R18 短編集

上島治麻

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「タバコ吸うから、イスになってろ」
 と男にいわれ、同僚は男専用のイスとなっている。
 座り心地が悪いと何度かやり直したが何とか落ち着いた。四つん這いの姿勢で、自分よりたっぱのある男の重みを全身で味わう。尻が乗っているのかと思うとニヤついてしまいそうになるが、今自分はイスなのだと表情筋をキュッと引きしめた。
「イスになって楽しそうだな」
 男の声に顔をあげると、前方にいつのまにか姿見が置いてあることに気づいた。全裸の同僚の背中で喫煙する屈強な男の姿が、その鏡にすべて映っている。はっきり視界に映して頬が熱くなった。鏡の中の男と目が合う。
 ちなみに、イスだからしゃべってはいけないのだ。男が降りれば声を発していいことになっている。
「さっき、置いといたんだ。スパンキングのときにお前の様子が見えなかったからな……」
 男は紫煙をくゆらせると、同僚の頭に置いていたらしい携帯灰皿を手に取った。
「……今から一時間耐えられたら、ケツに突っこませてやってもいい」
 二本目のタバコを灰皿に押しつぶした男は、背中からどいてそう言った。
 体が一気に軽くなったのと同時に、時間が止まったかと思う。
「ほんとに……」
「耐えられたらだ」
「うん、っうん」
 慌てて起き上がり頷く。
「それか、今すぐ俺が……」
 そんな同僚に対し、男は背後から覆い被さると手を股ぐらに伸ばした。
「ここ、触って出させてやってもいいが」
「っぁ……」
「どうする」
 鏡に映る男は意地の悪い顔をしていた。指先で勃起チンポをつつきながら耳を唇で食んだ。
「っぁぅ、待っぁ、ぁっ、耐える、耐えたい」
「なら、デコ床にひっつけてろよ」
 必死に懇願すると、手が離れてひと安心する。そのまま男はカバンから赤い紐を取り出してきた。
 同僚は土下座をするようにまた床に手と額をくっつける。
「縛りなおすから、隙間あけろ」
 尻をあげた姿勢のまま同僚の体に紐が巻かれていく。肩から腕にかけて固定されると、腕を後ろ手に回されそのまま縛られた。
「我慢汁だらだらじゃねえか。ケツ叩かれて、イスにされてこんなになってんのか。恥ずかしい奴だな」
 動けもしない反論もできやない同僚は、うなだれたまま足蹴にされ、軽々仰向けに寝転がされた。
 男に向けて屹立した股間部を見せつけるような体勢だ。ギチッと食い込む赤は視覚的にも興奮材料となる。
 締まり具合を確認しているらしい。紐が食いこむたびに声が漏れてしまう。
「……よし、戻れ」
 言われたとおり身をよじって元の体勢に戻ろうとするものの、脚を縛りなおされてしまったせいでうまく力が入らない。
「む、無理……」
「諦めんのはえーよ。もうちっと頑張ってみろ」
 その言いぶりは、情けねえなと言わんばかりだが、言葉にそぐわずにやついている。
 絶対、無理なことをさせているんだ。右に左に勢いをつけても、まったく体勢を変えられる気配はない。
 ふと、仰向けになったことで自身の置かれている状況が視界に映る。
 同僚は全裸で縛られ股をおっ広げており、男はワイシャツにスラックス姿。ジャケットとネクタイはベッドに放ってある。
 衣服の上からでもわかるがたいの良さ。捲った袖からあらわになったたくましい腕。ワイシャツのボタンはふたつ外され、胸筋がチラチラと見え隠れしている。
 自身と男の格好の落差に興奮する。
「できない……ひとりで、体勢も変えられない情けない俺を、起きあがらせてほしい」
「しょうがねえな……」
 横に来た男は、同僚を抱きかかえるようにして四つん這いの体勢に戻していく。
 さっきまで吸っていたタバコと柔軟剤と汗の混ざった匂いに酷く興奮を覚える。ばれないように吸いこんでいたつもりだった。ふと脇腹を痛みが襲う。
「う、ぐ……っ」
「誰が嗅いでいいっつった?」
「ごめ……んっ、いい匂いで……っ嗅ぐの止まんね、っは、ぁ……あ゛っ、ぐぅ……」
 舌打ちをした男に最後だけ雑に扱われ、床に顔を擦りつける形になる。
 男はそのまま離れると、同僚の私物が入った鞄を取ってきた。
「こんなかからどれか選べ」
 と言って、ローターや電マ、尿道バイブ、エネマグラなどの玩具を床にばら撒いた。エネマグラは、男がセックスを許してくれる日が来たときのためだ。
「お前が好きなやつ選ばせてやる」
 手も使えず足も使えず、動かせるのは首回りだけ。しかも近い位置にあるのはエネマグラしかない。
「3、2……」
 そんななか男は容赦なくカウントダウンしていく。
「あ、あっ……」
「1、0……はは、なんだ。これがいいのか」
 芋虫みたいに動いて——否、動きたくともろくに動けず、タイムアップを迎えてしまう。
「ちが、ちがっぁ……」
「何が違うんだ、テメエが選んだんだよ。嫌だとか言ってたくせに」
 顎に触れているエネマグラを取って同僚の顔に押しつける。
「これだけは、嫌だ……」
 うっすら涙が浮かび、視界が滲んでくる。
「嫌だ……やめる……」
 男が覗き込んで、怪訝そうな顔で見つめる
「うぅ゛……何だよぉ……っ」
「……。……そんなに嫌なら、勘弁してやるか」
 と言うと押しつけていたエネマグラを離した。
 思いのほか、すんなり聞いてくれた。といって、“やめる”がセーフティーワードだからというのが主な理由だろう。
 正直、今のはズルかったと思う。
「これ使わないとしても、やめたいのか」
 同僚は首を一生懸命に横に振った。
「なら、いい」
 男は何個か玩具を手にすると、エネマグラはカバンに戻してしまった。


