夜街迷宮

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夜街迷宮

ぜんぶ愛して*

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 意識が戻ってきたユーシーが最初に見たのは、カーテンの向こうから漏れる青白い光に照らされた天井だった。茶色の天井には、冷たく澄んだ早朝の気配が漂っている。

 重たい瞼にはまだ眠気が色濃く残っていた。散々ルイに抱かれて腰が怠いが、起きられなくはなさそうだった。

 ずっと啼いていたせいで喉が痛い。水が欲しくて視線を彷徨わせると、サイドテーブルにローションのボトルと並んで水のペットボトルが二本見えた。ルイが置いておいてくれたのだろう。
 手に取り、キャップを開けて喉に流し込む。渇ききった喉を、ぬるいミネラルウォーターが潤しながら流れ落ちていく。
 水分を失うばかりだった身体に、ミネラルウォーターが染み渡っていく。そのまま半分ほど飲み干した。

 ボトルをサイドテーブルに戻し、ユーシーは隣にいるルイに視線を落とした。
 ルイは穏やかな寝息をたてている。ユーシーはその頬にそっと触れた。
 指先に伝わってくるルイの温もりが心地好い。
 こうして触れ合うことができて、嬉しい。本当はもう会わないでおこうと思った。きっと受け入れてもらえない。自分の前からルイが去っていくのが怖かった。古い記憶、ユーシーを引き取った両親がユーシーを手放したときに重なる。それが怖かった。

 それなのに、ルイは平然と殺しをしている自分を受け入れて、共に生きたいと教えてくれた。
 もう変えることのできない過去を受け止めてくれたことが嬉しかった。
 未来のことはわからないし、興味もなかった。どうしたいという明確な希望も無かった。ただ今を生きてきた。ずっとそうだった。
 それでも、ルイはずっといてくれるような気がした。
 ルイの瞼が震えて、整った眉がぎゅっと寄せられる。ゆっくり開く瞼の下から、まだ蕩けたままのアイスブルーが顔を出す。

「早起きだね、シャオユー」

 低く甘い声がユーシーの鼓膜を優しく震わせ、頬を撫でていた手に温かい手のひらが重なった。

「ルイ」
「眠れない?」

 ユーシーは首を振る。瞼にはまだ眠気が張り付いていた。

「喉が渇いただけ」
「おいで」

 ルイが布団を捲って、ユーシーはそこに収まる。
 ルイの腕の中に抱き込まれる。素肌に触れるルイの体温に溜め息が漏れ、瞼がとろりと落ち始める。

「後始末はしてあるから」

 そんな声を聞きながら、ユーシーの意識は心地好い温もりに溶け出していった。

 ふわりと戻ってきた意識は瞼越しに感じる眩さに目覚めを急かされて、ユーシーは眉間に皺を寄せた。瞼をゆっくり持ち上げると、もうすっかり明るくなった部屋の天井が目に入る。眠る前にあった温もりが変わらず隣りにあることに気づいて、ユーシーはそちらを見遣り、頬を緩めた。

「ルイ」
「おはよう、シャオユー」

 ルイは隣に寝そべり、なにをするでもなくユーシーの隣にいた。

「おはよ。もう昼?」

 聞くまでもなさそうではあった。部屋は眩いくらいに明るく、ユーシーは思わず目を眇めた。

「うん。お腹はすいてる?」

 ルイは指先でユーシーの顔にかかる前髪を払っていく。

「ん、減ったかも」
「何か食べる?」
「ん」
「じゃあ、メニューを見ようか」

 身体を起こしたルイの腕を掴むと、ルイは不思議そうにユーシーを振り返った。

「ルイ、しねーの?」
「ふふ、シャオユーはしたいの?」
「ん」
「いいよ。しようか」

 ルイの唇が、ユーシーの薄い唇に重なって離れた。触れるだけのキスだというのに、ユーシーはもう物欲しげにルイを見上げてしまう。
 いつかの夜を思い出す。
 食事よりも、セックスをねだったあの夜を。
 そんなユーシーの視線に気付いたルイは笑みを深めて、ユーシーの視界を奪うように覆い被さる。

