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竜王のつがい
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部屋に戻った後、浴場が閉まる前に、人の少ない時間を見計らってジェジーニアを連れて行った。古竜語しか使えないジェジーニアはやはり目立ってしまうからだ。とはいえ、王都に戻ると温泉はない。その前に一度くらい温泉に入らせてやりたかった。
ジェジーニアからはずっと花の匂いがする。身を清めても、それは変わらない。
そういう体臭なのだろうか。
ジェジーニアからする花の匂いを嗅ぐたびに、胸が甘く痛む。その理由はわからなかった。
部屋に戻ると、アウファトは荷物の整理をした。明日の朝には迎えの馬車がやってくる。荷物を整理して、少しだけ資料をまとめて、眠る前に本の続きを読むことにした。
竜王には、生涯に一人の伴侶がいる。
竜王のつがいは本能よりも深い場所、魂で繋がっている。
竜王が引き寄せ、見つける。
竜王とその伴侶は、竜王の花の香りで結ばれている。
つがいは竜王が伴侶の項を噛むことで成立する。
伴侶または竜王が拒否した場合、竜王は石となって永遠に眠る。つまり死である。
竜王のつがいは、替えが効かない。
竜王のつがいとなる伴侶は、竜王に出会うまで、誰かを愛することも、愛されることもなく、死ぬこともない。
つがいは、替えのきかない唯一の存在。
呪詛にも似た、運命のようなもの。
それが、竜王のつがいである。
アウファトは息が詰まるような感覚に襲われ、本を閉じた。まだ文章は続いていたが、それ以上読み進めようという気持ちにはなれなかった。
呪詛に似た運命とは言い得て妙だった。
ジェジーニアに課せられたものと、つがいである自分に課せられるもの。
忠誠と献身、呪詛と責苦。
その重みに、呼吸が勝手に浅くなった。
ジェジーニアは、これを知っているのだろうか。幼いながらに、黒き竜王や、白き王から聞かされたのだろうか。
そう思うと、ジェジーニアの抱えたものの重さにまたため息が漏れた。
ずっとするこの花の香りは、ジェジーニアがつがいを呼ぶためのものということになる。
そして、ジェジーニアが自分をつがいだといったということは、自分からもこの香りがしている。
胸が痛む。
これに、自分は応えられるのか。アウファトは自らに問う。
自分が応えなければ、ジェジーニアは石になる。
せっかく目覚めたジェジーニアを石にはしたくないと思った。しかし、自分がジェジーニアのつがいだと、簡単に認めることもできなかった。
アウファトが本を読む隣で、ジェジーニアはずっと喉を鳴らして大人しくしていた。
少しだけ躊躇いながら頭を撫でてやると嬉しそうに目を細める。
「あう」
ジェジーニアは時折甘えるような声でアウファトを呼ぶ。その声に、不思議と心臓の鼓動が早まる。
あの白い花の香りがする。ランダリムの花の香りが。
「あう、ねる」
どうやらジェジーニアは眠いようだった。おとなしかったのはそのせいのようだ。
部屋の時計は、もう夜更けの時刻を指していた。
「眠いのか。ジジ、ベッドに行くぞ」
「ン」
ほとんど開いていない瞼を擦るジェジーニアの手を引いて、アウファトはジェジーニアをベッドまで導く。
倒れ込むように横になったジェジーニアに布団をかけてやると、腕を掴まれた。思ったより優しく掴まれて、また発情かと思いおそるおそる顔を見ると。
「あう、ティセオラ」
行かないで、という意味だ。
どうもジェジーニアは寂しがりのようだ。もしかしたら、まだ幼いうちにあの揺籠へ入れられたのかもしれない。体の大きさの割に幼さを感じるのは、そのせいもあるのだろう。
そう考えると寂しがりなのも仕方ないように思えた。
「わかったよ」
見上げる縋るような視線に、アウファトは表情を緩め、黒い髪を撫でてやる。
ジェジーニアは目を細め、くるると喉を鳴らした。どうやら、嬉しいと喉を鳴らすらしい。
幸い、明日も何もない。こんなにのんびりできるのも、ジェジーニアのおかげだ。アウファトは資料のまとめを諦め、部屋の灯りを落としてジェジーニアとともにベッドに上がった。
ジェジーニアは寂しいのか、アウファトにしがみついた。
甘えるように鼻先を擦り付ける。ジェジーニアとの距離の近さに鼓動が跳ねる。意識しすぎだと自分に言い聞かせ、騒ぐ鼓動を宥める。
背中を撫でてやると、すぐに寝息が聞こえ始める。
長い尾がゆったりと揺れている。
ジェジーニアに布団をかけてやると、アウファトも目を閉じた。
翌日は、一日中予定のない日だった。これもジェジーニアが飛んでアウファトを運んでくれたおかげだ。丸二日、自由な時間ができた。
アウファトは部屋にこもって資料のまとめを進めた。ジェジーニアはおとなしくアウファトの傍らにいた。
明日は迎えの馬車が来る。ジェジーニアを王都に連れて行ってどうするか、まだ決めていない。
謁見許可が貰え次第王に紹介するとして、一旦は自宅に連れて行くのがいいだろう。理性的な者は多いが、なにせ竜王の子だ。生物学者連中に見せて血でも抜かれたりしたら可哀想だと思う。
それに、まだ、調べなくてはならないこともある。
アムの意味だ。
