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10巻
10-2
しおりを挟む「実は今日リサ様をお招きしたのは、ご相談があったからなのです」
「相談、ですか?」
リサが聞き返すと、メルディアルアは神妙な顔でこくりと頷いた。
「お恥ずかしいことなのですが……」
そう前置きして彼女は話し始めた。
事の発端は、メルディアルアがフェリフォミアに来てすぐのこと。結婚式の準備として真っ先に取りかかったのが、招待客リストの作成だった。
王太子の結婚式、さらにお相手は隣国の姫ということもあり、各国から賓客が招かれる。
どの国から、誰を呼ぶのか。それによって準備の仕方も大いに変わってくるのだ。
国の要職を担う人々は多忙なため、かなり前段階からスケジュールを押さえておく必要もあった。
当然のことながら、メルディアルアも招待したい人を聞かれた。だが両親であるエンゲルド国王と王妃はもちろん、国の重鎮たちはすでにリストに入っている。
新たに問われたのは、もっとプライベートな付き合いの人たちだ。
『エンゲルドとフェリフォミアだけでなく、他の国のご友人でも構いません。招待したい方々のお名前をお聞かせください』
結婚式の準備に携わる文官にそう言われて、メルディアルアはリストを作り始めた。
母国であるエンゲルドから招待する友人はすぐ決まった。国を出てくる前に開いたお茶会の際にも、結婚式には招待するからねと話していたのだ。
その時のことを思い浮かべて微笑みながら、次は――とフェリフォミアからの招待客を考えた。
真っ先に浮かんだのは、リサだった。フェリフォミアの新しい料理に興味があったメルディアルアのために、開店前のカフェ二号店でもてなしてくれた。
何より、フェリフォミア国王に結婚の許しをもらう際も協力してくれたのだ。
だが、リサはエドガーとも親交があるし、リサの養父母はフェリフォミア国王夫妻と親交がある。だから、メルディアルアから招待する必要はないかもしれない。そんなことを思いながら、次の人物の名前を書こうとして、メルディアルアは手を止めた。
リサ以外の人物の名前が出てこないのだ。
「今更ながらフェリフォミアにはリサ様以外、親しい方がいないというのに気が付きまして……」
メルディアルアは恥じ入ったように俯いた。
「でも、それはフェリフォミア国王に反対されていた手前、エドガー殿下との関係を公にできなかったからですよね?」
リサがすかさずフォローする。
エドガーとの交際が公になっていて、もっと早く婚約できていたのであれば、フェリフォミアで友人を作るチャンスもあっただろう。
リサの言葉に、メルディアルアは顔を上げる。
「ですが、このままではいけないと思うのです。今後のことを考えたら、フェリフォミアの方々と親しくしておかなければならないでしょう。エドガー様がいずれ国王になられた時に、私もお力になりたいのです」
現国王は健在だから、エドガーが即位するのはまだ先だろう。だが、すでにエドガーは国政に関わっているので、メルディアルアはその手伝いをしたいらしい。
そのために、自分の足場を固めたい気持ちも、リサには理解できた。
とはいえ、リサが力になれるかどうかはわからない。
メルディアルアの言う『フェリフォミアの方々』というのは、貴族のご令嬢たちという意味だ。
リサ自身、クロード侯爵家の養女であり、純粋な貴族令嬢ではない。それに、リサが友人と呼べる令嬢はそう多くなかった。
「あの、メルディアルア様のお力になれるほど、私も交友関係が広くはないのですが……」
リサはおずおずと打ち明ける。クロード侯爵家の令嬢でありながら、あまり社交をしなくて済んでいたのは、そういった方面に関わらなくてもいいように、養父であるギルフォードとアナスタシアが配慮してくれていたのかもしれない。
「そうなのですか……」
メルディアルアはリサの言葉にしゅんとする。その悲しそうな顔を見て、リサは「ううっ」と胸を押さえた。
可憐なメルディアルアが悲しそうにしている姿は、とても心にくるものがあった。同性だけれど、庇護欲を駆り立てられるのだ。
せっかく頼ってもらったからには力になりたい、と思わせる何かが、メルディアルアにはある。
リサは、ぐっと手を握りしめて口を開く。
「でも、お茶会くらいなら開けると思いますよ!」
「まあ、本当ですか!?」
「従弟の婚約者が王都にいますし、カフェの常連のご令嬢や、シリルメリーの顧客のご令嬢もお誘いできると思います」
お店をやっていて良かったとリサは思う。
