R18 短編集

上島治麻

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43 番外編2

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「それじゃあ、三月君の引っ越しに乾杯」
彗の音頭に合わせて乾杯する。
「なんかさ、住むにあたってルールとかあるの?」
「「「夜の営みは絶対に寮内でしないこと」」」
全員の声が、はもる。
なるほど、実に簡潔で明確で分かりやすい。そして、大切なルールだ。
「なるほど…」
歓迎会は盛り上がり夜も深まってきたころ、まず彗と奏がそろそろ寝ると言って部屋に戻っていった。その次に優里が「眠いー」と玲にもたれかかって玲が優里を連れて部屋に戻る。
「じゃ、俺も寝るんで。おやすみなさい」
晴喜が残っていたハイボールを一気に飲み干してシンクにコトンとグラスを置くと去っていった。静かな沈黙が落ちる。
「ちょっと、洗い物してきますね」
冬樹が立ち上がりシンクに向かう。
「あ、俺も手伝うよ」
にこりと冬樹が笑う。
「良いですよ。三月君は今日の主役なんですから、そこら辺にあるソファーにでも座っててください」
「あ、うん。ありがと」
何となく気まずいような甘いような空気に居心地の悪さを感じながらグラスを持ってソファーに移動する。ふかふかのソファーの座り心地に今の状況は何となく似ている。優しく包まれているのになぜか居心地が悪い。でも、嫌いじゃなくて好き。わけのわからない感情が胸を支配する。
「三月君」
「ひゃい!」
「なんですか、その声は」
冬樹が面白そうに笑う。恥ずかしい。
「何でもない。急に声かけられてびっくりしただけだから」
「はいはい。ここ来ますか?」
ソファーに座った冬樹が足を広げて間に入るように誘ってくる。
「イチャイチャは寮内じゃ禁止じゃなかったっけ?」
「禁止なのは夜の営みです。これくらいはセーフですよ」
「…冬樹君ってほんとに俺のこと大好きだよね」
「それは、三月君の方でしょ」
「そんなことない」
「はいはい。それで、どうするんですか?」
柔らかい夜空に浮かぶ三日月のように冬樹が微笑む。
「行く」
くらくらって月に酔った頭で冬樹の足の間に収まる。そこは、ふかふかのソファーと違って居心地の悪さなんて全くない、ただただ甘くて優しくて安心する暖かい場所だ。冬樹の右足に頭をコテンと乗せる。視界が水鏡のように揺れていき、やがて意識が遠のいて行った。

