放課後、秘めやかに

はち

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十月某日【視線の先】鴫野

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 先輩がたまに目で追っている誰かに気づいた。
 きっかけは、三年のフロアまで先輩を迎えに行ったとき。フロアに上がると先輩の姿が見えた。けど、先輩は俺には気付いていなくて、ぼんやりと何かを見ていた。視線を辿った先には、背が高くて黒い短髪に切長の目の、ちょっと尖った雰囲気のイケメンがいた。俺が先輩に近付いて声をかけて、ようやく先輩は俺を見た。
 先輩は特段慌てている様子はなかったけど、きっとそうなんだろうなと思った。ただの勘だった。
 そして今日も、俺は先輩に呼び出されて三年のフロアにやってきた。先輩と会うときは大体、おれがお迎えに上がる。階段を上がった先の、ちょっとしたスペースで先輩を待つ。
 放課後になった廊下には、三年生の姿が増え始める。そのなかに、例のイケメンがいた。
 背が高くて、顔がいい。もてそうな顔をしている。
 あれが噂に聞く元セフレか。
 その傍らには小柄な女子がいる。彼女だろうか。
 あぁ、あれがそう?
 かわいいけど、控えめに言って先輩の方が可愛くね?
 と、思わず色眼鏡で見てしまう。性格悪いんで。
 先輩だからあんまガンつけるのも良くないのでほどほどにしようと思ったところ。
「おい」
 低めの張りのある声とともに膝裏を蹴られて振り返ると。
「蓮見先輩」
「ぼーっとしてんなよ」
「すんません」
 何やってんだといいたげな顔を見下ろす。今日も例に漏れず、授業終わりに迎えにこいとメッセージが来ていたので三年のフロアまで迎えにあがった次第だ。
 先輩は今日もかわいい。
 こんなかわいいひと振るとかどういう頭してんだ、沸いてんのか、そんなふうに思ってしまう。色眼鏡だ。人の好みなんて人それぞれ、俺がとやかく言える話ではないのに。
「っ」
 不意に先輩の表情が硬くなった。振り返ると、例の彼、とその彼女。もう後ろ姿だ。こちらを気にしていた気配もない。だけど先輩は俺の前で少しだけ小さくなっている。おれの陰に隠れているつもりだろうか。あれが元セフレでほぼ確定だ。
「先輩」
 いつもより少しだけ、声を張った。
「行きましょ」
 あの二人に、少しでも聞こえるように。
 あいつに意識を向けるくらいなら、もっと俺を見てくれればいいのに。そんな気持ちも少なからずあった。

