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つがいになる日
病院
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半年に一度訪れる大学病院は最近改装したらしく、年季の入った施設は白を基調としたモダンな見た目に変わっていた。前回訪れた時とは別の場所のようになっていて、羽鳥は視線をあちこちに彷徨わせながら目的の受付カウンターを探した。
幸い各診療科の場所は大きくは変わっておらず、案内表示に従って階を上がると目的のカウンターはすぐに見つかった。診療受付と書かれたカウンターには、女性の受付スタッフがいた。
羽鳥が財布から診察券を出すと、受付用のパソコンを操作して受付番号の書かれた紙と診察券を渡された。
羽鳥は休みを取って病院に来ていた。職場からは電車で三十分ほどのところにある大学病院だった。
羽鳥にαの判定が出たのと同じくらいの時期にミルクが出る体質が発覚してから、紹介されて半年に一度通っている病院だった。
椅子の並ぶ待合スペースで待つこと十五分、羽鳥の番号が呼ばれ、羽鳥は診察室へと入った。
「お久しぶりです、羽鳥さん。お元気でしたか」
「はい」
長い付き合いになる内分泌内科の女性医師は変わらず物腰が穏やかで論理的な話し方だった。不要な話をすることはほとんどないので気が楽だった。
「ミルクは変わらず、出ますか?」
「はい」
「出る条件は変わらず?」
「はい」
淡々と問診の受け答えをする。羽鳥は吉井のことを伝えた。
「あの、今、パートナーになろうと考えているΩの相手がいて。その相手とだけ、量が多いような気がします。その、この状況で、パートナーになることで何か変わったりする可能性って、あるんでしょうか。その、ミルクが止まったり、とか」
縋るような気持ちだった。
「そうですね、事例として聞いたことはないですが、パートナーになることでフェロモンの質が変わるなら、今の症状も落ち着く可能性はありますね。まだ研究中の分野ですので、あくまで可能性、ではありますが」
「そうですか……」
「パートナーのフェロモンでだけ反応するなら、それが可能性が高い、とは思います。可能性の話ですし、まだよくわかっていないことが多いのでなんとも言えなくてすみません」
「いえ、大丈夫です」
診察と血液検査を終え、なんとも言えない気分で帰路についた。
嬉しさと寂しさが綯い交ぜになって、いつもは穏やかな胸を小さな波が荒らしていた。
帰りの電車の中、羽鳥は流れる景色を眺めながらぼんやりと考える。もしもミルクが出なくなったら、吉井は喜んでくれるだろうか。それとも悲しむだろうか。
別れることになるなら、それも仕方ない。そう思って、胸がちくりと痛む。
羽鳥は小さく溜め息を吐いた。
もう随分と懐深くまで吉井を入れている自覚はある。別れるとして、すんなり手放すことができるのか、羽鳥は自分に問う。
正直に言えば、別れたくない。吉井の強いところも、熱に浮かされた時に見せる弱いところも、皆大切に思っている。
でも、ミルクがなかったら吉井は自分から離れてしまう気がして、少し悲しくなった。
車窓から見えるのは羽鳥のことなど知らん顔の青く澄んだ空で、羽鳥は小さくため息をついた。
幸い各診療科の場所は大きくは変わっておらず、案内表示に従って階を上がると目的のカウンターはすぐに見つかった。診療受付と書かれたカウンターには、女性の受付スタッフがいた。
羽鳥が財布から診察券を出すと、受付用のパソコンを操作して受付番号の書かれた紙と診察券を渡された。
羽鳥は休みを取って病院に来ていた。職場からは電車で三十分ほどのところにある大学病院だった。
羽鳥にαの判定が出たのと同じくらいの時期にミルクが出る体質が発覚してから、紹介されて半年に一度通っている病院だった。
椅子の並ぶ待合スペースで待つこと十五分、羽鳥の番号が呼ばれ、羽鳥は診察室へと入った。
「お久しぶりです、羽鳥さん。お元気でしたか」
「はい」
長い付き合いになる内分泌内科の女性医師は変わらず物腰が穏やかで論理的な話し方だった。不要な話をすることはほとんどないので気が楽だった。
「ミルクは変わらず、出ますか?」
「はい」
「出る条件は変わらず?」
「はい」
淡々と問診の受け答えをする。羽鳥は吉井のことを伝えた。
「あの、今、パートナーになろうと考えているΩの相手がいて。その相手とだけ、量が多いような気がします。その、この状況で、パートナーになることで何か変わったりする可能性って、あるんでしょうか。その、ミルクが止まったり、とか」
縋るような気持ちだった。
「そうですね、事例として聞いたことはないですが、パートナーになることでフェロモンの質が変わるなら、今の症状も落ち着く可能性はありますね。まだ研究中の分野ですので、あくまで可能性、ではありますが」
「そうですか……」
「パートナーのフェロモンでだけ反応するなら、それが可能性が高い、とは思います。可能性の話ですし、まだよくわかっていないことが多いのでなんとも言えなくてすみません」
「いえ、大丈夫です」
診察と血液検査を終え、なんとも言えない気分で帰路についた。
嬉しさと寂しさが綯い交ぜになって、いつもは穏やかな胸を小さな波が荒らしていた。
帰りの電車の中、羽鳥は流れる景色を眺めながらぼんやりと考える。もしもミルクが出なくなったら、吉井は喜んでくれるだろうか。それとも悲しむだろうか。
別れることになるなら、それも仕方ない。そう思って、胸がちくりと痛む。
羽鳥は小さく溜め息を吐いた。
もう随分と懐深くまで吉井を入れている自覚はある。別れるとして、すんなり手放すことができるのか、羽鳥は自分に問う。
正直に言えば、別れたくない。吉井の強いところも、熱に浮かされた時に見せる弱いところも、皆大切に思っている。
でも、ミルクがなかったら吉井は自分から離れてしまう気がして、少し悲しくなった。
車窓から見えるのは羽鳥のことなど知らん顔の青く澄んだ空で、羽鳥は小さくため息をついた。
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