メルディアルアは悲しそうな顔から一転、目をキラキラと輝かせた。
「さすがリサ様ですね! やっぱりリサ様に相談して良かったです」
「とはいえ、私も大人数のお茶会を開くのには慣れてませんし、シリルメリーの顧客に関しては、養母に聞かなければなりませんから、一度話を持ち帰ってもいいですか?」
「はい、もちろんです! 私もいろいろと準備を進めておきますね」
そうして、リサはメルディアルアの離宮を辞した。
クロード家に戻ったリサは、さっそくアナスタシアに相談した。
「まあ、メルディアルア姫とお茶会なんて楽しそうね!」
アナスタシアはリサの話を聞くなり、うきうきとした様子を見せる。お茶会を主催するのも参加するのも好きなアナスタシアらしい言葉に、リサは少し苦笑した。
リサはどちらかというと、お茶会が苦手だ。アナスタシアに誘われて何度か参加したことはあるが、どうもあの独特な空間に馴染めなかった。
しかし、今回ばかりはそうも言っていられない。
「それで、シリルメリーの常連のお嬢さんたちを招待したいと思ってるんですけど……」
「ええ、いいわよ。後で名前を教えるわね」
「ありがとうございます! あと、もう一つシアさんに聞きたかったんですが、お茶会を成功させる秘訣はありますか?」
今回のお茶会はリサとメルディアルアの連名で主催することになっている。お茶会の場所はメルディアルアの離宮だけれど、リサも主催者の一人として積極的に盛り上げなければならない。
アナスタシアはリサの言葉にきょとんとした後、ぱあっと目を輝かせた。
「リサちゃんがそんなにお茶会に意欲的だなんて……! 任せて! 成功の秘訣をしっかり伝授するわ!!」
リサが珍しくやる気を見せているのが嬉しかったらしい。アナスタシアは意気込みを表すように両手をグッと握った。
「えっと、シアさん……? ほ、ほどほどにお願いします……」
リサとしては、ちょっとしたコツを教えてもらえれば……くらいの気持ちで聞いたつもりだった。しかし、アナスタシアはそれに全力で応えようとしている。
こちらからアドバイスを求めた手前、やっぱりいいですとも言えず、リサは引きつった笑みを浮かべるしかなかった。
「成功のポイントは、大きく分けて招待客、開催場所、話題の三つよ」
「ふむふむ」
「まずはじめに招待客ね。どういった会なのかを明確にしなければ、誰を招待するのか決められないわ」
「えーっと、今回はメルディアルア姫の交友関係を広げるためのお茶会で……」
「大まかに言えばそうね。ただ、交友関係を広げるといってもメルディアルア姫の場合は、フェリフォミアでの地盤作りという意味合いが強いんじゃないかしら?」
「そうですね」
「メルディアルア姫はエドガー殿下の力になりたいとおっしゃっていたのよね? それなら若手の女性派閥の中心になるのが一番よ。王宮の要職についている方の奥様や、地方領主の奥様方と仲良くなれれば、何かとやりやすくなると思うの」
「確かに……」
「それで言えば、リサちゃんの従弟であるサミュエルくんの婚約者は最適だわ。あとは、うちの常連に王宮の重役の娘さんたちがいるから、その子たちもね」
「じゃあ、カフェの常連で、王都に滞在中の領主の娘さんがいるんですけど、誘ってもいいですかね?」
「いいと思うわ!」
リサはアナスタシアのアドバイスを元に、招待する人たちをメモする。
「招待客同士の仲の良さも重要ね。若いうちは特に親同士が仲が悪かったり敵対していたりすると、なかなかうまくいかないのよ。そこは事前に調べておく必要があるわ」
「仲が悪い人たちを招待したら、気まずくなっちゃいますもんね」
「そういったことを含めて、招待客の情報はあらかじめ調べておくべきなの。他のお家との繋がりや、親の職業、婚約者の有無とかね。趣味や嗜好についても調べておけば、話題を振りやすいわよ」
「なかなか難しいんですね……」
アナスタシアは簡単に言うけれど、つまり出席者全員のプロフィールを事前に頭に叩き込んでおく必要があるということだ。
ただ楽しくお茶を飲んで終わりではないのだと、改めて実感する。
アナスタシアの助言をメモしながら、リサは「うーん」と唸る。
「ふふふ、このあたりは慣れもあるわよ。いろんなお茶会に出ればその分、多くの人と会うし、徐々に覚えていけるわ」
「今更ですけど、もっとシアさんのお茶会に参加しておけば良かった……」
「まだ遅くはないわよ~! まあ、それは追々ね」
アナスタシアはにっこりと笑みを浮かべ、話を続ける。
「次は開催場所ね。今回はどこでする予定なの?」