「はーっ……はーっ……」
 乳首につけられたローターの小さな振動音に意識を向けていると、何となく射精感から逃れられるような気がしていた。ただ、男の攻め手が緩やかだからという方が正しいのだろうが。
 ヒィヒィ言いながら、同僚は快楽と苦痛の狭間で涙を流して耐えていた。その熱の昂りといったら、縛っている紐を引きちぎって、男に襲いかかりたいほどだった。そんなことしたら、二度とセックスさせてもらえないどころか、殴ってももらえなくなるかもしれない。
「ん……っぅ、……っぁ……、……ッ」
 男の手で亀頭に当てられるローターの刺激が、イけそうでイけなくて絶妙にもどかしい。
 耐えられたら、セックスさせてもらえる。
「そろそろか……」
「は、ァ゛、っぁう……は、っぁ」
 あともうちょっと……頑張れ俺のマゾ精神。精子つくるだけつくって、溜めておけ。男に全部捧げるために……。
 男は言葉責めをするでもなく、黙って、ニヤついた笑みを浮かべていた。
 ふと、罵倒がないことに気づいた同僚は、男の顔をマジマジ見つめる。
「笑ってる……」
「あ?」
「俺の泣いてるとこ見て笑ってる」
「笑ってねえよ」
「うぅ……笑ってた……っ」
 へへ、と同僚も泣き笑いを浮かべた。男は自分の顔に触れながら不思議そうだ。
「さっきのとどう違うっつうんだ……?」
「ん……っ? なに?」
「なんでもねえ」
 おもむろにローターの電源をとめると、同僚のチンコに手をかけていじりだした。
 まさか触られるとは思わず、同僚は愕然とする。
「ぁっ何で……っだめ! だめだ! お前に触られると……イっちまう……っ」
「あと一分」
「やぁ゛っ頼むセックスしたい……頼む……っおねが、……お願い……っ」
 むりやり横に転がって逃れようにも、すばやく上に乗られてしまう。
 顔の真ん前に広がる男のケツ。今、こんなじゃなければ顔を埋めてしまいたい。この願望は期せずしてすぐに叶ってしまった。正確には、半分ほど、叶ってしまった。
「俺のケツがよっぽど好きなようだからなぁ顔面騎乗位だ。おら、どうだ」
「んぶぅっ……ぉ……ねが……むぶっ」
「がんばれがんばれ」
 顔面、ではなく頭の側面に座った男はそう言いながらも、暴れる同僚の体を片足で押さえつけ側にあった電マを亀頭に当ててくる。
 硬くも弾力のある尻がのしかかってくる。縛られているうえに男の自重で拘束されている……。
 くすぶっていた熱が一気にせりあがって、同僚はいとも簡単に限界を迎えてしまった。
「ひっぃ……やめっ、や、イぐ……っイ……ぁ゛……っ」
ぶびゅるるっぶびゅっびゅーーっ
「ぁ゛ああ……っあぁ゛ぁ……ぁ……」
 射精したことによる解放感よりも喪失感が同僚を襲う。
 全部、出てしまった。
 ポロポロと涙が溢れてくる。
「残念だったな」
「ぁ……っ……は、ぁ……っ」
「あと一分我慢できてりゃあ、セックスできたのによ」
 男が上から退くと同時に、ピピピピ、とアラームが鳴った。
「舐めろ」
 すぐに同僚の口元に、精液で汚れた手を差し出す男。
 同僚は泣きながらしゃぶって舐め取った。いつもなら丁寧にするのだが、今日はヘタクソだったのか男の方からやめさせられた。

