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竜王の声
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ジェジーニアとともに部屋に帰ったアウファトはベッドに突っ伏した。
小さく軋む音がして、皺なく張られたシーツがアウファトを受け止めてくれた。
頭の中はいろいろなことが渦を巻いて、整理がつかなくて、苦しい。
いつだってアウファトが求めるものには形があった。なのに、今アウファトが見つけたいものには、形など存在しない。
見て触れて、正解かどうか確かめることもできない。そんな不確かなものを探さなくてはいけないのか。
ジェジーニアに触れている時には、確かに、朧げにわかるのに。
アウファトの小さなため息を掻き消すのは、自分以外が立てるベッドの軋みだった。
いつのまにか隣に座ったジェジーニアがアウファトを覗き込んでいた。長いまつ毛に縁取られた澄んだ金色が、様子を伺うように瞬きする。
「あう?」
情けない。両親の死を知ったジェジーニアにこそ、声をかけてやらなくてはいけないのに。
今のアウファトには、そんな余裕すらなかった。
ジェジーニアの手のひらが、慰めるように優しくアウファトの淡い金の髪を撫でる。その手のひらの優しさに、胸が埋められる。
「ジジ」
「あう、痛い?」
「痛くない。けど、わからないんだ。愛が、わからない。ジジは、わかるか?」
アウファトの問いに、ジェジーニアは小さく頷く。
「ン。あうのことは好き。これは、あいだってわかる」
アウファトの頭を撫でながら、ジェジーニアは続けた。これではどちらが大人かわからない。
「フィーが言ってた。苦しかったり、辛かったり、痛かったり。あったかかったり。好きな人に繋がってるのは、ぜんぶあいなんだって」
「ぜんぶ……」
「だから、俺は愛だってわかる。ぜんぶ、あうにつながってるから」
ジェジーニアの大きな手のひらは、大切そうにアウファトの頬を包む。
ジェジーニアへと繋がるもの。
アウファトはジェジーニアを目覚めさせてからのことを思い出す。外套と毛布を被せて白い揺籠から連れ出した日、守ってやらねばと心に決めた。与えたパン。ともに歩いた街。ともに眠った夜。
全部、ジェジーニアへと繋がる思い出だ。
これも全部、愛なのか。
アウファトには、実感がなかった。
「あうはパンを教えてくれた。たくさん、知らない街を見せてくれた。たくさん、友だちをくれた。ぜんぶ、あうのあいだよ」
「ジジ……」
穏やかに紡がれるジェジーニアの低く柔らかな声。
そのささやかな問答は、重苦しい苦悩に塗れたアウファトの心を少し軽くしてくれた。
「大丈夫だよ、あう。あうはもう見つけてる」
ジェジーニアは大丈夫だと繰り返す。
ミシュアの言葉のようだとぼんやり思う。
ミシュアの声に魔力があるのなら、きっとジェジーニアの言葉にもあるのだろう。ジェジーニアは竜王だ。きっと、もっと強い力があるはずだ。
「俺がいるから、大丈夫だよ」
俺がしっかりしないといけないのに。アウファトの胸が痛む。なのに、その後からやってくる温かなものが全てを飲み込んでいく。
それは、安堵に似ていた。
ジェジーニアがアウファトを抱きしめる。その腕の強さに、不安が溶け出して行く。
「ジジ」
アウファトはジェジーニアにしがみついた。
胸を満たす甘い気持ち。触れるたびに強くなる感覚に、アウファトは不安よりも喜びを感じていた。
身体の芯が、熱を帯び始める。
「もっと呼んで、アウファト」
「ジジ」
乞われるままに、アウファトはジェジーニアを呼ぶ。
情けない自分も、ジェジーニアは受け止めてくれる。
これがジェジーニアの愛なのだろう。
自分も早く見つけなければ。きっと、見つかる。
焦燥は薄れ、うっすらと希望が見えた気がした。ジェジーニアのくれる温もりは、アウファトに甘やかな希望を見せてくれる。