 先輩と俺の行き先は、いつも通り俺の部屋だった。
 部屋に入るなり先輩はベッドを占拠した。ここに来るまで終始無言だった先輩は、もはや定位置になりつつあるベッドの上に着席したところでようやく口を開いた。
「お前の写真のせいでフラれたってのは嘘。彼女ができるまでセフレしてって約束で、あいつに彼女ができたから別れたってだけ。割と本気になってたから、できないの悔しくて、お前に八つ当たりした」
 先輩はわざと俺を怒らせようとしているみたいだった。甘えてみたり、かと思えばこうやって突き放してみたり。
「はぁ」
「だから、お前は被害者」
 見上げる先輩の目は、期待と不安が入り混じった、俺の反応を窺う目だった。
 先輩と視線を合わせ、座った先輩と向き合うように座って抱きしめる。
「いまさら、そんなことで俺があんたのこと嫌いになるとでも思ってるんすか」
 流石にちょっと頭にきて、声が低くなってしまった。それくらいのことで嫌いになるわけないのに。
「なんで」
 先輩の震えた声が聞こえる。先輩、また泣きそう?
「そんなに、浅くないんすよ、俺のは」
 できるだけ優しい声で言った。別に、先輩に怒りたかったわけじゃなかった。なんせ、一年も溜め込んで煮詰まった想いだ。そんなに簡単に変わるわけがない。
 抱きしめていた身体を離して、もう一度目を合わせる。先輩はもう泣いていた。
「……ばーか」
 そんなの強がりでしょ。気が強そうなのに案外泣き虫で、なんていうか、ギャップ萌えだった。
 ぽろぽろ溢れる涙で濡れた頬を両手で包む。先輩のほっぺは痩せてるのに柔らかくて、あったかい。なめらかな皮膚のすぐ下に、頬骨を感じる。
 先輩は触っても嫌がらなかった。
「先輩、俺の彼氏になってよ」
「っ、るせ、いいから、早く、抱けよ」
 色素の薄い瞳が溢れてくる涙で濡れて、ちらちらと煌めいている。先輩は熱い涙で頬を濡らしながら、俺に抱けと言う。泣き止まないとできないっすよ。とは言えない。本当は、泣いてない先輩としたいけど。
「先輩、なんで、俺としてくれるんすか」
 なんとか先輩を宥めたくて、できるだけ穏やかな声になるように意識して声を出す。
「気持ちいいから」
 先輩は唇をへの字にして目を逸らした。
「ならいいです」
 今はそれで十分だった。童貞を奪ってくれた上、気持ちいいとまで言ってくれるなら、リップサービスだとしても十分すぎた。
 わざと音を立てて唇を重ねた。とろけそうな柔らかい唇を、そっと唇で食む。傷つけないように優しく歯を立てて、唾液で濡れた舌でなぞる。唇に温かく湿った吐息が触れる。先輩の温度をこんな近くで独占している。独占欲が満たされる。覗き込んだ先輩の目はまだ潤んでいた。
「先輩」
「もっと、しろよ」
 震える唇から掠れた甘い声がして、先輩の体温を乗せた吐息が唇を撫でた。理性の箍が音を立てて外れた。
 上下の唇を交互に舐って、濡れた唇を深く重ねた。
 先輩の舌が誘うように俺の舌先をつついた。
 掬おうとした先輩の舌はするりと逃げて、逆に俺の舌が絡め取られる。熱くてぬるつく生き物みたいな舌が、器用に俺の舌を絡め取り、吸い上げる。
「ン」
 思わず声が漏れる。腰に、腹の底に、重たい熱が溜まっていくようだった。
 先輩の舌はそれだけでは飽き足らず、俺の口の中を味わうように伸ばされた。粘膜を、歯列を、口蓋を、確かめるように、ゆっくりとなぞっていく。勝手に溢れる唾液が混ざって、湿った音がする。
 勝手に身体が熱を募らせていく。まだ、唇を重ねて、舌を絡めただけなのに。心臓は煩く脈打って熱い血を全身に送っていく。
 先輩はゆっくりと唇を離した。
 どちらからともなく吐いた息は熱く湿っていた。鼻先が触れ合う距離で絡む視線は熱く、先輩の薄い茶色の瞳はすっかりとろけていた。
 震える手で先輩の制服を脱がせていく。指先に先輩の体温を感じる。俺の手の震えに気付いているのか、先輩はされるがまま、おとなしくしていた。シャツを脱がせて、ベルトを外して、脚から下着と一緒にスラックスを抜いて、残った靴下も脱がせる。
 晒された白い肌が眩しい。先輩のちんこはうっすら頭を擡げていた。
 俺も脱いで二人とも裸になった。俺のちんこもすっかり勃ち上がっていた。
 裸になって向かい合って座る。
「先輩、これ」
 ベッドの下に隠していたローションのボトルとコンドームの箱を渡す。このために、自転車を三十分漕いで家から遠いドラッグストアで買ってきた。家の近所で買う度胸はない。
「ん、さんきゅ」
 先輩はコンドームのパッケージを開けた。
「お前はこっち」
 先輩が床に落としたスラックスのポケットから取り出したのは、XLと書かれたパッケージ。こんなん、どこで見つけてきたんすか。
「つけてやるよ」
 先輩は俺のちんこを緩く扱いてから、小さなパッケージを破って取り出した半透明のそれを慣れた手つきで被せた。確かに、こっちの方がきつくない。
「後ろから、しろよ」
「わかりました」
「準備、してあるから」
 準備って、ケツのこと? 俺はおそるおそる手を伸ばした。先輩の勃ったちんこの下、ひくつく小さな窄まりに指先が触れる。先輩はただ息を飲むだけで拒まなかった。おれが触れてもいいんだと少し安心した。
 確かめるようにひくつく窄まりを撫でると、指先に、ぬめりが触れる。俺とやるのに、準備してきてくれたことが嬉しい。
 指先にローションを垂らして、指をゆっくりと埋めていく。先輩は上がりかけた声を飲み込んだ。先輩の可愛らしい窄まりは、中指を簡単に飲み込んだ。薬指を足しても、きつそうな感じはない。それどころか甘えるみたいに絡みついてきて、ここに入れるのかと思うと眩暈がした。
 二本の指で拡げたり、ゆっくりして出し入れしたりして、すっかり馴染んだ先輩の中を確かめる。
「先輩、痛くない?」
「ん」
 先輩は唇を噛んで声を我慢しているみたいだった。
「今度、俺にも準備させてくださいね」
 そっと指を抜くと、先輩は息を詰めた。

