放課後、秘めやかに

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十二月某日【お前の口から聞かせて】蓮見

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 合格の連絡が来た。
 担任からさらりと伝えられたそれを、俺は誰よりも先に鴫野に知らせたくて、すぐにメッセージを送った。 
『合格した』
 メッセージにはすぐに既読がついた。
『おめでとうございます!』
 間を開けず返ってきた返信に頬が緩む。
『ありがと。また放課後な』
 もうすぐ休み時間が終わる。それだけ送って、スマートフォンをリュックの中にしまった。
 早く放課後になればいいのにと思いながら窓の外に視線を投げた。快晴の空、眩しい日差し。風もなく穏やかな天気の外の景色を眺めていると、これから授業を受けるのが馬鹿らしくなる。
 あいつと、どこか出かけたいなんて、ぼんやり考えていると授業開始のチャイムが鳴った。

 あれから一日中そわそわしている。
 六限の授業の後、ホームルームが終わって、掃除を上の空で終わらせて。俺は荷物を引っ掴んで教室を飛び出した。
 鴫野はいつもの場所で待っていた。壁に寄りかかって、スマートフォンを弄っている。
「鴫野」
 呼ぶと、鴫野はすぐに顔を上げた。
「お前んち、いくぞ」
 鴫野の顔を見るなり腕を掴んで引っ張る。おもちゃ売り場の子供みたいだと思いながらも、逸る心は止められない。
「……っす」
 鴫野は何も言わずついてきた。
 鴫野の部屋に着くなり、俺は鴫野に抱きついた。鴫野の匂いがする部屋。鴫野の首筋に鼻先を押し付けて、鴫野の匂いを肺いっぱいに吸い込む。
 変態くさいとはわかっているけど、止められない。多分匂いフェチなんだろうと思う。好きな奴の匂いはいっぱい吸いたい。
「先輩?」
「甘えちゃダメかよ」
「や、いいっすよ。ただ」
 あ、やばい、引かれたかも。
「ここだとアレなんで、ベッド行きましょ」
 耳元に吹き込まれる鴫野の声は低く甘くて、腰が砕けるかと思った。
 抱き合ったままそろそろとベッドのそばまで行って、倒れ込むと、受け止めたスプリングが苦しげに軋んだ。
「先輩、合格おめでとうございます」
 鴫野は苦しいくらいに抱きしめてくれた。温度も匂いも濃くなって、頭の中がぼんやりとしてくる。
「ん」
「俺なんかが言うのもあれですけど、頑張りましたね」
「ん」
 素っ気ない返事をしてしまうけど、嬉しい。ただただ鴫野に与えられるものを享受したくて、鴫野に擦り寄る。
「先輩?」
「しぎの、して」
「いいんすか」
「おれが、してーの」
 俺の声に反応して、鴫野が喉を鳴らす。わかりやすすぎ。でも、それで興奮してくれるのが嬉しくもある。
「しぎの、な、はやく」
 俺ばっかりしたいみたいで嫌なのに、体が熱くて止められない。
「準備、してある、から、はやく、しろ、よぉ」
 早く触ってほしくて、甘えた声を上げてしまう。こんなかわいくもない声、出したいわけじゃないのに。
「ほんと、あんた、それ、反則ですよ」
 鴫野は俺をシーツに押し付け、のそりと俺に跨って覆い被さる。
 俺を見下ろす眠そうな目は欲情で濡れている。
 伸ばした手で鴫野の頭を引き寄せて、唇を重ねる。合わせた唇を深く重ねて、舌を捩じ込んで誘う。
 はやく、俺のことをぐちゃぐちゃにしてほしくて、わざと音を立てて唾液を混ぜる。鴫野の肉厚な舌が躊躇いがちに俺の舌を撫でるだけで、背筋を甘いものが駆け抜ける。
 まだキスだけなのに、俺の身体は期待で熱くなって、勝手に感じた快感に昂り、張り詰めていた。
 思わず膝を擦り合わせてしまう。
 何度も角度を変えて、舌を絡めて、唾液を混ぜて飲み込む。鴫野の味がする。鴫野の、甘い味。
