アイドルの恋愛模様

山田 日乃

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第2章

6話

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「ただ今戻りました。」

帰りは俺の運転で事務所まで帰ってきた。
オメガがこの世の中で嫌われていることは身を持って分かっていた。分かっていたけどとてもじゃないけどこんな環境で働くのは想像を絶する苦痛があると思う。
なんで諸星さんは自らこんな仕事を選んだんだろう……

「……諸星さんはなんでアイドルになろうと思ったんですか?」

「オメガが虐げられずに、輝ける世界を作る為…かな、」

「オメガに産まれてしまった為にずっと虐げられて物として生きる。それ以外にも生き方があるって知って欲しいから、
俺がテレビに出ればきっと多くのオメガの希望になれると思うから……
だから俺はこの世界で頑張りたいんだ。」

諸星さんは微笑みながら俺にむかってそう言った。顔では笑っているけど心はきっと苦しめられて出来た傷が傷んでいるようだった。

「俺にも手伝わせてください。」

「ありがとう」 

諸星さんはそう言うと悠一さんに呼ばれ奥の部屋へ入っていった。
残された俺はその場から動けなかった。
「ありがとう」て、言った諸星さんの顔があまりにも辛そうだったから…

「臥龍岡さん、こっち」

櫻井さんから呼ばれたことで俺はハッと意識を戻した。
俺は呼ばれるままに櫻井さんの隣のデスク新しい俺のデスクに向う。

「マネージャーの仕事はタレントの付き添いや、予定の管理以外にも、取り引き先とのやり取りだったり、タレントの売り込みだったりも行います。」

櫻井さんは、俺のデスクに身を乗り出して俺のパソコンをいじる。開かれたのは、メール。

「臥龍岡さんには、まず取り引き先とのメールのやり取り、並びに予定の管理をお願いします。」

俺はそれから櫻井さんにメールやり取りの基本と今諸星さんが受け持っている案件についての説明を受けた。

それからオメガを嫌っているスタッフの名前や、今後どうやって諸星さんを護っていけばいいのかを教えて貰った。

スタッフさん以外にも、スタジオの前に諸星さんを攻撃しようと待ち構える人も過去には、居たらしい。
基本的に、仕事中は諸星さんの傍を離れず、諸星さんが怪我をされないように護るのも、俺の仕事。

俺は諸星さんを護る為に、最大限頑張ろう。
諸星さんはオメガから産まれた俺の、希望でもあるから。

きっともっと早く諸星さんのような、オメガの社会的地位が上がれば俺の父さんは自殺せずにすんだんだろう。


それから俺は櫻井さんから教えて頂いた仕事をした。初めての仕事に戸惑うことも多くて、なかなか難しかったけど、諸星さんの為にずっとデスクに張り付いて俺は仕事を覚えた。

気づいたら外は真っ暗で、事務所には俺の櫻井さんの二人きりになっていた。
櫻井さん曰く途中で諸星さんが帰る時に挨拶をしてくださったらしいのだが、俺はメールの返信に夢中になってしまっていて、気づかなかった。

「もう遅いから帰ろっか、」

櫻井さんはそう言うと荷物をまとめ始めた。
俺も櫻井さんに続くように、荷物をまとめてから事務所を出た。
ビルの中は既にもう真っ暗、他のテナントも帰ってしまったようだった。

 俺は櫻井さんと一緒に電気がほぼ消され真っ暗な階段を降りる。
1階に近ずくに連れて光が強くなって行った。
だけどそれは1階から漏れでる光じゃなくて、1階の更に下地下から、漏れ出てる光のようだった。
光だけじゃなく、どうやら歌声も漏れ聞こえている。

「櫻井さん先帰ってください。お疲れ様です。」

俺はそう言うと、歌声に引き寄せられるように地下へと降りていった。



やっぱり彼がまだ練習していた。
朝あってから、あれから 12時間以上立っている。まさかずっと練習していたのか?

俺はそのまま黙って彼の練習を見守る。

俺は彼のパフォーマンスを見て驚いた。
彼は朝見た時よりも格段に上手になっている。
さすがに疲れてしまっていて、キレは無くなっているが、重心のバランスや細かい所がとても良くなっている。

それに歌声も、朝に比べてリズムの取り方が良くなっている。
多分一日中歌って居ただろう。
そんなに歌って居るのに声をからしてないことがまず凄い。

彼はアイドルになるべくして産まれてきたんだろう。

俺が見とれているうちに1曲彼は終えたようだった。
彼はスピーカーの音を止めスピーカーの傍に置いて置いた水を飲んでいる。
水を飲む姿もとても絵になる。
流れ出る汗がキラキラ光っていてあぁ美しいって彼のような人のことを言うんだろうな、なんて思ってしまった。

「あれ?臥龍岡さん?」

ずっと見つめていた俺の視線に気づいたのか、彼はびっくりしたような顔でこちらを見ていた。

「ごめん……見てて…」

「いや、別に見てるのが嫌だった訳じゃなくて、てっきり皆さん帰られたと思ってたので、びっくりして」

「後、残ってるのは俺だけ、まだ練習してるみたいだったから気になって。」

俺がそう言うと彼はちょっと嬉しそうに照れるように微笑みそれから嬉しそうに俺に駆け寄ってくる。
その姿はまるでホワイトシェパード見たいだった。
こんなボサボサ頭の人間に懐く美しい青年、絵面は俺がいるせいで最悪だろう。

