44 / 54
あこがれ
しおりを挟む
「君の、強かなところ、まっすぐなところ、飾らないところ、全部が僕には新鮮で、眩しかった」
薄茶色の瞳が愛おしげに細められる。
「それに、優しいアルファに会うのは初めてだったんだ。周りのアルファはみんな、僕に厳しかったから」
目を伏せた桐野は薄く笑う。真山は静かに桐野の声に耳を傾けた。
やっぱり苦労してたんだなと思う。一般家庭に育った真山でさえ、アルファの息苦しさを感じたことはある。エリート家系の桐野なら尚更だろう。
「君は、優しかった。たくさん褒めてくれた。たくさん、許してくれた」
桐野は嬉しそうにその表情を緩めた。
「子どもっぽい理由だろう?」
桐野は苦笑いする。子どもっぽいと言う桐野の表情には自嘲が色濃く見えたが、真山はそうは思わなかった。
「そんなことない。あんたは一生懸命だったから。そんなの、褒めたくなるじゃん。気位の高いアルファしか知らなかったから、あんたみたいなアルファは、初めてで、すごく、いいなって思った」
真山は初めての夜を思い出していた。何も知らない、無垢で真摯な桐野は真山の心を掴んで離さなかった。
「君は僕だけじゃなくて、オメガの子のことまで考えていて、いい子なんだなって、思ったんだ」
微笑む桐野はそんなことまで覚えていて、真山は泣きそうだった。
「俺は俺を変えられないだけだよ。アルファに抱かれたくて、オメガに憧れる俺を、変えられない。いつか、オメガになって、アルファに優しく抱かれたかった。だから……」
だから、あんなふうに、熱を込めて桐野に説明した。自分がオメガで、この人に優しく抱かれたら、きっと幸せなのにと思った。
「オメガに、憧れ……」
「言ってなかったっけ」
「君が、フェロモンの影響を嫌っていたから、てっきりオメガを嫌悪しているのかと」
そう思われても仕方ない。言葉が足らなかったことを申し訳なく思う。
「ヒートに当てられて訳わかんなくなるのが嫌なだけだよ。まあ、嫉妬とかやっかみもあるけど」
真山の中にはオメガに対する薄暗い気持ちも少なからずあった。桐野には、自分の嫌いなところも汚いところも、全て知ってほしい。腹の底に隠した嫉妬も、薄暗い欲も、全部。
「ほんとうは、オメガになりたい。ずっと、そう思ってた。オメガになって、俺のフェロモンであんたを狂わせたい。俺しか見えなくして、俺だけを欲しがってほしい」
真山の告白に、桐野は驚いたように目を見開いた。
真山は静かに答えを待った。
その瞳に宿った情欲の火を隠すように、桐野が目を細める。
「慎くん、オメガになる覚悟はあるか?」
桐野の静かな言葉に、真山は耳を疑った。
「おめがに、なる?」
信じられなくて、思わず声が上擦る。
あれは、都市伝説じゃないのかと、喉元まで言葉が出かけた。
「昨日のことでわかったんだ。君にもきっと、運命のオメガがいるだろう」
桐野の声は落ち着いていた。
アルファとオメガには、運命のつがいというものがある。アルファとオメガの間にのみ成立する繋がり『つがい』の中でも、一際強く特別なもののことだ。しかしながら出会える可能性は低く、都市伝説だとも言われる。
一説には、オメガの急なヒートは近くにいる運命のつがいを呼び寄せるものだという説もある。桐野が心配しているのはきっとそれだろう。
「だけど、僕は、君を、たとえ運命のオメガにでも、渡したくない。僕自身を、どこかのオメガにくれてやるつもりもない」
桐野は優しい声ではっきりと言った。そうやって真っ直ぐにぶつけられる独占欲は、真山の心を揺さぶった。
「僕は、君をオメガにして、僕のつがいにしたい」
桐野は独り言のように、その内に渦巻く欲望を口にした。
「慎くん、僕だけのオメガになってくれるか?」
許しを乞うような桐野の薄茶色の瞳には自分が映っている。
「俺が、オメガ、に?」
声が掠れた。涙が止まった。
「そーいちさん、方法、知ってる?」
アルファをオメガに変える方法がある。
そんなものは都市伝説だと疑っていた反面、心の隅ではそうであってほしいと願っていた。
真山の背を、甘やかな期待が舐め上げた。
条件は、忘れもしない。
「ああ」
頷いた桐野は静かに続けた。
「発情状態の時にオメガにしたい者の項を噛むこと。精液を何度も相手の胎内に放ち、強いフェロモンを浴びせ、マーキングすること。互いがオメガに変えたい、変わりたいと強い意志を持って行うこと」
桐野の口から聞こえたのは、真山が調べたものと同じ内容だった。
「一応、医師の裏付けも取ってあるから、問題ないはずだ」
どうやら桐野はそこまで調べたらしい。都市伝説だと思っていたものに医師の裏付けが取れたことに真山は驚いた。
アルファがオメガになる。ずっと夢見てきたことだった。
真山には断る理由もない。
「いいよ。そーいちさん。俺を、あんたのオメガにして」
真山は高鳴る胸に声を震わせながら、その思いを言葉にした。
桐野のオメガになる。それがどういうことかわからない真山ではない。
