【完結】ゼジニアの白い揺籠

はち

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後日譚

卵の行方

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 卵が生まれるまで、ジェジーニアはアウファトのもとにいる許しを得た。
 それから、ジェジーニアは毎日アウファトのそばにいる。朝から晩まで、飽きないのかと思うくらいにアウファトのそばを離れなかった。
 時々研究所に出向くのにもついてくるが、講義の間はおとなしくしているのでアウファトは何も言わなかった。
 ジェジーニアも卵が気がかりなのだろう。
 お腹に卵があるとはいえ、研究者へ出向くことは問題なかった。体調が崩れることもなく、アウファトはいつも通りの生活を続けていた。

 変わったことといえば、以前よりも頻繁にフィノイクスが様子を見にやってくることだ。

 ある日の午後、書斎のソファで寛ぐアウファトのもとにフィノイクスがやってきた。

「アウファト、体調はどう?」

 フィノイクスは神出鬼没だ。家の中へも平然とやってくるが、アウファトはもう驚かなかった。ジェジーニアも怒る様子はなく、フィノイクスも特段気にする様子もない。

「特に変わりはないが、腹の違和感が大きくなった気がする」
「ン、卵、大きくなった」

 アウファトに寄り添うように隣にいるジェジーニアははっきりと言葉にした。どうやらアウファトよりもジェジーニアの方が卵の状態を把握しているらしい。
 ジェジーニアの言葉に、フィノイクスが目を細めた。

「そろそろだね。しばらく休めそう?」

 このところフィノイクスから何度も言われてきたことだった。
 卵を産むのは体力を使う。竜王の宮に連れて行くからしばらく休めないか、というものだった。

「ああ。しばらく休みをもらった。本当に、その、半年でいいのか」
「うん。体調はすぐに戻るはずだからね。後の世話は僕たちがするし、アウファトはゆっくり休んでくれたらいいよ」

 卵を産むために休みを取れないかと言われたアウファトは、研究所の所長に相談したところ快く了承してもらえた。半年もの長い休みをもらうのは初めてだったが、アウファトが竜王のつがいになったことは誰もが知るところとなり、文句を言うものは誰もいなかった。

 アウファトは腹を撫でる。不思議だった。相変わらず腹は減らない。だが、ようやく腹に何かあることがわかってきた。臍の下あたりに、丸い何かがあるのがわかる。

「本当に、卵があるんだな」
「ふふ。そろそろ産まれても良さそうかな」

 フィノイクスは目を細め、慈愛に満ちた目をアウファトへと向ける。

「アウファト。本当は、卵は竜王の宮に置いておいた方がいいんだ。竜王の卵は繊細だ。できるだけ清浄な場所に置いてあげた方がいい」

 諭すような声だった。フィノイクスが言うことがどういうことか、わからないアウファトではない。彼らが大事にする以上に、アウファトにとっても卵は大事なものだった。
 トルヴァディアとフィオディークが遺したジェジーニア。そのジェジーニアと自分の子が宿る卵だ。

「……わかった、いくよ」
「そう言ってもらえてよかった。君に負担の少ない転送術を用意したんだ。こちらへ」

 自宅内なのにフィノイクスに案内されることに釈然としない気持ちを抱くものの、書斎を出て居間へやってきたアウファトは目を瞠った。

 居間の木の床には、アウファトが横になってもなお余裕のある大きさの魔法陣が描かれ、淡い金の光を放っている。これだけの大きさの魔法陣を見るのは初めてだった。

「心配いらない。これは僕の魔力で展開したものだ。床は傷つけてないよ。これで君を竜王の宮へ送る。支度はいい?」

 フィノイクスが振り返る。支度と言われても、何をすればいいのかわからない。

「支度?」
「まあ、そのままで大丈夫だよ。向こうには大抵のものがある」
「ジェジーニアは」
「俺も一緒に行くよ」

 一人きりで連れて行かれるわけではなくて安堵した。
 隣にいるジェジーニアの手を握ると、ジェジーニアも握り返してくれた。

「じゃあ、行こうか」

 フィノイクスに促され、魔法陣の上に立った二人を光が包む。次の瞬間、二人は見知らぬ場所にいた。



 そこは、背の高い門の前だった。白銀の扉が目の前に聳えている。
 隣には変わらずジェジーニアがいて、すぐそばにはフィノイクスの姿もある。
 空が広い。空の他には周囲に何も見えない。島のような場所だった。

「すまない、ここはどうしても通らないといけないんだ」

 フィノイクスの申し訳なさそうな声とともに目の前の門が開く。

「ここは選別の門。許されたものにだけ開かれる門だ。さあ行こう」

 フィノイクスに続いて、ジェジーニアに手を引かれ、アウファトは門をくぐった。
 吸い込んだ空気は涼やかに胸を満たしていく。
 フィノイクスが言っていた通り、空気が澄んでいる。街から少し離れたアウファトの家も空気は綺麗だと思っていたが、その比ではないのは明らかだった。
 長く伸びる石畳の先には、白亜の城が見え、その向こうには、どこまでも続く青空がある。

「あれが竜王の宮だよ」
「すごいな……」

 アウファトはため息のように声を漏らす。
 石の外壁は汚れひとつなく、眩い白だった。近づくにつれてその美しい外観の細かな装飾までもが見えてきた。
 見たこともない美しい城に、アウファトはただ感嘆の息を漏らすばかりだった。

 美しい場所、美しい城。島のような場所なのか、周りには何もなく、空が見える。

「空に、浮いてるのか」
「そうだよ」

 アウファトの独り言に応えたのはフィノイクスだった。

「ティスタリオ卿が見たら驚くだろうな」
「そうだね」

 隣にいるジェジーニアとそんな話をしながら、アウファトは竜王の宮へと足を踏み入れた。
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