【完結】ゼジニアの白い揺籠

はち

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白い少年

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 エンダールの街は賑やかだった。商店の連なる目抜通りをジェジーニアを連れて歩くと、ジェジーニアは物珍しそうに街並みを眺めていた。

 リウストラに比べたら新しい時代の建物だ。ジェジーニアには何もかもが新鮮に映るのだろう。かくいうアウファトも、こんなにのんびりエンダールの街を歩いたことはなかった。こうしていられるのもジェジーニアの翼のおかげである。

 アウファトが手を引いているので迷うことはないが、いかんせんジェジーニアは背が高いので目立つ。見目も良いので何かと周囲から視線を集めていた。
 竜人の街だけあって、通りにいるのはほとんどが竜人だ。時折旅人らしき人間はいるが、少数だった。
 せっかく街に出たので、アウファトはジェジーニアの服を探すことにした。

「ジジ、服を買いに行こう」
「ふく?」

 ジェジーニアが不思議そうに首を傾げる。
 アウファトは、自分の着ているチュニックを摘んでみせる。

「ルーロ、イレ、ティソロ」
「ん」

 ジェジーニアは頷いた。服を買いに行く。古竜語で伝わったらしい。
 ジェジーニアはおとなしくアウファトの後をついてきた。自分より背の高いジェジーニアがどこへ行くにも後をついてくるのは不思議な感じだった。

 ジェジーニアは、静かだった。アウファトと目が合うと微笑むが、何かを自ら話す様子はない。言葉が通じないのも、それとなく察しているようだった。

 エンダールでは、売っている服は竜人向けのものが大半だ。大抵は仕立て屋だが、出来合いのものを売っている店があった。アウファトが見つけた服屋に入ると、出迎えてくれたのは竜人の女性だった。

「すみません、彼に合う服をお願いしたいんですが」
「あらあら、背の高い男前。四本角なんて珍しいわね」

 店主はジェジーニアを見て微笑む。穏やかな口調の女性だった。

「四本角は珍しいんですか」
「ええ。私も見るのは初めて」
「そうですか」
「瞳も金色で綺麗ね。これはどうかしら。髪の色と同じ、黒のチュニック。脚衣は、これはいかが?」

 仕立てられた服を女性が差し出す。背中は大きく開き、翼を出せるようなつくりになっている。脚衣も、尾を出せるように作られている。アウファトの服にはこれがないので、ジェジーニアに着せてやることはできなかった。

「靴は、これが入るといいんだけど」

 店主が出してくれたのはいずれもジェジーニアにはちょうど良い大きさだった。
 アウファトは同じ大きさの服を五着用意してもらった。街の住人と大差ない服を手に入れたジェジーニア。これで少しは街に馴染むことができそうだった。今着ているものは部屋着にでもするのがいいだろう。かつての服がそこにあることが貴重だが、きっとジェジーニアにも思い入れがあるもののはずだ。無理に取り上げようとは思わなかった。

 アウファトは店主に代金を渡し、包んでもらった服を受け取ると、礼を言って店を出た。

 二人は人の多い大通りから一本裏の道に入った。宿までの近道でもあるが、人の少ない方が気が楽だった。服の入った包みはジェジーニアが大切そうに抱えている。新しい服を手に入れたジェジーニアは心なしか嬉しそうに見えた。

 陽は大きく傾き、影の落ち始めた裏路地には日暮れの気配が近付いていた。
 まだ明るさはあるが、陽が当たるのは建物の屋根の先の方だけだった。
 表通りと違って静かな通りで、白い少年とすれ違った。白い髪に、白い肌。美しい、人間の少年だった。小柄な身体に纏うのは仕立ての良い服で、育ちの良さが滲み出ている。

「セトラーナ、アグル」

 流暢な古竜語が聞こえてアウファトは振り返った。
 少年の声だった。少年が古竜語を使うのかとアウファトの興味を引いた。アウファトも少年時代に古竜語に出会ったが、少年は当時のアウファトよりもいくらか幼く見える。
 少年が発した古竜語は立派な角という意味で、どうやらジェジーニアに対して放った言葉のようだった。

「ジジ、ヤオ、フィローノ?」

 アウファトの問いにジェジーニアは首を横に振る。あなたの友人か、という問いだったが、そうではないようだ。
 長く眠っていたジェジーニアに、少年の、しかも人間の知り合いがいるわけがない。それでも、遺跡から出てきたばかりのジェジーニアに友人でもいればジジの心細さも少しはマシになるかと思ったが、そうではなかったようだ。
 残念に思ったアウファトを見て、少年は金色の目を見開いた。

「おどろいたな、言葉がわかるんだ」

 少年が口にしたのは、今度はアーディス語だった。その口ぶりは古竜語を話せるものが少ないことを理解しているようだった。

「学者でね。勉強したんだ」

 アウファトの答えに、少年は美しい金色の目を細めた。その目には、少年とは思えない落ち着きと威厳があった。

「君が、彼を目覚めさせたの?」

 少年の声は、アウファトを驚かせるのには十分だった。それを知っているのはアウファトと、先程話をしたウィルマルトくらいだ。

「どうしてそれを」

 アウファトの胸に生まれたのは警戒心だ。
 目の前の少年が纏う子供らしからぬ空気がそれを助長している。

「知ってるよ。僕はなんでも知ってる。この土地の代行者だからね」

 少年の言うこの土地の代行者の意味がわからなかった。
 エンダールはウィルマルトが管理している。代行を立てたという話も聞いていない
 子供の悪ふざけかと思ったが、この少年の纏う気配は威厳に満ちていて、とても冗談の類だとは思えなかった。

「君は」
「フィノだよ」

 アウファトの問いに、少年らしい、可愛らしい声が返ってきた。
 フィノと名乗る少年は微笑む。その微笑みは子どものそれだというのに、アウファトの背にはうっすらと汗が滲んでいた。

「僕の古い友人も、彼と同じ四本角なんだ」

 それは、この少年の知り合いも竜王ということか。

「それは、どういう」
「ふふ、また会いに来るよ」

 アウファトの問いを遮るように風が吹いた。白い少年を中心に塵芥が巻き上がる。渦を巻くような強い風には、ジジの羽ばたきにも似た強さを感じた。
 城塞の中の狭い路地に吹く強い風は、空気を裂くような甲高い唸りを上げ、吹き荒れる。
 アウファトは思わず目を瞑った。
 立っているのもやっとの、強い風だった。そばにいたジェジーニアが支えてくれなければ、吹き飛んでいたかもしれない。
 強い風はすぐに止んだ。
 アウファトが目を開けると、そこに少年の姿はなかった。

「あう」
「ジジ?」

 ジェジーニアが心配そうにアウファトの手を握った。手のひらに滲む温もりに、張り詰めた気持ちが緩むのがわかった。
 フィノと名乗った少年が何者なのか、結局わからずじまいだった。ジェジーニアの知り合いではなさそうだし、アウファトの知り合いでもなかった。
 フィノは、また会いにくると言っていた。それがどういうことか、アウファトは知る由もない。
 ウィルマルトに借りた本が飛ばされなかったことに安堵しつつ、どこか不安げなジェジーニアを連れてアウファトは宿までの道を辿った。
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