 ようやく泣き止んだ先輩を抱いた。抱けと言われたからというのもあったけど、抱きたかった。
 こんな関係になってから、初めて能動的に動いた。
 自分の下に先輩を抱き込んで、突っ伏した先輩の腰だけ高く持ち上げて。ローションを足して、先輩の小ぶりなケツを割り開いて、完勃ちのそれを捩じ込む。フェラされるまでもなく、先輩の中を弄っただけでこの有り様だった。先輩の中はしっかり解してあるのにきつくて、すぐにいった。
 それだけじゃ足りなくて、何度も腰を振って、熱い泥濘みたいな先輩の中を掻き回した。
 奥を突き上げるたび、身体の下に閉じ込めた先輩が、何度も背中を震わせる。
「先輩」
「っ、し、ぎの」
「痛くない?」
「ん、きもちい、っあ」
「先輩、かわいい」
 顔が見たかったけど、前からはさせてくれなかった。けど、声だけでやばかった。突っ伏して口を押さえているのか、くぐもった声が上がる。苦しげで、それなのに気持ちよさそうな声。それだけでちんこにくるものがある。
 腰を振ると、先輩の中は甘えるみたいに熱い粘膜が絡み付いてきた。先輩の体温に包まれて、すぐに限界が来てしまう。
 先輩の中に射精する。何度も脈打って、熱いものを先輩の中に放った。
 先輩は少しだけ嬉しそうだった。
 誰かの代わりかもしれないけど。
 それでもよかった。

 何回いったか、覚えていない。
 先輩からちんこを抜いて、横に倒れ込む。
 今になって疲れが押し寄せてくる。心臓がうるさく喚いていて、もう動きたくなかった。
 抜いたちんこの先、ゴムの先には精液がこれでもかというくらい溜まっていた。何回いった?
 片付けしなきゃな、と頭の隅で考える。
「おい、大丈夫か?」
 先輩の声がするのに、瞼が勝手に落ちてくる。
「はは、やばいかも」
 独り言みたいに、ぽつりと零すので精一杯だった。
 その後、俺は気絶していたみたいで、起きると、先輩はいなかった。ローションとゴムの箱もどこかに片付けられていた。つけていたゴムも後始末してあって、腹にはタオルケットが掛けられていた。
 スマートフォンの時計を見るともう夜九時。そろそろ、母親が帰ってくる時間だった。
 暗い部屋に一人取り残されたみたいでなんだか寂しくて、明かりをつけると眩しくて目を眇めた。
 部屋には、先輩の痕跡はない。ゴミ箱の中を覗くと、丸められたティッシュが転がっていた。
 あの人の腹にザーメンを注いで、愛を注いだ気になって、バカみたいだ。
 まだしばらく、先輩はあいつのことを引き摺るだろう。
 はやく、俺だけ見てほしいと思った。

深夜。
『大丈夫ですか』
 心配になってメッセージを送った。返信は期待していなかった。
『大丈夫』
 既読がついてから少し間があって、返事が来た。
『ならよかったです。おやすみなさい』
『おやすみ』
そんなやりとりで今日が終わった。
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