桐野は優しく笑ってその言葉を受け止めてくれた。
「一週間ほど大学を休ませてしまうかもしれないが、構わないか」
桐野はどこまでも優しい。真山は迷わず頷いた。
「うん」
真山はベッドサイドのキャビネットの上のスマートフォンを取りにいくと、すぐに学生用の連絡フォームから大学に連絡をした。理由は体調不良のため。同じゼミの北野にも一週間休むとメッセージを送った。
ずっと待ち望んだ、甘く爛れた時間が始まることに、真山は腹を疼かせた。
薄茶色の瞳が愛おしげに細められる。
「それに、優しいアルファに会うのは初めてだったんだ。周りのアルファはみんな、僕に厳しかったから」
目を伏せた桐野は薄く笑う。真山は静かに桐野の声に耳を傾けた。
やっぱり苦労してたんだなと思う。一般家庭に育った真山でさえ、アルファの息苦しさを感じたことはある。エリート家系の桐野なら尚更だろう。
「君は、優しかった。たくさん褒めてくれた。たくさん、許してくれた」
桐野は嬉しそうにその表情を緩めた。
「子どもっぽい理由だろう?」
桐野は苦笑いする。子どもっぽいと言う桐野の表情には自嘲が色濃く見えたが、真山はそうは思わなかった。
「そんなことない。あんたは一生懸命だったから。そんなの、褒めたくなるじゃん。気位の高いアルファしか知らなかったから、あんたみたいなアルファは、初めてで、すごく、いいなって思った」
真山は初めての夜を思い出していた。何も知らない、無垢で真摯な桐野は真山の心を掴んで離さなかった。
「君は僕だけじゃなくて、オメガの子のことまで考えていて、いい子なんだなって、思ったんだ」
微笑む桐野はそんなことまで覚えていて、真山は泣きそうだった。
「俺は俺を変えられないだけだよ。アルファに抱かれたくて、オメガに憧れる俺を、変えられない。いつか、オメガになって、アルファに優しく抱かれたかった。だから……」
だから、あんなふうに、熱を込めて桐野に説明した。自分がオメガで、この人に優しく抱かれたら、きっと幸せなのにと思った。
「オメガに、憧れ……」
「言ってなかったっけ」
「君が、フェロモンの影響を嫌っていたから、てっきりオメガを嫌悪しているのかと」
そう思われても仕方ない。言葉が足らなかったことを申し訳なく思う。
「ヒートに当てられて訳わかんなくなるのが嫌なだけだよ。まあ、嫉妬とかやっかみもあるけど」
真山の中にはオメガに対する薄暗い気持ちも少なからずあった。桐野には、自分の嫌いなところも汚いところも、全て知ってほしい。腹の底に隠した嫉妬も、薄暗い欲も、全部。
「ほんとうは、オメガになりたい。ずっと、そう思ってた。オメガになって、俺のフェロモンであんたを狂わせたい。俺しか見えなくして、俺だけを欲しがってほしい」
真山の告白に、桐野は驚いたように目を見開いた。
真山は静かに答えを待った。
その瞳に宿った情欲の火を隠すように、桐野が目を細める。
「慎くん、オメガになる覚悟はあるか?」
桐野の静かな言葉に、真山は耳を疑った。
「おめがに、なる?」
信じられなくて、思わず声が上擦る。
あれは、都市伝説じゃないのかと、喉元まで言葉が出かけた。
「昨日のことでわかったんだ。君にもきっと、運命のオメガがいるだろう」
桐野の声は落ち着いていた。
アルファとオメガには、運命のつがいというものがある。アルファとオメガの間にのみ成立する繋がり『つがい』の中でも、一際強く特別なもののことだ。しかしながら出会える可能性は低く、都市伝説だとも言われる。
一説には、オメガの急なヒートは近くにいる運命のつがいを呼び寄せるものだという説もある。桐野が心配しているのはきっとそれだろう。
「だけど、僕は、君を、たとえ運命のオメガにでも、渡したくない。僕自身を、どこかのオメガにくれてやるつもりもない」
桐野は優しい声ではっきりと言った。そうやって真っ直ぐにぶつけられる独占欲は、真山の心を揺さぶった。
「僕は、君をオメガにして、僕のつがいにしたい」
桐野は独り言のように、その内に渦巻く欲望を口にした。
「慎くん、僕だけのオメガになってくれるか?」
許しを乞うような桐野の薄茶色の瞳には自分が映っている。
「俺が、オメガ、に?」
声が掠れた。涙が止まった。
「そーいちさん、方法、知ってる?」
アルファをオメガに変える方法がある。
そんなものは都市伝説だと疑っていた反面、心の隅ではそうであってほしいと願っていた。
真山の背を、甘やかな期待が舐め上げた。
条件は、忘れもしない。
「ああ」
頷いた桐野は静かに続けた。
「発情状態の時にオメガにしたい者の項を噛むこと。精液を何度も相手の胎内に放ち、強いフェロモンを浴びせ、マーキングすること。互いがオメガに変えたい、変わりたいと強い意志を持って行うこと」
桐野の口から聞こえたのは、真山が調べたものと同じ内容だった。
「一応、医師の裏付けも取ってあるから、問題ないはずだ」
