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第8話 偉人の銘
しおりを挟む「ぐおぉぉぉ……テメっ、急に何しやがる!」
余程痛かったのか腹部を押さえて憤るチャラ男。
この反応からして『鉄血』は使われていない様子。まぁ、知っててやったんだけど。
あとやり過ぎたのは百歩譲って認めるけどそれはお互い様……なわきゃない。先に私を怒らせたコイツが100パー悪い。
てなわけで、早速私とチャラ男は睨み合いを開始、のはずが……
「お姉様お姉様っ! こちらのお棒様は一体何物ですか!? 見た目は太くて硬そうなのに何故伸びるのか不思議っ!」
険悪ムードな私たちを余所に、あの大人びた娘が〝あるもの〟に興味を示しては子どもみたいに燥ぎだした。
完全に足を止め、両の瞳を輝かせて食い入るように私の棍を見つめるティナちゃん。
どうやら『ゴクウの棍』に大変興味がおありの様子。まぁ……意外だ。
そんな彼女の意外な一面を見て驚いたチャラ男は、私の棍をチラ見するなり一言呟く。
「まぁ確かに、こんな武器見たことねぇな……」
そう呟いたら気になったのか、憤っていたはずのチャラ男までもが私の棍を食い入るように見始めてしまい、仕方なく棍を見せていたら急に二人から説明を求められたのでこちらも仕方なく、仕方な~く説明することにした。但し、時間が勿体ないので歩きつつだが……
「……へぇ、お前武器職人だったのか。つーかとんでもねぇスキルなのは分かったけどよ、その〝イジン〟ってのがいまいちよく分かんねぇ」
チャラ男の言葉に〝いまいち〟なのか〝よく〟なのかはっきりしろ! と思ったが口には出さずにおき、コイツに同調して何度も頷くティナちゃんにも分かるよう【偉人】とは何かを簡単に説明した。
偉人とは、この世界でいう〝賢者〟〝聖女〟〝剣聖〟〝豪商〟のように偉業を成した人物を指し、要は【英雄】と呼ばれる者たちのことである。
補足として、【勇者】と【魔王】だけは勝手に名乗ったり名付けたりすることはできない。何故なら【神】に罰せられるからだ。
とはいえ、言い伝えなだけで理由はおろか真偽の程も定かではないが。
「なるほど……偉人様については理解いたしました。それとこちらは確認なのですが、偉人様たちがご愛用されていた武器に宿りし魂をお姉様の潜在スキルによって召喚・同系統の武器に宿すことができる、というものなのですね?」
「うんっ、そうだよ! といっても無銘の武器に限るけどね! あっ、無銘っていうのは──」
その後も説明を続けたが、主な内容は〝無銘とは何か〟ということと武器のランク……通称〝器階〟について。
先ず無銘とは何か。
謂わゆる〝量産品〟と呼ばれるもので名称や工房印が刻まれていない、武器屋や一部の武器工房で売られているなかでも〝ごくありふれた武器〟のことを指す。
例えば銅の剣や鉄の斧といった具合に、主な素材と武器の種類のみで表示・取引されているのが一般的だ。
続いて〝器階〟についてだが、武器は主に〝無銘〟と〝在銘〟に分かれており、在銘とは名称または工房印が刻まれているということ。
加えて在銘は〝賜物〟〝上賜物〟〝上々賜物〟〝最上賜物〟の四種に分類され、後に行くほどより上位の武器となっている。
量産品である無銘とは違い、在銘は一点ものばかりで同じ品はほぼない。というよりも、造りたくても造れないというのが現状。
その理由は造り手の技量や調子以外にも、素材の状態や火加減など様々な条件が重なり合わなければ造ることができず、同じ条件を揃えることは非常に困難とされているからだ。
それは一流の武器職人でも例外ではなく、同じ品はおろか在銘できるほどの武器を造ること自体、年間を通しても両手で数えられる程度だと云われている。
なので当然、無銘よりも在銘の方が段違いに質が高く強い。見た目は殆ど変わらないのにね。
因みに〝聖剣〟や〝魔剣〟は在銘だが賜物に在らず。
どうやら〝古代武器〟のようだがそれ以上のことは幾ら調べても分からなかった。あぁ、一度でいいから見てみたい。
「──とまぁ、大体こんな感じ……あ、そうだ。潜在スキルの件は絶対内緒でお願いね?」