「たくさん甘えてくれて嬉しい。いっぱい、気持ちよくなって」

 明るい部屋。夜の薄明かりとは違って何もかもがルイに見えてしまう。ユーシーを真っ直ぐ見つめるアイスブルーもはっきりとその色がわかる。
 美しい瞳に見つめられるのはどうにもいたたまれない。それなのに、却ってユーシーの身体は熱を上げていく。
 唇から漏れる吐息が熱い。
 まだろくに触れられていないのに、ユーシーの身体はすっかり昂っていた。
 胸の小さな肉粒は充血して尖り、性器は緩く頭を擡げ、胎は期待に甘く疼く。
 冬の空を思わせる清廉なアイスブルーが、震えるユーシーの痴態を映していた。

「かわいいよ、シャオユー」
「あう、る、い」
「どこから触ろうね」

 ルイの指先は上気した頬をなぞり、震える喉を伝って鎖骨、胸へと滑り降りていく。
 すっかり尖った愛らしい色の肉粒を、ルイの爪先が優しく引っ掻く。

「っう、あ」
「ここは好き?」

 引っ掻いた跡を、指の腹が優しく撫でて、かと思えば胸に押し付けるように押し潰す。

「ん、すき」
「こんなに硬くして。かわいいね、シャオユー」
「あ、ぅ」

 指先で弾くように小刻みに引っ掻かれて、生まれる快感が腰の辺りに溜まっていく。

「きもちい、るい」
「ほら、こっちもしてあげる」
「あ……」

 反対も同じように弄られて、生まれる快感に苛まれる。
 そうしているうちに、緩く頭を擡げるだけだった性器は腹につきそうなほどすっかり反り返っていた。

 ユーシーはルイの下で膝を擦り合わせる。そうやって湧き上がる快感をやり過ごしていないと、はしたなく熱い吐息を漏らしそうだった。咎められるわけでもないのに、ユーシーのささやかな矜持がそうさせていた。
 反り返り、しゃくりあげながら先走りを垂らすユーシーの性器を、ルイの指先が撫でる。

「もうこんなに元気になって」

 ルイの指先が濡れそぼった先端に触れただけで腰が跳ねた。気持ちがいい。溢れ続ける透明な体液を塗り込められながら張り詰めた先端を撫で回されると、腹の底から熱いものがせり上がってくるのを感じた。

「っあ、るい、でる、から」
「いいよ、出してみせて」

 そう言われて、先端の裂け目を抉られると、もう止めることもできなかった。

「っあ、あ」

 ふやけた矜持は容易く取っ払われ、あられもない声を上げてユーシーは腰を突き上げる。ユーシーの昂りは何度も脈打ち、勢いよく吐き出される白濁でルイの手を白く汚していく。
 吐精の余韻で荒い息を繰り返す。頭の中は未だ余韻で白飛びして思考もままならない。

「たくさん出せたね、シャオユー」

 ルイの声は嬉しそうだった。
 余韻の抜けきらないユーシーは胸を喘がせ、濡れた瞳でぼんやりとルイを見上げる。
 ルイは手についた白濁を丁寧に舐め取っていく。

「いい子だね」

 ルイは身体を起こし、膝を擦り合わせたままのユーシーの脚を大きく広げた。
 くたりと腹に横たわる性器の下、愛らしい窄まりがひくつきながら暴かれるのを待っていた。

「るい」

 ユーシーの声に急く音色が混じる。
 ルイはサイドテーブルからローションのボトルを取り、とろみのある液体をすっかり勃ち上がった自身にたっぷりと垂らした。
 逞しい屹立から、ユーシーは目が離せない。
 肌よりも色の暗い赤みを帯びたそれはユーシーのそれとは全く別物のようだった。長く逞しい幹には血管が浮き、先端は丸く張って傘を張ったような段差がある。先端の小さな裂け目からは、透明な雫がとろりと垂れ落ちた。
 もう何度も胎の一番奥まで受け入れたそれを目の前にして、ユーシーは胸を高鳴らせ、息を飲んだ。

「るい、いれて」

 ユーシーの唇から、溜め息のような声が漏れた。
 弾力のある先端が押し付けられ、吸い付くように蠢く窄まりに、ゆっくりと埋まっていく。
 皺を伸ばしながら、張り出した部分が少しずつ潜り込んでいくのを感じながら、ユーシーは深く息を吐いた。
 やがてつるりと段差が飲み込まれ、ユーシーは小さく声を上げた。

