仰ぎ見るは宝石の瞳

はち

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 僕は先輩と呼ばれるには、あまりに弱く、力もない。ただ彼より少し早く生まれたというだけ。魔力量も少なく、扱える術式も少ない。召喚は未だに低級な魔獣しか呼べないし、作るゴーレムはまともに動いた試しがない。
 追試と補習の常連の僕は、彼のような魔法使いには、どうやったってなれない。
 だからこそ余計に、焦がれ、憧れる。
 何もかもが完璧な彼に対して抱くのは、尊敬や畏怖の入り混じった憧れだ。



 テルムドル魔法学校。全寮制のこの学校も、夏休みに入ると寄宿舎に残る生徒はほとんどいない。
 皆、夏休みは自宅に帰る。家族と思い思いの時間を過ごすためだ。

 僕、ルカーディア・アルハイトは数少ない居残り組だ。帰る家がないわけではないけれど、家には本当の家族がいるわけでもない。いつまで経っても馴染めない、居心地の悪い場所にいるよりは、宿舎に一人でいたほうが気が楽だった。
 ここは山間部にあるせいか、夏でも涼しい。寝苦しい夜を過ごさなくていいというのもある。
 自分だけここに残るのにももう慣れた。

 宿舎に残る生徒のために、食堂は休まずやっている。
 食堂の端で朝食を摂っていると、彼がやってきた。
 僕より二つ年下で、学校一の天才魔法使いと名高いサフィアス・フーラ・ヴェスティオン。
 性格良し、顔良し、成績良し。
 背も高くて非の打ち所がない、完璧なひと。
 そんな話は、学年の違う僕のところまで流れてくる。
 肩につくくらいの銀髪に、宝石のような赤紫の瞳。端正な顔立ちは年下とは思えないくらいに凛として、芯のある美しさを醸し出している。
 そんな彼は、こともあろうに僕の座る席の前にやってきた。広い食堂には、たくさんの空いた席があるのに。

「ここ、いいですか」
「あ、うん、どうぞ」

 彼は美しい瞳に僕を映す。彼とは正反対の、頬にかかるくらいの黒髪と、青い瞳。背も高くないし、身体も細い。顔立ちだって並だ。なんだか居た堪れない気持ちになって、僕は彼の目から逃れるように俯きがちにパンを口に運ぶ。
 いつも遠くに聴いていた声がすぐそばに聞こえて、鼓動が落ち着かないしパンの味もわからない。

「先輩、ですよね」
「え、ああ、うん」
「よかった、残ってる人がいて」

 ちらりと見上げると、サフィアスは、ほっとしたような顔をした。

「名前、聞いてもいいですか」
「ルカーディア」
「ルカ先輩」
「先輩なんてつけなくていいよ」

 先輩と呼ばれるとなんだかくすぐったい。彼が呼んでくれるなら、先輩なんて付けなくたって気にしないのに。

「だめです」

 サフィアスは、変なところで律儀だった。先輩をつけたがらない奴の方が多いのに。

「ルカ先輩、俺、サフィアスと言います」
「うん、知ってる」
「え」
「サフィアスは、有名だから」

 驚いた顔をするけど、僕とは違ってサフィアスは学校一の有名人だ。知らない奴はいない。家柄にも能力にも恵まれて、成績も常に上位で人柄も良くて。
 友達も多いサフィアスは、わざわざ僕と話さなくてもいいのに。いつもいる取り巻きがいないから寂しいんだろうか。
 そう思うけれど、憧れの存在が図らずも目の前にいるのは少し嬉しかった。

「ルカ先輩、今日は何するんですか?」
「ずっと勉強。課題があるから」

 夏休みで授業はないけど、出された課題がある。補習の多い僕には追加の課題も多い。夏休みとはいえ、あまり休むことはできない。

「俺も一緒にいていいですか」
「え」

 思わず声を上げていた。耳を疑う。僕と、一緒にいていいかとサフィアスは言った。
 本気だろうか。揶揄われているんじゃないだろうか。天才のサフィアスは、落ちこぼれの僕になんて興味ないはずなのに。
 嬉しくて、鼓動がはしゃぎだす。落ち着けと言い聞かせても、なかなか落ち着いてくれない。

「友だち、いるだろ」
「みんな帰っちゃって」

 サフィアスは肩を竦めてみせた。
 サフィアスの家は名門と呼ばれる家柄だ。帰らなくて怒られないんだろうか。
 そんなことを思ったけど、彼の家のことに僕がとやかく言う資格はないので口を噤んだ。

「だめですか?」
「……いいよ」

 美しくきらめく赤紫の瞳に覗き込まれて、僕が断れるはずがない。
 こうして、どういうわけか僕と学校一の天才魔法使いとの夏休みが始まってしまった。
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