【完結】ゼジニアの白い揺籠

はち

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終わりのはじまり

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 これは、まだ神代だった頃の話。
 一人の少年がいた。フィオディークという名の竜人の少年だ。白い髪に白い肌、白い鱗に白い角、赤い瞳の美しい少年だった。
 彼には、神より授かった力があった。
 未来を見る力だ。その未来は、見えはするが変えることはできない。見えたものを、戒めとして知らせるためのものだった。

 神官の一族の末席に生まれたフィオディークは、竜人にしては随分と大きな魔力を持っていた。だが、それをよく思わないものも多かった。
 神官の一族では、魔力量が多ければ多いほどその力は強いとされた。末席のフィオディークがそれを持つことは、嫉妬と憎悪の的となることと同義だった。

 フィオディークは、預言を預かるものに任ぜられた。霊峰アンティウムにある竜王の神殿へ、預言を聞きに行く使者のことだ。
 霊峰アンティウムは険しい山だ。預言を受けに行って、命を落とすものは少なくなかった。
 フィオディークは、死んでもいい者として、霊峰へと送られた。フィオディークも、それを理解していた。

 吠える黒い山と言われた霊峰アンティウムには、トルヴァディアが預言を授ける神殿がある。
 そこは大抵、ひどい吹雪に閉ざされている。
 トルヴァディアは偏屈で他者を容易く受け入れない。
 気に入らないものは、容赦なく退ける。それがトルヴァディアだ。

 だが、フィオディークは屈しなかった。
 彼の魔力量は、吹雪に屈しないだけの力となった。
 それに、トルヴァディアは興味を示した。
 それが彼らの出会いだ。
 そして、二人は惹かれ合うようになった。

 預言を受けて戻ったフィオディークは一族に認められ、神官として王都へと迎えられた。
 この時、王都は、国は腐敗していた。
 政は正しく行われず、搾取が横行していた。
 フィオディークは心を痛め、ささやかながら彼は自らの財を施すことに回した。
 その一年後、フィオディークは預言を預かる使者として再び霊峰を訪れた。
 そして、新たな神託が下された。

「フィオディークを王とせよ」

 トルヴァディアより伝えられたフィオディークは拒絶した。
 自らの器では、王になどなれない。
 だが、神託は絶対だ。竜人が、人が、安寧の世を築くための足がかりとなるものだ。
 自分でなくても良いのではないか。自分よりも相応しい者はごまんといる。自分はただの神官。国を治めることなどできるわけがない。
 そんなフィオディークに、トルヴァディアは国の腐敗を説いた。
 腐敗と戦。国を蝕むものを取り除かねばこの国は終わる。そして、それに代わることができるのはフィオディークだと。

 フィオディークは悩んだ末、王を討った。フィオディークは、竜人と人間とを率いた。フィオディークから施しを受けた者たちだった。この人間が、のちの白き花の一族である。

 そして、フィオディークは王となり、国は落ち着き、安寧の世が続いた。
 それからも、神託は続いた。
 南の戦を鎮めろ。暴れる大河を治めろ。
 幾多の神託を民へと伝え、フィオディークは白き王として、名君として名を馳せ、この大陸を治めた。
 そして、フィオディークは黒き竜王のつがいとなった。
 国王が、大陸の守護者である竜王に花嫁として迎えられた。
 民は喜んだ。
 この安寧はいつまでも続くのだと、誰もが信じてやまなかった。

 国の終わりを知っていたのは、国王だけだった。
 自らが予見した終わりを避けるための神託は、まだない。

 そんな中、フィオディークは卵を宿した。
 竜王の卵。ジェジーニアだ。

 そして、フィオディークは今まで以上に、国の安寧のために、民の幸せのために働いた。
 フィオディークは心の優しい竜人だった。
 心から民を愛していた。

 そんなフィオディークを、トルヴァディアは深く愛した。
 黄昏の頃、フィオディークが勤めを終えると彼の住む王城へ竜王が舞い降りる姿を、多くの民が見守った。
 竜王に護られた国、竜王に愛された王。
 誰もが永遠を疑わなかった。
 そして、ジェジーニアが生まれた。

 終わりの足音は、少しずつ穏やかな国へと近づいていた。

 王は少しずつ、焦燥に駆られていった。

 もう、彼に見えるのは、自らの最期だけだった。
 深い赤の黄昏と、落ちる自らの首、赤く汚れた石畳。
 これをトルヴァディアが知れば、彼は怒り狂うだろう。そんなことを、フィオディークは望まなかった。だから、その胸に静かに封じられ、密かに白き竜王だけに伝えられた。

 そんなある日、フィオディークに見えたのは別のものだった。
 愛しい子の元に訪れる、何者かの姿。
 つがいの姿だ。

 薄い青の瞳。冬の空のような、薄い青の瞳。それから淡い金色の髪。白き花の一族の特徴によく似ていた。フィオディークは、白き花の一族の末裔につがいが生まれるのだと確信した。

 それは遠い未来のことなのか、断片的なものしか見えなかった。
 王は、ジェジーニアがつがいに出会えるよう支度を進めた。
 いつになるのかわからない。王が予見できるのは、近い未来のこともあれば遠い未来のこともある。

 そして、王はジェジーニアを未来へと残す術式を組んだ。
 そして、未来へ、ジェジーニアのつがいへと幾つもの言葉を、歌を残した。
 手伝ったのは、彼の周りにいた善なるもの。白き花の一族だった。人間ながら、白き王に仕えた者たち。
 彼らは青き瞳の子へと歌を伝えた。
 つがいを、白い揺籠へと導くために。

 そして、終焉がやってきた。
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