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再会するということ
第2話
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「長谷川さん、食事でもどう?」
日葵は声をかけてきてくれた男性に、申し訳なさそうに頭を下げた。
「ありがとうございます。でも……すみません」
決まり文句のようになってしまっている自分自身を嫌悪しつつ、日葵は頭を下げた。
「そうか……彼がやっぱりいるの?」
諦めきれなさそうなその人に、日葵は肯定とも否定ともとれないだろう、曖昧に頷いてもう一度小さく頭を下げた。
「日葵、また?」
化粧室から出ると、急に声を掛けられた日葵は、後からでてきた同僚の佐奈に気まずそうな表情を浮かべた。
「だって……」
「とりあえず食事ぐらいいいじゃない?今のひと、営業部でも人気のある人よ?」
その人の後姿はもうなかったが、佐奈はその方を見ながら日葵に声をかけた。
「日葵はさ、そんなにきれいなんだから。恋愛の一つもしないともったいないわよ」
肩をすくめながら言った佐奈の言葉に、日葵は自嘲気味な笑顔を浮かべた。
「きれいになった……か」
綺麗になった原因が、壮一という事は日葵としては認めたくなかったが、壮一がなにも言わずアメリカに行ってしまった後、日葵は自分でも驚くほど落ち込んだ。
そのおかげというわけではないが、思春期の少し太めだった日葵は、体重が落ち、壮一がいなくなった喪失感を勉強や、ダンスで埋めることで、結果今となっては自分磨きができたように思う。
今ではあの頃とは違い、きちんとメイクをし、髪も伸ばしている。もちろんヒールの靴だって履くようになった。
「それはそうと、プロジェクトの進行はどう?」
佐奈の言葉に、日葵は真面目な表情に戻すと佐奈を見た。
「ある程度のところまでは来てるかな。開発自体は順調だし、シナリオライターさんも優秀な人だし、チーフとして音楽担当の人もうすぐ新しく入って来るって聞いてるしね」
日葵はそれらの進行の管理や、外注スタッフとの間に入ったりと、プロジェクトでの雑務などを一手に引き受けている。
もともと副社長の娘という事は一切伏せて入社しているし、誠も娘だからとひいきをするような父親ではない。
当初は営業で入社したが、どうしても新しくできるアプリゲームに携わりたくて移動願を出していて、ようやくそれがかなったのが3カ月前だ。
大企業が新たに参入するということで、注目度も高く、まず初めに大手のゲーム機のソフト販売から始まり、そのあとはネットやスマホと続々とリリース予定だ。
動き出したこのプロジェクトは社運をかけるほどの、費用が投資される。
日葵としてもなんとしても成功させたかった。
そしと普通のフロアとは異なり、個々で仕事をすることの多いこの部署は、各自のブースが仕切られている。
その奥にはミーティングルームはもちろん、仮眠用の部屋や、シャワーブースも完備されている。
フロアの入り口の自動ドアを抜け、その中でも個室になっている一つの部屋へ、日葵は足を踏み入れた。
新しく入って来るのは、チーフであり事実上現場での責任者だ。
もちろん、もっと上の人間も関わっているが、現場で作業をしてこのゲームを作るうえでは、技術者が必須だ。
(うん、大丈夫ね)
数十人のスタッフがいるこの部署で、円滑にみんなのサポートをするのが日葵の仕事だ。
海外とのやり取りもあるため、言語力を活かせるのも嬉しかった。
こういったところは母の影響もあるのかもしれない。そんな事を思いながら、準備を終えると、日葵は村瀬にへと声をかけた。
「村瀬さん、準備はOKですよ」
「ああ、ありがとう。もうすぐ来ると思うから」
クルリと椅子を回転させ、パソコンから視線を外すと、眼鏡の奥の人懐っこい笑顔が微笑んでいた。
「はい。それはそうと名刺作りたいので、名前を……」
そこまで言ったところで、なぜか昔感じたことのあるざわめきが聞こえ、日葵はビクッと体をこわばらせた。
「元春」
開いていた自動ドアが閉まると同時に、そのざわめきは聞こえなくなったが、聞き覚えのある、低くて甘い声に日葵は背筋が冷たくなるのを感じた。
「おお。壮一。待ってたよ」
