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αのミルクとΩの恋心
二人の話
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行為の熱も落ち着いた頃、二人はミルク塗れの服とシーツを洗濯機に放り込み、シャワーを浴びた。
ヒート中のフェロモンに当てられたミルクは濃く、出した羽鳥も浴びた吉井も二人ともベタベタになっていた。
シャワーで身体を清めた後、柔らかなタオルで互いを拭き合う。
「誉くん、ヒートは?」
羽鳥が吉井の濡れた髪を拭いていく。
そういえば羽鳥にはヒートのタイミングを伝えていなかったことを思い出した。
「ん、先月終わりました」
「先月? ひとりで?」
羽鳥はタオルの下の吉井の顔を覗き込んだ。
「うん」
何かまずかっただろうかと思いながら吉井は頷く。ヒートは一人で過ごすのが当たり前だったし、その方が気が楽だった。
「うちに来ればよかったのに。ひとりだと、しんどいでしょ」
羽鳥に言われて、吉井は慌てた。
自分にも影響が出ることをわからないわけではないだろうに、羽鳥は風邪か何かのように言う。
「っ、だめだよ、ヒートのときなんて、絶対、保さんに、迷惑かけるから」
ヒートのときの自分を見られるのは恥ずかしかった。何もできず、理性も失ってただ自分を慰めるしかできないのに、そんな状態の自分を羽鳥に見られるのかと思うと、恥ずかしくてどうにかなってしまいそうだった。
それに、そんな状態で羽鳥を前にして、羽鳥を求めずにいられる自信がない。はしたなくねだって、身も世もなく啼いてしまうのが目に見えている。
「俺は構わないよ。誉くんひとりで苦しいを思いさせたくないし」
羽鳥の口調からは、そんな自分も受け入れてくれそうな、そんな優しさと強さを感じた。
「……ヒートのときに保さんとしたら、絶対孕むって。……ピル、飲んでるけど」
どうなってしまうのか怖いのと、気持ちいいだろうという期待があった。そして何より、もし子供ができたらと考えると、そんな迷惑はとてもかけられない。
「じゃあ、やめる?」
羽鳥は困ったように笑いながら吉井の顔を覗き込んだ。ちらりと見た羽鳥の顔にはやめるつもりなんてないと書いてある。吉井にはそれが嬉しかった。
「やだ……」
吉井は羽鳥の肩口に額を押し付ける。
すっかり羽鳥に絆されていた。
ずっとαとの接触を避けてきた吉井だったが、羽鳥となら、そうなってもいいかもと思い始めていた。
「俺も準備しておくから、次はうちで一緒に過ごそう」
羽鳥の手が、項から背中を優しく撫でる。風呂上がりの温かな手のひらが心地好い。
「ありがとう、保さん」
「それでね、誉くん」
まだ熱の残る吉井の頬を、羽鳥の指先が撫でた。
「よかったら俺と付き合って欲しい。セフレみたいな関係でもいいけど、できるなら誉くんとはちゃんと向き合いたいんだ。だめかな?」
羽鳥が、真っ直ぐ正面から吉井を見つめていた。温かな鳶色の眼差しに、心臓が跳ねた。
そんなふうに見つめられて、冷静でいられるほど吉井は羽鳥に対して感情が薄いわけではない。
自分が選ばれるとは思っていなかったから、自分から付き合いたいと言うつもりはなかっただけで。
たくさん愛されたいと思う気持ちを押し込めていた。
だから、羽鳥がそんな風に言ってくれるなんて、夢にも思わなかった。
吉井に断る理由は無かった。
「いい、よ」
吉井の声は掠れていた。喉が引き攣って、痛い。嬉しくて、泣きそうだった。
「保さん、俺でいいの? 俺といたら、ミルク出るじゃん。嫌じゃ、ねーの?」
吉井に付き合ってくれてはいるが、羽鳥がこの特異な体質をあまり好きではないということは言われなくてもわかっていた。
「うん、俺は誉くんがいい。この体質、嫌いだったけど、誉くんのおかげで少し好きになれたから」
羽鳥は穏やかな表情のまま続けた。
「そうじゃなかったら、今日みたいな時に呼んだりしないよ」
羽鳥がふわりと笑った。優しい笑顔だった。
「誉くん、大事にするから」