 ルイはユーシーの腰を掴み、ゆっくりと腰を進めていく。
 しこりを擦り、ルイが奥の窄まりへ到達する。
優しくノックされる肉襞は甘えるようにルイの先端に吸い付き、奥へと誘った。
 押し付けては離れてを繰り返され、ユーシーの最奥は物欲しげに口を開けはじめた。
 そんなユーシーの一番奥は、ルイのひと突きで容易く陥落した。ユーシーは身体をしならせ、高みへ押し上げられる。

 特濃の快感に視界がちらつく。
 身体は勝手にひくついて、腹の上が熱く濡れている。胸を喘がせ、なんとか空気を取り込む。
 千切れ飛びそうな意識を繋ぐのは、ちらつく視界に映るアイスブルーと、ルイの温もりだった。

 ルイが覆いかぶさり、視界にはルイしか見えない。
 だらしなく開いた脚の間、戦慄く蕾は根元まで深々とルイの昂りを飲み込んでいた。
 溢れたローションでルイの下生えが濡れ、ユーシーの痩せた尻に擦り付けられる。
 ルイの身体の下に閉じ込められ、ずり上がって逃げることもできず、じっくりと浅瀬から奥まで逞しい屹立で嬲られる。

「ひ、っあ」

 ルイが腰を引くと、ユーシーは上擦った声を上げる。熱く熟れた粘膜をこそぐように出ていくルイの屹立に、引き止めるようにユーシーの粘膜がしがみつく。
 昨夜気を失うまで抱かれたというのに、ユーシーの身体は未だルイを求めてやまない。力の入らない手でルイの腕に縋り、薄い胸を大きく喘がせて胎の奥から溢れる快感を享受する。

「きもちい、るい」
「ふ、シャオユーの中、すごく喜んでるみたい」

 ルイに言われると恥ずかしいのに、身体は素直だった。

「ん、ぅ、なか、もっと、して」

 恥ずかしいのに、欲しい気持ちが止まらない。中をぐちゃぐちゃにされたくて堪らなかった。
 ルイは優しく、強く、甘え縋る粘膜を擦る。

「だし、て、いっぱい、だして」
「いいよ。溢れるくらい、出してあげる」

 それから、ルイは緩急をつけて最奥を穿った。射精へと向かうルイの動きは荒々しく、しゃぶりつく最奥を振り切っては突き入れ、柔い粘膜に何度も灼熱の白濁を浴びせ、溢れるほどの白濁を注いだ。
 突かれる度、胎の中に何度も注がれた白濁がかき混ぜられるのを感じながら、多幸感に埋め尽くされたユーシーは意識を失った。



 その後、ユーシー昼過ぎまで眠って、食事はベッドでルイと一緒に食べた。
 食器とトレイを片付けたルイがベッドに戻ってきたところで、ユーシーは思い出したようにルイに言った。

「あの返事、もう少し待って。家族会議中」

 ずっと、保留にしたままだった。もう心は決まったが、組織からの許しはまだ出ないままだった。

「うん。ゆっくり考えて」

 ルイは微笑むばかりでそれ以上言わなかった。
 ベッドの上に二人で並んで話をするのは初めてだった。

「なあ、ルイ」
「なに?」
「まだ、よくわかんねーんだ。誰かのものになる、って。俺、ガキのころ、ずっと売られたり買われたりしてて、……そういうこと?」
「……それ、人身売買ってこと?」

 ルイの表情が硬くなった。それで、ようやくユーシーはまずいことを言ったのだと悟った。ユーシーには、当たり前のことだった。当たり前すぎて、それが一般的にどういうことなのか、わかっていなかった。

「ん、そう。俺、親が死んで、引き取られて、その後ずっと、何処かに売られてて」

 最後の方は声が掠れて尻すぼみになってしまう。どうしたらいいのか、何を言ったらいいのか、わからなかった。

「そっか、ごめん、嫌な思いをさせたね」

 ルイは壊れ物を扱うようにそっとユーシーに触れた。頬を撫でて、髪を梳いて、包み込むようにユーシーを抱きしめた。

「この話は断ってくれて構わないよ」

 ユーシーは首を横に振る。そんなふうに言ってほしくなかった。もう今更、ルイから離れることなんて考えられなかった。

「違う、ルイのものになるのは、嫌じゃねーよ」

 素直な思いを言葉にすると、泣きそうになった。
 口に出すと、ユーシーの中で気持ちが少しずつ形になっていく。
 すき。キスをしたい。抱きしめたい。抱きしめられたい。抱かれたい。一番奥まで、暴かれて、愛されたい。

