【完結】ゼジニアの白い揺籠

はち

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黒き竜王の子

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 二人が部屋に戻る頃には外はすっかり暗くなっていた。二人はソファに並んで座った。アウファトが本をテーブルに置いても、ジェジーニアは嬉しそうに新しい服の包みを抱えたままだった。
 新しい服が気に入ってくれたのなら良かったとアウファトは思う。

「お前は、竜王の子なのか?」
「ン? りゅー……お?」

 アウファトの問いに、ジェジーニアは首を傾げる。

「ヤ、エンセルト、ノッテ?」
「ン、トルヴァディア、ミオ、アトゥ」

 あなたは黒き竜王の子かと聞けば、トルヴァディアは私の父だと答えた。

「アトゥ……父親、か」

 ジェジーニアの頭を撫でてやると、ジェジーニアは嬉しそうに目を細めた。
 トルヴァディアは、この大陸を守護する竜王の名だ。フィオディカ伝承にも出てくる、黒き竜王。ジェジーニアはその子どもだという。

 それが本当なら、ウィルマルトの言う通り、アウファトはとんでもないものを起こしたことになる。

 ただ、ジェジーニアが竜王だとして、どうすればいいのか、アウファトには一切の知識がない。何か儀式が必要なのか、どこかへ連れて行かなくてはならないのか、何も知らない。
 ウィルマルトが言っていたように、竜王に関する史料はあまりにも少ない。秘匿されていたわけでもないのだろうが、高位の存在ゆえ知るものが少なかったのかもしれない。

 一般的に知られているのは、大陸の守護者で、預言をもたらす存在であったことだ。竜王祭はその名残として残った祭りだ。そして、白き王を愛し、ジェジーニアをもたらした。そして、リウストラの落ちた日、命を落とした。
 大陸に伝わる伝承だ。知らないものの方が少ない。

 しかし、学者であるアウファトの元にも、それ以上の情報はなかなかないのが実情だ。
 アウファトはウィルマルトに借りた本を開いた。
 こんなものが存在していたなんて知らなかった。
 竜王について書かれた本は、元は賢王の地にある伝承らしかった。

 世界には、神より遣わされた七人の竜王がいる。
 創世の戦で神に従った竜を始祖とし、神は世界を等しく見守るために七人の竜王を作った。
 世界の果ての竜王の宮には七つの座があり、それぞれ一人の竜王がつく。
 黒き竜王、白き竜王、紅の竜王、蒼き竜王、風の竜王、地の竜王、雷の竜王。それぞれが神より任せられた地を守護する。
 竜王は神の手となり足となり目となり、時に声となった。竜王は神託を預かり地上へと伝え、神の代行者として地上を治めた。
 その姿は竜であるとも、竜人に似た姿であるとも言われる。
 竜王には始祖より受け継がれるものがある。竜王の花、そして、竜王の証である。
 竜王の花は、竜王とつがいを繋ぐもの。神が竜王を選んだとき、それぞれに傍にあった花をその印として与えた。それが竜王の花である。
 そして、それぞれに形の異なる竜王の証が受け継がれる。
 花と証の継承をもって、竜王は認められる。

「竜王の、花と、証……」

 証とはなんなのか。それぞれが持つ、形の異なるものとは。
 ひとりごちたアウファトの耳に、ジェジーニアの声が飛び込んできた。

「あう、パン」

 声のした隣を見れば、金色の双眸が何か言いたげにアウファトを見つめている。

「ああ、お腹が減ったのか」
「おなか……」
「ふふ、食事にするか」
「しょく……?」

 アウファトが本を閉じてジェジーニアの頭を撫でると、ジェジーニアは不思議そうな顔をした。

「パンの時間だ」

 アウファトの声に、ジェジーニアの表情が綻ぶ。どうやらジェジーニアはパンを覚えたようだった。
 無邪気な笑みにアウファトも表情が自然と緩む。
 まだ時間はかかるだろうが、少しずつジェジーニアが言葉を覚えてくれるのは嬉しく思う。

 いつか同じ言葉で話せる日が来るのだろうか。そう思うと、胸の辺りがざわめく。それは決して嫌なものではない。温かくて甘いものだった。アウファトはそれが何なのかわからなかった。

「あう?」

 いつのまにかジェジーニアがアウファトの顔を覗き込んでいた。腹が減っているようで、無言ながら物言いたげな金色の目がアウファトを映している。

「ヴェイエ、ジジ」

 アウファトが手を差し出すと、ジェジーニアの手が重なる。温かく、優しい手だった。

 食堂へ連れて行くと、ジェジーニアは出された食事だけでは足りず、二人分近い量を食べてしまった。よく食べ、よく眠る。本当に育ち盛りの子どものようだった。
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