「っ、は、先輩」
「ん、ふぁ」
 そっと解放された唇は心なしか甘く痺れていた。
「熱烈、すね」
 鴫野が笑う。俺の爛れた胸の中なんて知らないような優しい笑顔に、心臓が握りつぶされそうだった。
「しぎの」
「先輩、もっとしていい?」
「ん、して」
 口を開けて、舌を伸ばして誘うと、荒々しく奪われた。
 さっきまでのは挨拶だとでも言うみたいな、本能の匂いがする、食われるようなキスに眩暈がした。
 鴫野も、ちゃんと俺に欲情するんだなと、頭の隅でぼんやり考える。俺ばかり好きみたいだなんて思っていたさっきまでの思考は全否定されて、甘い充足感が胸に満ちる。
 まだ、キスだけなのに。こんなんじゃ、抱かれたらどうなってしまうのか見当もつかない。
 舌を何度も吸われ、甘噛みされて、ずっとやらしい水音がしている。
 合間に聞こえる荒い呼吸は、鴫野と、俺のものだ。
 痛いくらいに吸われて、舌と唇が解放される。
 熱い吐息が混ざる。
 離れた唇を、つい目で追ってしまう。
「先輩」
 溢れた唾液を、鴫野の手のひらが拭った。
「続き、します?」
「ん」
 鴫野の手がそっと制服を剥いでいく。
 俺も鴫野から制服を剥がしていく。
 皺になるからとベッドから落として、下着も靴下も取っ払って、裸で抱き合う。
 少し逞しくなった気がする鴫野の肩を、胸を撫でると、くすぐったいのか、鴫野は笑った。
「俺も、触っていいすか」
「いいよ」
 鴫野の指先が、壊れ物を触るみたいにそっと首筋に触れた。思わず息を飲む。胸に這い降りて、熱い手のひらがうっすらと上下する胸板を撫でる。
 指先が悪戯に乳暈を掠めるたびに、俺の喉からは物欲しげな声が漏れてしまう。
「っ、う」
 それに気付いているのか、鴫野は一向に胸で震える肉粒には触れてこない。
「しぎの」
 思わず呼んでしまった。
「ここ、すよね」
 わかってるなら早くしろよ、バカ。
 そんなふうに心の中で悪態をつく。
「あう」
 代わりに口から漏れたのは、間の抜けた喘ぎだった。
 鴫野の指が、胸の肉粒を優しく捏ねる。
 ぴりぴりと弱い電気のような快感が全身に散っていく。
 つまんで押し潰して、指先に挟んで捏ねられると、思わず腰を揺らしてしまう。
 見なくてもわかる。下腹ではうっすらと芯を持った性器が頭を擡げている。
 もう、頭の中はもっと気持ち良くなることしか考えられない。
「しぎの」
 甘ったれた声に、鴫野は笑みを返して、その唇が胸に触れた。
「は、ぁ」
 唇と舌のぬるりとした感触が、とろけそうな弾力が、乳首を包んでため息が漏れた。そのまま唾液をまぶされて捏ねられ、吸われて、俺の口からはひっきりなしに甘い声が漏れるだけだった。口でしてもらえない方は指先で丁寧に愛されて、声が止まらない。気持ちよくて、嬉しくて、泣きそうだった。
鴫野を見下ろすと、俺を見上げる鴫野と視線がかち合う。
 鴫野は笑うみたいに優しく目を細めた。
 胸を交互に舐められ、吸われて、俺のちんこはもう完勃ちだった。垂れた先走りで、腹も下生えも濡れているのがわかる。
「先輩」
 鴫野が胸から唇を離した。濡れた乳首がひやりとして思わず背が震えた。
「一緒にして、いいすか」
 一瞬何のことか分からなかった俺は、すっかり勃ち上がったそれに重ねられた熱いものに過剰に反応して身体を震わせた。
 見れば、バキバキになった鴫野のちんこが俺のそれにぴったりと重ねられて鴫野に二本まとめて握られていた。
「うそ」
「嘘じゃねーすよ。あんたがかわいい声出すから、もうこんな状態」
「だって、気持ちわりーだろ」
「ねえ、あんた、そんなかわいい声出しといて、何言ってんの?」
 少し怒ったような鴫野の声。なんで怒ってるんだよ。正気か?
