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9巻

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   プロローグ


 ドアをノックする音が部屋に響く。
 使い込まれた飴色あめいろ執務机しつむづくえに向かっていた男性が視線を上げた。

「入れ」

 彼が声をかけると、開いたドアから入ってきたのは一人の青年だった。

「失礼します」
「おお、君か」

 青年を見るなり、男性は表情をゆるめる。

「出発のご挨拶あいさつに参りました、総帥そうすい閣下かっか
「今回の件は騎士団とは関係ないことなんだから、その呼び方はやめたまえ」

 苦笑まじりに男性が言うと、青年は困ったような顔をした。

「つい、いつものくせで……」
「まあ、場所が場所だけに仕方ないか。……で、これから行くのか?」

 男性が話を本題に戻すと、青年は表情をキリリと引き締める。

「はい、彼女を迎えに行って参ります」
「そうか、あいつの驚く顔が目に浮かぶな」

 いたずらをたくらんでいるかのように、男性がにやりとすると、青年もつられて小さく笑う。

「驚いた顔をしっかりと見てきますよ。では、そろそろ失礼します」
「ああ、気を付けて行ってこい」
「はっ!」

 青年はひじを突き出すようにして右手を左胸に当てる。
 それを見て、男性は再び苦笑した。

「だから敬礼は不要だ」
「あ……」

 身に染みついた動作をしてしまった青年は、気まずそうに腕を下ろす。

「……失礼します」

 なんとも締まらない空気の中、彼は退室していった。
 ドアが閉まる音を聞き届けた男性は、椅子の背もたれに寄りかかる。

「さて、我が娘――ヴィルナはどんな反応をするかな?」

 遠い空の下にいる愛娘まなむすめの驚く顔を思い浮かべて、にんまりと笑うのだった。



   第一章 なぜか羨望せんぼうの的になっております。


 カランと軽やかなベルの音を立てて開かれたドアから、暖かい空気が店内に入り込む。
 季節は夏の盛りを迎えていた。

「いらっしゃいませ!」

 夏の空気とともに入店してきた二人組の女性客に、すかさず声がかかる。声の主は、入り口近くにあるショーケースのところで作業をしていた、黒髪の女性店員だった。
 ここはカフェ・おむすび。
 フェリフォミア王国の王都にある道具街、その古い町並みの中にまぎれるようにして、ひっそりとたたずむ小さなお店だ。
 落ち着いた色合いながらも人目を引く赤いドア。
 格子のついた窓からは、お客さんでにぎわう店内の様子が見える。
 壁に埋め込む形で設置されているガラスのショーケースには、色とりどりのケーキや、今の時季にはぴったりなゼリーなどが並び、通りかかる人の目を楽しませていた。

「二名様ですね。こちらのテーブルへどうぞ」

 女性店員は、二人をテーブル席に案内する。そして椅子に座った彼女たちに、メニューを広げて差し出した。

「今日の日替わりメニューは、冷製スープランチと冷製パスタランチの二種類です。お飲み物もセットになっておりますので、こちらの中からお選びください」

 メニューを指して説明する店員を、女性客たちは何か言いたそうにうずうずしながら見上げた。
 なんだろうと思った店員が説明を中断すると、女性客の一人が意を決したように口を開く。

「あの! ご結婚おめでとうございます!」
「おめでとうございます~!」

 と、もう一人も続けて言った。

「あ、ありがとうございます……」

 祝福の言葉をかけられた女性店員は、照れくさそうにはにかむ。
 カフェ・おむすびの店長であり経営者でもある彼女――リサ・クロカワ・クロードは、少し前に華々しく結婚式を挙げたばかりだった。

「シリルメリーのお店に飾られてたドレスも素敵でした!」
「本当に~! 私もあんなドレスを着て結婚した~い!」

 にぎやかに話し始める二人。リサはその様子を微笑ましく思いながら、「ご注文が決まった頃にまた参りますね」と言ってその場を離れた。
 カウンターへ向かうと、そこにはミルクティー色の長い髪をサイドテールにした女性店員がいた。

