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【垣間見た情事】鴫野
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高校一年の秋。それを見つけたのは、完全に偶然だった。
俺、鴫野美紀孝は高校入学後、中学の頃から憧れだった写真部に入った。中学に比べたらずっと大人の世界だと思っていた高校の校舎を、ロケハンと称して来る日も来る日も眺めて歩いてはスマートフォンのカメラに収めた。
放課後は特に、西に傾いて色付いた光と落ちる影のコントラストが授業終わりのざわつきと相まって、言いようのない哀愁だとか、気だるさのようなものを作り出していた。それが堪らなく好きだった。
夕焼けに染まり始めた日差しの差し込む屋上の入り口を階段の下から見上げると、塔屋の内側の白い壁に夕暮れ時の金と赤の混ざった淡い光が映る。光とそれによって落ちる淡い影が綺麗で、夢中で写真に収めた。
ロケハンの時は音の出ないカメラアプリで撮影している。何か撮ってると怪しまれるのが嫌だったからだ。
そこで、ふと、自分以外の誰かが発する物音に気づいた。
微かな、ほんの微かな布の擦れる音、水音、息遣い。その正体も知らず、好奇心に任せて階段を登る。足音を殺して、静かに、この秘めやかな空気を壊さないように、静かに、階段を昇った。
数段先は踊り場のようなスペースになっていて、鳩尾くらいの高さの壁と、積まれた机と椅子が見える。その手前には、ご丁寧に黄色と黒の縞模様のロープが張られ、立ち入り禁止の札が下がっていた。
資材置き場のようになったそこを覗き込む。
見えたのは、端正な横顔だった。制服のおかげで男だとわかるが、男にしては綺麗な横顔だった。伏せられた目は長いまつ毛に縁取られている。日陰でもわかる色の白い肌はわずかに上気して、頬は赤く染まっていた。通った鼻筋の下、可憐な唇は大きく開いて、赤黒い何かを一生懸命咥え込んでいた。
それが何か、何が行われているか、すぐに理解した。その行為をしたことはなかったが、知識はあった。
立ち入り禁止の踊り場、使われない机と椅子の積まれたその場所で行われる秘めやかな情事は、凄まじい背徳感とともに脳裏に焼き付いた。
端正な横顔はこちらには見向きもせず、夢中で黒い茂みに鼻先を埋める。
微かに聞こえる濡れた音とくぐもった声が心拍数を加速させる。
息をするのも忘れ、震える指をなんとか抑え込んでシャッターを切った。音の出ないアプリにしてあってよかったと頭の隅で思う。これは盗撮だ。いけないことだとはわかっていても、止められなかった。
数枚撮って、静かにその場を去った。
心臓がずっと早鐘のように打って、血を全身に送っている。
「あ……」
階段を降り切った後、スラックスの下で兆したものに気づいて、慌ててトイレに駆け込んだ。
それからというもの、彼がいるかもしれない場所を探しては写真に収めた。
図書館の書架の奥、使っていない教室、準備室、廊下の、ロッカーの陰、非常階段、体育倉庫、校舎裏。
思い当たる場所にはぜんぶ行った。
それ以降、彼の姿はどこにもなかった。あの立ち入り禁止の塔屋の中でも、ついぞ遭遇することはなく、白昼夢か何かだったのかもしれないと思うようになっていた。
俺、鴫野美紀孝は高校入学後、中学の頃から憧れだった写真部に入った。中学に比べたらずっと大人の世界だと思っていた高校の校舎を、ロケハンと称して来る日も来る日も眺めて歩いてはスマートフォンのカメラに収めた。
放課後は特に、西に傾いて色付いた光と落ちる影のコントラストが授業終わりのざわつきと相まって、言いようのない哀愁だとか、気だるさのようなものを作り出していた。それが堪らなく好きだった。
夕焼けに染まり始めた日差しの差し込む屋上の入り口を階段の下から見上げると、塔屋の内側の白い壁に夕暮れ時の金と赤の混ざった淡い光が映る。光とそれによって落ちる淡い影が綺麗で、夢中で写真に収めた。
ロケハンの時は音の出ないカメラアプリで撮影している。何か撮ってると怪しまれるのが嫌だったからだ。
そこで、ふと、自分以外の誰かが発する物音に気づいた。
微かな、ほんの微かな布の擦れる音、水音、息遣い。その正体も知らず、好奇心に任せて階段を登る。足音を殺して、静かに、この秘めやかな空気を壊さないように、静かに、階段を昇った。
数段先は踊り場のようなスペースになっていて、鳩尾くらいの高さの壁と、積まれた机と椅子が見える。その手前には、ご丁寧に黄色と黒の縞模様のロープが張られ、立ち入り禁止の札が下がっていた。
資材置き場のようになったそこを覗き込む。
見えたのは、端正な横顔だった。制服のおかげで男だとわかるが、男にしては綺麗な横顔だった。伏せられた目は長いまつ毛に縁取られている。日陰でもわかる色の白い肌はわずかに上気して、頬は赤く染まっていた。通った鼻筋の下、可憐な唇は大きく開いて、赤黒い何かを一生懸命咥え込んでいた。
それが何か、何が行われているか、すぐに理解した。その行為をしたことはなかったが、知識はあった。
立ち入り禁止の踊り場、使われない机と椅子の積まれたその場所で行われる秘めやかな情事は、凄まじい背徳感とともに脳裏に焼き付いた。
端正な横顔はこちらには見向きもせず、夢中で黒い茂みに鼻先を埋める。
微かに聞こえる濡れた音とくぐもった声が心拍数を加速させる。
息をするのも忘れ、震える指をなんとか抑え込んでシャッターを切った。音の出ないアプリにしてあってよかったと頭の隅で思う。これは盗撮だ。いけないことだとはわかっていても、止められなかった。
数枚撮って、静かにその場を去った。
心臓がずっと早鐘のように打って、血を全身に送っている。
「あ……」
階段を降り切った後、スラックスの下で兆したものに気づいて、慌ててトイレに駆け込んだ。
それからというもの、彼がいるかもしれない場所を探しては写真に収めた。
図書館の書架の奥、使っていない教室、準備室、廊下の、ロッカーの陰、非常階段、体育倉庫、校舎裏。
思い当たる場所にはぜんぶ行った。
それ以降、彼の姿はどこにもなかった。あの立ち入り禁止の塔屋の中でも、ついぞ遭遇することはなく、白昼夢か何かだったのかもしれないと思うようになっていた。
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