「もう、俺の、ガチガチなんだけど」
 濡れた音とともに擦り付けられる熱に、俺は声も上げられずただ喉を鳴らした。そんなことされたら、鴫野が俺に欲情してると嫌でもわかる。しかもそれが嬉しいと思ってしまうあたり、俺はすっかり鴫野に夢中なんだと思い知らされる。
「あんたの声で萎えるとか、ないから」
 鴫野の手に扱かれると溶けてしまいそうな気持ちよさで、俺は力なく喘ぐしかできなかった。
「しぎの、いく、から」
 そうだ、ゴムもつけてない。
 生で触れ合う感覚は眩暈がするほど気持ちいい。直接幹が擦れて、裏筋が擦れて、先走りが止まらない。
「拭くから、出していいっすよ」
 ならいいか、と快感に埋め尽くされた頭の隅で思って、俺は鴫野の手の中で果てた。
「っ、く」
 鴫野もいった。
 自分の出したのとは違う熱いものが腹に散る。俺のとは違うタイミングで鴫野が脈打つのがわかる。
 二人分の精液で、俺の腹の上はドロドロだった。臍の窪みに、白い水溜まりができている。
 鴫野はティッシュを取って丁寧に拭いてくれた。
「先輩、まだ、いけます?」
「ん」
 身体を起こして丁寧に後始末をした鴫野は、俺の上から退いて俺の足を広げてその間に腰を下ろした。
 足を開いた俺は全部鴫野に晒すことになる。
 射精後の萎れて横たわるちんこも、その下に息づく窄まりも、全部。恥ずかしいのに、嫌じゃないからタチが悪い。
 鴫野はローションを垂らして窄まりを撫でて、ゆっくりと指を入れた。中を確かめるみたいに出し入れして、拡げて、ローションを足して。それが終わると、俺のと鴫野のにそれぞれゴムをつけた。
 鴫野は薄い膜越しの怒張にローションをたっぷりと纏わせてひくつく窄まりに宛てがう。
「んう」
 いつも、入ってくるときの異物感には慣れない。おかげで間抜けな声が出てしまう。
「先輩、痛くない?」
 だからいつも、鴫野は心配そうに俺を覗き込む。
「ん、へー、き」
 俺の返事に鴫野は安心したように笑って、少しずつ奥へと進んでいく。
 熱い楔が、俺の胎の中を拓いていく。
 眩暈がする。
 鴫野のかたちを教えられているみたいに、ゆっくり入ってきて、前立腺を押し込まれる。
「っは、ぁ」
 中が反応して鴫野を締め付ける。
 反応を楽しむみたいに何度も前立腺を弾かれて、胎はきゅんきゅんと切なく疼く。鴫野を締め上げて、腹の中の鴫野のかたちがよくわかる。鴫野が中でしゃくりあげるのまでわかって、恥ずかしくて、嬉しくて、頭の中がぐちゃぐちゃになる。
「しぎの」
「っあ、おく、すよね」
「ん」
 散々待たされた奥の窄まりに、鴫野の先端がこつんと挨拶をする。とんとんと優しく叩いて、俺の奥は甘えるみたいに吸い付く。
「先輩、おく、きもちい?」
「ん」
「これ、もっと奥、あるんすか」
「……あるよ」
 わかりやすく鴫野の喉仏が上下する。
 それがなんだかかわいくて、俺は鴫野の熱い頬を撫でる。
「この先は、お前がはじめて」
「はぁ?」
「結腸は、入れられたことねーから、ここの初めては、お前にやるよ」
「っ、もー」
「っあ」
 鴫野が奥を小突くと、腹がひくひくと震える。
「今度、ゆっくりさせてください」
 今日、してもよかったのに。まあ、こいつらしいけど。
「今日は、あんたをちゃんと気持ちよくしたいんすよ」
 ばか。なんでそんなこと言うんだよ。
 心臓が痛いくらいに騒ぎ出す。
 期待で、身体が熱を上げる。胎は甘く疼いて、喜ぶみたいに鴫野を締め付けてしまう。
 そして俺は、鴫野の宣言通り、きっちり気持ちよくされた。
「っしぎ、の、も、やだ」
 今まで鴫野とした中で一番気持ちよくて、馬鹿みたいに喘いで、泣いて、いきまくった。
 もう何回いったのか覚えていない。ゴムには精液やら潮やらが溜まって垂れ下がっていた。もう替えたいのに、気持ちよくてそちらにまで気が回らない。
「気持ちよくないすか?」
「んう、ちが、よすぎ、て」
「ならよかった」
 こいつ、人の話、聞いてる?
