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愛を知る方法
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「あう、おれの、あう」
「ふふ、くすぐったい」
帰ってくるなり、ジェジーニアはアウファトをベッドへと運んだ。アウファトはされるがまま、ジェジーニアに身を委ねた。
夕食を食べそびれたが、それよりもジェジーニアと一緒にいることの方がアウファトには大事なことだった。
ジェジーニアの唇があちこちに触れ、アウファトは声を上げて笑う。
なんだか、憑き物が落ちたようだった。
ジェジーニアからの口づけを受け止めるのも、以前より戸惑いが減った。降ってくる唇に、自分も応えてやらなくてはと思うようになっていた。
「あう、おねがい、おれ以外の匂いをさせないで」
柔らかな舌の感触が首筋を這う。くすぐったくて、アウファトは笑い、肩を竦める。
「匂い?」
「あうの花の匂いがわからなくなるの、やだ」
それはジェジーニアの独占欲のようで、アウファトの心を包んでいく。
「ジジ」
「すき、アウファト、おれの大事なつがい」
ジェジーニアの甘やかな囁きは、優しくアウファトの心を溶かしていくようだった。
それは決して嫌なものではない。むしろ心地好いもので、アウファトは目を伏せ、身を委ねた。
甘く優しく、ジェジーニアはアウファトに触れ、一生懸命にアウファトを愛してくれる。
愛を知らないアウファトの心の殻を、一枚ずつ、溶かしていく。
「ジジ、愛を、教えてくれるか」
「ン」
それから、アウファトは毎日のようにジェジーニアと抱き合った。ともに眠り、パンを食べ、笑い合って、甘やかに肌を合わせた。
見えてきたのは、アウファトの胸に棲みついたものの、柔らかな輪郭だった。
なんだかかたちの定まらない、それでいて温かなもの。
ジェジーニアは毎日、愛の言葉を、口づけを降らせる。
それはアウファトに悦びを教えてくれた。
少しずつ、それはかたちを明らかにしていく。でもそれはひどくゆっくりで、アウファトの胸に湧くのは鈍く燻るような焦燥だ。
そうしている間にも、ジジの眠る時間は長くなっていた。
アウファトを抱きしめて眠るジェジーニアを見て、竜王が残した言葉を思い出す。
拒絶そこしていないが、受け止められないのは事実だ。
「眠る……永遠に」
ぽつりと溢れた言葉が、急に恐ろしく思えた。ジェジーニアが失われる。考えただけで、アウファトの胸は昏く冷たく冷え、鼓動はざわめきを乗せた血を全身へと運んでいく。
「ダメ、だ。それは、ダメだ」
眠っているジジの頬を撫でた。このまま目覚めないのではないかと、胸に冷ややかなものが湧いた。
「ん、アウファト?」
ジェジーニアが瞼を持ち上げ、とろけた金の瞳がアウファトを見た。
「あう、ないてるの?」
「え……」
気づかないうちに、涙が零れていたらしい。
ジェジーニアの指先が、そっと涙を掬う。頬に触れた指先は冷たくて、アウファトは慌てて手のひらで包む。
こんなこと、今までなかったのに。
あんなに温かかったジェジーニアの指先が、ひどく冷たい。
近づく死の足音に、アウファトの胸は乱れた。
「いたい?」
「違う、違う、ジジ」
アウファトは首を横に振る。喉奥が引き攣って、上手く言葉が出てこない。
「お前は、苦しくないのか?」
「ン、俺はへいき。あうは、苦しい?」
アウファトは素直に頷く。ジェジーニアに向くこの気持ちが愛なのだろうということはなんとなくわかる。
なのに、ジェジーニアの身体は死へと向かっている気がしてならない。
これではだめなのか。もっと何か、別の条件があるのか。
アウファトの胸はまたうるさく波立つ。
「大丈夫。あうはもう、俺を愛してくれてるから大丈夫だよ」
「そんなことない、俺はまだ、ちゃんと、お前を受け止められない」
「いいよ。それでもいいんだ。受け止めなくていい。ただ、浴びて」
「ジジ?」
「俺の愛を、たくさん浴びて。そしたら、大丈夫だよ」
「たくさん、浴びて?」
「そう」
ジェジーニアは柔らかく微笑む。
「あう、愛してる」
ジェジーニアの喉がくるると美しく鳴った。
ランダリムの花の香りがする。それはずっと濃くなった気がする。濃いのに、嫌じゃない香りだった。
ジェジーニアの歌う歌を聞くと、腹の底が熱くなる。
呼ばれているような気がする。
本能が、魂が、ジェジーニアへと引き寄せられているようだった。
「あう、好きだよ」
ジェジーニアの唇は、恐る恐るアウファトに触れた。
それがもどかしいのに、どう言えばいいのかわからない。もっと、触れてほしいのに。
「ジジ、もっと」
アウファトは、躊躇いがちに口を開いた。
そんなふうに言って、ジェジーニアに嫌がられないか不安だった。
抱き寄せられ、唇を塞がれる。
それだけで腰が甘く痺れるようだ。
「アウファト、嬉しい。もっと、触っていい?」
「ん」
「すき、アウファト」
優しく唇を触れ合わせる。それだけのふれあいなのに、アウファトの胸の中はぐちゃぐちゃに乱れていた。
ジェジーニアはずっと、好き、愛してると繰り返した。
アウファトはただ、その言葉を浴びた。降ってくる言葉も柔らかな唇も、静かに受け止めた。
アウファトの頬へと口づけを落とし、ジェジーニアはまた眠ってしまった。
