【完結】ゼジニアの白い揺籠

はち

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ゼジニアの白い揺籠

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 首席研究員をシエナに譲ろうとしたアウファトだったが、シエナには自力で獲るのでいいですと断られてしまい、結局別の研究員へと譲った。シエナの向上心の高さは、アウファトにもミシュアにも引けを取らない。それならばと安心して、アウファトは首席研究員の座を降りた。
 首席研究員から講師になったアウファトは、王立研究所の講師として後進の指導にあたる。

 アウファトの最後の単独調査の内容を記した本が発行されたのは、その翌年のことだ。
 本の題名は『ゼジニアの白い揺籠』といった。遺跡の調査と伝承を軸にフィノイクスに聞かされた神代の終わりの物語を絡め、誰もが読めるよう平易な文体で書かれた。
 発行された本は、学者だけでなく多くの民に読まれたという。

 王はアウファトの功績を認め、王都のはずれで申し訳ないがと、土地と屋敷をくれた。
 王の別荘のようなものらしい。
 小高い丘の上にある屋敷は、アウファトが暮らすには十分すぎる広さだった。
 屋敷には広い庭があり、晴れた日には部屋からリウストラが見える。
 研究室と宿舎を引き払ったアウファトは、王の厚意に甘えて丘の上の屋敷へと移り住んだ。もちろん、ジェジーニアも一緒だ。

 アウファトは竜王のつがいながら、竜王の宮へは行かず、王都の果ての小さな邸宅でのんびりとジェジーニアと暮らした。
 時折訪れるミシュアと遺跡の話をして、研究員となったシエナの相談に乗りながら、変わらぬ日々を過ごした。

 竜王となったジェジーニアは、日々竜王の宮とアウファトの屋敷を往復するようになっていた。
 竜王の務めを果たし、日暮れとともにアウファトのもとへ帰ってくるジェジーニアは、以前よりも少し大人びた雰囲気を纏うようになった。アウファトにはそれが嬉しくもあり、少しだけ寂しくもあった。
 ジェジーニアの指導をするのは、フィノイクスをはじめとする竜王たちだ。ときどき帰ってくるとアウファトに泣きつくことはあるが、竜王としての務めをしっかりと果たしているらしい。

 長く艶やかな黒髪はゆるく編まれ、正装である服はフィノイクスが用意してくれた。竜王にも、正装のようなものがあるらしい。
 鱗と同じ黒を基調に瞳と同じ金色の装飾の施された美しい立襟の装束を見ても、ジェジーニアがこの大陸を統べる竜王だという実感はまだなかった。
 アウファトの中には、まだ愛らしいジェジーニアの印象の方が強く残っていた。



 そして今日も、日暮れが近づくと黒き竜王が王都の果てに舞い降りる。出迎えるのは、淡い金の髪に、冬の空のような色の瞳をした青年だった。

「おかえり、ジジ」
「あう、ただいま」

 二人は静かに身を寄せ合い、そっと唇を重ね、小さな家の中へと戻っていった。

 ソファに座るアウファトの腹に、ジェジーニアはそっと耳を当てる。

「卵が、いる」
「卵?」
「あうは、おれの花嫁だから、卵を産むんだよ」

 覚悟はしていたが、まさか自分が卵を産むことになるとは思わなかった。
 白い花の一族は、竜人に準じた力を与えられたというが、そういうことだとは思わなかった。
 言われても、まだそこに卵があるのが信じられない。
 このところ食欲がないのはそのせいもあるのだろうかと、ジェジーニアの髪を撫でながら考える。
 揺籠から戻ってからというもの、ジェジーニアとの口づけで満足してしまって、ろくに食事を摂っていない。不思議と腹は減らず、水分を摂るだけで何とかなってしまっていた。
 疲れていたからかと思ったが、そうではなかったらしい。
 後で竜人についての本にも目を通さなければと思った。

「アウファト、愛してる」

 ジェジーニアの声が甘く響く。アウファトにだけ向けられる愛の言葉だ。

「おれの卵、うんで」

 金色の瞳が、無邪気にアウファトを見上げる。

「だめ?」

 暮れはじめの空の色のような美しい金色に見つめられると、並べようとしていたつまらない言い訳もどこかへ吹き飛んでしまった。
 アウファトは頷くしかない。

「……いいよ」

 アウファトの答えに、黄昏の色が甘やかにとろける。端正な顔立ちを綻ばせるジェジーニアに、アウファトは何もかも許してしまいたい気持ちになる。
 これもつがいの身体のせいなのかと思いながら、胸に溢れる温かいものを素直に噛み締めた。
 それが愛だと、アウファトはもう知っているからだ。

 黒き竜王の愛は深い。
 ジェジーニアの声は、変わらず甘く優しく、アウファトを呼ぶ。
 アウファトは真っ直ぐにその声を受け止める。もう恐れることはない。そこにはただ優しく真っ直ぐにアウファトへと降り注ぐジェジーニアの愛情があるばかりだ。

 そんな二人を見守るのは、大地までも静かに包み込む黄昏の空だった。
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