【完結】ゼジニアの白い揺籠

はち

文字の大きさ
上 下
47 / 63

愛を知る方法

しおりを挟む
「あう、おれの、あう」
「ふふ、くすぐったい」

 帰ってくるなり、ジェジーニアはアウファトをベッドへと運んだ。アウファトはされるがまま、ジェジーニアに身を委ねた。
 夕食を食べそびれたが、それよりもジェジーニアと一緒にいることの方がアウファトには大事なことだった。
 ジェジーニアの唇があちこちに触れ、アウファトは声を上げて笑う。
 なんだか、憑き物が落ちたようだった。
 ジェジーニアからの口づけを受け止めるのも、以前より戸惑いが減った。降ってくる唇に、自分も応えてやらなくてはと思うようになっていた。

「あう、おねがい、おれ以外の匂いをさせないで」

 柔らかな舌の感触が首筋を這う。くすぐったくて、アウファトは笑い、肩を竦める。

「匂い?」
「あうの花の匂いがわからなくなるの、やだ」

 それはジェジーニアの独占欲のようで、アウファトの心を包んでいく。

「ジジ」
「すき、アウファト、おれの大事なつがい」

 ジェジーニアの甘やかな囁きは、優しくアウファトの心を溶かしていくようだった。
 それは決して嫌なものではない。むしろ心地好いもので、アウファトは目を伏せ、身を委ねた。

 甘く優しく、ジェジーニアはアウファトに触れ、一生懸命にアウファトを愛してくれる。
 愛を知らないアウファトの心の殻を、一枚ずつ、溶かしていく。

「ジジ、愛を、教えてくれるか」
「ン」

 それから、アウファトは毎日のようにジェジーニアと抱き合った。ともに眠り、パンを食べ、笑い合って、甘やかに肌を合わせた。
 見えてきたのは、アウファトの胸に棲みついたものの、柔らかな輪郭だった。
 なんだかかたちの定まらない、それでいて温かなもの。
 ジェジーニアは毎日、愛の言葉を、口づけを降らせる。
 それはアウファトに悦びを教えてくれた。

 少しずつ、それはかたちを明らかにしていく。でもそれはひどくゆっくりで、アウファトの胸に湧くのは鈍く燻るような焦燥だ。

 そうしている間にも、ジジの眠る時間は長くなっていた。
 アウファトを抱きしめて眠るジェジーニアを見て、竜王が残した言葉を思い出す。
 拒絶そこしていないが、受け止められないのは事実だ。

「眠る……永遠に」

 ぽつりと溢れた言葉が、急に恐ろしく思えた。ジェジーニアが失われる。考えただけで、アウファトの胸は昏く冷たく冷え、鼓動はざわめきを乗せた血を全身へと運んでいく。

「ダメ、だ。それは、ダメだ」

 眠っているジジの頬を撫でた。このまま目覚めないのではないかと、胸に冷ややかなものが湧いた。

「ん、アウファト?」

 ジェジーニアが瞼を持ち上げ、とろけた金の瞳がアウファトを見た。

「あう、ないてるの?」
「え……」

 気づかないうちに、涙が零れていたらしい。
 ジェジーニアの指先が、そっと涙を掬う。頬に触れた指先は冷たくて、アウファトは慌てて手のひらで包む。
 こんなこと、今までなかったのに。
 あんなに温かかったジェジーニアの指先が、ひどく冷たい。
 近づく死の足音に、アウファトの胸は乱れた。

「いたい?」
「違う、違う、ジジ」

 アウファトは首を横に振る。喉奥が引き攣って、上手く言葉が出てこない。

「お前は、苦しくないのか?」
「ン、俺はへいき。あうは、苦しい?」

 アウファトは素直に頷く。ジェジーニアに向くこの気持ちが愛なのだろうということはなんとなくわかる。
 なのに、ジェジーニアの身体は死へと向かっている気がしてならない。
 これではだめなのか。もっと何か、別の条件があるのか。
 アウファトの胸はまたうるさく波立つ。

「大丈夫。あうはもう、俺を愛してくれてるから大丈夫だよ」
「そんなことない、俺はまだ、ちゃんと、お前を受け止められない」
「いいよ。それでもいいんだ。受け止めなくていい。ただ、浴びて」
「ジジ?」
「俺の愛を、たくさん浴びて。そしたら、大丈夫だよ」
「たくさん、浴びて?」
「そう」

 ジェジーニアは柔らかく微笑む。

「あう、愛してる」

 ジェジーニアの喉がくるると美しく鳴った。
 ランダリムの花の香りがする。それはずっと濃くなった気がする。濃いのに、嫌じゃない香りだった。
 ジェジーニアの歌う歌を聞くと、腹の底が熱くなる。
 呼ばれているような気がする。
 本能が、魂が、ジェジーニアへと引き寄せられているようだった。

「あう、好きだよ」

 ジェジーニアの唇は、恐る恐るアウファトに触れた。
 それがもどかしいのに、どう言えばいいのかわからない。もっと、触れてほしいのに。

「ジジ、もっと」

 アウファトは、躊躇いがちに口を開いた。
 そんなふうに言って、ジェジーニアに嫌がられないか不安だった。
 抱き寄せられ、唇を塞がれる。
 それだけで腰が甘く痺れるようだ。

「アウファト、嬉しい。もっと、触っていい?」
「ん」
「すき、アウファト」

 優しく唇を触れ合わせる。それだけのふれあいなのに、アウファトの胸の中はぐちゃぐちゃに乱れていた。
 ジェジーニアはずっと、好き、愛してると繰り返した。
 アウファトはただ、その言葉を浴びた。降ってくる言葉も柔らかな唇も、静かに受け止めた。
 アウファトの頬へと口づけを落とし、ジェジーニアはまた眠ってしまった。

 ジェジーニアの黒く美しい髪の先が白くなり砕け散ったのを、アウファトは知らない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。

N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間 ファンタジーしてます。 攻めが出てくるのは中盤から。 結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。 表紙絵 ⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101) 挿絵『0 琥』 ⇨からさね 様 X (@karasane03) 挿絵『34 森』 ⇨くすなし 様 X(@cuth_masi) ◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」 「恩? 私と君は初対面だったはず」 「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」 「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」 奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。 彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

処理中です...