辺境騎士の奮闘記

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第一話

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「救国騎士団に入って共に、そういう約束のはずが、まさか宮廷騎士になって王女と婚約するとは、いやはや約束が違うじゃないか、レイ」

 王宮の一室、日当たりの良いテラスの椅子に腰掛け、冴えた青空を見ながらそうぼやくのは魅惑の貴公子、アルフレッド・レオニール・アルバンダイン大公である。

「婚約発表が終わったら辺境に転属願いを出すつもりだし、必ず辺境に行ってアルのために戦う。真っ先に連絡しなかったのはうっかりしていたからで、約束を破るつもりはない。ごめん、アル」

「レイ、そんな顔しないで。怒っているわけではないから」

 顔の上半分を覆う銀仮面を取り、魅惑的な笑みを浮かべる。その顔を見て、レイはほっと胸をなで下ろす。

「アル……。僕、嬉しくてその……」

 おやつをねだる子犬の様な目で親友を見詰める。アルは小さく溜め息を吐くと立ち上がり、鏡の前にいるレイに歩み寄って行く。

「でかい図体で可愛い顔をするな。ギャップ萌えは今時流行らない」
「ひゃっぴ……??」

 いきなりほっぺたをつねられた。両手に花束を持ったまま泣きそうな顔で友人を見下ろす。

「氷の刃とかご大層なあだ名で呼ばれるくせに、こういうことにはからっきしだな」

 鼻で笑われてしまった。

「王宮で、しかも王女のエスコートなんて生まれて初めてなんだよ。がっかりさせたら嫌われたら……。そんなことになったら生きていけない」

 抱えている花束に顔を突っ込んで泣き言を言ってみる。
 レイの身長は有に2mを越える。大抵の人は下から見上げる状態になるのだが、その大きな体を縮込ませて震えるさまはアルの笑いを誘った。

「この顔を見られただけでも来た甲斐がある。可愛いな、君は」

 アルがソファーに身を投げ出して腹を抱えて笑っている。

「僕がどれだけあの方をお慕いしているか? アルは知っているだろう」
「ああ、知っているよ。その名を聞けば敵も味方も震え上がる。偉大なる騎士殿は五つ下の麗しの王女にぞっこんだ。五年前に初めて謁見した時から、耳にたこができるくらい聞かされている」
「女性が喜ぶようなこと、全然分からない。アルだけが頼りなんだ」
「だからその図体で子犬の目はやめてくれ。いいか、レイ。まずは自信を持て。背筋を伸ばして微笑んで王女の手を取るだけでいい」

 言いながらアルが微笑み、右手を差し出す。反射的に手を握りしげしげと見つめた。
 暁の太陽を思わせる赤毛と深緑の瞳を持つ美貌の大公。
 年齢は22歳とレイの一つ下なのだが、早逝した先代大公の後を継ぎ、ブルワーヌ王家の傍流、辺境公、王族に匹敵する人物なのだ。  

「同じ騎士なのに、アルの手は綺麗だ。指も細いし……」

 親指の腹を這わせて、長く細い指の形を辿る。

「あがり症さえでなければ大丈夫。いつもの君が一番だ」

 ぶこつな手をそっと払いのけてアルが背を向けた。

「景気づけに一杯どうだ? とっておきを用意してやるから、その情けない顔を改めたまえ」

 片手を振りながら出て行く。レイは一人取り残され、途方にくれつつも花束を抱えたままソファに腰を下ろした。
 数時間後には愛するラティア王女の誕生パーティーが始まる。王女をエスコートするのは、婚約者たるレイモンドの役目だ。
 ラティアの輝く笑顔を思い浮かべて一人悦に浸る。

「ああ、ラティア様……」

……■■■……
 
 ラティア・ソフィー・テレーズ・ブルワーヌ、輝く天使とあだ名されるブルワーヌ王国きっての至宝。
 父王は王女を溺愛するあまり、他国へ嫁がせるのを良しとはせず国内の有力貴族の子息を婿に迎えて新たに領地を与えることを決めた。
 その中で有力視されていたのは、4大公爵の筆頭、バイルン公爵家の長男だったのだが、顔の造形という点でラティアのお眼鏡に適わなかった。
 業を煮やした国王は子爵以上の令息を王宮に招き、盛大な夜会を連日催すという暴挙に出た。
 その夜会に、ファンドール公爵家嫡男ベルナルドとともに次男であるレイモンドも出席した。
 王女は一目見るなり言い出した。

「お父様、レイモンド・レイク・ファンドール様に嫁ぎとうございます」

 四大公爵に名を連ねているとはいえ、ファンドール家は武門の家柄だ。
 代々、剣を持って王国に忠誠を誓う家、そんな無骨な家に可愛い王女を嫁がせるようとは王も考えてはいなかった。
 ラティアはハンスト、立てこもり、ありとあらゆる方法を用いて父を説得し、18歳の誕生日の日に正式に婚約を発表するところまでこぎつけたのだが……。

「あの方は顔は素晴らしいのですが、血の巡りが悪いと言いますか……。垢抜けてないと言いますか……。社交的でもありませんし、何より、おつむが鈍いのです!!」

 コルセットとペチコートだけのあられもない格好で、ラティアは化粧台の鏡に映る栗毛の男性に向かって力説する。
 背後に居るのは長い栗毛の線の細い男性、デリー男爵家子息ベンジャミンだった。

「お守りします、お守りしますって口を開けばそればかり。加えていっつも顰めっ面でにこりともされない。ああもう! お顔が良いだけに哀しいですわ」
「だから言いましたでしょう。レイモンドは貴女にはふさわしくないと」

 ベンジャミンは背後からラティアの肩に手を添えて、揺れる金髪にキスをする。

「お顔がよろしかったのです!」

 化粧台にブラシを叩きつけてラティアが言い切った。

「お顔だけは最高点ですわ。あれだけがっちりした体にあの美貌、黙って立っていれば申し分ない美男子。なのに、おつむは……。ああ、絶対いや! ベン、なんとかしてくださいませ」
「私の可愛い天使、ちゃんと手筈を整えてるから心配しないで。じゃ、準備があるから行くね」
「お願いしますわ。わたくし、クマを夫にするのは嫌ですわ!」

 ベンジャミンが笑顔で去っていく。その背中に向かって、ラティアはぐっと拳を握り締めて精一杯の激励を送った。

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