 中をゆっくりと擦られて、どこを擦られてもずっと気持ちよくて、頭がおかしくなりそうだった。
 震える完勃ちのちんこは重たそうなゴムを垂らして震えていた。
 足はだらしなく広がって、勝手に震える。
「きもちい、しぎの、きもちい、やばい」
 譫言みたいに繰り返すことしかできなかった。
「へん、なるぅ」
 もう呂律も回らない。辛うじて言葉にはなるけど、甘えたような声になってしまう。
「いいっすよ。変になったら、俺が責任とりますから」
 こいつ、さらっととんでもないことに言いやがって。
「も、ゴム、替え、ろ、って」
「ほんとだ、たぷたぷっすね」
 俺の出したものを溜め込んだゴムを外して片付けると、鴫野は新しいゴムをつけてくれた。
「続き、していい?」
「ん」
 俺が頷くと、鴫野は大きなストロークで俺を揺さぶった。
「っあ!」
 勝手に声が出る。
「っ、や、あ」
 甘えた声が出て、なのに指一本動かせなくて、口を塞ぐこともできず、俺はただ甘えた声を上げ続けた。
「きもちい、っん、しぎ、の、あ」
 どうなってんだよ。こいつ、この前まで童貞だろ。
 鴫野から絶えず与えられる快感の嵐に、視界が白く弾ける。
 俺を見つめる鴫野の表情は、押し殺しきれない欲に染まっているのに、どこか優しかった。
「先輩、いっていい?」
「ん、ぁ、いけ、よ」
 力任せな、それでもどこか俺を気遣うような鴫野の動きに俺はまた翻弄されて、鴫野がいくのと同時に、俺も申し訳程度の吐精をした。
 気絶こそしなかったものの、終わる頃には息も絶え絶えだった。
 全力疾走した後みたいに心臓が脈打っている。 散々射精したせいで身体が怠くて指一本動かしたくなかった。
 俺から大人しくなったちんこを引き抜いて、のそのそと後片付けを始めた鴫野を視線だけで追う。
「デート、行くとこ決めたか?」
「あ……、海、とか」
 海、ね。
「寒くねーか」
 思ったことをそのまま口にすると、鴫野はあからさまに凹んだ顔をする。
「だめすか」
「や、いいよ」
 眉を下げた鴫野を見て、そんな顔するなよと思いながら了承した。
「いこうぜ、海。寒かったら、お前があっためてくれるんだろ?」
「……ッス」
 鴫野の顔が赤くなった。散々やったのに、今更だと笑ったけれど、俺は俺で楽しみではあった。
 週末まであと少し。デートが楽しみだなんて、いつぶりだろう。忘れかけた感覚に、胸があったかくなった。

 鴫野との初デートは、高校の最寄駅から電車で十分、さらに歩いて五分のところにある海岸になった。
 近場だけど、何もない海岸だ。おしゃれなカフェがあるわけでもなく、近くにも昔ながらの商店街があるくらいで、地元の人間はそれほどいない。夏は観光客で賑わうが、冬ともなれば、物好きな観光客が疎らに訪れるくらいだった。
 高校の最寄り駅で昼前に待ち合わせて、電車で二駅。そこから五分ほど歩くと、海岸についた。
 俺はニットにデニムにロングコートにマフラー、鴫野はニットにチノパンにモッズコート、マフラーという出立ちだった。防寒は完璧だ。
 冬の始まりの海岸は、冷たい海風が吹き付ける。
 広い砂浜と、遠くに空と海の境目が見える。ずっと聞こえる波音以外には、微かな海風の音がするだけだった。
 冬の海は、あまり来たことがなかったから新鮮だった。本当に週末かと思うくらいに、誰もいない。世界に俺と鴫野しかいなくなったらこんな感じなのかと思った。静かで、自分の呼吸が煩いくらいだった。
「貸切、っすね」
「そうだな」
 どうやら俺と同じようなことを考えていたらしい鴫野は、背負っていたリュックからカメラを取り出した。デジタル一眼。多分それなりに高い奴。