そう言って目の前の村瀬が立ち上がるのと同時に、日葵は目の前が真っ白になるのが解り、遠くから聞こえた自分を呼ぶ懐かしい声に、なぜか涙が零れ落ちた。
日葵は声をかけてきてくれた男性に、申し訳なさそうに頭を下げた。
「ありがとうございます。でも……すみません」
決まり文句のようになってしまっている自分自身を嫌悪しつつ、日葵は頭を下げた。
「そうか……彼がやっぱりいるの?」
諦めきれなさそうなその人に、日葵は肯定とも否定ともとれないだろう、曖昧に頷いてもう一度小さく頭を下げた。
「日葵、また?」
化粧室から出ると、急に声を掛けられた日葵は、後からでてきた同僚の佐奈に気まずそうな表情を浮かべた。
「だって……」
「とりあえず食事ぐらいいいじゃない?今のひと、営業部でも人気のある人よ?」
その人の後姿はもうなかったが、佐奈はその方を見ながら日葵に声をかけた。
「日葵はさ、そんなにきれいなんだから。恋愛の一つもしないともったいないわよ」
肩をすくめながら言った佐奈の言葉に、日葵は自嘲気味な笑顔を浮かべた。
「きれいになった……か」
綺麗になった原因が、壮一という事は日葵としては認めたくなかったが、壮一がなにも言わずアメリカに行ってしまった後、日葵は自分でも驚くほど落ち込んだ。
そのおかげというわけではないが、思春期の少し太めだった日葵は、体重が落ち、壮一がいなくなった喪失感を勉強や、ダンスで埋めることで、結果今となっては自分磨きができたように思う。
今ではあの頃とは違い、きちんとメイクをし、髪も伸ばしている。もちろんヒールの靴だって履くようになった。
「それはそうと、プロジェクトの進行はどう?」
佐奈の言葉に、日葵は真面目な表情に戻すと佐奈を見た。
「ある程度のところまでは来てるかな。開発自体は順調だし、シナリオライターさんも優秀な人だし、チーフとして音楽担当の人もうすぐ新しく入って来るって聞いてるしね」
日葵はそれらの進行の管理や、外注スタッフとの間に入ったりと、プロジェクトでの雑務などを一手に引き受けている。
もともと副社長の娘という事は一切伏せて入社しているし、誠も娘だからとひいきをするような父親ではない。
当初は営業で入社したが、どうしても新しくできるアプリゲームに携わりたくて移動願を出していて、ようやくそれがかなったのが3カ月前だ。
大企業が新たに参入するということで、注目度も高く、まず初めに大手のゲーム機のソフト販売から始まり、そのあとはネットやスマホと続々とリリース予定だ。
動き出したこのプロジェクトは社運をかけるほどの、費用が投資される。
日葵としてもなんとしても成功させたかった。
そしと普通のフロアとは異なり、個々で仕事をすることの多いこの部署は、各自のブースが仕切られている。
その奥にはミーティングルームはもちろん、仮眠用の部屋や、シャワーブースも完備されている。
フロアの入り口の自動ドアを抜け、その中でも個室になっている一つの部屋へ、日葵は足を踏み入れた。
新しく入って来るのは、チーフであり事実上現場での責任者だ。
もちろん、もっと上の人間も関わっているが、現場で作業をしてこのゲームを作るうえでは、技術者が必須だ。
(うん、大丈夫ね)
数十人のスタッフがいるこの部署で、円滑にみんなのサポートをするのが日葵の仕事だ。
海外とのやり取りもあるため、言語力を活かせるのも嬉しかった。
こういったところは母の影響もあるのかもしれない。そんな事を思いながら、準備を終えると、日葵は村瀬にへと声をかけた。
「村瀬さん、準備はOKですよ」
「ああ、ありがとう。もうすぐ来ると思うから」
クルリと椅子を回転させ、パソコンから視線を外すと、眼鏡の奥の人懐っこい笑顔が微笑んでいた。
「はい。それはそうと名刺作りたいので、名前を……」
そこまで言ったところで、なぜか昔感じたことのあるざわめきが聞こえ、日葵はビクッと体をこわばらせた。
「元春」
開いていた自動ドアが閉まると同時に、そのざわめきは聞こえなくなったが、聞き覚えのある、低くて甘い声に日葵は背筋が冷たくなるのを感じた。
「おお。壮一。待ってたよ」
そう言って目の前の村瀬が立ち上がるのと同時に、日葵は目の前が真っ白になるのが解り、遠くから聞こえた自分を呼ぶ懐かしい声に、なぜか涙が零れ落ちた。
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