ぜんぶのませて

はち

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つがいになる日

全部奪って

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「保さん、ただいま」
「おかえり、誉くん」

 帰宅したスーツ姿の吉井を羽鳥が出迎えてくれた。
 今日は通院のため、羽鳥が有給をとっていたのは吉井も知っていた。
 吉井は部屋着姿の羽鳥に抱きつく。すでに羽鳥は風呂も済ませてあるのか、いい匂いがした。
 そのままじゃれ合うようにリビングへ移動する。

「病院、どうだった?」

 うっすらと甘い匂いのする羽鳥に擦り寄って、吉井は気になっていた診察の結果を訊いた。

「ん、つがいになってパートナーのフェロモンの質が変わったら、ミルクが出る症状も落ち着く可能性はある、って」
「そっか」
「まだ可能性の話だから、どうなるかははっきりとはわからないって。ミルク、止まるかもしれないし、止まらないかも」

 吉井は真っ直ぐに羽鳥を見た。俯きがちに話す羽鳥から視線を離さなかった。彼の震える声すら愛おしい。そうやって自分を伺いながら言葉を紡ぐ姿を、堪らなく愛しく思う。

「……誉くんは、どうしたい?」

 羽鳥が怯えたような視線を吉井に向けた。もうそんな心配しなくていいのに、と思う。
 確かにきっかけはミルクだった。それがなければ、吉井はこんなに羽鳥にのめり込まなかっただろう。
 でも、今となってはそれだけではなかった。
 怯えるような恥じらうような鳶色の瞳が吉井を見るたびに彼に対して抱くのは、庇護欲と独占欲と嗜虐の感情だった。
 フェロモンに当てられれば、Ωの本能はαに奥まで支配されたいと思う。
 羽鳥が吉井を惹きつけるのは、もうミルクだけではない。こんなにも色々なものに惹かれて、今更離れられるわけがない。

「確かに、少し寂しいけど、それで保さんが楽になるなら、その方がいい」

 吉井の本心だった。
 寂しさはあるが、それで羽鳥が楽になるのならその方がいい。羽鳥が苦しんできたことも少しだが知っている。吉井なりに考えた結果だ。

「ほんと?」
「うん。だって、保さん、辛くないほうがいいでしょ」

 羽鳥は、吉井のおかげで今の体質が好きになれたと言ってくれた。羽鳥が自分自身を好きになることに少しでも役に立てたのならよかったと吉井は思う。

「……ミルク、止まっても、その、俺といてくれる?」

 羽鳥がおずおずと吉井を見た。許しを乞うようなその目に、吉井は微笑みを返す。完全無欠のαではない、穏やかで優しくて少しだけ怖がりな羽鳥が好きだった。

「そんなの、当たり前じゃないですか」

 吉井にはもう、羽鳥以外の誰かのことなど考えられなかった。
 吉井の笑みに、羽鳥は鳶色の瞳を潤ませた。

「誉くん、ありがとう。俺でいいの?」

 吉井は羽鳥がわかるまで、何度でも繰り返そうと思った。

「保さんがいいです。保さん、好き」
「ありがとう」

 羽鳥が吉井を抱きしめる。羽鳥からはミルクの甘い匂いがする。

「保さん、俺をつがいにして」

 例え自分が羽鳥の運命のつがいではなくても、もう他のΩに譲ることなど考えられなかった。
 羽鳥に全て奪ってほしい。吉井はそう思っていた。

「うん」

 羽鳥が微笑む。何もかも受け止めてくれるような穏やかな笑みは、吉井を温かいもので満たしていった。
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