「俺のダンスどうでしたか??」

「朝言った所は良くなってると思う。
細かい所までちゃんと意識して凄い上達してる。歌も朝に比べてリズムの取り方が良くなってる。

……だけど練習のし過ぎでダンスのキレも無くなってるし、所々疲れが出てる。 
休んだ方がもっといいパフォーマンスが出来るかも、」

俺がそう言うと彼は不意をつかれたような顔をで驚いた。
きっと彼には教えてくれる人は居ないんだろう。この事務所も出来たばかりで、ちゃんと教えられるマネージャーすら居ない。
きっと彼はただがむしゃらに練習することだけしか知らなかったんだろう。

俺も別に教えられるほど学んだわけじゃないし、歌もダンスもやったことない。

だけど俺の死んだ父親が、オメガになるまではプロのスケート選手として活躍してた。
俺に虐待するような父親だったけど、俺にとってはたった一人の父親。

俺は養護施設に引き取られてから父親のプロだった時の動画をずっと見ていた。
その動画から俺はどう踊れば綺麗に踊れるのか、音の取り方だったり表現するやり方を勝手に学んでいたんだろう。

まさかこんな所で役立つなんて思わなかった。



「……だから今日はもう休んだ方がいいかも
せっかく上達してるのにここで体壊したら、元も子もないから。」

「…ありがとうございます、臥龍岡さん」

彼はそう言うと、帰り支度を始める。

「俺こんなに細かく教えて頂いたの初めてで凄い嬉しいです。
臥龍岡さん、また練習見てもらってもいいですか?」

「俺でよければ、いいよ。」

俺がそう言うと、彼はとても嬉しそうな顔になる。「よっしゃー」彼が小声でそう言ったのが俺の耳にも届く。
見た目は大人っぽいのに、こうやって子供らしいところが出ると、とても可愛い。

「後敬語使わなくて大丈夫だよ。名前も呼び捨てで健斗で、多分歳も近いから。」

「いやっでも、、」

「俺も聖太郎くんて、呼ぶから。」

俺がそう言うと聖太郎くんは照れながら「健斗さん…」とつぶやいた。
そんなに照れながら言われると、こっちまで恥ずかしくなってくる。

俺は猫背をさらに丸めて聖太郎くんから絶対顔が見えないようにした。
元々長すぎるボサボサの髪で俺の顔なんて見えてないと思うけど…

「聖太郎くんて、幾つなの?」

「今年高校三年生です。」

「えっ、高校生?」

最近の高校生は既にこんなに仕上がっているのか、高校生とは思えぬ美しさだ。
俺が高校生の時なんて、教室の端で、ボサボサの頭でボロボロの服を着て、端っこでうずくまっていた。
まぁ大して今と変わらないか、

「健斗さんはいくつなんですか?」

「俺は…今年21…」

「そうなんだ、」

聖太郎くんの準備が終わったようで彼は部屋の片付けを軽くして、ホールの電気を消す。
部屋は真っ暗になり、俺が立っている出入口から漏れでる僅かな光しか届かない。

「健斗さん帰りましょう」

俺達はそのまま2人で並んでビルから出て、歩いて最寄り駅まで向うことにした。
 
小学校、中学年、高校と誰とも喋らずにずっと虐められ続け山本兄弟は学校が違うため一緒に帰るなんて1度も経験したことがなかった。

こうやって誰かと話しながら帰るなんて初めてだった。

‪”‬友達︎︎‪”‬
その言葉が俺の心を暖かくしてくれた。

だけどきっと聖太郎くんだって俺の親の話をしたら、きっと気持ち悪がって去っていってしまうんだろう。
俺は初めて出来た友達を失いたくなかった。
失いたくなかったから、俺はこの秘密を今後誰にも、特に聖太郎くんには言わないと、俺は心に誓った。






ふぅ…………

俺はスーツを脱がないまま布団に飛び込み、毛布にくるまった。

俺の住んでいるのは築80年を超えるボロアパート、家具もほとんどない。養護施設は18歳になるとほぼ無一文で追い出された。

工場のバイトと朝の新聞配達の仕事はしていたが、高校の学費を奨学金で賄ったため、その返済や、生活費の支払いでカツカツ。
生きるのに最低限の家具と、今にも倒れそうなこのボロアパートで精一杯だった。

正直来月の家賃が払えるかどうかだったので、悠一さんに仕事を紹介して貰えてほんとに助かった。



明日も仕事がある。絶対今日お風呂に入ってから寝た方がいいのは分かっているが、なかなか体は動かない。

久しぶりにこんなに人と会話したから疲れてしまったようだ。

幼い頃から親には虐待され、学校や、養護施設ではいじめを受けてきてまともに話したことがあるのは山本兄弟だけ。
だからコミュニケーションと、いうものがよく分かってない。諸星さんや聖太郎くんには絶対嫌われたくない。だから余計に気を使って喋ってしまう。

いつかもっとコミュニケーションが上手になりたい。もっと上手になって、諸星さんのマネージャーとしての仕事が上手に出来るようになりたい。
それに聖太郎くんの夢へのサポートもしたい。
これからこの場所で頑張っていこう。
俺は思いながら眠りについた。
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