「カメラ持ってきたんです。撮っていいすか」
 リュックに何が入ってるのかと思えば、カメラだった。そういえば写真部だったのを思い出す。
「いいよ。なんかポーズとかする?」
「普通にしててください」
 鴫野は笑った。言われた通り、俺は視線を水平線に向ける。風の音と、波の音。潮の匂い。切り付けるような鋭さの冷たい風が頬を撫で、髪を揺らしていく。
 すぐ側で、シャッターの音が聞こえる。
 そのファインダー越しにある鴫野の視線のことを考えると、胸がくすぐったくて俺はなんとなく下を向いた。
「お前、写真好きだよな」
「まあ、これくらいしか取り柄がないんで」
 鴫野はそう言うが、立派な才能だと思う。鴫野の写真には、俺の感じた温度とか匂いとかを感じた。だから、あの日俺は鴫野の写真にあんなに感情を乱された。たまたまかもしれないけど、俺にとって、鴫野の写真はそういうものだった。
「楽しい?」
「はい」
 視線を鴫野に戻すと、真っ直ぐ俺を見て頬を緩めた。本心なんだろうなと思った。
「俺にも撮らして」
 興味が湧いた。鴫野が好きな写真に。
「使い方、わかります?」
「なんとなく」
 俺はカメラの知識はないに等しい素人だ。鴫野は何ヶ所かボタンを弄って、ごついストラップを俺の首にかけてカメラを渡した。重い。絶対高い奴だ。
「ここが、シャッター。ピントはこっちのレンズ回してください。あとはカメラがいい感じにしてくれるんで。撮ったやつは、このボタンで」
 鴫野の指先が黒いカメラの機体の上を滑っていくのをぼんやり眺める。
「ふーん」
 こいつ、こんな生き生きと喋るんだなと感心した。俺と喋るよりも声が元気な気がしてちょっと悔しい。
 両手で持ってもずしりとした重みを感じる、鴫野のカメラ。
「これ、お前の私物?」
「はい。去年のコンクールで貰った副賞っす」
「はは、すげーな」
 賞を貰えるような写真を撮れるんだから、すごいと思う。
 はにかむ鴫野の表情を、シャッターを切ってカメラに収めた。モニターには、俺が撮った鴫野の笑顔が映っていた。
「見ろよ、俺の処女作」
 鴫野にモニターを見せると、鴫野は笑って、上手っすね、と言った。
 リップサービスだとしても嬉しい。
 画面を戻そうとモニター脇のボタンを押すと、ボタンを押し間違えたみたいで写真が切り替わった。
 鴫野の撮った、俺の写真だった。
 鴫野の見える世界を垣間見たような、いけないことをしているような甘い背徳感が胸をくすぐる。
 ぼやけた青い空と砂浜を背景に、佇む俺の横顔が切り取られていた。
 俺じゃないみたいだった。
「お前、上手だよ、写真」
 溜め息みたいに、声が漏れた。
 目が逸らせないまま、俺の意識はまた、鴫野が撮った写真から何か拾い上げようとする。鴫野が俺に向けている感情や、その温度みたいなものだ。冷たい色の多い写真なのに、優しい、あったかい感じがする。
 それは、俺の願望でしかないのかもしれないけど。
「……ありがとうございます」
 鴫野は笑っていた。
 俺もつられて笑った。
 鴫野の気持ちに、少しだけ近付けたような気がした。

 その後も、俺と鴫野は写真撮って、歩いて、話をした。
 卒業したらどうするとか、好きな食べ物とか、部活の話とか。ずっと他愛無い話をした。
 もう結構話はしたと思ったのに、まだ知らないことだらけで、それでもまた少し鴫野のことを知ることができたのが嬉しかった。
 耳は冷たいし鼻も寒くて赤くなっているのに、こんなデートも、悪くないと思った。
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