【完結】ゼジニアの白い揺籠

はち

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拒絶の声

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 目を覚ましたアウファトの隣では、ジェジーニアが穏やかな寝息を立てている。
 散々裸で抱き合った甘やかな記憶はまだアウファトの胸に残っていた。

 ジェジーニアの唇が温かな口づけとともに降らせる愛の言葉を浴びた。何度も、気が遠くなるくらいに。
 優しく包み込む温もりが、アウファトの胸に温かな輪郭を浮かび上がらせる。また少し鮮明になったその形が、愛なのだろうとアウファトはぼんやりと思った。

 アウファトはおそるおそる自分の平らな胸を撫でた。柔らかな鼓動が指先に伝わる。愛の姿は、もう少しで見えそうだった。

 部屋は薄明るく、カーテン越しにも日はもうずいぶん高く昇っているのがわかる。
 気を失うまで抱き合って、日が高くなるまで眠って。こんなふうに自堕落な暮らしをするのは初めてだ。
 不思議と罪悪感はない。こんなに甘く穏やかな暮らしもあるのだと、アウファトは初めて知った。

「ジジ」

 呼ぶ声に、返事はない。深く眠っているのか、尾も揺れていない。
 ジェジーニアを起こさないよう静かに起き出したアウファトは、ベッドの脇に落ちた部屋着を身につけると仕事部屋に向かった。竜王にまつわる文献を読み直すためだった。

 仕事部屋のお気に入りの椅子に座るのは久しぶりだった。本を読むときにはいつもこの椅子で読む。
 アウファトはウィルマルトに借りた本を初めから読み直した。胸の苦しさにかまっている暇などなかった。
 見落としはないのか、自分にできていないことはなんなのか。
 それを知るために、アウファトは黙々とページをめくった。
 読み終わると蔵書も片っ端からさらい、よそから借りられるものは借りて目を通した。

 アウファトを駆り立てるのは、焦燥と、胸の甘い痛みだった。
 早く見つけなければならない。自分の気持ちも、ジェジーニアを助ける方法も。



 その日も、アウファトは書物を読み漁っていた。
 起き出したジェジーニアとともに、ソファで竜王にまつわる文献に目を通す。
 傍らにはジェジーニアがいたが、いつもと様子が違った。
 ソファで本を読むアウファトにしがみつくように抱きついて、離れようとはしなかった。
 甘えたいのだろうと思ったアウファトが頭を撫でてやるが、ジェジーニアは一向に離れようとはしない。

「ジジ、いい子だから、ベッドで待っていてくれ。すぐに、行くから」
「う」

 いつもなら素直に離れるのに。ジェジーニアにしては珍しく、首を横に振ってそこから離れようとはしなかった。

「ジジ、ベッドに」
「あう……」
「ジジ、頼むから」
「や……ここがいい。あうのそばにいたい」

 頑なに首を横に振るジェジーニアに、苛立ちが募る。いつもはもっと聞き分けがいいのに。こんなふうにわがままを言うのは珍しかった。
 だが、今は構っている余裕などない。

「ジジ」

 アウファトは思わず唸るような声を出してしまった。
 ジェジーニアの肩が跳ねて、腰に絡んだジェジーニアの腕が解けた。

「う……」

 身体を離すジェジーニアは、ぐず、と鼻を鳴らした。

「ぅ、わかった……」

 金色の瞳は濡れていた。頬もだ。
 長いまつ毛は濡れて、疎らに束になっている。
 ジェジーニアは泣いていた。
 ぽろぽろと白い頬を転がり落ちる涙の粒が見えて、アウファトは息を呑んだ。
 きつく言い過ぎただろうか。ジェジーニアには、こんなに強く何かを言ったことはなかった。

 ジェジーニアのため、なんていうのは綺麗事だ。
少し、一人になりたかった。
 立ち上がったジェジーニアは、背を丸め長い尾を引き摺りながら頼りない足取りで寝室へと入って行った。
 ドアが閉まって、部屋が静かになる。

 アウファトは溜め息を一つついて、視線を再び文献に落とした。胸には、鈍く痛む罪悪感がいつまでも残っていた。
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