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後日譚
竜王の宮にて
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白い壁に、大きな窓。差し込むのは眩い光。高い天井は、大聖堂のようだった。
竜王の宮は内部にまで美しい装飾が施されていた。柱や壁には植物の意匠が彫られている。
「お待ちしておりました、黒き竜王の花嫁」
白い廊下に並ぶ侍従たちが口々に歓迎の言葉を口にする。竜人に、鳥人、獣人、エルフ、人間もいる。地上にもいる種族が並ぶさまは、不思議なものだった。
アウファトとジェジーニアを先導するのはフィノイクスだ。
「ここにいるのは、地上から召し上げられたものたちだよ。竜王に連れてこられたもの、自ら志願したものもいる」
皆、笑顔でアウファトを迎えてくれる。こんなふうに歓迎されるのは不思議な気分だった。
回廊を抜けた先に扉が見えた。黒に近い深い茶色の、背の高い木の扉だ。
扉の前でフィノイクスが足を止めた。
「ここが君たちの部屋だよ」
通された部屋は、アウファトの家の寝室よりもずっと広かった。奥には大きな寝台があった。家の寝台よりもずっと大きく、薄絹のような美しい布が天蓋から幾重にも垂れ落ちている。
「しばらくここでゆっくりして。足りないものはすぐに用意するよ」
「ありがとう。いいのか、本当に、こんな立派な部屋」
「ああ。ここは君とジェジーニアのための部屋だからね。部屋の外に侍従がいるから、何かあったら声をかけて」
フィノイクスは微笑みを残して部屋を出ていった。
部屋には、アウファトとジェジーニアだけが残された。
真昼の明るさの部屋。大きな窓から見えるのは青空ばかりだった。
静かだった。呼吸の音まで聞こえそうなくらい、部屋には音がない。なんだか落ち着かなくてアウファトは隣にいるジェジーニアを見た。
「ジジ」
「ン」
ジェジーニアは何も言わずとも手を握ってくれた。
「あう、ベッドに行こう」
そのまま手を引かれて、アウファトはベッドへと導かれる。ジェジーニアの手が寝台を覆う薄布を除けた。
白いシーツのかけられた寝台からは清廉な花の香りがする。
アウファトが腰掛けると、そのまま寝台へと押し倒された。
「あうと一緒にここに来られて嬉しい。あうは、寂しくない?」
慣れない場所へ連れてきたことを、ジェジーニアなりに心配していたようだった。
「ああ。大丈夫だ」
「ふふ、よかった」
「ジジ」
「あう、卵に、ご飯だよ」
「ん」
唇が重なり、流れ込んでくるジェジーニアの力がアウファトを満たしていく。アウファトは腹を撫でる。この力が腹にある卵へ流れていくのかと思うと、なんだか何もかもが愛おしく思えた。
これが母性というものなのか。アウファトは自分に母性があるとは思えなかった。
腹を撫でるアウファトの手に、ジェジーニアの手のひらが重なった。
唇が静かに離れた。
「もうすぐだね。もうすぐ、この子が生まれる」
ジェジーニアの声は少しだけ震えていた。
「そうだな。ジジが父親で、俺が母親か」
アウファトはなんだか不思議な感覚に襲われた。自分もジェジーニアも、親になる。まだジェジーニアの親みたいな気分でいるのに、そのジェジーニアはアウファトの伴侶で、腹にある卵の父親だ。
「ん、あうも卵も、大切にする」
「ああ。そうしてくれ。産卵なんて、したことないからな」
アウファトは苦笑いした。人間が卵を産んだ話なんて聞いたことがない。記録に残しておいたら、後々竜王に見初められた人間の役に立てるかもしれない。
あとで紙とペンはあるか聞いてみようと考えていると、ジェジーニアの唇が降ってきて額に触れた。
「ここにはみんないる。みんなが助けてくれるから、大丈夫だよ」
ジェジーニアの穏やかな声に、アウファトは胸に芽生えた小さな不安まで残らず摘まれてしまった。そうなればもう、アウファトの胸に残るのは温かくてくすぐったいジェジーニアへの想いだけだ。
「あう、すきだよ」
「ん」
アウファトの胸の内まで見透かしたようなジェジーニアの柔らかな声がアウファトの鼓膜を震わせる。
ジェジーニアの口づけは、何度も降ってきて顔中に落ちる。
明るい時間からこうしてジェジーニアとベッドで戯れるのは久しぶりだ。
唇が重なれば、何度も角度を変えて、啄むような口づけへと変わる。触れるだけではもどかしくて、アウファトは誘うように舌を差し出す。
ジェジーニアは舌を絡め取ると、そっと吸い上げた。
温かな吐息が混ざり合う。唾液で濡れた舌先が触れ合って、鼓動は熱を帯びて早まっていく。
こんなに明るい中、扉の向こうには侍従もいるのに。アウファトの身体はもう、つがいを欲しがっていた。
「ジジ」
物欲しげな声を、ジェジーニアは笑みとともに受け止めた。
「少しだけね。あうの声は、俺だけのものだよ」
