かみうみ異譚

はち

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かみうみのそのあと2

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 胎を、この汚い胎を、彼の美しく逞しい肉槍が掻き回す。彼を受け入れた中は爛れたように熱く柔らかくぬめり、肉槍に絡みつく。

「あ、だめ、だめ……」

 ひどく歪な声が漏れた。ざらざらと掠れ、それでいて甘ったるい欲に濡れた声だった。
 いけないとわかっているのに、臍の裏をこつんと突かれ、熱くて溶け出しそうな胎は歓喜に震える。

「きみの胎はこんなに喜んでいるのに、だめなの?」

 咎めるように、胎の奥を肉槍が優しく突き上げる。

「ひ」
「気持ちいいかい?」
「あ……」

 胎の中を掻き回される。粘つく音を立て、これが気持ちいいということだと身体に教え込まれているようだった。

「きもちいい」

 掠れた声で繰り返す。
 気持ちいい。うれしい。身体がバラバラになってしまいそうで、おそるおそるその白い身体にしがみついた。温かくて厚い身体に触れると、それだけで漣の立つ胸が穏やかになる。

 目に映るのは真白い彼の姿ばかりだった。見上げた金色の眼差しは、まだこの夜の色を映している。

 安堵に緩む身体を、胎を、肉槍が掻き回し、突き上げる。
 漏れ出る声は甘く染まり、身体の中全部が甘く熱く爛れてしまったような気さえする。

「マガツヒ、出すよ、受け止めて」

 真白い彼の声がした。
 やがて、胎の中に灼熱が放たれた。それが真白い彼のものだと、すぐにわかった。
 胎が熱くて灼けそうなのに、堪らなく嬉しい。

「マガツヒ、わたしの名を呼んで」

 名を呼ぶ澄んだ声が、欲情に濡れている。それだけで胸が震えた。なのに、マガツヒは彼の名を知らない。

「あ……」

 どうしようもなく懐かしい存在なのに、どんなに探しても、自分の中にその答えはなかった。
 言葉の出てこない口を開け、見つからない答えを探す。そんなマガツヒをを見て、イザナギは目を細めた。

「イザナギ、だよ」

 獰猛さのちらつく笑みと甘く響く声。マガツヒの中で、様々なものが音を立てて繋がった。

 どうしてその名を忘れていたのか。

 自分はイザナギから剥がれ落ちた穢れから生まれた。だから、彼のことをどうしようもなく懐かしく感じるのだ。

「いざなぎ、さま」

 眦からまた一粒、涙が落ちた。
 マガツヒは温かな白い腕の中でか細く啼き、果てた。



 揺蕩う意識がゆっくりと身体に戻ってくる。懐かしさのある感覚だった。
 起きたくない。目覚めたくない。そんな意識を揺り起こすように声がした。

「起きろ」

 落ち着いた響きの、知らない声だった。
 目を開ける。そこは知らない場所だった。あの人と同じ、白い世界が見えたが、あの温もりはなくなっていた。
 ゆっくりと身体を起こす。夜の色の身体と、散らばる赤い髪の束が見えた。

「マガツヒ」

 声の方を見る。真白い彼と似た姿の、自分と同じくらいの大きさの、誰かがいた。

「あ……」

 誰だろうか。マガツヒにはわからなかった。

「俺はナオビ。イザナギさまにお前の世話を任された」
「ナオビ……」

 名を繰り返す。目の前のナオビは少し怒ったような顔でマガツヒを見ている。
 自分のざらざらの声がいけないのか、他に理由があるのか、マガツヒにはわからなかった。

「イザナギさま」

 あの美しいひとの名だ。抱かれながら、囁かれたのを思い出して、それだけで身体が熱くなる。

「まずこれを着ろ」

 ナオビは少し怒ったように言って、薄布の塊をマガツヒに押し付けた。
 マガツヒは一糸纏わぬ姿だった。ずっとこの姿だったのにそれではいけないのかと、マガツヒはきょとんとナオビを見た。

「え……」
「いいから、起きたら、これを着ろ」

 抑揚の少ない声でナオビが繰り返す。

「これ」
「お前の衣だ」

 ナオビは動かないマガツヒの手から薄布の塊を取り上げると、雑にマガツヒの身体に巻き付けた。

「ナオビ、だめ、ナオビが汚れてしまう」
「俺は大丈夫。俺は、お前をなおすのが役目だから、汚れない」
「なおす」

 それがどう言うことかわからなかったが、ナオビはそれ以上喋らなかった。
 汚れない。そう言われたのが嬉しかった。

 身体に巻き付けられたものをまじまじと見る。寝台の周りに幾重にも掛けられたものとよく似た、あの人と同じ、白い色の柔らかな布だった。

 マガツヒはナオビに手を引かれ、寝台から降りて別の場所へ連れて行かれた。部屋にも廊下にも、他には誰の姿もない。
 まだ馴染んでいない身体でマガツヒがふらふらと歩くのを、ナオビは支えながら歩いた。
 ナオビはあの人よりも少し小さくて、マガツヒよりも少し大きい。あの人に似ているのが、マガツヒには少し羨ましかった。
 手を引いて連れてこられたのは、湯殿だった。先程無理矢理巻き付けられた薄布を剥がされる。

「これから、お前を清める」

 ふわふわと、白いものが揺らめきながら漂う部屋へ押し込まれる。温かく湿った空気が心地よい。
 温かい水を頭から浴びるのは気持ちがよかった。

 湯浴みが終わると身体と髪を丁寧に拭かれ、ナオビは髪を櫛で梳かしてくれた。
 緩く波打つ赤い髪はまっすぐに伸び、とろけるような手触りになった。
 そのままでは邪魔だからと、ナオビは髪を結ってくれた。長い髪を左右に分け、耳の下で結うだけの簡単なものだったが、手入れをされるのは楽しかった。

 また布を被せられ、ナオビに手を引かれて元いた場所に戻ってきた。

「もうじき、イザナギさまが帰ってくる。そこにいろ」

 ナオビはそれだけ言って姿が見えなくなった。壁に仕切られた部屋。寝台の周りには、薄い布が何枚もかかっている。
 白くぼやけた空間で、膝を抱いてあのひとを待つ。

 イザナギさまは今何をしているだろう。帰ってきたら、また触れてくれるだろうか。撫でて、名前を呼んでくれるだろうか。
 そんなことを考えながらじっと待っていると、真白い、あの美しいひとがやってきた。
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