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18.火龍の神殿

23.勇者。(その3)

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朝から雨が降っていた。
神殿へと続く参道はぬかるみ足場が悪いにも関わらず、誰も不平不満も言わずに雨に打たれながら静かに階段を上る信徒や観光客の列が続いていた。

神殿の脇には、俗称"火龍温泉"という硫黄泉の温泉風呂があり、その温泉を目的に来る観光客も少なくなかった。

神殿の脇にある火龍温泉に入ってから礼拝に行く出向く者、礼拝が終わった後に火龍温泉でゆっくりと湯に浸かってのんびりする者、温泉施設に併設された休憩施設で大道芸人が披露する芸を見ながらのんびりする者など思い思いに過ごしていた。

この神殿は火龍を祭る神殿という宗教施設の面と、信徒や観光客に温泉という癒しの場を提供するというふたつの面を持っていたた。

癒しの場が少ないこの国では、温泉という珍しい施設に皆が集うようになり、山の中腹というへんぴな場所にありながら、信徒や観光客の絶えない観光名所になっていた。



火龍神殿の礼拝堂に集まった信徒や観光客は、魔石を使った魔道具で濡れた服を乾かすと、礼拝堂の長椅子に静かに座り時を待った。

礼拝堂の神殿前に神官が並び、祭壇前にベティ(火龍)が椅子に腰かけると、礼拝の始まりを告げる金の音が鳴り始めた。その時だった。

またやつが現れた。そう勇者と名乗るあの青年だ。勇者の服はずぶ濡れで、床に大量の水たまりを作りながら祭壇の前に座るベティ(火龍)に向かって叫んだ。

「悪しき龍を倒すため、トロンヘイム王国からやってきた勇者トロイだ。」

「今すぐお前を倒して、この国に平和をにしてやる覚悟しろ!」

勇者トロイと名乗った青年が剣を振り上げ、祭壇の前に座るベティ(火龍)に向かって礼拝堂の中央の通路を走り出した途端、勇者トロイと名乗った青年がいきなり床に倒れ顔面を強打した。
そのはずみで勇者トロイと名乗った青年が持っていた剣は、床を滑りあらぬ方向へと転がって行った。

見ると、長椅子に座っていた信徒が通路に足を出して、勇者トロイと名乗った青年の足を引っかけて倒したのだ。

「おい、こいつだ!ベティ様を悪しき龍とか言う不届き者の変質者だ。」

「みんなで、取り押さえろ!」

長椅子から信徒達が一斉に勇者トロイと名乗った青年の体にのしかかり、手や足を押さえて身動きが取れないようにしていた。
しかも、勇者トロイと名乗った青年の顔や体に蹴る殴を繰り返す者が多数いた。

「おいおい、信徒達よ、もうその辺で勘弁してやってはくれぬか。」

ベティがあまりのむごい惨状に止めに入った。
勇者トロイと名乗った青年の顔は、殴られた痕であちこち青く腫れて無残な姿になっていた。

「いえ、例えベティ様のお言葉でもそれは聞けません。ベティ様はこの国の宝なのです。それを殺そうとするなど言語道断、許される事ではありません。」

「皆よ、こやつを兵士の詰め所へ連れて行くぞ。」

信徒達は、始めからこうなることを想定していたかのような連携を披露して、勇者トロイと名乗った青年を神殿から連れ出した。
礼拝堂の通路には、勇者トロイと名乗った青年が振りかざしていたふたつの剣だけが残された。

「これで何本目の剣になるんじゃ、そろそろ榊殿の所へ持っていくか。」

ベティは、床に転がっている剣を回収すると、アイテムバックに入れた。



ベティは、礼拝が終わると転移石で"ココ"の街の榊の家に戻っていた。

「榊殿、また勇者を名乗る変なやつが神殿に来たのじゃ、今月はこれで4度目なのじゃ。もう頭がおかしいとしか思えぬのじゃ。」

「わしひとりを狙っているうちは良いのじゃ。わしひとりならどんなやつにも負けない自信がある。しかしじゃ。いつか神官や信徒達に剣を振ってケガ人が出るのではないかと思うと不安でたまらんのじゃ。」

「それにそやつは、何度も国外退去になっておるのに、いつの間にか神殿に入り込んでは暴れるのじゃ。」

「お願いじゃ、どうにかできんか。」

俺は、ベティがいつになく真剣な顔で懇願している姿に感動を覚えてしまった。

「あの食いしん坊のベティが、神殿で龍神になったと思ったら皆の心配をするようになりました。」

「女神アルティナ様、あなたのお導きが食いしん坊のベティを真の龍神へと誘っております。」

俺は、床に両ひざを付いて両手を握り天を仰いで大声で叫んだ。

「榊殿、わしは真剣に頼んでおるのだ。普段から女神に祈りなど捧げた事もないのに、今更何をしておるのじゃ。」

ベティは、俺の大げさな態度に目を細めて訝し気な顔をしていた。
ベティは冗談が通じないなと思いながら、俺は床から立ち上がると椅子に座りなおした。

「冗談はさておき、神官や信徒に危害が及んだら冗談じゃ済まないな。どうしたものかな。」

やつは勇者と名乗っているらしいが、女神様に転生させられた者だったら勇者のスキルを持っていても不思議じゃないか。
だとしたら、そいつが勇者と名乗れなくしてやればいい。なんだ簡単じゃないか。

「ベティ、皆で神殿に行くことにする。お前の護衛と思ってくれ。次にその勇者を名乗るやつが来た時が楽しみだ。」



「あっ。忘れとった。」

ベティは、自分のアイテムバックから布に包まれた何本もの剣を取り出した。

「変な勇者とやらが来るたびにこの剣を持ってくるんじゃ。鑑定で確認すると"勇者の剣"と出るので本当に勇者なのかもしれんのじゃ。」

「それと、こっちが"龍殺しの剣"じゃ。水神様はこの剣を見るのもいやじゃと言っとったぞ。」

ベティがアイテムバックから取り出した剣を数えてみると、"勇者の剣"が4本、"龍殺しの剣が5本もあった。

「おいおい、"勇者の剣"も"龍殺しの剣"も神器のはずだよな。なんでこんなにいっぱいあるんだ。」

ベティは、勇者はひとりだと言っていたが、まさか神器を"複製できるスキル"でも持っているのか。

無駄に考えても答えは出ないので、女神様へ確認の手紙を書いてひと振りの勇者の剣と共に回収の腕輪に入れてみた。

"ポロロン"。

さすが女神アルティナ様、手紙の返事が爆速だ。
回収の腕輪から女神アルティナ様からの手紙を取り出して開けてみると。

「確かにこの剣は"勇者の剣"です。ただし複製でした。他の女神が異世界から転生させた者の中に、勇者のスキルと同時に神器を複製ができるスキルを与えられた者がいたそうです。その勇者は本物の勇者で間違いないでしょう。ただ、火龍を討つことばかりに固執する勇者というのも変です。とにかく火龍、いやベティさんを守ってあげてください。それが私の願いでもあります。」

「そうか、神器を複製できるスキルか。便利そうだな。神器を多量に複製して騎士にでも装備させたら無敵の軍隊ができそうだ。」

「そんな事は映画や漫画の中の話だよな。…だよな。本当にそんな事を考えているやつがいたら怖いな。考えすぎか。」

俺は、いらない想像を膨らませすぎたと思いながら、頭の片隅に何か引っかかる物を感じた。
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