「いつんなったら、俺のチンコが欲しいって言うようになるんだか」
 男は、突っ伏したままの同僚を横目に拘束を外し、玩具を片づけていく。
「いつまで転がってるつもりだ。とっととシャワー浴びてこい。……どうした、起きあがれねえのか」
 男は怪訝そうにしながらも同僚のもとに近づき、起こそうと手を伸ばした。
 そのタイミングを見計らった同僚が手首を掴み、引き倒す。
 歪んだ表情の同僚がマウントを取るように馬乗りになるが、男は表情ひとつ変えない。
「……どういうつもりだ」
「うぅ……っ、うぅぅ……」
 悔しさ、興奮、苛立ち、衝動で押し倒してしまった後悔。
 いろいろな感情がぐるぐるぐるぐる渦を巻いてうまく言葉にできない。あと少し、あと少しだったのに。最初から、セックスするつもりなんてなかったのだろうか。
「なあ」
「ひ、ぎっ」
 身じろいだ男は膝で同僚の玉を軽く蹴り上げた。
「おい」
「ぁ゛っぐ、うぅ」
「どういう、つもりだって」
 言葉の合間合間で蹴られるたび、動揺も痛みに追いやられて落ち着いてくる。
「ぐぅっぁ……ぐぅ……」
「聞いてんだよ」
「あが、あぁ゛っ」
 耐えきれず、男の顔の脇にくずおれるように両肘をついた。
 痛みによって落ち着きを取り戻すというのもなかなか変な話だ。
「玉蹴られて勃起させやがって、ド変態マゾ野郎」
 耳元で聞こえる罵倒に興奮してしまい鳥肌が立つ。でも、先ほどのような我を忘れたものではなかった。
「ふー……っふー……っセックス、するって……」
「テメエが決めた時間までイかなかったらの話だろうが」
「うぅぅ……あと少しだったのに」
「雑魚チンポ」
「……!」
ゾクゾクゾクゾク……ッ
 男の口から発せられた言葉の破壊力に、がっくりとうなだれる。
「そんなにセックスしたけりゃハッテンバにでも行け」
「っ……お前はバカだな! っあ゛、ぐ、ぉ……っ」
 筋違いの返答にカッとなってしまった。
 男がえぐるようにみぞおちに拳を入れると、同僚は腹を押さえながら横に転がった。ゆっくり起き上がった男は追い打ちをかけるように腹を踏みつける。
「どの口が言ってんだ」
「ごめっん゛、ぅぐ……お、お前のその急にスイッチ入る感じ、好き、っぁ、もっと踏んで」
「入ったんじゃなくてテメエが入れたんだろ」
 ガスッガスッと脇腹を蹴りつける。
「やべっ、やべぇ……っ」
「蹴られて興奮するとかどれだけ変態なんだテメエは」
「ぁ゛っ、変態でごめん……っ」
 男の気が済んだのか、蹴りがやんでしまった。同僚もだいぶ落ち着きを取り戻していた。
「自分で勝手に抜けよ。先にシャワー浴びるからな」
「うん……」

「また、チャンスがほしい……」
「…………気が向いたらな」
ぼそりと呟かれた言葉に、同僚は顔をほころばせた。


・俺じゃなくてもいい
(俺だと物足りなさそうだと思った)
(……)何言ってんだ?って顔
(何言ってんだお前って顔してんじゃねえ)
(こっちから殴ってくれって頼んでおいて、物足りないから別の奴にするとか、そんなわがままじゃないぞ俺は)
(いやお前は十分わがままだ)
(え) そう? そうかな?
(……ま、俺も最近SMクラブに行ってな、いろいろ見てきたから……)
(ちょっと待った。それって、俺以外の奴とやったってこと?)
同僚の顔には少し嫉妬のようなものが見え隠れしていた。
(……あーいや、何でもねぇ……忘れて)
同僚は苦虫を噛み潰したような顔をして撤回しようとする。
SMのパートナーという関係性上、相手を束縛することは好まれない。
男は、うつむく同僚を一瞥した。
(プレイをしたわけじゃねえ。鞭打ちショーに誘われて、見に行っただけだ)
(あ……そうなのか)
あからさまに安堵した様子に、男は付け加えた。
(お前以外いじめたところで、どうということもねえしな)
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