その一言で十分だった。羽鳥なら、間違いなくそうしてくれるだろうと思えた。
「保さん、ありがとう。よろしくお願いします」
「うん、よろしくね」
嬉しかった。嬉しくて嬉しくて、胸が痛い。心臓が、ぎゅうぎゅうと締め付けられる。
「っ、うれしい」
「ああ、ほら、泣かないで」
羽鳥の両手が吉井の頬を包んだ。
「っう、たもつ、さ」
涙で濡れた顔が、羽鳥に晒される。
そうしている間にも、吉井の涙は止まらない。
「好きだよ、誉くん」
柔らかな低音が愛を囁く。吉井はぼやけた羽鳥に必死で焦点を合わせようとするが、うまくいかない。
「っ、おれ、も、すき」
また涙が溢れた。
笑いたいのに、顔がぐちゃぐちゃになってしまう。
濡れた頬を、羽鳥の手が拭ってくれた。
「ふふ、よかった」
ちゅ、とわざと音を立てて羽鳥が唇を重ねた。
「かわいい、誉くん」
こうして、二人の正式なお付き合いが始まった。
週末には決まって、羽鳥の家に吉井が泊まるようになっていた。
深夜、一戦終えて見るも無惨な状態だったベッドは整えられ、熱の落ち着いた二人が寄り添ってのんびりと話を続けていた。
「抑制剤なしで俺にヒートきたら、保さんどうなっちゃうんですかね」
ふと思いついたことを、吉井が口にした。知らないΩのヒート中のフェロモンに当てられてあんな状態だった羽鳥が、自分のヒート中のフェロモンでどうなってしまうのか、興味があった。
「あ……、どうなるんだろ。やばいかな」
羽鳥は笑う。そうなるのは羽鳥なのに、どこか楽しそうにしている。
「俺のフェロモンで、ミルクたくさん噴いちゃうかもね」
吉井が悪戯ぽく笑うと、羽鳥は優しく髪を撫でた。
「ふふ、そうかも。誉くん、いい匂いするし」
「今度、試してみましょ。俺、休み取れるんで」
「え……、うそ、ほんとに?」
まさか吉井が休みをとってくれるとは思っていなかったのか、羽鳥は目を輝かせた。羽鳥も興味があるのだとわかって、吉井は安堵した。
「うちの学校、申請出したらヒート休暇取れるんですよ」
「そうなんだ、最近の学校はちゃんとしてるね」
どちらからとなく笑い合う。
羽鳥は柔らかな低音で続けた。
「楽しみにしてるね、誉くん」
二人が休みをとってヒート期間を一緒に過ごすのは、もう少し先の話。
ヒート中のフェロモンに当てられたミルクは濃く、出した羽鳥も浴びた吉井も二人ともベタベタになっていた。
シャワーで身体を清めた後、柔らかなタオルで互いを拭き合う。
「誉くん、ヒートは?」
羽鳥が吉井の濡れた髪を拭いていく。
そういえば羽鳥にはヒートのタイミングを伝えていなかったことを思い出した。
「ん、先月終わりました」
「先月? ひとりで?」
羽鳥はタオルの下の吉井の顔を覗き込んだ。
「うん」
何かまずかっただろうかと思いながら吉井は頷く。ヒートは一人で過ごすのが当たり前だったし、その方が気が楽だった。
「うちに来ればよかったのに。ひとりだと、しんどいでしょ」
羽鳥に言われて、吉井は慌てた。
自分にも影響が出ることをわからないわけではないだろうに、羽鳥は風邪か何かのように言う。
「っ、だめだよ、ヒートのときなんて、絶対、保さんに、迷惑かけるから」
ヒートのときの自分を見られるのは恥ずかしかった。何もできず、理性も失ってただ自分を慰めるしかできないのに、そんな状態の自分を羽鳥に見られるのかと思うと、恥ずかしくてどうにかなってしまいそうだった。
それに、そんな状態で羽鳥を前にして、羽鳥を求めずにいられる自信がない。はしたなくねだって、身も世もなく啼いてしまうのが目に見えている。
「俺は構わないよ。誉くんひとりで苦しいを思いさせたくないし」
羽鳥の口調からは、そんな自分も受け入れてくれそうな、そんな優しさと強さを感じた。
「……ヒートのときに保さんとしたら、絶対孕むって。……ピル、飲んでるけど」
どうなってしまうのか怖いのと、気持ちいいだろうという期待があった。そして何より、もし子供ができたらと考えると、そんな迷惑はとてもかけられない。
「じゃあ、やめる?」
羽鳥は困ったように笑いながら吉井の顔を覗き込んだ。ちらりと見た羽鳥の顔にはやめるつもりなんてないと書いてある。吉井にはそれが嬉しかった。
「やだ……」
吉井は羽鳥の肩口に額を押し付ける。
すっかり羽鳥に絆されていた。
ずっとαとの接触を避けてきた吉井だったが、羽鳥となら、そうなってもいいかもと思い始めていた。
「俺も準備しておくから、次はうちで一緒に過ごそう」
羽鳥の手が、項から背中を優しく撫でる。風呂上がりの温かな手のひらが心地好い。
「ありがとう、保さん」
「それでね、誉くん」
まだ熱の残る吉井の頬を、羽鳥の指先が撫でた。
「よかったら俺と付き合って欲しい。セフレみたいな関係でもいいけど、できるなら誉くんとはちゃんと向き合いたいんだ。だめかな?」
羽鳥が、真っ直ぐ正面から吉井を見つめていた。温かな鳶色の眼差しに、心臓が跳ねた。
そんなふうに見つめられて、冷静でいられるほど吉井は羽鳥に対して感情が薄いわけではない。
自分が選ばれるとは思っていなかったから、自分から付き合いたいと言うつもりはなかっただけで。
たくさん愛されたいと思う気持ちを押し込めていた。
だから、羽鳥がそんな風に言ってくれるなんて、夢にも思わなかった。
吉井に断る理由は無かった。
「いい、よ」
吉井の声は掠れていた。喉が引き攣って、痛い。嬉しくて、泣きそうだった。
「保さん、俺でいいの? 俺といたら、ミルク出るじゃん。嫌じゃ、ねーの?」
吉井に付き合ってくれてはいるが、羽鳥がこの特異な体質をあまり好きではないということは言われなくてもわかっていた。
「うん、俺は誉くんがいい。この体質、嫌いだったけど、誉くんのおかげで少し好きになれたから」
羽鳥は穏やかな表情のまま続けた。
「そうじゃなかったら、今日みたいな時に呼んだりしないよ」
羽鳥がふわりと笑った。優しい笑顔だった。
「誉くん、大事にするから」
その一言で十分だった。羽鳥なら、間違いなくそうしてくれるだろうと思えた。
「保さん、ありがとう。よろしくお願いします」
「うん、よろしくね」
嬉しかった。嬉しくて嬉しくて、胸が痛い。心臓が、ぎゅうぎゅうと締め付けられる。
「っ、うれしい」
「ああ、ほら、泣かないで」
羽鳥の両手が吉井の頬を包んだ。
「っう、たもつ、さ」
涙で濡れた顔が、羽鳥に晒される。
そうしている間にも、吉井の涙は止まらない。
「好きだよ、誉くん」
柔らかな低音が愛を囁く。吉井はぼやけた羽鳥に必死で焦点を合わせようとするが、うまくいかない。
「っ、おれ、も、すき」
また涙が溢れた。
笑いたいのに、顔がぐちゃぐちゃになってしまう。
濡れた頬を、羽鳥の手が拭ってくれた。
「ふふ、よかった」
ちゅ、とわざと音を立てて羽鳥が唇を重ねた。
「かわいい、誉くん」
こうして、二人の正式なお付き合いが始まった。
週末には決まって、羽鳥の家に吉井が泊まるようになっていた。
深夜、一戦終えて見るも無惨な状態だったベッドは整えられ、熱の落ち着いた二人が寄り添ってのんびりと話を続けていた。
「抑制剤なしで俺にヒートきたら、保さんどうなっちゃうんですかね」
ふと思いついたことを、吉井が口にした。知らないΩのヒート中のフェロモンに当てられてあんな状態だった羽鳥が、自分のヒート中のフェロモンでどうなってしまうのか、興味があった。
「あ……、どうなるんだろ。やばいかな」
羽鳥は笑う。そうなるのは羽鳥なのに、どこか楽しそうにしている。
「俺のフェロモンで、ミルクたくさん噴いちゃうかもね」
吉井が悪戯ぽく笑うと、羽鳥は優しく髪を撫でた。
「ふふ、そうかも。誉くん、いい匂いするし」
「今度、試してみましょ。俺、休み取れるんで」
「え……、うそ、ほんとに?」
まさか吉井が休みをとってくれるとは思っていなかったのか、羽鳥は目を輝かせた。羽鳥も興味があるのだとわかって、吉井は安堵した。
「うちの学校、申請出したらヒート休暇取れるんですよ」
「そうなんだ、最近の学校はちゃんとしてるね」
どちらからとなく笑い合う。
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