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おねだり
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二人で親子丼と天ぷらを食べ終えたところで、真山は口を開いた。
「そーいちさん、俺、バイトしようと思うんだけど」
真山が切り出したのは、アルバイトをしたいというお願いだった。
引っ越しも落ち着いて時間はできたが、モン・プレシューを卒業してから真山には収入源がない。卒業と同時にそれなりの額は振り込まれたのでしばらく生活には困らないが、さすがに何かアルバイトの一つもしなければと思っていた。
「っえ」
真山からの申し出に、桐野は目を見開いて真山を見た。
「……だめ?」
あまりに驚いた顔をするので、何かまずいことでも言ってしまったかと真山は焦った。そんなに驚かなくてもと思っていると、桐野は眉を下げて少し困った顔をした。
「いや、その、欲しい物があるなら、俺が買うから」
「ちょ、それじゃパパ活みたいじゃん。やだよ」
桐野はパパと言うには若いが、ただでさえ定期的に高い店でいいものを食べさせてもらっているのに、そのうえ欲しいものまでなんて、と思う。真山にも一応良心はあるし、自立心もある。何から何まで世話になってばかりではさすがに居心地が悪かった。
なにより、そんなつもりで恋人になったわけでもない。構ってもらえるのは嬉しいが、自分のことくらい自分でしたかった。
労働に対する対価として賃金を得たい、といえばよかったのだろうか。
「しかし、君をあまり外に出したくないんだ……」
「もー、ペットじゃないんだから」
さすがに真山は苦笑いした。
桐野は真山を目の届くところに置いておきたいのだろう。犬や猫ならば事故に遭ったり連れ去られたりという危険はあるだろうが、真山はまがりなりにも成人男子だ。ほったらかしてもそうそう危険な目に遭うということはない。
「ああ、すまない、そういうつもりじゃないんだ」
「そーいちさん、心配性?」
「なん、だろうか。すまない、できるだけ君の近くにいたくて」
真山は目を見開く。そんな素直な言葉が聞けるとは思っていなかった。驚きの後からやってくるのは、くすぐったい喜びだった。
確かに、桐野は真山の近くにいたがる。家では何かと世話を焼いてくれるし、何かにつけて構おうとする。寝る時も一緒、風呂も一緒に入ることが増えた。
そんなふうに言われたら、真山は嫌だとは言えない。真山だって、桐野と一緒にいられる時間は長い方がよかった。
「なら、いいけど」
桐野から自分に向けられる気持ちが嬉しくて、自然と頬が緩む。
「それなら、家事はどうだろう」
「家事?」
真山は鸚鵡返しに聞き返した。
小学生の頃、実家で手伝いをするたびに駄賃をもらっていたのを思い出す。それと似たようなものだろうか。
「家のことを、してもらえないだろうか。できる範囲でいいから、掃除、洗濯、洗い物を。食事は、朝は俺がやるから、それ以外を頼みたい」
確かにそれなら、労働力を提供しているから罪悪感もない。
「わかった」
「買い物は俺も一緒に行こう」
「ふふ、過保護だね」
「だめか? 一緒に買い物をするのはずっと憧れで」
「いいよ」
自分よりもずっと大人だと思っていた桐野にも、自分と同じようにささやかな憧れがあるのがわかって真山の表情は緩んだ。
目下のお願いがひとつ通ったところで、真山はふと思う。
同居が始まってから、真山は桐野と身体を重ねることはなかった。引っ越しでばたついていたということもある。
気を遣ってくれてたのかもと思う真山は思い切って聞く。
「そーいちさん。仕事、忙しい?」
真山の問いに、桐野は小さく首を振る。
「そうでもないが、どうかしたか」
「……セックス、したい、んだけど」
抑えた声は先細りになって、自然と眉尻が下がる。それだけを言うのにも、真山は随分と緊張した。個室だから誰かに聞かれる、ということはないのだが、慣れない場所で話をするのはいつもよりずっと神経を使った。
でも、今言わなければタイミングを逃してしまいそうで怖くて、早く言わなければと焦っていた。桐野はいいと言ってくれるだろうか。不安で仕方なかった。
だめだと言われても落ち込まないようにしなければ。そんなことをぐるぐると考えてしまう。
「ああ、すまない。色々あったから君が疲れていると思って」
桐野は眉を下げて笑う。
その笑みだけで、真山の胸に渦巻く不安は立ち消えるように姿を消す。桐野の気遣いが心に沁みていく。
「しようか。慎くん」
柔らかな笑みのまま、桐野は目を細めた。
その仕草は真山を柔らかな高揚感で包む。
「うん」
ようやく桐野に抱いてもらえる。
桐野と恋人なってから、初めて身体を重ねることができる。
同居が始まってからというもの、毎日顔を合わせてはいるが、するのはキスくらいだった。
正直なところ、若い真山にはキスだけでは物足りなかった。こっそり一人で処理してはいたが、そろそろ限界だった。
鼓動が早まる。期待と喜びを乗せた血が、全身に運ばれていく。
初めてのあの夜よりも、ずっと近い場所に桐野がいる。
「そろそろ帰ろうか」
「ん」
真山は小さく頷く。
言い出したのは真山なのに、なんだか桐野よりも真山の方が緊張していた。
会計を終えて店を出る。夜の裏通りは人気もなく静かだった。
人通りが少ないからか、桐野はそっと真山の手を取ってくれた。下がった気温のおかげで、桐野の手の温もりがより濃く感じられた。