どうやら桐野はそこまで調べたらしい。都市伝説だと思っていたものに医師の裏付けが取れたことに真山は驚いた。
アルファがオメガになる。ずっと夢見てきたことだった。
真山には断る理由もない。
「いいよ。そーいちさん。俺を、あんたのオメガにして」
真山は高鳴る胸に声を震わせながら、その思いを言葉にした。
桐野のオメガになる。それがどういうことかわからない真山ではない。
桐野は優しく笑ってその言葉を受け止めてくれた。
「一週間ほど大学を休ませてしまうかもしれないが、構わないか」
桐野はどこまでも優しい。真山は迷わず頷いた。
「うん」
真山はベッドサイドのキャビネットの上のスマートフォンを取りにいくと、すぐに学生用の連絡フォームから大学に連絡をした。理由は体調不良のため。同じゼミの北野にも一週間休むとメッセージを送った。
ずっと待ち望んだ、甘く爛れた時間が始まることに、真山は腹を疼かせた。
5
お気に入りに追加
61
あなたにおすすめの小説
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

君はアルファじゃなくて《高校生、バスケ部の二人》
市川パナ
BL
高校の入学式。いつも要領のいいα性のナオキは、整った容姿の男子生徒に意識を奪われた。恐らく彼もα性なのだろう。
男子も女子も熱い眼差しを彼に注いだり、自分たちにファンクラブができたりするけれど、彼の一番になりたい。
(旧タイトル『アルファのはずの彼は、オメガみたいな匂いがする』です。)全4話です。


隠れヤンデレは自制しながら、鈍感幼なじみを溺愛する
知世
BL
大輝は悩んでいた。
完璧な幼なじみ―聖にとって、自分の存在は負担なんじゃないか。
自分に優しい…むしろ甘い聖は、俺のせいで、色んなことを我慢しているのでは?
自分は聖の邪魔なのでは?
ネガティブな思考に陥った大輝は、ある日、決断する。
幼なじみ離れをしよう、と。
一方で、聖もまた、悩んでいた。
彼は狂おしいまでの愛情を抑え込み、大輝の隣にいる。
自制しがたい恋情を、暴走してしまいそうな心身を、理性でひたすら耐えていた。
心から愛する人を、大切にしたい、慈しみたい、その一心で。
大輝が望むなら、ずっと親友でいるよ。頼りになって、甘えられる、そんな幼なじみのままでいい。
だから、せめて、隣にいたい。一生。死ぬまで共にいよう、大輝。
それが叶わないなら、俺は…。俺は、大輝の望む、幼なじみで親友の聖、ではいられなくなるかもしれない。
小説未満、小ネタ以上、な短編です(スランプの時、思い付いたので書きました)
受けと攻め、交互に視点が変わります。
受けは現在、攻めは過去から現在の話です。
拙い文章ですが、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
宜しくお願い致します。
この噛み痕は、無効。
ことわ子
BL
執着強めのαで高校一年生の茜トキ×αアレルギーのβで高校三年生の品野千秋
α、β、Ωの三つの性が存在する現代で、品野千秋(しなのちあき)は一番人口が多いとされる平凡なβで、これまた平凡な高校三年生として暮らしていた。
いや、正しくは"平凡に暮らしたい"高校生として、自らを『αアレルギー』と自称するほど日々αを憎みながら生活していた。
千秋がαアレルギーになったのは幼少期のトラウマが原因だった。その時から千秋はαに対し強い拒否反応を示すようになり、わざわざαのいない高校へ進学するなど、徹底してαを避け続けた。
そんなある日、千秋は体育の授業中に熱中症で倒れてしまう。保健室で目を覚ますと、そこには親友の向田翔(むこうだかける)ともう一人、初めて見る下級生の男がいた。
その男と、トラウマの原因となった人物の顔が重なり千秋は混乱するが、男は千秋の混乱をよそに急に距離を詰めてくる。
「やっと見つけた」
男は誰もが見惚れる顔でそう言った。
ふしだらオメガ王子の嫁入り
金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか?
お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

好きなあいつの嫉妬がすごい
カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。
ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。
教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。
「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」
ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる