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少年とお伽話
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アウファトが生まれたのは、大陸の北寄りにある小さな村だった。貧しい村ではあったが、人は皆温かかった。
幼いアウファトは祖母から聞かされた物語に心を奪われた。
それは、竜人たちが愛を歌うお伽話だった。
物語に出てきた歌うような美しい言葉、古竜語にひどく惹かれた。旋律に乗せたような響きのそれに、子供ながらに懐かしさのような、言いようのない切なさが胸に宿ったのを覚えている。
それからというもの、アウファトは来る日も来る日も祖母にねだってその物語を聞いた。祖母が飽きてしまうくらい、何度も。
竜の王様と竜人のお姫様の物語だった。
古竜語への憧れはいつの間にか、探究心に変わって、アウファトは語学にのめり込んだ。
アウファトは国中の言語を学び、幾多の物語を読んだ。
幼少期から聞かされたお伽話、伝承。古くから伝わるさまざまな物語の中に、竜人がいて、竜人たちは皆、歌うように美しい言葉で語った。
そして、ゼジニアという宝の存在を知った。
ゼジニアは、竜人の王様が都のどこかに隠したとされる宝物だった。それが何なのか、知るものは誰もいなかった。
アウファトの村の近くの丘からは、白い柩を取り巻くように吹き荒れる白い嵐が見えた。
アウファトはその丘から何度も遠巻きに眺めた。
大人たちから近づいてはいけないと言われた王都リウストラ周辺の白い嵐。過ちを犯した人を責めるような、拒むような、容赦無く世界を白く閉ざす吹雪に畏怖を感じた。
天気のいい日、嵐の落ち着いた日には、うっすらと都の影が見えた。
そこに確かに都があったのだと、アウファトは嬉しくなった。
アウファトは小高い丘から、白く烟る吹雪の向こう、そこにある白い柩に何度も思いを馳せた。
竜人の王が作った都と、そこに眠るゼジニアという宝に。
アウファトが家を出たのはアウファトが十五の誕生日を迎えてまもなくだった。
村を出て大きな街に出る若者は少なくない。アウファトは城塞都市エンダールに出て住み込みの仕事をはじめた。宿で、酒場で、旅人や商人から各地の伝承を聞くためだった。聞くたびに書き留めたさまざまな伝承が手帳三冊ほどになった折、アウファトはミシュアに出会った。
宿の食堂で、アウファトが食事をテーブルに持って行った時の出来事だった。
四人組で、大人に混ざって歳の近い少年がいた。
大人たちは酒を飲み始めて、彼だけが酒も飲まずに退屈そうにしていたので、アウファトは思わず声を掛けた。年の近い少年に会うことは稀で、アウファトは、嬉しくなった。
彼を少し離れた席に連れ出して、話をした。
「ここへは何しに来たの?」
見たところ、四人は各々何となく距離感がある。家族というわけではなさそうだった。
「遺跡の調査だよ」
「調査?」
「そう。王都から来たんだ」
少年は羽織っていた上着についた王立研究所の紋章を見せてくれた。何度か見たことがある。
彼は王立研究所の研究員だった。
「北の遺跡に、調査に行くんだ」
「白い柩に?」
「そうだよ。よく知ってるな」
「知ってるよ。ここじゃみんな知ってる。白き王のお城だ。ゼジニアが、眠ってるんだろ」
「そんなことまで知ってるのか」
言われて、アウファトは少し嬉しくなった。アウファトが好きな伝承の一節だった。ゼジニア。幼い頃からずっと焦がれている、王の宝だ。
「ゼジニアが、何か知ってるか」
「……知らない。あんたは知ってるの?」
ミシュアの問いに、アウファトは首を振る。伝承のどの話にも、ゼジニアが何なのかは書いていなかった。手帳に書き留めた中にも、ゼジニアの手掛かりになりそうなものはなかった。
それを、目の前のミシュアは知っているのか、アウファトは、気になった。
「俺も知らない。だから、調べに行くんだ」
そう言ったミシュアの顔は、自信と希望に満ちていて、アウファトにはそれが堪らなく羨ましかった。
その気持ちは、アウファトの背を押すには十分だった。
「ねえ、俺も連れていって。なんでもする! 荷物持ちでもいいから!」
こんなに気持ちが逸るのは初めてだった。こんなに声が出せるものなのだと自分で感心したくらいだった。
矢継ぎ早に言葉を継ぐアウファトを見て、ミシュアはアウファトの目をまっすぐに見つめた。
青と緑の混ざった美しい瞳が正面からアウファトを映す。
「お前、名前は?」
「アウファト」
アウファトは自らの名を、はっきりと名乗った。その霞んだ青の瞳は真っ直ぐにミシュアに向いていた。
「アウファト、荷物持ちでもいいんだな?」
「うん」
「返事は『はい』だ」
「はい」
アウファトは思わず背筋を伸ばした。胸の高鳴りは止まらない。一緒に行きたい。そのためなら、何だってしようと思った。
「得意なことは」
「古竜語」
「喋れるのか」
「少しだけ、なら」
ミシュアはそれに興味を示したようだった。
宿や酒場で聞いた中には古竜語もあった。その数は多くないが、聞いたことのあるものは覚えていた。覚えておいてよかったと思う。アウファト自身も好きだった。
「飯は最悪無しだ。いいのか?」
「う、大丈夫」
「死ぬかもしれないぞ」
「いい……」
死ぬのは怖い。だけど、ゼジニアに近付きたい。アウファトは胸に忍び寄る恐怖を払うように拳を握った。
「いいんだな?」
確かめるようなミシュアの声に、アウファトは頷いた。
もう後戻りできなくてもよかった。白い柩を、ゼジニアを、この目で見てみたかった。
アウファトの真っ直ぐな視線を受け止め、ミシュアはようやく笑った。
「いいよ。アウファト、今日から、俺の助手だ」
「いいの、勝手に決めて」
「酒飲んでて覚えてないだろ」
「はは、悪い奴」
その翌日、上手いことミシュアが大人たちを丸め込んで、アウファトは晴れてミシュアの助手になり、遺跡の調査に同行した。
ミシュアは口が立つようだった。
歳は自分より五つ年上だったが、全然そうは見えなかった。同い年くらいだと思っていたと言ったら、竜人の血が流れているからだろうと言われた。祖母が竜人なのだという。竜人は長命な種族だ。ミシュアが年齢より若く見えるのも頷けた。
調査は、白い柩――かつての王都リウストラの王宮の調査だった。
アウファトはミシュアについて歩いて、王宮の正確な地図が作られるのを目の当たりにした。
調査の帰り道、立ち寄ったエンダールで世話になった竜人に別れを告げ、そのまま王都についていった。アウファトは晴れて、正式なミシュアの助手になった。
アウファトはミシュアの助手になってからも、各地の伝承を調べ続けた。
一年も経つ頃には、「はい」というミシュアへの返事は「うん」に変わり、やがて「ああ」に変わった。
生真面目で理屈ぽいアウファトと、良くも悪くもおおらかなミシュアは反発し喧嘩しながらも良好な関係を築いていた。
幼いアウファトは祖母から聞かされた物語に心を奪われた。
それは、竜人たちが愛を歌うお伽話だった。
物語に出てきた歌うような美しい言葉、古竜語にひどく惹かれた。旋律に乗せたような響きのそれに、子供ながらに懐かしさのような、言いようのない切なさが胸に宿ったのを覚えている。
それからというもの、アウファトは来る日も来る日も祖母にねだってその物語を聞いた。祖母が飽きてしまうくらい、何度も。
竜の王様と竜人のお姫様の物語だった。
古竜語への憧れはいつの間にか、探究心に変わって、アウファトは語学にのめり込んだ。
アウファトは国中の言語を学び、幾多の物語を読んだ。
幼少期から聞かされたお伽話、伝承。古くから伝わるさまざまな物語の中に、竜人がいて、竜人たちは皆、歌うように美しい言葉で語った。
そして、ゼジニアという宝の存在を知った。
ゼジニアは、竜人の王様が都のどこかに隠したとされる宝物だった。それが何なのか、知るものは誰もいなかった。
アウファトの村の近くの丘からは、白い柩を取り巻くように吹き荒れる白い嵐が見えた。
アウファトはその丘から何度も遠巻きに眺めた。
大人たちから近づいてはいけないと言われた王都リウストラ周辺の白い嵐。過ちを犯した人を責めるような、拒むような、容赦無く世界を白く閉ざす吹雪に畏怖を感じた。
天気のいい日、嵐の落ち着いた日には、うっすらと都の影が見えた。
そこに確かに都があったのだと、アウファトは嬉しくなった。
アウファトは小高い丘から、白く烟る吹雪の向こう、そこにある白い柩に何度も思いを馳せた。
竜人の王が作った都と、そこに眠るゼジニアという宝に。
アウファトが家を出たのはアウファトが十五の誕生日を迎えてまもなくだった。
村を出て大きな街に出る若者は少なくない。アウファトは城塞都市エンダールに出て住み込みの仕事をはじめた。宿で、酒場で、旅人や商人から各地の伝承を聞くためだった。聞くたびに書き留めたさまざまな伝承が手帳三冊ほどになった折、アウファトはミシュアに出会った。