そんな甘やかな声に、アウファトは溶かされる。明るい、真っ白い寝台で、秘めやかな声を上げてアウファトはジェジーニアに優しく愛されたのだった。
竜王の宮は内部にまで美しい装飾が施されていた。柱や壁には植物の意匠が彫られている。
「お待ちしておりました、黒き竜王の花嫁」
白い廊下に並ぶ侍従たちが口々に歓迎の言葉を口にする。竜人に、鳥人、獣人、エルフ、人間もいる。地上にもいる種族が並ぶさまは、不思議なものだった。
アウファトとジェジーニアを先導するのはフィノイクスだ。
「ここにいるのは、地上から召し上げられたものたちだよ。竜王に連れてこられたもの、自ら志願したものもいる」
皆、笑顔でアウファトを迎えてくれる。こんなふうに歓迎されるのは不思議な気分だった。
回廊を抜けた先に扉が見えた。黒に近い深い茶色の、背の高い木の扉だ。
扉の前でフィノイクスが足を止めた。
「ここが君たちの部屋だよ」
通された部屋は、アウファトの家の寝室よりもずっと広かった。奥には大きな寝台があった。家の寝台よりもずっと大きく、薄絹のような美しい布が天蓋から幾重にも垂れ落ちている。
「しばらくここでゆっくりして。足りないものはすぐに用意するよ」
「ありがとう。いいのか、本当に、こんな立派な部屋」
「ああ。ここは君とジェジーニアのための部屋だからね。部屋の外に侍従がいるから、何かあったら声をかけて」
フィノイクスは微笑みを残して部屋を出ていった。
部屋には、アウファトとジェジーニアだけが残された。
真昼の明るさの部屋。大きな窓から見えるのは青空ばかりだった。
静かだった。呼吸の音まで聞こえそうなくらい、部屋には音がない。なんだか落ち着かなくてアウファトは隣にいるジェジーニアを見た。
「ジジ」
「ン」
ジェジーニアは何も言わずとも手を握ってくれた。
「あう、ベッドに行こう」
そのまま手を引かれて、アウファトはベッドへと導かれる。ジェジーニアの手が寝台を覆う薄布を除けた。
白いシーツのかけられた寝台からは清廉な花の香りがする。
アウファトが腰掛けると、そのまま寝台へと押し倒された。
「あうと一緒にここに来られて嬉しい。あうは、寂しくない?」
慣れない場所へ連れてきたことを、ジェジーニアなりに心配していたようだった。
「ああ。大丈夫だ」
「ふふ、よかった」
「ジジ」
「あう、卵に、ご飯だよ」
「ん」
唇が重なり、流れ込んでくるジェジーニアの力がアウファトを満たしていく。アウファトは腹を撫でる。この力が腹にある卵へ流れていくのかと思うと、なんだか何もかもが愛おしく思えた。
これが母性というものなのか。アウファトは自分に母性があるとは思えなかった。
腹を撫でるアウファトの手に、ジェジーニアの手のひらが重なった。
唇が静かに離れた。
「もうすぐだね。もうすぐ、この子が生まれる」
ジェジーニアの声は少しだけ震えていた。
「そうだな。ジジが父親で、俺が母親か」
アウファトはなんだか不思議な感覚に襲われた。自分もジェジーニアも、親になる。まだジェジーニアの親みたいな気分でいるのに、そのジェジーニアはアウファトの伴侶で、腹にある卵の父親だ。
「ん、あうも卵も、大切にする」
「ああ。そうしてくれ。産卵なんて、したことないからな」
アウファトは苦笑いした。人間が卵を産んだ話なんて聞いたことがない。記録に残しておいたら、後々竜王に見初められた人間の役に立てるかもしれない。
あとで紙とペンはあるか聞いてみようと考えていると、ジェジーニアの唇が降ってきて額に触れた。
「ここにはみんないる。みんなが助けてくれるから、大丈夫だよ」
ジェジーニアの穏やかな声に、アウファトは胸に芽生えた小さな不安まで残らず摘まれてしまった。そうなればもう、アウファトの胸に残るのは温かくてくすぐったいジェジーニアへの想いだけだ。
「あう、すきだよ」
「ん」
アウファトの胸の内まで見透かしたようなジェジーニアの柔らかな声がアウファトの鼓膜を震わせる。
ジェジーニアの口づけは、何度も降ってきて顔中に落ちる。
明るい時間からこうしてジェジーニアとベッドで戯れるのは久しぶりだ。
唇が重なれば、何度も角度を変えて、啄むような口づけへと変わる。触れるだけではもどかしくて、アウファトは誘うように舌を差し出す。
ジェジーニアは舌を絡め取ると、そっと吸い上げた。
温かな吐息が混ざり合う。唾液で濡れた舌先が触れ合って、鼓動は熱を帯びて早まっていく。
こんなに明るい中、扉の向こうには侍従もいるのに。アウファトの身体はもう、つがいを欲しがっていた。
「ジジ」
物欲しげな声を、ジェジーニアは笑みとともに受け止めた。
「少しだけね。あうの声は、俺だけのものだよ」
そんな甘やかな声に、アウファトは溶かされる。明るい、真っ白い寝台で、秘めやかな声を上げてアウファトはジェジーニアに優しく愛されたのだった。
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