「で、なんで俺はお前に呼び出されたわけ」
昼下がりの暖かな日差しが差し込むカフェに俺が奢るので、と海斗を誘った。二人が頼んだホットコーヒーが来たところでの海斗の第一声がそれだ。
「不安なんです」
「はぁ?」
コーヒーをすすりながら、何が?と目で海斗が聞いてくる。
「冬樹って本当に俺のこと好きなのかなって。義理で付き合ってくれてるんじゃないかなって」
「お前、冬樹が一方的に俺のこと好きなんですー。だから、まあ、俺も嫌いじゃないから付き合ったみたいなって言ってるじゃん。いつも。どうした急に。情緒不安定なのか?メンヘラちゃんなのか?」
「それは、ちょっと、調子に乗ってた部分も多少あったかなぁと思わなくも無いですけど。だって、冬樹君、全然嫉妬してくれないんですよ。俺が彗と夜に二人で食事に行っても、ドラマで女優さんと絡むシーンを見ても。全く嫉妬してくれなくて」
「ふーん。まぁドラマは仕事だからだろ」
海斗がスマホをいじりながら、正論をぶちかましてくる。
「まぁ、それはそうかもですけど。じゃあ、彗との食事は?奏は俺に嫉妬してくるのに」
「奏は嫉妬深いからなぁ」
コーヒーを一口飲んで口を潤す。苦い。苦くて苦しい。ブラックコーヒーは苦手なんかじゃないのに。冬樹が淹れるコーヒーは甘く感じるのに。
「物わかりの良い彼氏で良かったじゃないか。奏みたいなのだったら大変だぞ。俺は三月より彗の方が心配だ」
「物わかりが良い…」
海斗の言葉を繰り返す。
物わかりが良い彼氏。言葉にすると、とても素晴らしいことのように聞こえるのに心に穴が空いたような寂しさを感じるのは何故だろう。
「ま、こういうのは俺より適任が居るということで、俺はこれで帰るわ」
立ち上がる海斗に慌てる。
「え、ちょ、海斗さん!」
カランコロンと涼やかな音色が店内に響き渡る。
「海斗さん、急に呼び出してどうしたんですか?」
海斗が優里の肩に手をポンっと置いて言う。
「悪い、優里。後は頼んだ。三月の恋愛相談に乗ってやってくれ」
「恋愛相談?」
優里が不思議そうに尋ねてくる。そりゃ、いきなり呼び出されて来てみたら恋愛相談に乗ってやってくれと頼まれたのだ。不思議そうにするのもしょうがない。
「じゃ、また明日のリハでな」
千円札を机の上に置くと海斗は本当に去っていった。なんて薄情な。
「えっと、これは、どういう感じです?」
「あー、話すと長くなるんだけど。とりあえず、なんか頼んで座れよ」
「はい」
一通り経緯を話したところでクリームソーダを飲み終えた優里が口を開く。
「なるほど。…じゃあ、三月君。俺と悪だくみしませんか?」
「悪だくみ?」
「そうそう。悪だくみ。今日の夜空いてます?」
悪だくみという言葉に戸惑いながら今日の予定を確認する。今日は一日中オフなので何もない。
「空いてるけど」
「うん。良かった。じゃあ、俺とご飯に行きましょ」
「もしかして、一緒にご飯いって嫉妬させる作戦だったりする?」
「あたりです」
優里の言葉に溜息をもらす。せっかく考えてくれたのに申し訳ないがそれは既に彗で実証済みだ。
「せっかく考えてくれて申し訳ないんだけど、それはもう彗で実証済み。楽しかったですか?って聞かれて、うんって答えたら笑顔で良かったですねって言われて終わり」
優里がスマホをひらひらしながら、分かってないなというような顔をする。
「甘い。チョコレートよりぬるいやり方ですね。そんなんに引っかかって嫉妬するなんて嫉妬深い奏か、ちょろい玲君ぐらいです。こういうのはやり方なんですよ」
「やり方」
オウム返しで繰り返す。
「相手に危ういって思わせるには密着度と雰囲気が必要です。まあ、任せてください。伊達に人の恋人奪ってないんで」
説得力のありすぎる言葉に俺は頷いた。


結局やったことと言えば、優里と飲みに行って写真を撮って冬樹に送っただけだ。彗の時とほとんど変わらない。変わったことと言えば、相手が彗じゃなくて優里であることと、写真の内容が優里に腰を抱かれて頭をコテンと乗っけられた写真であることくらいだ。それにしても優里は綺麗な顔をしている。至近距離で上目遣いの潤んだ瞳で見つめられたときは思わず照れてしまった。


「ただいまー」
優里と寮に戻ると、もう夜も遅いためか寝静まっていた。いつも通り、優里と玲の部屋に行って寝ようとするといきなり腕を掴まれる。
「っ。なんだよ」
強い力で掴まれた抗議をしようと振り返ると真冬の月のように冷たいのに、悲しそうな雰囲気を何故か醸し出している冬樹が居た。
「三月君。ちょっと来てください」
「優里、お前はこっち」
玲が優里の腕を掴んで部屋に進んでいく。
「なに?玲君、嫉妬した?」
愉快そうに優里が聞く。
「嫉妬したよ。悪いか」
「悪くない」
語尾に音符が付きそうなくらいご機嫌に優里が答える。幸せそうで何よりだ。
「そんなに、優里が気になりますか」
「え、あ…別にそういうわけじゃないけど」
「へぇ。まぁ良いですよ。外、行きましょう」
「え?今から?もう、深夜だぞ」
「だからなんですか」
研ぎ澄まされた剣のような目に見据えられて何も言えなくなる。
「分かった」


