【完結】ゼジニアの白い揺籠

はち

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過ちのあと

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 アウファトはよく眠っていたようで、目を覚ますと部屋はずいぶんと明るくなっていた。閉ざされたカーテンの隙間からは眩い光が漏れている。外ははもう随分と陽が高く昇っているようだった。

 白い敷布が眩しくて、アウファトは思わず開けたばかりの目を眇めた。
 こんなに明るくなるまで眠るのは久しぶりだった。

 寝台に漂うのは甘く生臭い匂いだった。濃く甘い花の匂いと、自分の吐き出した体液の匂いに混じってうっすらと鉄のような匂いがする。

 否応なしに昨夜の出来事を思い出させる匂いに、アウファトは思わず眉を顰めた。
 アウファトが体を起こそうとするが、ジェジーニアの腕の中に収まっていて身動きがとれなかった。

 アウファトもジェジーニアももちろん裸で、直接触れ合う肌の温度がまた昨夜のことを思い出させて、アウファトの肌の温度を上げた。

 昨夜、ジェジーニアが発情した。アウファトはなす術もなく犯され、尻が裂けた。それを治してくれたのはジェジーニアだった。
 そして、ジェジーニアは言葉を得た。

 もう身体に痛みはないが、体のだるさは変わらずで、今日一日休みにしていたことに安堵する。このままでは研究室に行くことは難しそうだった。

「あう?」

 ジェジーニアの声に呼ばれて肩が跳ねる。
 
「ジジ……」

 まだ痛みを覚えているせいか、近くにいるのはまだ少しだけ緊張する。
 おそるおそるジェジーニアの顔を見ると、ジェジーニアは柔らかく微笑む。その目元は、まだ痛々しい腫れが残っていた。

「おはよう、あう」
「ああ、おはよう」

 ジェジーニアがアウファトと同じ言葉を喋っている。夢のようで、未だに信じられないでいた。
 そっと伸ばされるジェジーニアの手に、アウファトは思わず身を固くする。

「あう、痛くない?」
「ああ、大丈夫だ」

 アウファトを気遣うように頬を撫でるジェジーニアの手のひらは温かく優しい。
 痛いところはないが、腰が重だるい。すぐに動くのは難しそうだった。
 そういえば昨日は腹の中でジェジーニアが吐精したのではなかったか。そのままでいいのか、アウファトは悩む。
 こんなことは初めてで、アウファトには知識がない。今のところは特に何もないのでそのままでいいのだろうか。
 とはいえ、誰かに聞くわけにもいかないし、こんなこと、誰に聞いたらいいのかもわからない。

「あう?」

 呼ばれて顔を上げると、アウファトを心配そうに覗き込むジェジーニアが見えた。金色の瞳が潤んでいる。

「いたい?」

 ジェジーニアは今にも泣き出しそうで、アウファトは慌てて笑顔を作った。
 ジェジーニアは発情していたとはいえ、アウファトに無体を働いたことを悔いているようだった。

「大丈夫だ、ジジ」

 頭を撫でてやると、ジェジーニアは表情を和らげた。

「よかった。あう、おれ……もう、あうにひどいことしない。大切にする。だから」
「うん」
「俺のこと、嫌いにならないで」

 ジェジーニアの切なる思いの全てが、その震える声に込められていた。
 唯一の存在であるつがいと結ばれなければ、竜王は石になってしまう。
 アウファトもジェジーニアを石にはしたくなかった。
 金色の瞳を濡らすジェジーニアの頬を撫でてやると、嬉しそうに喉を鳴らした。

「嫌いにはならないよ、ジジ」
「あう……すき、アウファト」

 ジェジーニアは鼻を啜る。

「あうの匂い、いっぱいする」

 ジェジーニアがそう言うのも無理もないことだった。
 寝台の上はひどいことになっていた。
 白い敷布は体液で重く湿り、点々と血が落ちた跡がある。残された生々しい痕跡に思わず昨夜のことを思い出して、顔が熱くなる。

 擦り寄ってくるジェジーニア。言葉が通じるようになって嬉しいのだろう。随分とよく喋るようになった。

「ジジ、起きるの、手伝ってくれるか」
「ン。あう、どこかに行くの?」
「洗濯をするぞ」
「センタク?」

 ジェジーニアは首を傾げた。洗濯を知らないようだった。竜王の子だ。身の回りの世話は誰かがしてくれていたのだろうか。

「シーツを汚してしまったから、洗うんだ」
「あう、俺がやる。俺のせいだから、俺がやりたい」
「じゃあ、してくれるか?」
「ン」

 起き上がったジェジーニアは軽々とアウファトを抱き上げた。アウファトは、成人の男だ。それなりに体重もあるのに、ジェジーニアは顔色ひとつ変えない。これが竜王の子の力なのかとぼんやり思う。
 ジェジーニアは側にあったソファにアウファトを座らせてくれた。

