放課後、秘めやかに

はち

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九月某日【昨日の今日】鴫野

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 蓮見先輩に童貞を食われた翌日。
 どこかふわふわした頭で登校して上の空で授業を受けた俺は、昨日、どういう経緯で部室を出たかすっかり忘れていて、部室に着くなり質問攻めに遭った。
「あのイケメン、誰?」
「あれ、バスケ部の蓮見だろ。なんでお前が呼び出されるんだ?」
「ね、なんの話したの?」
「パパまじ裏山」
 他にもまぁ色々、好き放題言われた。
 パパというのは俺のこと。老け顔なのと、高いところに手が届くのでパパみたいと言われていつの間にかそんなあだ名がついていた。写真部内ではもうずっとその呼び方で通っている。
 怒涛の質問攻めも落ち着いた頃、再び部室に先輩がやってきた。
「パパー、昨日のイケメンが来てるよ」
 対応に出た部長の声に部室がざわついた。勘弁してくれ。
 窓際で技法書を読んでいた俺は、読みかけの技法書を閉じて恐る恐る戸口に出た。そこには、昨日よりいくらか大人しそうな先輩の姿があった。
「何すか」
 頬が緩むのをなんとか堪えて、なんでもない風を装ってみる。
「……あいて、しろよ」
 控え目な、それでも有無を言わせない口調だった。なに、この人。めちゃくちゃかわいいじゃん。
「先輩、部活中なんすけど」
 あからさまに舌打ちをする。
「何時に終わるんだよ」
 これはすぐ行かなきゃいけないやつだ。
「五時……いや、十分で終わらせます」
「わかった」
 そして十分後。
「お疲れ様でした、お先です」
 明日もきっと、質問攻めは免れない。
 そんなことを考えていると、部室を出るなり先輩に手を掴まれる。
「こい」
 手、繋いでる。蓮見先輩、わかってる?
 昨日と同じく、例の場所に連れ出される。昨日と違うのは、手を繋いでるってこと。側から見たらただ手を引かれているだけかもしれないけど。
 例の場所は、今日も先客なしだった。
 俺は壁を背にするように座らされる。
「するんすか」
「……ちょっと、いちゃつきたいだけ」
 先輩は俺にもたれるように、足の間に座った。
 鎖骨にこつんと先輩の後頭部が当たる。旋毛が見えて、いい匂いがする。シャンプーの匂いだ。
 この人、素直になるとやばいな。
「セフレって、やるだけじゃないんすね」
「黙ってろ」
 身体をひねって振り返った先輩に唇を塞がれる。
 ファーストキスも奪われた。
 ポカンとしていると、呆れた顔をする。
「キスくらい、したことあんだろ」
 あんたまたそういう……。童貞を舐めないでほしい。
「ないっすよ」
「は」
 信じられないものを見るような目で俺を見た後、先輩は気まずそうに目を逸らす。
 ファーストキスも、童貞も奪ってしまったことに罪悪感を感じているんだろうか。
 童貞なのに、キスの経験なんかある訳ないじゃないすか。
「……悪い」
「謝んなくていいっすよ」
 先輩があまりにしおらしくてかわいいので、少しだけ意地悪をしてみたくなった。
「先輩は俺のせいでセフレに振られたし、俺は先輩にセーヘキ歪められたんで、おあいこです」
「はあ?」
 先輩は不服そうに睨んでくる。
「お前が、のぞくから、だろ」
 まあ、そうなんですけど。
「こんなとこでやってる方が悪いっすよ」
 こんなオープンな立ち入り禁止エリアで、あんなこと。見つけたのが俺で良かったのか悪かったのか。今思えば俺は完全にラッキーでしたけど。
「クソ……」
 先輩が唸るような声を上げる。
 あ、まずい。ご機嫌損ねたかも。
 そう思った俺を睨み、先輩は口を開いた。
「お前、その時の写真……」
 もちろん、写真はまだ残してある。
「見たいんすか」
「……いい」
「見たくなったら言ってください。一枚だけ、残してあるんで」
「絶対いらねー」
「ですよね」
 それならそれでよかった。見たくないものを無理に見せる趣味はない。
 それよりも、だ。
「先輩」
「なんだよ」
 先輩は鬱陶しそうな顔をする。
「連絡先、教えてください」
「は」
「セフレなり恋人なり、俺がなれるんなら、連絡先交換していいですか」
「お前、どっちがいいんだよ」
「そりゃ、恋人ですよ」
「……考えとく」
 先輩は目を逸らして、膝を抱えて小さくなった。
 え、照れてんの? この人。

 それから、電話番号とチャットアプリのIDを交換した。

 待て。俺なんかが先輩のセフレなんて恐れ多すぎんか。バカか? 恋人? 彼氏になる気か? 正気か?
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