「俺は、ルイのものに、なりたい」

 勝手に、言葉になっていた。

「なあ、ルイのものになって、どうしたらいい? セックスすればいい? 変態みたいなプレイに付き合ったらいい? あんま変なことは嫌だけど、女装くらいならできるよ」

 ユーシーの精一杯の告白に、ルイは優しく微笑んだ。

「女装は見たいけど、そうだな、君の残りの人生を、僕に一緒に過ごさせて欲しい。楽しいことも辛いことも、一緒にしたい。セックスもしたいし、デートもしたい。シャオユーが風邪をひいたら看病するし、僕が風邪をひいたら看病してほしい。そんなところかな」

 ルイの大きな手のひらが、ユーシーの髪をくしゃりと撫でた。
 そんなことでいいのか、と喉まで出かかった言葉は飲み込んだ。

 ユーシーを欲しがる連中は皆、妙なプレイばかりしたがった。その記憶もだいぶ薄れたが、未だアブノーマルなプレイには抵抗が残る。

 それでも、ルイとならやっていけるような気がした。ルイはいつも、ユーシーを優先してくれる。優しく、甘く、ユーシーに快感だけを与えてくれる。

「変わってるね」

 ルイを見てユーシーは笑う。

「俺みたいな奴、この街にはいっぱいいるのに」

 それこそ、地下闘技場にはユーシーにどこか似た連中が沢山いる。

「シャオユーは一人しかいないよ」
「ほんと変わってる」
「シャオユーは、どうしてあの地下闘技場に?」

 ルイの問いに、ユーシーはその視線をルイに向けた。

「紹介されて。俺、喧嘩っ早いから、喧嘩するならここでしろって」
「僕といる時はこんなにかわいいのに?」
「ルイは優しいから」

 ユーシーは笑う。

「あと、何も考えなくていいから好きなんだ。ただ、相手を殴って、蹴って、倒す。それだけでいいから」

 ユーシーはそこで言葉を切った。視線はシーツの上に落ちて、指先で質感を楽しむようにさらりと撫でる。

「俺には、それしかできない。他には、何もないから」

 ユーシーは膝を抱いた。
 自分に何ができるかわからないまま、ジンやレイに恩返ししたい一心で今までやってきた。実際、それは楽しかったし、他に何ができるわけでもなかった。

 ルイに出会ってから、それは少しだけ変わり始めていた。ルイに愛されることの心地よさを教えられた。ジンともレイとも違う愛され方は新鮮で、温かくて、ユーシーを穏やかな気持ちにした。
 ルイの大きな手が、ユーシーの頭を撫でた。

「教えてくれてありがとう」
「ルイは、こんな俺でいいの?」
「うん」
「とんでもない爆弾抱えてても?」
「いいよ」
「はは、即答すんの」

 ユーシーは笑った。あんなに胸に詰まっていた砂が、今はもうどこかに消え去ってしまった。

「ルイとやってるときは、天国みたいですげえ好き。ずっと、してたいって思う。優しいし、大事にしてくれてるの、わかるから」

 それは嘘ではなかった。ルイとのセックスは、優しさと慈しみに溢れているのを知っている。
 出会ってからひと月も経っていないのに、もうこんなに近くにいるのは不思議な感じがした。
 初めて会ってすぐにセックスしたときはその場限りでよかったのに、時間が経つごとに離れがたくなっていく。拒否されるのが怖くて自ら離れようとしたが、無理だった。
 もう離れられないくらい、ルイの優しさも愛も知ってしまった。

 ルイが目を細めた。
 それでも、そのぎらつきは隠せない。
 紳士ぶったこの男が見せる、どうしょうもなく獣じみた本性を知ってしまった。ルイがひた隠しにする獰猛さが垣間見えるその瞬間がたまらなく好きだった。

「ルイ、もっと、して」
「おいで、シャオユー」

 ルイはユーシーを引き寄せる。
 時間も忘れて、二人は溶け合うように肌を合わせた。
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