宿の食堂で、アウファトが食事をテーブルに持って行った時の出来事だった。
四人組で、大人に混ざって歳の近い少年がいた。
大人たちは酒を飲み始めて、彼だけが酒も飲まずに退屈そうにしていたので、アウファトは思わず声を掛けた。年の近い少年に会うことは稀で、アウファトは、嬉しくなった。
彼を少し離れた席に連れ出して、話をした。
「ここへは何しに来たの?」
見たところ、四人は各々何となく距離感がある。家族というわけではなさそうだった。
「遺跡の調査だよ」
「調査?」
「そう。王都から来たんだ」
少年は羽織っていた上着についた王立研究所の紋章を見せてくれた。何度か見たことがある。
彼は王立研究所の研究員だった。
「北の遺跡に、調査に行くんだ」
「白い柩に?」
「そうだよ。よく知ってるな」
「知ってるよ。ここじゃみんな知ってる。白き王のお城だ。ゼジニアが、眠ってるんだろ」
「そんなことまで知ってるのか」
言われて、アウファトは少し嬉しくなった。アウファトが好きな伝承の一節だった。ゼジニア。幼い頃からずっと焦がれている、王の宝だ。
「ゼジニアが、何か知ってるか」
「……知らない。あんたは知ってるの?」
ミシュアの問いに、アウファトは首を振る。伝承のどの話にも、ゼジニアが何なのかは書いていなかった。手帳に書き留めた中にも、ゼジニアの手掛かりになりそうなものはなかった。
それを、目の前のミシュアは知っているのか、アウファトは、気になった。
「俺も知らない。だから、調べに行くんだ」
そう言ったミシュアの顔は、自信と希望に満ちていて、アウファトにはそれが堪らなく羨ましかった。
その気持ちは、アウファトの背を押すには十分だった。
「ねえ、俺も連れていって。なんでもする! 荷物持ちでもいいから!」
こんなに気持ちが逸るのは初めてだった。こんなに声が出せるものなのだと自分で感心したくらいだった。
矢継ぎ早に言葉を継ぐアウファトを見て、ミシュアはアウファトの目をまっすぐに見つめた。
青と緑の混ざった美しい瞳が正面からアウファトを映す。
「お前、名前は?」
「アウファト」
アウファトは自らの名を、はっきりと名乗った。その霞んだ青の瞳は真っ直ぐにミシュアに向いていた。
「アウファト、荷物持ちでもいいんだな?」
「うん」
「返事は『はい』だ」
「はい」
アウファトは思わず背筋を伸ばした。胸の高鳴りは止まらない。一緒に行きたい。そのためなら、何だってしようと思った。
「得意なことは」
「古竜語」
「喋れるのか」
「少しだけ、なら」
ミシュアはそれに興味を示したようだった。
宿や酒場で聞いた中には古竜語もあった。その数は多くないが、聞いたことのあるものは覚えていた。覚えておいてよかったと思う。アウファト自身も好きだった。
「飯は最悪無しだ。いいのか?」
「う、大丈夫」
「死ぬかもしれないぞ」
「いい……」
死ぬのは怖い。だけど、ゼジニアに近付きたい。アウファトは胸に忍び寄る恐怖を払うように拳を握った。
「いいんだな?」
確かめるようなミシュアの声に、アウファトは頷いた。
もう後戻りできなくてもよかった。白い柩を、ゼジニアを、この目で見てみたかった。
アウファトの真っ直ぐな視線を受け止め、ミシュアはようやく笑った。
「いいよ。アウファト、今日から、俺の助手だ」
「いいの、勝手に決めて」
「酒飲んでて覚えてないだろ」
「はは、悪い奴」
その翌日、上手いことミシュアが大人たちを丸め込んで、アウファトは晴れてミシュアの助手になり、遺跡の調査に同行した。
ミシュアは口が立つようだった。
歳は自分より五つ年上だったが、全然そうは見えなかった。同い年くらいだと思っていたと言ったら、竜人の血が流れているからだろうと言われた。祖母が竜人なのだという。竜人は長命な種族だ。ミシュアが年齢より若く見えるのも頷けた。
調査は、白い柩――かつての王都リウストラの王宮の調査だった。
アウファトはミシュアについて歩いて、王宮の正確な地図が作られるのを目の当たりにした。
調査の帰り道、立ち寄ったエンダールで世話になった竜人に別れを告げ、そのまま王都についていった。アウファトは晴れて、正式なミシュアの助手になった。
アウファトはミシュアの助手になってからも、各地の伝承を調べ続けた。
一年も経つ頃には、「はい」というミシュアへの返事は「うん」に変わり、やがて「ああ」に変わった。
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