【完結】ゼジニアの白い揺籠

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城塞都市エンダール

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 城塞都市エンダールは竜人の都市だ。神代の終わりに王都から連れ去られた竜人が集められた街が元だと言われている。
 集められ奴隷とされた竜人たちが解放された後、各地に身を潜めていた竜人たちが集まり、大きな街になった。

 高い城壁に囲まれた都市は難攻不落とされ、人と和解が成立するまでの長い間、独立国家として栄えていた。そして今も、技術や魔術に長けた竜人たちによって様々な物が作られ、国中に流通して恩恵がもたらされている。

 アウファトを乗せた馬車はエンダールの城門を抜け、街の中央の大きな通りを進むと石造りの建物の前に止まった。

 白に近い灰色の石で作られた建物は、この街の中でも古くからある建物の一つだった。
 街の中央通りの奥にある由緒正しい老舗の宿、ヴィーエガルテンだ。調査でエンダールへやってきた時に使うのはたいていこの宿だった。国の機関の指定宿だけあって、店構えも内装も上品で、アウファトは気に入っていた。

 手短に宿泊の手続きを済ませ、荷物を運び込むと、アウファトは宿を出た。

 日没の迫る時刻、高い城壁に囲まれた街にはあちこちに深い影が落ちている。
 家々にも灯りが灯り始める中、アウファトは馴染みの竜人の元へと向かった。

 エンダールの北の果てにある、城のような大きな屋敷の前でアウファトは足を止めた。
 ずいぶんと昔からあるらしい石造りの重厚な屋敷は、アウファトの馴染みの住まいだった。
 入り口は大きな木の扉だ。付いている金具でノックすると、仕立ての良い服を纏った、銀髪に青い瞳の物静かそうな男性の竜人が出てきた。

「これは、アウファト様」

 穏やかな声色の彼は、この屋敷の執事だった。アウファトの顔を見るなり深々とお辞儀をした。

「遅い時間に申し訳ありません。ティスタリオ卿はおいでですか」
「はい。ご案内します」

 男は嫌がる様子もなくにこやかに案内してくれた。
 屋敷の内装は装飾の少ない質素なものだった。壁は石を組んで作られた壁がそのままになっていて、装飾品らしきものはほとんどなく、飾り立てる花もない。廊下には装飾の少ない燭台が並ぶ。とても権力者の住まいとは思えない内装だが、それがここの主人の気質を表しているようで、アウファトはここを訪れるたびに好ましく思った。

 アウファトを扉の前まで案内すると、案内してくれた竜人は一礼して去っていった。木の扉をノックすると中から声がした。

「どうぞ」

 扉を静かに開ける。音もなく開いた扉の先は書斎のような部屋だった。
 夕闇の迫る部屋にはいくつもの金色の灯りが灯されていて明るかった。金色の光はいずれも輝く鉱石が箱状の燭台に入れられたものだ。
 壁には書物の詰まった本棚が設られ、奥に窓がある。窓の前に、入り口に向き合うかたちで執務机が置かれている。

「お久しぶりです、ティスタリオ卿」

 アウファトは屋敷の主人の名を呼んだ。
 机には数多の書物が積み上げられ、その間から顔を出したのは二本の金色の角を持つ竜人の男だった。
 エンダールは竜人の都市。この都市をまとめるものもまた竜人だ。

 髪は淡い金色で、瞳は澄んだ青、精悍な顔立ちをしている。
 見た目の年齢はアウファトと大して変わらないが、アウファトの十倍は生きている。
 ウィルマルト・ティスタリオ。リガトラ王国においては王と並ぶ位を持つ。
 が、学者肌のウィルマルトは権力には興味はないようで、政治がらみのことはついでにやっているようなところがある。ここにはいないが腕の立つ宰相もいて、二人でこのエンダール周辺をはじめとするフィオディカ大陸の北部を治めている。

「久しぶりだな、アウファト」

 ウィルマルトは嬉しそうに目を細めた。会うのは半年ぶりだった。
 前に会ったときはミシュアも一緒だった。

「散らかっててすまないな。その辺に座ってくれ」

 ウィルマルトに促され、アウファトは机の前に並ぶ応接用のソファへと掛けた。
 散らかっているのは執務机の周りだけで、応接用のテーブルは一応きれいになっていた。

「見てくれ、俺の魔力を込めた石だ。これがあると、三日でもあの嵐の中にいられるぞ」

 ソファの向かいへやってきたウィルマルトが楽しげに差し出したのは、うっすらと赤く輝く磨かれた鉱石だった。
 受け取ると、手のひらが温かい。角が取れて手に馴染むそれは人肌よりも少し温かく、伝わってくる熱は少しずつ体に馴染んでいくようだった。

 エンダール近くの鉱山で採掘される石は竜人との相性がいいらしく、多くの魔力を込められるのだと以前会った時に言われた。
 失われた古代技術の復活を掲げている彼は、いずれこの城を飛ばすのだと言っていた。古代の竜人はそんなこともできたのだという。

「また行くのか、柩に」

 アウファトを真っ直ぐに見据え、ウィルマルトは期待に満ちた目を向ける。彼もまた白い柩に興味を示すものの一人だった。

「ええ」
「お前も好きだねえ。ゼジニアか?」

 ソファに深く掛けたウィルマルトは目を細める。

「はい。今回こそは」
「はは、いい報告が聞けるのを楽しみにしてるよ」

 ウィルマルトは学者肌ということもあり、アウファトたちの研究にも理解があり、積極的に協力してくれる。

「買い出しは終わったのか? そろそろどこも店じまいだろ」
「これから、急いで行きます」
「ならこれを持って行け。試作品ばかりだが、何かの役には立つだろう」

 ウィルマルトは机の上から取った彼の作ったものをアウファトの前に並べた。
 外套、ランタン、それから魔力が封じられた石。ウィルマルトは定期的に訪れるアウファトに試作品をくれる。店で買えばそれなりの金額になるものもある。もらって賄えるのはありがたかった。

「ありがとうございます」
「今回はひとりか。相棒は?」
「風邪で、俺だけです」
「なんだと」

 目を見開き前のめりになったウィルマルトは、項垂れ盛大にため息をつく。

「同行すると言いたいところだが、宰相がうるさくてな。気をつけろよ」

 どうやら同行したかったらしく、ウィルマルトは苦笑いした。アウファトとしても竜人であるウィルマルトが同行してくれるのは心強かったが、どうやら宰相から釘を刺されてしまったようだった。
 無理もない。ウィルマルトはエンダールの統治者だ。無闇に出掛けてその身に何かあっては困るからだろう。

「帰ってきたら、また話を聞かせてくれ」

 街に残らなければならないウィルマルトは心底寂しそうに笑った。



 名残惜しげなウィルマルトと別れ屋敷を出ると、辺りには夜の気配が近付いていた。
 アウファトは目抜通りに向かい、店じまい前の道具屋に駆け込むと消耗品を補充した。
 宿に着く頃には、ちょうど食事の時間になっていた。
 夕食を済ませ荷物の整理をすると、アウファトは早々に寝台に上がった。
 四人泊まれる部屋に一人で泊まるのは申し訳ない気分だったが、この先はゆっくり休めるとは言えない。アウファトは柔らかな布団と滑らかなシーツの感触を確かめながら眠りについた。
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