝罪の言葉。
「いえ、私こそ……」
慌てて体制を整えると、日葵は壮一から離れた。
それから壮一の歩くスピードが遅くなったことに、日葵は驚いて隣の人をチラリと盗み見た。
「なに?」
昔より男っぽくなったその顔は、不機嫌そうなものではなく日葵はホッとした。
「いえ、昔なら早くしろっていわれてばかりだったから驚いて……」
つい発してしまった自分の言葉に、日葵は後悔するも、その言葉に対する壮一の返事はなく、少し複雑な表情を浮かべた気がした。
「乗って」
目の前に現れた、白のドイツ車に日葵は躊躇しつつも乗り込む。
正直頭痛も相変わらずだったし、雨も本降りになっており、送ってもらえるのはありがたかった。
すっぽりと包み込まれるような、座席に日葵は安堵の息を吐いた。
しばらく無言の時間が続くも、何を話していいのかわからず日葵は黙り込んでいた。
「さっきの……」
不意に言葉を発した壮一に、日葵はチラリと視線を向ける。
真っすぐに前を向いたまま、トントンとハンドルを指で叩いている。そんな横顔もやはり綺麗で日葵は無意識にジッと見つめていた。
「さっき、朝崎本部長に会ったって言った?」
「え?」
そんな向葵に構う事なく問いかけられ、日葵は「ああ」と視線を窓の外へと向けた。
この話題を無意識に話してしまった自分を後悔してももう遅い。
どうして壮一と崎本が顔を会わせたのかも、そしてどんなつもりで崎本にあんなことを言ったのか……。
その返答は、日葵にとってどういうものであれ、聞きたくない気がした。
「どこで会った?崎本さんと」
「……駅で」
呟くように答えた日葵は、壮一が大きく息を吐くのがわかった。
「駅ね」
その意味深な言葉の意味が解らず、日葵は壮一をみた。
「どういうこと?」
「崎本部長は車だろ」
その言葉に、崎本はわざわざ日葵と話すためにあそこにいた事は想像がつく。
そして、壮一にもその事がわかったのだろう。
この間の壮一の『付き合っているのか』という問いに対する答えはNOだ。
しかし、何もないと言えるかと言われれば、それもNOなのかもしれない。
明らかに好意を伝えられている人に対して、返事を保留にしていることは、もはや何もないとは言えない。
それは日葵にもわかっていた。
だが、しかしそれを今壮一に説明する気はなかった。
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