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虚妄の家 編
虚妄の家編 第2話
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僕たちが出逢ったのは今から二年前の六月のある日暮れ。
その日は朝から雨が激しく降っていた。
夕方近くなるにつれ、雨は一層ひどくなり、学校からの帰宅路を急ぐ僕の足取りも自然、重くなっていた。
竹林の手前を走る薄暗い路に差しかかった時だった。
この世のものとは思えぬような気品を秘めた美しい女人(ひと)ーーー深娜月が悲しげな瞳で独り、傘も差さずに激しい雨に打たれていたのである。
青竹の林と雨と和服姿の佳の人。
濡れた長い睫と漆黒の髪、澄んだ黒金剛石のような瞳。そして鮮やかな玉虫色のやわらかな唇。
全てが幻のように美しかった。
その存在自体に、現実味はなく、その魅惑的な何かに僕はどうしようもなく心を惹かれた。
ーーーなぜ、このような女人が?
このような所に傘も差さずに立ち竦んでいることが、おおよそ似つかないような。
否、この光景にあまりに似合い過ぎているために却ってこの佳の人を訝しげに思いながら、僕は彼女に傘をさしかけようと近づいていった。その時、彼女は突然細い腕を伸ばして、僕の腕をグイッと強く掴むと、両の白い腕を僕の身体へ絡みつけてきた。
まばゆい程に神々しく、たおやかな白い顔容(かんばせ)が僕の瞳の中へ飛び込んできた。
雨に濡れたその顔容は、艶やかさが一層に際立って見え、僕は陶酔に胸を染ませていた。
彼女は身を絡ませ、今にも風の中へ消え入りそうなほど薄く可憐な笑みを見せながら、濡れた睫を軽く伏せた。
濡れる瞳を潤ませて、激しい口づけを求めてきたのである。
ーーーコレハナニ?コノ懐カシサヲ僕ハ知ッテイル・・・
刹那、僕の中を臓腑が引きちぎられるような激しい感情の波がうねった。次に押し寄せた熱い想いに駆られて、手にしていた傘を落とすや否や彼女の身体を固く抱き竦めていた。不思議な甘酸い甘美な香りと彼女の艶。まるで麻薬に酔い夢見するように、この時僕は自我というものを完全に失っていた。
「ずぅっと、待っとったんよ?」
哀しく、そして甘い声で彼女は喘ぐように耳元で囁いた。
僕たちは、以前に何処かで出会っている?
記憶の襞がざわざわとした。
でも、何処で?
思い出せない。
確かに、出会ったはずなのに。
ーーー判らない。
だが、遠い遠い昔に。「今」が初めてじゃない。それだけは確実に云えるような気がする。
異様なほどの息苦しさを感じていた。
ーーー切・ナ・イ。
僕はいとおしげに彼女の艶やかな漆黒の長い髪を撫でさすった。
ーーー僕は昔、この麗人の髪を同じように触れたことがある。
この胸を鋭い剣(つるぎ)で突き刺すような熱い疼きを、僕は犇々と感じていた。
竹薮の中へ二人、縺れながら倒れ込んだ。彼女は僕の上に覆い被さるような状態のまま、上半身を起こして僕の顔を覗き込むと、
「やっと、見つけたんよ。」
胸を焦がすような彼女の熱っぽい視線に不思議な縁(えにし)を感じていた。
僕は“えにし"という言葉を信じている。
今でもーーー。
前世で僕たちは一度出会い、そして今、再びであったのだと、何故かそうした想いが僕の脳裏を巡った。
僕は彼女の方へ右の手を伸ばし、彼女の頭をいとおしげに自分の胸へと引き寄せた。
唇が触れ合う。抑えきれない感情の波が、お互いの唇を激しく求め合った。そして、僕たちは男女の契りを交わしたのだった。
何故、あの時、僕はあんなにも激しい想いにかきたてられたのだろうか。そしてあのような軽率な行動をとってしまったのか、今でも判らない。だが、彼女とそうなることは運命付られていたような、或いは前世で同じように知り合っていた。と、初めて彼女と出逢った時、不思議に、そう感じていたのだった。
その日は朝から雨が激しく降っていた。
夕方近くなるにつれ、雨は一層ひどくなり、学校からの帰宅路を急ぐ僕の足取りも自然、重くなっていた。
竹林の手前を走る薄暗い路に差しかかった時だった。
この世のものとは思えぬような気品を秘めた美しい女人(ひと)ーーー深娜月が悲しげな瞳で独り、傘も差さずに激しい雨に打たれていたのである。
青竹の林と雨と和服姿の佳の人。
濡れた長い睫と漆黒の髪、澄んだ黒金剛石のような瞳。そして鮮やかな玉虫色のやわらかな唇。
全てが幻のように美しかった。
その存在自体に、現実味はなく、その魅惑的な何かに僕はどうしようもなく心を惹かれた。
ーーーなぜ、このような女人が?