アウファトの生まれた土地と王都では解釈が違う。
アウファトの村では愛だったが、王都での解釈は護る、守護する、といった意味だ。どちらが正しいのか、アウファトはまだ決めかねていた。
ジェジーニアからはずっと花の匂いがする。身を清めても、それは変わらない。
そういう体臭なのだろうか。
ジェジーニアからする花の匂いを嗅ぐたびに、胸が甘く痛む。その理由はわからなかった。
部屋に戻ると、アウファトは荷物の整理をした。明日の朝には迎えの馬車がやってくる。荷物を整理して、少しだけ資料をまとめて、眠る前に本の続きを読むことにした。
竜王には、生涯に一人の伴侶がいる。
竜王のつがいは本能よりも深い場所、魂で繋がっている。
竜王が引き寄せ、見つける。
竜王とその伴侶は、竜王の花の香りで結ばれている。
つがいは竜王が伴侶の項を噛むことで成立する。
伴侶または竜王が拒否した場合、竜王は石となって永遠に眠る。つまり死である。
竜王のつがいは、替えが効かない。
竜王のつがいとなる伴侶は、竜王に出会うまで、誰かを愛することも、愛されることもなく、死ぬこともない。
つがいは、替えのきかない唯一の存在。
呪詛にも似た、運命のようなもの。
それが、竜王のつがいである。
アウファトは息が詰まるような感覚に襲われ、本を閉じた。まだ文章は続いていたが、それ以上読み進めようという気持ちにはなれなかった。
呪詛に似た運命とは言い得て妙だった。
ジェジーニアに課せられたものと、つがいである自分に課せられるもの。
忠誠と献身、呪詛と責苦。
その重みに、呼吸が勝手に浅くなった。
ジェジーニアは、これを知っているのだろうか。幼いながらに、黒き竜王や、白き王から聞かされたのだろうか。
そう思うと、ジェジーニアの抱えたものの重さにまたため息が漏れた。
ずっとするこの花の香りは、ジェジーニアがつがいを呼ぶためのものということになる。
そして、ジェジーニアが自分をつがいだといったということは、自分からもこの香りがしている。
胸が痛む。
これに、自分は応えられるのか。アウファトは自らに問う。
自分が応えなければ、ジェジーニアは石になる。
せっかく目覚めたジェジーニアを石にはしたくないと思った。しかし、自分がジェジーニアのつがいだと、簡単に認めることもできなかった。
アウファトが本を読む隣で、ジェジーニアはずっと喉を鳴らして大人しくしていた。
少しだけ躊躇いながら頭を撫でてやると嬉しそうに目を細める。
「あう」
ジェジーニアは時折甘えるような声でアウファトを呼ぶ。その声に、不思議と心臓の鼓動が早まる。
あの白い花の香りがする。ランダリムの花の香りが。
「あう、ねる」
どうやらジェジーニアは眠いようだった。おとなしかったのはそのせいのようだ。
部屋の時計は、もう夜更けの時刻を指していた。
「眠いのか。ジジ、ベッドに行くぞ」
「ン」
ほとんど開いていない瞼を擦るジェジーニアの手を引いて、アウファトはジェジーニアをベッドまで導く。
倒れ込むように横になったジェジーニアに布団をかけてやると、腕を掴まれた。思ったより優しく掴まれて、また発情かと思いおそるおそる顔を見ると。
「あう、ティセオラ」
行かないで、という意味だ。
どうもジェジーニアは寂しがりのようだ。もしかしたら、まだ幼いうちにあの揺籠へ入れられたのかもしれない。体の大きさの割に幼さを感じるのは、そのせいもあるのだろう。
そう考えると寂しがりなのも仕方ないように思えた。
「わかったよ」
見上げる縋るような視線に、アウファトは表情を緩め、黒い髪を撫でてやる。
ジェジーニアは目を細め、くるると喉を鳴らした。どうやら、嬉しいと喉を鳴らすらしい。
幸い、明日も何もない。こんなにのんびりできるのも、ジェジーニアのおかげだ。アウファトは資料のまとめを諦め、部屋の灯りを落としてジェジーニアとともにベッドに上がった。
ジェジーニアは寂しいのか、アウファトにしがみついた。
甘えるように鼻先を擦り付ける。ジェジーニアとの距離の近さに鼓動が跳ねる。意識しすぎだと自分に言い聞かせ、騒ぐ鼓動を宥める。
背中を撫でてやると、すぐに寝息が聞こえ始める。
長い尾がゆったりと揺れている。
ジェジーニアに布団をかけてやると、アウファトも目を閉じた。
翌日は、一日中予定のない日だった。これもジェジーニアが飛んでアウファトを運んでくれたおかげだ。丸二日、自由な時間ができた。
アウファトは部屋にこもって資料のまとめを進めた。ジェジーニアはおとなしくアウファトの傍らにいた。
明日は迎えの馬車が来る。ジェジーニアを王都に連れて行ってどうするか、まだ決めていない。
謁見許可が貰え次第王に紹介するとして、一旦は自宅に連れて行くのがいいだろう。理性的な者は多いが、なにせ竜王の子だ。生物学者連中に見せて血でも抜かれたりしたら可哀想だと思う。
それに、まだ、調べなくてはならないこともある。
アムの意味だ。
アウファトの生まれた土地と王都では解釈が違う。
アウファトの村では愛だったが、王都での解釈は護る、守護する、といった意味だ。どちらが正しいのか、アウファトはまだ決めかねていた。
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