「はい、お姉様。誰にも話さないと誓います」
「……ふんっ」
ティナちゃんは言わずもがな、曖昧な態度を取ったチャラ男もきちんと顔に書いてある。俺も話したりなんかしないぞ、って。
その顔を見て、素直じゃないなぁ~と思うとともに、ほんの少しだけチャラ男と仲良くなれそうな気がした。まっ、これも内緒だけどね。
長い説明を漸く終え、ふと周りに目を向けるとあることに気づく。
あの時以降の襲撃はなかったが、代わりに路上を歩く住人たちから見られ捲っていることに。
だがそれもそのはずだと、ティナちゃんを見て納得した。
天使のような顔に天使のような衣装、まさに天使が歩いているようなものなのだから見ないなどあり得ない! ……と。
そんなことを思いつつ鼻を高くして歩いていたところ、件の彼女から到着の報せが入る。
「着きましたお姉様。あちらが隠れ家になります」
ティナちゃんの白く綺麗な手が指し示す方に顔を向けると、そこにはいつ倒壊してもおかしくないほどに古びた酒場が。
こ、これ、中へ入っても大丈夫なの……? と不安になりながらも、平然と先を歩く彼女に続いて足を踏み入れる。すると突然……
「おかえりなさいませ、お嬢様」
そう告げて頭を下げたのはチャラ男と同様に黒服で身を包んだ知的に眼鏡を掛けた男。
そしてそのすぐ後ろでは同じく黒服の屈強な大男と細目の優男も共に頭を下げていた。
三人とも深々とお辞儀をしており、その深く丁寧なお辞儀姿に私が呆気に取られていると、頭を上げた知的男とバッチリ目が合ってしまう。
「……ところでお嬢様、そちらの女性はどなたでしょうか?」
私と目を合わせたままティナちゃんに質問する知的男に対し、彼女は私のことをこう紹介した。
「ふふっ、よくぞ聞いてくださいました。この方は私のお姉様です。決してご無礼なきように」
予想外すぎるティナちゃんの発言に驚いた私は「え゙ぇ~っ!?」と思わず大声を上げてしまい、絶対睨まれると覚悟して三人の男に目を向ける。
しかし、睨まれるどころか怪しむ様子もなく、ただ「かしこまりました」とだけ返事をして再度頭を下げる男たち。す、凄い、なんて忠誠心なの……
ただまぁ、私の後ろで「チッ」って舌打ちするムカつくヤツもいるけどね。コイツには是非ともあの三人を見習ってもらいたいものだ。
その後は建物の奥に通され、一際大きな丸テーブルを囲むよう椅子に座って話し合いを開始。
先ずは「皆さん、誠に申し訳ございませんでした……」と心からの謝罪を述べたティナちゃんが今に至るまでの経緯を口にした。
その経緯とは今朝の出来事を指し、みんなへの負担を減らすために単独行動を、それも襲われる確率の低い早朝に動いたのだが運悪く二人の悪漢に捕まり拉致されかけ、そこを運良く通り合わせた私に助けられたってことだ。
みんなを想っての行動だったためか、誰一人として意見や文句を言う者はおらず、寧ろ申し訳なさそうな表情を見せる男たち。
しかも意外なことに、あのチャラ男ですらしょぼーんと落ち込んでしまっている。
まっ、それもそうか……幾ら知らなかったとはいえ、ご主人様を守れなかったのは事実なんだから。
……沈黙が流れ、同時に気不味い雰囲気が私たち全員を包み込む。
けれど、この雰囲気をどうにか変えなきゃ! と思い立ち、思い切って話題を変えることにした。
「そっ、そういえばさ! ティナちゃんは誰のとこへ行こうとしてたの!? この街の武器職人なら大体知ってるよ私っ!」
それからすぐ、私の左隣から小声で「下手クソか」と聞こえてきた……が、完っ全に無視してティナちゃんからの反応を待つ。
すると、彼女は知的男とアイコンタクトでなんらかのやり取りをした後、一度だけ頷いてからゆっくりと口を開く。
「……イリア様です」
「へぇ~、そうなんだぁ。イリアさんだったのかぁ……へ?」
この時、彼女の口から出た思いも寄らぬ人物の名に驚いた私は、「え? あ、え?」と言いながら目を泳がせるほどに動揺してしまい……──
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