甘えるようにジェジーニアへと擦り寄ると、大きな手のひらは慰めるように頭を撫でてくれた。
小さく軋む音がして、皺なく張られたシーツがアウファトを受け止めてくれた。
頭の中はいろいろなことが渦を巻いて、整理がつかなくて、苦しい。
いつだってアウファトが求めるものには形があった。なのに、今アウファトが見つけたいものには、形など存在しない。
見て触れて、正解かどうか確かめることもできない。そんな不確かなものを探さなくてはいけないのか。
ジェジーニアに触れている時には、確かに、朧げにわかるのに。
アウファトの小さなため息を掻き消すのは、自分以外が立てるベッドの軋みだった。
いつのまにか隣に座ったジェジーニアがアウファトを覗き込んでいた。長いまつ毛に縁取られた澄んだ金色が、様子を伺うように瞬きする。
「あう?」
情けない。両親の死を知ったジェジーニアにこそ、声をかけてやらなくてはいけないのに。
今のアウファトには、そんな余裕すらなかった。
ジェジーニアの手のひらが、慰めるように優しくアウファトの淡い金の髪を撫でる。その手のひらの優しさに、胸が埋められる。
「ジジ」
「あう、痛い?」
「痛くない。けど、わからないんだ。愛が、わからない。ジジは、わかるか?」
アウファトの問いに、ジェジーニアは小さく頷く。
「ン。あうのことは好き。これは、あいだってわかる」
アウファトの頭を撫でながら、ジェジーニアは続けた。これではどちらが大人かわからない。
「フィーが言ってた。苦しかったり、辛かったり、痛かったり。あったかかったり。好きな人に繋がってるのは、ぜんぶあいなんだって」
「ぜんぶ……」
「だから、俺は愛だってわかる。ぜんぶ、あうにつながってるから」
ジェジーニアの大きな手のひらは、大切そうにアウファトの頬を包む。
ジェジーニアへと繋がるもの。
アウファトはジェジーニアを目覚めさせてからのことを思い出す。外套と毛布を被せて白い揺籠から連れ出した日、守ってやらねばと心に決めた。与えたパン。ともに歩いた街。ともに眠った夜。
全部、ジェジーニアへと繋がる思い出だ。
これも全部、愛なのか。
アウファトには、実感がなかった。
「あうはパンを教えてくれた。たくさん、知らない街を見せてくれた。たくさん、友だちをくれた。ぜんぶ、あうのあいだよ」
「ジジ……」
穏やかに紡がれるジェジーニアの低く柔らかな声。
そのささやかな問答は、重苦しい苦悩に塗れたアウファトの心を少し軽くしてくれた。
「大丈夫だよ、あう。あうはもう見つけてる」
ジェジーニアは大丈夫だと繰り返す。
ミシュアの言葉のようだとぼんやり思う。
ミシュアの声に魔力があるのなら、きっとジェジーニアの言葉にもあるのだろう。ジェジーニアは竜王だ。きっと、もっと強い力があるはずだ。
「俺がいるから、大丈夫だよ」
俺がしっかりしないといけないのに。アウファトの胸が痛む。なのに、その後からやってくる温かなものが全てを飲み込んでいく。
それは、安堵に似ていた。
ジェジーニアがアウファトを抱きしめる。その腕の強さに、不安が溶け出して行く。
「ジジ」
アウファトはジェジーニアにしがみついた。
胸を満たす甘い気持ち。触れるたびに強くなる感覚に、アウファトは不安よりも喜びを感じていた。
身体の芯が、熱を帯び始める。
「もっと呼んで、アウファト」
「ジジ」
乞われるままに、アウファトはジェジーニアを呼ぶ。
情けない自分も、ジェジーニアは受け止めてくれる。
これがジェジーニアの愛なのだろう。
自分も早く見つけなければ。きっと、見つかる。
焦燥は薄れ、うっすらと希望が見えた気がした。ジェジーニアのくれる温もりは、アウファトに甘やかな希望を見せてくれる。
甘えるようにジェジーニアへと擦り寄ると、大きな手のひらは慰めるように頭を撫でてくれた。
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