このような所に傘も差さずに立ち竦んでいることが、おおよそ似つかないような。
否、この光景にあまりに似合い過ぎているために却ってこの佳の人を訝しげに思いながら、僕は彼女に傘をさしかけようと近づいていった。その時、彼女は突然細い腕を伸ばして、僕の腕をグイッと強く掴むと、両の白い腕を僕の身体へ絡みつけてきた。
まばゆい程に神々しく、たおやかな白い顔容(かんばせ)が僕の瞳の中へ飛び込んできた。
雨に濡れたその顔容は、艶やかさが一層に際立って見え、僕は陶酔に胸を染ませていた。
彼女は身を絡ませ、今にも風の中へ消え入りそうなほど薄く可憐な笑みを見せながら、濡れた睫を軽く伏せた。
濡れる瞳を潤ませて、激しい口づけを求めてきたのである。
ーーーコレハナニ?コノ懐カシサヲ僕ハ知ッテイル・・・
刹那、僕の中を臓腑が引きちぎられるような激しい感情の波がうねった。次に押し寄せた熱い想いに駆られて、手にしていた傘を落とすや否や彼女の身体を固く抱き竦めていた。不思議な甘酸い甘美な香りと彼女の艶。まるで麻薬に酔い夢見するように、この時僕は自我というものを完全に失っていた。
「ずぅっと、待っとったんよ?」
哀しく、そして甘い声で彼女は喘ぐように耳元で囁いた。
僕たちは、以前に何処かで出会っている?
記憶の襞がざわざわとした。
でも、何処で?
思い出せない。
確かに、出会ったはずなのに。
ーーー判らない。
だが、遠い遠い昔に。「今」が初めてじゃない。それだけは確実に云えるような気がする。
異様なほどの息苦しさを感じていた。
ーーー切・ナ・イ。
僕はいとおしげに彼女の艶やかな漆黒の長い髪を撫でさすった。
ーーー僕は昔、この麗人の髪を同じように触れたことがある。
この胸を鋭い剣(つるぎ)で突き刺すような熱い疼きを、僕は犇々と感じていた。
竹薮の中へ二人、縺れながら倒れ込んだ。彼女は僕の上に覆い被さるような状態のまま、上半身を起こして僕の顔を覗き込むと、
「やっと、見つけたんよ。」
胸を焦がすような彼女の熱っぽい視線に不思議な縁(えにし)を感じていた。
僕は“えにし"という言葉を信じている。
今でもーーー。
前世で僕たちは一度出会い、そして今、再びであったのだと、何故かそうした想いが僕の脳裏を巡った。
僕は彼女の方へ右の手を伸ばし、彼女の頭をいとおしげに自分の胸へと引き寄せた。
唇が触れ合う。抑えきれない感情の波が、お互いの唇を激しく求め合った。そして、僕たちは男女の契りを交わしたのだった。
何故、あの時、僕はあんなにも激しい想いにかきたてられたのだろうか。そしてあのような軽率な行動をとってしまったのか、今でも判らない。だが、彼女とそうなることは運命付られていたような、或いは前世で同じように知り合っていた。と、初めて彼女と出逢った時、不思議に、そう感じていたのだった。
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