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宗慈編
ミロクさま
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意識が戻ったのは、薄明かりの中だった。
ふわふわと身体が浮くような感覚に、うっすらと感じる温もり。感じていた寒さはもう感じない。
誰かに抱き抱えられているようだった。
背中に、大事そうに自分を抱き抱える腕を感じる。自分はそれなりに体格のいい成人男性だという自覚はある。それを抱き上げるとなれば、自分よりもずっと逞しい人間だろう。
宗慈はまだはっきりしない意識の中、そんなことを考えた。
「あ……、誰?」
自分は遭難して、山の中にいたはず。なのに、今は明るく、温かい。
ここはどこだろうと目を開けると、早朝の霧の中のような、青白く明るい場所だった。
上を見上げると暗い色の木の柱や梁が見える。
和風の、古い家のようだ。誰かの家だろうか。
自分は助かったのか、ぼんやりと思考を巡らせる。服は遭難した時のままで、靴は脱がされていた。荷物はない。自分だけここへ連れて来られたようだった。
自分を抱き上げる誰かを見ようと宗慈は視線を持ち上げる。
そこには、見知らぬ美しい男がいた。
目が覚めるような、美しい顔立ちの男だった。
肩くらいの長さの艶やかな銀髪、白いまつ毛、瞳は金色で、纏うのは白銀の着物だった。透けるような白い肌、背丈は宗慈と同じくらいだろうか。
人間離れした、というよりは人ならざる気配を感じた。宗慈には霊感などないのに、そう思った。異質な存在であることはわかったのに、どこか感じる神々しさのようなものに圧倒され、声を上げることも忘れていた。
「おや、お目覚めだね」
男は金色の目を細めて微笑む。低い男の声だが、美しく澄んだ響きをしていた。
「あ、あの、ここは」
「私の宮だよ」
「み、や?」
神社か何かだろうか。巳禄山に神社があるとは聞いたことがない。あの、門のようなものと関係があるのだろうか。宗慈の思考ではそれ以上の答えは見つからなかった。
「門の下で火が焚かれていたのでね」
「あ……、すみません、俺、遭難して、雨宿りを」
緊急だったとはいえ、火を使ってはいけない場所だったのか、と申し訳ない気持ちになった。
千切れた注連縄を思い出す。この宮に関連する施設だったのだろうか。
「遭難? 迷ったのか。怪我はない?」
「大丈夫、です」
ミロクの問いに、宗慈は素直に答えた。
幸い、痛いところはない。だから降ろしてもらいたいのに、男は穏やかに微笑むばかりで宗慈を降ろしてはくれなかった。自分と同じくらいか、下手すれば自分より細そうなのに、男は涼しい顔で宗慈を抱き上げ歩いている。
「あの、大丈夫なので、降ろしてください、歩けますから」
「遠慮しなくていいよ。もう着くから」
そう言った男は宗慈を抱えたまましばらく静かな廊下を歩いた。
渡り廊下のようなそこは耳が痛くなるような静けさに包まれていた。僅かな衣擦れの音と、木の床板を踏み締める音が響いては散っていく。
辺りは濃い霧に包まれているようで景色は見えないのが宗慈には少し残念だった。
男がようやく降ろしてくれたのは、部屋の前に着いたからだった。
男はそのまま目の前の障子を開け、宗慈は和室に通された。
部屋は十畳ほどの広さの和室だった。家具などは何もない部屋に、厚みのある座布団だけが二つ置いてある。
「あの、おれ、は、助かったんですか?」
宗慈はぼんやりと部屋を見回す。
「うん、私が宮に連れてきたからね、あのまま死なせてしまうのは可哀想だったから」
やはり、死にそうな状態だったのだろうか。命拾いしたのだと内心で胸を撫で下ろした。
「お腹、減っただろう?」
腹は減っている。山では簡単な食事をしただけだった。安心して緊張が解けたからか、急に空腹を感じた。
ふわふわと身体が浮くような感覚に、うっすらと感じる温もり。感じていた寒さはもう感じない。
誰かに抱き抱えられているようだった。
背中に、大事そうに自分を抱き抱える腕を感じる。自分はそれなりに体格のいい成人男性だという自覚はある。それを抱き上げるとなれば、自分よりもずっと逞しい人間だろう。
宗慈はまだはっきりしない意識の中、そんなことを考えた。
「あ……、誰?」
自分は遭難して、山の中にいたはず。なのに、今は明るく、温かい。
ここはどこだろうと目を開けると、早朝の霧の中のような、青白く明るい場所だった。
上を見上げると暗い色の木の柱や梁が見える。
和風の、古い家のようだ。誰かの家だろうか。
自分は助かったのか、ぼんやりと思考を巡らせる。服は遭難した時のままで、靴は脱がされていた。荷物はない。自分だけここへ連れて来られたようだった。
自分を抱き上げる誰かを見ようと宗慈は視線を持ち上げる。
そこには、見知らぬ美しい男がいた。
目が覚めるような、美しい顔立ちの男だった。
肩くらいの長さの艶やかな銀髪、白いまつ毛、瞳は金色で、纏うのは白銀の着物だった。透けるような白い肌、背丈は宗慈と同じくらいだろうか。
人間離れした、というよりは人ならざる気配を感じた。宗慈には霊感などないのに、そう思った。異質な存在であることはわかったのに、どこか感じる神々しさのようなものに圧倒され、声を上げることも忘れていた。
「おや、お目覚めだね」
男は金色の目を細めて微笑む。低い男の声だが、美しく澄んだ響きをしていた。
「あ、あの、ここは」
「私の宮だよ」
「み、や?」
神社か何かだろうか。巳禄山に神社があるとは聞いたことがない。あの、門のようなものと関係があるのだろうか。宗慈の思考ではそれ以上の答えは見つからなかった。
「門の下で火が焚かれていたのでね」
「あ……、すみません、俺、遭難して、雨宿りを」
緊急だったとはいえ、火を使ってはいけない場所だったのか、と申し訳ない気持ちになった。
千切れた注連縄を思い出す。この宮に関連する施設だったのだろうか。
「遭難? 迷ったのか。怪我はない?」
「大丈夫、です」
ミロクの問いに、宗慈は素直に答えた。
幸い、痛いところはない。だから降ろしてもらいたいのに、男は穏やかに微笑むばかりで宗慈を降ろしてはくれなかった。自分と同じくらいか、下手すれば自分より細そうなのに、男は涼しい顔で宗慈を抱き上げ歩いている。
「あの、大丈夫なので、降ろしてください、歩けますから」
「遠慮しなくていいよ。もう着くから」
そう言った男は宗慈を抱えたまましばらく静かな廊下を歩いた。
渡り廊下のようなそこは耳が痛くなるような静けさに包まれていた。僅かな衣擦れの音と、木の床板を踏み締める音が響いては散っていく。
辺りは濃い霧に包まれているようで景色は見えないのが宗慈には少し残念だった。
男がようやく降ろしてくれたのは、部屋の前に着いたからだった。
男はそのまま目の前の障子を開け、宗慈は和室に通された。
部屋は十畳ほどの広さの和室だった。家具などは何もない部屋に、厚みのある座布団だけが二つ置いてある。
「あの、おれ、は、助かったんですか?」
宗慈はぼんやりと部屋を見回す。
「うん、私が宮に連れてきたからね、あのまま死なせてしまうのは可哀想だったから」
やはり、死にそうな状態だったのだろうか。命拾いしたのだと内心で胸を撫で下ろした。
「お腹、減っただろう?」
腹は減っている。山では簡単な食事をしただけだった。安心して緊張が解けたからか、急に空腹を感じた。
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