ジェジーニアの黒く美しい髪の先が白くなり砕け散ったのを、アウファトは知らない。
「ふふ、くすぐったい」
帰ってくるなり、ジェジーニアはアウファトをベッドへと運んだ。アウファトはされるがまま、ジェジーニアに身を委ねた。
夕食を食べそびれたが、それよりもジェジーニアと一緒にいることの方がアウファトには大事なことだった。
ジェジーニアの唇があちこちに触れ、アウファトは声を上げて笑う。
なんだか、憑き物が落ちたようだった。
ジェジーニアからの口づけを受け止めるのも、以前より戸惑いが減った。降ってくる唇に、自分も応えてやらなくてはと思うようになっていた。
「あう、おねがい、おれ以外の匂いをさせないで」
柔らかな舌の感触が首筋を這う。くすぐったくて、アウファトは笑い、肩を竦める。
「匂い?」
「あうの花の匂いがわからなくなるの、やだ」
それはジェジーニアの独占欲のようで、アウファトの心を包んでいく。
「ジジ」
「すき、アウファト、おれの大事なつがい」
ジェジーニアの甘やかな囁きは、優しくアウファトの心を溶かしていくようだった。
それは決して嫌なものではない。むしろ心地好いもので、アウファトは目を伏せ、身を委ねた。
甘く優しく、ジェジーニアはアウファトに触れ、一生懸命にアウファトを愛してくれる。
愛を知らないアウファトの心の殻を、一枚ずつ、溶かしていく。
「ジジ、愛を、教えてくれるか」
「ン」
それから、アウファトは毎日のようにジェジーニアと抱き合った。ともに眠り、パンを食べ、笑い合って、甘やかに肌を合わせた。
見えてきたのは、アウファトの胸に棲みついたものの、柔らかな輪郭だった。
なんだかかたちの定まらない、それでいて温かなもの。
ジェジーニアは毎日、愛の言葉を、口づけを降らせる。
それはアウファトに悦びを教えてくれた。
少しずつ、それはかたちを明らかにしていく。でもそれはひどくゆっくりで、アウファトの胸に湧くのは鈍く燻るような焦燥だ。
そうしている間にも、ジジの眠る時間は長くなっていた。
アウファトを抱きしめて眠るジェジーニアを見て、竜王が残した言葉を思い出す。
拒絶そこしていないが、受け止められないのは事実だ。
「眠る……永遠に」
ぽつりと溢れた言葉が、急に恐ろしく思えた。ジェジーニアが失われる。考えただけで、アウファトの胸は昏く冷たく冷え、鼓動はざわめきを乗せた血を全身へと運んでいく。
「ダメ、だ。それは、ダメだ」
眠っているジジの頬を撫でた。このまま目覚めないのではないかと、胸に冷ややかなものが湧いた。
「ん、アウファト?」
ジェジーニアが瞼を持ち上げ、とろけた金の瞳がアウファトを見た。
「あう、ないてるの?」
「え……」
気づかないうちに、涙が零れていたらしい。
ジェジーニアの指先が、そっと涙を掬う。頬に触れた指先は冷たくて、アウファトは慌てて手のひらで包む。
こんなこと、今までなかったのに。
あんなに温かかったジェジーニアの指先が、ひどく冷たい。
近づく死の足音に、アウファトの胸は乱れた。
「いたい?」
「違う、違う、ジジ」
アウファトは首を横に振る。喉奥が引き攣って、上手く言葉が出てこない。
「お前は、苦しくないのか?」
「ン、俺はへいき。あうは、苦しい?」
アウファトは素直に頷く。ジェジーニアに向くこの気持ちが愛なのだろうということはなんとなくわかる。
なのに、ジェジーニアの身体は死へと向かっている気がしてならない。
これではだめなのか。もっと何か、別の条件があるのか。
アウファトの胸はまたうるさく波立つ。
「大丈夫。あうはもう、俺を愛してくれてるから大丈夫だよ」
「そんなことない、俺はまだ、ちゃんと、お前を受け止められない」
「いいよ。それでもいいんだ。受け止めなくていい。ただ、浴びて」
「ジジ?」
「俺の愛を、たくさん浴びて。そしたら、大丈夫だよ」
「たくさん、浴びて?」
「そう」
ジェジーニアは柔らかく微笑む。
「あう、愛してる」
ジェジーニアの喉がくるると美しく鳴った。
ランダリムの花の香りがする。それはずっと濃くなった気がする。濃いのに、嫌じゃない香りだった。
ジェジーニアの歌う歌を聞くと、腹の底が熱くなる。
呼ばれているような気がする。
本能が、魂が、ジェジーニアへと引き寄せられているようだった。
「あう、好きだよ」
ジェジーニアの唇は、恐る恐るアウファトに触れた。
それがもどかしいのに、どう言えばいいのかわからない。もっと、触れてほしいのに。
「ジジ、もっと」
アウファトは、躊躇いがちに口を開いた。
そんなふうに言って、ジェジーニアに嫌がられないか不安だった。
抱き寄せられ、唇を塞がれる。
それだけで腰が甘く痺れるようだ。
「アウファト、嬉しい。もっと、触っていい?」
「ん」
「すき、アウファト」
優しく唇を触れ合わせる。それだけのふれあいなのに、アウファトの胸の中はぐちゃぐちゃに乱れていた。
ジェジーニアはずっと、好き、愛してると繰り返した。
アウファトはただ、その言葉を浴びた。降ってくる言葉も柔らかな唇も、静かに受け止めた。
アウファトの頬へと口づけを落とし、ジェジーニアはまた眠ってしまった。
ジェジーニアの黒く美しい髪の先が白くなり砕け散ったのを、アウファトは知らない。
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