「メルディアルア姫の離宮です」
「うーん……それはやめておいた方がいいわ」
「え? どうしてですか?」
「私は離宮に行ったことはないのだけれど、とても私的な場所でしょう? メルディアルア姫を結婚までお守りするための場所だから、警備も厳重だし」
「そうですね……」
リサは今日離宮を訪ねた時、至る所で騎士にチェックされたことを思い出す。
「もちろん招待客は事前に身元を確かめておくことになるけれど、メルディアルア姫とは初対面の方々ばかりでしょう。万が一のことを考えて、王宮のサロンを使った方がいいわ。その方が警備もしやすいし、メルディアルア姫の私的なお茶会じゃなくて、公式なものと周囲にもアピールできるわ」
「離宮の方が、特別感が出ると思ったんですけど……」
リサが少ししょんぼりした声で呟くと、アナスタシアが苦笑した。
「二回目はそうしたらいいわ。こういうのは段階を踏むことも大切よ」
「なるほど」
「できれば王族専用のサロンを使うのがいいわね。基本的にアデルしか使わないから、彼女のお茶会が入っていなければ使えると思うけれど」
アナスタシアがアデルと呼ぶのは、フェリフォミアの王妃アデリシアのことだ。メルディアルアにとってはいずれ姑になる。
「メルディアルア姫に聞いてみます」
「最後は、話題についてね。ここが一番重要な部分よ」
アナスタシアは真剣味を帯びた目をリサに向けてくる。リサはメモを取るためのペンをぎゅっと握り、アナスタシアの言葉に耳を傾ける。
「お茶会というのは駆け引きの場でもあるの。特に今回メルディアルア姫にはフェリフォミアで交友を広げたいという目的があるのでしょう? だったら、彼女と仲良くすれば何か利があると思わせなければいけないわ」
「メルディアルア姫と付き合う利、ですか……」
「そう。こう言ったら冷たく聞こえるかもしれないけれど、貴族社会の交友関係には損得が関わってくるの。積極的に利益を得ようとすることは、長い目で見れば国に貢献することにも繋がる。そういう考えの人でなければ、そもそもメルディアルア姫の友人にふさわしくないとも言えるわね。だから、今回メルディアルア姫に紹介する令嬢は、ある程度の家柄で、ご家族もそれなりの地位にいる方が良いわ。メルディアルア姫がフェリフォミアでの地盤を固めるという意味でも人選は重要だもの」
アナスタシアの説明を聞いてリサはぐるぐると考える。メルディアルアから直接頼まれはしたものの、アナスタシアの話を聞く限り、そもそもリサ自身、メルディアルアの友人にふさわしくないのではないかと思えてきた。
「えっと、それって私が参加しても大丈夫なんでしょうか……?」
リサが眉間に皺を寄せて言うと、アナスタシアはきょとんとした表情を浮かべた。
「あら、リサちゃんは大丈夫よ! 養女ではあるけれど、クロード侯爵家の一員だもの。それに、リサちゃん自身にも料理という大きな強みがあって、それがリサちゃんと付き合う利になるわ」
「料理が、ですか?」
意外なことを言われて、リサは目を瞬かせた。
「もちろん! おいしいものを食べたいというのは自然なことでしょう? カフェ・おむすびはフェリフォミアでは知らない人はいないほどの有名店だし、アシュリー商会からレシピも販売されてるわ。私のお茶会でもカフェのようなお菓子を期待されるくらいだもの。リサちゃんのお茶会に招待されたら、もれなくおいしいお菓子が食べられると誰もが思うはずよ」
「お菓子は準備するつもりでしたけど、そこまでは考えていませんでした」
「ふふ、リサちゃんらしいわ。あとは、シリルメリーのことも強みになるわね。今どんな服が流行っているかとか、それにはどういう小物が似合うかとか、リサちゃんも覚えておいた方がいいわ。私がメルディアルア姫の結婚衣装を手がけることは知られているし、当然話題に上ると思うから」
アナスタシアは自身の経営する服飾店・シリルメリーでデザイナーをしている。フェリフォミアの女の子なら一度は着てみたいと憧れるブランドで、そのデザイナーである彼女は、いわばファッションリーダー的存在だ。
アナスタシアと仲良くする利は、最新の流行を知ることにあるのだろう。
アナスタシアは季節ごとに近しい人々を呼んで、次のシーズンの新作衣装をお披露目している。そこで参加者に感想を聞き、既製服やセミオーダーのラインナップを決めているらしい。
アナスタシアがお茶会を頻繁に開いているのも、そうした話題を通じて仕事に生かすためかもしれないとリサは思った。
「問題はリサちゃんよりも、メルディアルア姫の方ね」