車までの少しの距離を、手を繋いで歩く。桐野の温もりが、手のひらに滲んで混ざり合うのが心地好かった。
「そーいちさん、俺、バイトしようと思うんだけど」
真山が切り出したのは、アルバイトをしたいというお願いだった。
引っ越しも落ち着いて時間はできたが、モン・プレシューを卒業してから真山には収入源がない。卒業と同時にそれなりの額は振り込まれたのでしばらく生活には困らないが、さすがに何かアルバイトの一つもしなければと思っていた。
「っえ」
真山からの申し出に、桐野は目を見開いて真山を見た。
「……だめ?」
あまりに驚いた顔をするので、何かまずいことでも言ってしまったかと真山は焦った。そんなに驚かなくてもと思っていると、桐野は眉を下げて少し困った顔をした。
「いや、その、欲しい物があるなら、俺が買うから」
「ちょ、それじゃパパ活みたいじゃん。やだよ」
桐野はパパと言うには若いが、ただでさえ定期的に高い店でいいものを食べさせてもらっているのに、そのうえ欲しいものまでなんて、と思う。真山にも一応良心はあるし、自立心もある。何から何まで世話になってばかりではさすがに居心地が悪かった。
なにより、そんなつもりで恋人になったわけでもない。構ってもらえるのは嬉しいが、自分のことくらい自分でしたかった。
労働に対する対価として賃金を得たい、といえばよかったのだろうか。
「しかし、君をあまり外に出したくないんだ……」
「もー、ペットじゃないんだから」
さすがに真山は苦笑いした。
桐野は真山を目の届くところに置いておきたいのだろう。犬や猫ならば事故に遭ったり連れ去られたりという危険はあるだろうが、真山はまがりなりにも成人男子だ。ほったらかしてもそうそう危険な目に遭うということはない。
「ああ、すまない、そういうつもりじゃないんだ」
「そーいちさん、心配性?」
「なん、だろうか。すまない、できるだけ君の近くにいたくて」
真山は目を見開く。そんな素直な言葉が聞けるとは思っていなかった。驚きの後からやってくるのは、くすぐったい喜びだった。
確かに、桐野は真山の近くにいたがる。家では何かと世話を焼いてくれるし、何かにつけて構おうとする。寝る時も一緒、風呂も一緒に入ることが増えた。
そんなふうに言われたら、真山は嫌だとは言えない。真山だって、桐野と一緒にいられる時間は長い方がよかった。
「なら、いいけど」
桐野から自分に向けられる気持ちが嬉しくて、自然と頬が緩む。
「それなら、家事はどうだろう」
「家事?」
真山は鸚鵡返しに聞き返した。
小学生の頃、実家で手伝いをするたびに駄賃をもらっていたのを思い出す。それと似たようなものだろうか。
「家のことを、してもらえないだろうか。できる範囲でいいから、掃除、洗濯、洗い物を。食事は、朝は俺がやるから、それ以外を頼みたい」
確かにそれなら、労働力を提供しているから罪悪感もない。
「わかった」
「買い物は俺も一緒に行こう」
「ふふ、過保護だね」
「だめか? 一緒に買い物をするのはずっと憧れで」
「いいよ」
自分よりもずっと大人だと思っていた桐野にも、自分と同じようにささやかな憧れがあるのがわかって真山の表情は緩んだ。
目下のお願いがひとつ通ったところで、真山はふと思う。
同居が始まってから、真山は桐野と身体を重ねることはなかった。引っ越しでばたついていたということもある。
気を遣ってくれてたのかもと思う真山は思い切って聞く。
「そーいちさん。仕事、忙しい?」
真山の問いに、桐野は小さく首を振る。
「そうでもないが、どうかしたか」
「……セックス、したい、んだけど」
抑えた声は先細りになって、自然と眉尻が下がる。それだけを言うのにも、真山は随分と緊張した。個室だから誰かに聞かれる、ということはないのだが、慣れない場所で話をするのはいつもよりずっと神経を使った。
でも、今言わなければタイミングを逃してしまいそうで怖くて、早く言わなければと焦っていた。桐野はいいと言ってくれるだろうか。不安で仕方なかった。
だめだと言われても落ち込まないようにしなければ。そんなことをぐるぐると考えてしまう。
「ああ、すまない。色々あったから君が疲れていると思って」
桐野は眉を下げて笑う。
その笑みだけで、真山の胸に渦巻く不安は立ち消えるように姿を消す。桐野の気遣いが心に沁みていく。
「しようか。慎くん」
柔らかな笑みのまま、桐野は目を細めた。
その仕草は真山を柔らかな高揚感で包む。
「うん」
ようやく桐野に抱いてもらえる。
桐野と恋人なってから、初めて身体を重ねることができる。
同居が始まってからというもの、毎日顔を合わせてはいるが、するのはキスくらいだった。
正直なところ、若い真山にはキスだけでは物足りなかった。こっそり一人で処理してはいたが、そろそろ限界だった。
鼓動が早まる。期待と喜びを乗せた血が、全身に運ばれていく。
初めてのあの夜よりも、ずっと近い場所に桐野がいる。
「そろそろ帰ろうか」
「ん」
真山は小さく頷く。
言い出したのは真山なのに、なんだか桐野よりも真山の方が緊張していた。
会計を終えて店を出る。夜の裏通りは人気もなく静かだった。
人通りが少ないからか、桐野はそっと真山の手を取ってくれた。下がった気温のおかげで、桐野の手の温もりがより濃く感じられた。
車までの少しの距離を、手を繋いで歩く。桐野の温もりが、手のひらに滲んで混ざり合うのが心地好かった。
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