「これを、替えたらいい?」
「ああ。替えは、そこの引き出しにある」
「これ?」
「ああ」

 ジェジーニアはアウファトの指示を聞いて、辿々しい手つきで寝台のそばの引き出しを開けた。
 一人でできるのだろうか。アウファトは心配しながらジェジーニアを見守った。
 
「ふふ、全部あうの匂いだ」

 ジェジーニアは嬉しそうに新しいシーツを出した。洗濯してあるはずだが、ジェジーニアにはわかるようだ。竜王の子は嗅覚も強いらしい。
 アウファトに見守られながら、ジェジーニアは汚れたシーツを剥いでいく。剥いだシーツを丸めて足元に置くと、新しいシーツを広げ、見よう見まねでシーツをかけていく。
 少々皺はあるが、初めてにしては上手にできたのではないか。

「あう、できたよ」

 ジェジーニアは嬉しそうにアウファトを振り返る。その仕草は、手伝いをやり遂げた子どものようだった。

「ありがとう。上手だな、ジジ」
「ふふ、うれしい」

 ジジは雑に丸めたシーツを抱えると匂いを嗅いで嬉しそうにしている。

「あうの匂いだ」
「やめてくれ」
「だめなの?」
「恥ずかしいだろ」

 匂いを嗅がれるのは恥ずかしい。そう思うのはアウファトだけではないはずだが、どうやらジェジーニアはそうではないらしい。
 何がいけないのかわからないようで小首を傾げた。

「恥ずかしい……匂いを嗅ぐの、恥ずかしい?」
「ん、そうだ」
「じゃあ、しない」

 ジェジーニアの物分かりの良さに安堵していると、シーツを抱えてアウファトの足元に座り込んだ。膝の上に顎を乗せ、甘えるようなその仕草に、アウファトの心臓が跳ねる。

「でも、あうはいい匂いがする」
「いい匂い?」
「ランダリムの、匂い」

 ジェジーニアからする、あの花の匂いだ。

「俺から?」

 自分ではわからないそれに、アウファトは首を傾げる。

「ずっとそばにいたから、匂いが移ったんじゃないのか?」

 まだどこか信じられないでいるアウファトを否定するように、ジェジーニアは首を横に振る。

「あうからする。ずっと、あうからしてるよ。だから、俺はあうが、つがいだってわかる」

 ジェジーニアはうっとりと目を細める。

「フィーが言ってた、冬の空の瞳の、つがい」

 何度も口にするのは、誰かの名のようだった。

「俺は、男だぞ」
「ン?」

 ジェジーニアは首を傾げる。

「関係ない。アウファトは、俺のつがいだよ」

 ジェジーニアは、疑う様子もない。

「フィーっていうのは」
「フィーは、俺を産んだ人。俺のいとしいひと。トルが、父さま、フィーが母さま」
「トルヴァディアと、フィオディークか」

 ジェジーニアがずっと姿を探すように呼んでいたのは、白き王の名だった。

 古い伝承にある二人だ。この地を護る黒き竜王と、この地を治める白き王。二人は結ばれ、産まれたのがジェジーニアだ。黒き竜王から賜った、竜王の子、ジェジーニア。フィオディークは、竜人の王だ。男でありながら黒き竜王の子を授かった。
 竜人は性別に関係なく卵を産めると聞いたことがあった。
 だが、アウファトはただの人間だ。白い揺籠を開けられはしたが、竜人の血が流れているわけではない。

「どうして……」

 思わず口にしたのは、疑問だった。

「花の香りがして、目を見たら、わかった。あうが、俺のつがい」

 ジェジーニアは穏やかな顔をして言葉を継ぐ。

「前に一度、近くまで来たけど、またいなくなってしまって、悲しかった。だけど、あうはまた来てくれた。嬉しかった。ずっと、あうに、会いたかった」

 竜王は、つがいを見つける力が強い。
 きっとジェジーニアには、ずっとアウファトのことがわかっていたのかもしれない。
 自分だけが何も知らなくて、悔しいのと情けないのとが混ざってなんとも言えない気持ちになる。

「だから、嬉しい。あうと一緒にいられるの、嬉しいんだ」

 ジェジーニアが嬉しそうに目を細めた。
 ジェジーニアの言葉に胸が苦しくなる。
 これがどういう感情なのか、アウファトは知らない。今まで抱いたどの感情でもない、知らない感情だった。
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