「え? なぜですか? メルディアルア姫はエンゲルドでお茶会をよく開いていたそうですし、慣れていらっしゃると思うんですけど……」
「お茶会の作法や会話運びは問題ないと思うわ。けれど、メルディアルア姫と付き合ってどんな利があるか、というのが問題ね」
「はぁ……」
「彼女が輿入れすれば、エンゲルドとの国交は以前より盛んになるわ。そこで、メルディアルア姫、ひいてはエンゲルドとお付き合いすることで、何が得られるかをアピールできれば上々ね」
「な、なるほど……」
なかなか難しい。
リサがエンゲルドについて知っていることはそう多くない。フェリフォミアの南東にある島国で、温暖な気候。海産物が有名で、日本人に似た肌色の人種が住んでいる。
そのくらいしか知らないのだ。お茶会を連名で主催するにしては知識が乏しすぎる。
別に戦うわけではないが、まず味方のことを知らねばならない。
「手っ取り早いのは、メルディアルア姫がお茶会を通じて、エンゲルドのものを流行させることかしらね?」
アナスタシアがぽつりと呟く。その言葉を聞いて、まずはメルディアルアとしっかり打ち合わせしようとリサは思った。
第三章 お茶会の準備は大変です。
翌日からアナスタシアのアドバイスを元に、お茶会に備えることにした。招待客候補についての情報収集はクロード家の執事たちに任せて、リサはリサなりの情報を集める。
朝一でやってきたのは、カフェ・おむすび二号店だ。リサの周りで流行に詳しい人物といえば、二号店の副店長を務めているヘレナだろう。
ちょうどメニューの打ち合わせで二号店に行く予定だったので、そのついでに話を聞くことにした。
打ち合わせが終わると、さっそく話を切り出してみる。
「最近の流行ですか?」
ヘレナはうーんと悩む。頬に人差し指を当て、少し首を傾げた。
「この秋はストールが流行ってますね。レース素材のやつ」
「そうなんだ」
そういえばアナスタシアが『秋の新作よ!』と言って作ってきた服の中にもストールがあった。だが、ヘレナに言われなければリサは気付かなかった。
「でも珍しいですね。リサさんがこういうことを聞いてくるなんて」
「あー、実はね。メルディアルア姫とお茶会を開くことになって――」
リサはメルディアルア姫とお茶会を開くことになった経緯と、アナスタシアからのアドバイスについてヘレナに話す。
「メルディアルア姫とお茶会! 素敵ですね!」
目を輝かせて食いついてきたヘレナに、リサは苦笑する。こういう華やかな話題が好きなヘレナらしい反応だ。
「それがなかなか大変でねぇ……お茶会の経験自体そんなにないのに、開く側になるとは思いもしなくて……」
「いろいろ気配りしないといけないから、確かに大変そうですね。……あ、そうだ!」
何か思いついたのか、ヘレナが両手をパチンと合わせる。
「テレーゼにも手伝ってもらったらどうですか?」
「テレーゼに?」
テレーゼはカフェ二号店のメンバーで、ヘレナと同じく接客を担当している。
「元は貴族のお家のメイドだったので、お茶会にも詳しいと思いますよ。ご令嬢付きだったはずですから」
「そういえばそうだったね」
ヘレナの紹介で採用した時、そのようなことを聞いた記憶がある。
その時、噂をすれば影というようにテレーゼが出勤してきた。
「ああ、ちょうど良かった、テレーゼ!」
ドアを開けて入ってきたテレーゼを、ヘレナが大声で呼ぶ。突然のことに驚いたのか、テレーゼはびくりと肩を揺らした。
「お、おはようございます、リサさん、ヘレナ」
「おはよう、テレーゼ」
動揺しながらも礼儀正しく挨拶するテレーゼに、リサも挨拶を返す。
「ねえねえ、テレーゼ! お茶会のお手伝いしない?」
わくわくと楽しそうに言うヘレナに、テレーゼは小さく首を傾げた。
「えっと、話が見えないのですが……」
もっともだとリサは苦笑する。そしてお茶会を開くことになった経緯と、元メイドのテレーゼなら力になってくれるのではと考えたことを説明した。
「なるほど、そういうことでしたか」
ようやく合点がいったようにテレーゼが頷いた。
「私で良ければ協力しますよ」
「本当!? 助かるよ~」
テレーゼに協力してもらえたら心強いと思っていたので、快諾してもらえたことにほっと息を吐いた。
リサもテレーゼもカフェの仕事があるので、日程を調整しなければならないものの、身近な人に手伝ってもらえると思うと、苦手意識のあるお茶会にも少し前向きになれる気がした。
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