無言で暫く歩き、よく行く公園に辿り着くとベンチに座った。その間、一度たりとも手を放してもらえなかった。こんなことは初めてで、こんな時なのに胸が少しときめく。
「あのさ、もしかして嫉妬した?」
優里みたいに嬉しげになんて聞けなくて自分の小心さに呆れる。
「嫉妬…しましたよ。だから、ここに連れ出しました。なんで、嫉妬させるようなことしたんですか?俺、不安に思わせないように三月君に愛を伝えてたと思うんですけど。まだ、足りなかったんですか」
冬樹の方を見ると真っすぐに見てるのに湖面のように揺れる瞳に罪悪感が漣を立てる。
「足りなかったわけじゃない。でも、嫉妬して欲しかった。だって、彗と二人で夜ご飯食べに行っても、ドラマで女優さんと絡むシーンがあっても、冬樹君平然としてるから。…あれ?足りなかったのかな…」
「はぁ」
冬樹が溜息を吐く。
「ごめん。嫌な思いさせたかも」
冬樹のため息に憶病になりながら言う。
「馬鹿だなぁ」
「馬鹿って!」
「馬鹿ですよ。三月君の馬鹿。嫌な思いしたに決まってるでしょ。嫉妬しなきゃ愛してないんですか?違うでしょ。嫉妬はなるべくしないようにしてるんです。三月君に手荒な真似したくないから」
何となく物騒な言葉が聞こえたような気がするが、とりあえず、聞かなかったことにしよう。
「そっか」
「で、優里と何かあったわけじゃなくて俺に嫉妬させたかっただけってことで良いんですか?」
「そうです…」
こういうのは、バレると何だか幼稚なことをしてしまったみたいで気まずい。
「ま、別にどっちでも良いんですけど」
「はぁ?」
あまりに、あまりな発言に思わず睨み付ける。それは、どういう意味だ。俺が優里といい感じになったとしても、別に構いませんよ。俺には関係ないからということか。
「本当だろうが嘘だろうが、もう三月君のこと離してなんかやりませんから。どっちでもいいです」
「え、それって…」
「愛してるってことですよ。だから、今後こんな不毛なこと止めてくださいね」
横から冬樹に抱きしめられてキスされる。
「んっ」
唇が口から頬を伝って耳元に寄せられる。
「もし本当に、別の誰かを好きになっても、俺から逃げられるなんて思わないでくださいね」
冬樹の顔が離れていく。
血潮が熱く波打ち顔が紅くなっていくのが分かる。
「はい」
頷くしか、俺にはできなかった。俺は、こんなに従順な人間じゃなかったはずなのに。
「よろしい。…まあ、それはそれとして罰は受けてくださいね」
にこりと、冬樹がいつものように柔らかい三日月のような笑顔で微笑んだ。
「えー、皿洗いとか?」
安心して、冗談めかして伝える。まあ、辛い思いを自分本意の考えで冬樹にはさせてしまったので、それくらいは仕方ないかと諦める。
「まさか。こういう時の相場は身体で支払ってもらうに決まってるでしょ」
全然、安心できる内容じゃなかった。
「や、でも、寮内は夜の営み禁止だし」
「だから、外に出てきたんでしょ」
「まさかここで?」
少し、青ざめる。夜の公園はヤバいだろう。色々な意味で。
「馬鹿なんですか。ホテルに行くに決まってるでしょ」
「俺、財布、寮内に置いてきちゃったし、今、血昇ってるだろうから、今度落ち着いた時にでも」
「俺が払うので大丈夫です。…実は、試してみたいこととか色々あったんですよね」
不穏だ。不穏すぎる。絶対について行ってはいけないと本能が告げている。
「試してみたいことって言うのは…」
恐る恐る聞いてみる。
「聞きたいですか?」
「いえ、大丈夫です」
「そうですか。それは残念。まぁ行ってみれば自ずと分かることですし」
「本当に行くの?」
「当たり前でしょう」
夜の闇が包む世界で、負け戦をする。朝日が昇るまでの負け戦。
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