「これで何度目かしら?」

 くすくすと笑いながら言った彼女は、接客担当のオリヴィア・シャーレインだ。
 どうやらリサと女性客たちの会話が聞こえていたらしい。

「嬉しいけど、ちょっと恥ずかしいんだよね……それにしても、シリルメリーのドレス効果はすごいなぁ」

 リサが感心しつつつぶやくと、横から別の声が聞こえてくる。

「当たり前ですよ。私も今朝シリルメリーの前を通りかかりましたけど、改めて見てもすごく素敵なドレスですもの、女の子ならあこがれないわけがないですよ」

 そう言ったのはデリア・オーウェン。彼女も接客を担当している女性店員だ。
 肩口までの焦げ茶色の髪をハーフアップにして、バレッタで留めている。リサよりもいくつか年上で、オリヴィアと同じく幼い子供を持つママさんであった。
 今話題になっているドレスとは、リサが結婚式で着たウェディングドレスのことだ。
 現在はシリルメリーという人気服飾店のウィンドウに飾られているため、誰でも見ることができる。
 そのシリルメリーは、リサの養母であるアナスタシアがオーナー兼デザイナーをしているお店で、ドレスもアナスタシアがリサのためにと一から作り上げたものであった。
 リサはデリアの言葉にうなずく。

「確かにフルオーダーメイドだし、シアさんが張り切って仕上げた力作だからね~」

 ドレスを作るアナスタシアの姿を思い浮かべながら答えると、デリアが首を横に振る。

「それもそうだけど、それだけじゃないでしょう」
「そうよ~! シリルメリーの服自体そう簡単には手が出ないのに、花嫁衣装となるとさらにでしょう? だからますますあこがれるのよ」

 オリヴィアもデリアに同意する。おっとりとした口調だが、その言葉には妙に熱がこもっていた。
 いまいちピンとこないのは、リサがこの世界の出身ではないからかもしれない。
 女性ならば一度は着てみたいあこがれのブランドと言われるシリルメリー。しかしリサにとっては養母がオーナーであり、この世界に来た時から身近な存在だったのだ。
 デリアが「そういえば」と続ける。

「さっき来た別のお客さんが言ってましたよ。リサさんとジークくんが式のあとに馬車で王都を回っているのを見たって」
「もしかしたら、それもあこがれる一因になっているのかもしれないわね。一生に一度のことだもの。女の子ならああいう華やかな式を夢見るものよね」
「な、なるほど……」

 式を挙げた本人であるリサは、そこまで意識していなかった。
 だがリサの式に出席した上に、みずからも結婚式を挙げたことのあるオリヴィアとデリアが言うのだ。未婚女性ならば、なおさら期待に胸をふくらませてもおかしくないと、リサは思った。

「注文お願いしまーす」

 お客さんの呼ぶ声により、話はそこで途切れる。

「はい、ただいまうかがいます」

 注文を聞きに行ったオリヴィアを見送ると、リサはデリアに声をかけた。

「私は厨房ちゅうぼうに入るので、こっちはお願いします」
「はい」

 デリアの返事を聞いたリサは、カウンターの奥へと進む。
 そこは厨房ちゅうぼうの入り口だった。
 涼しいホールから厨房ちゅうぼうへ入ると、コンロやオーブンから発せられる、もわっとした熱が襲ってくる。
 その中で作業をしている男性店員が二人いた。
 一人は果物の果肉がごろごろ入ったうつわに、ゼリーのもととなる液体をそそいでいる。

「お疲れさま、ジーク」

 リサが声をかけたその男性は、ジーク・ブラウン――いや、ジーク・ブラウン・クロード。
 カフェ・おむすびの副店長で、リサの旦那様でもある。
 銀色の髪をわずかに揺らして顔を上げた彼は、青い目でリサを見る。そしてすぐに視線を戻し、作業を続けながら聞いた。

「ああ、ホールは大丈夫なのか?」
「うん、今はだいぶ落ち着いてるからね」

 お昼を過ぎ、もうそろそろランチタイムも終わる時間帯だ。リサがホールにいたのは、お客さんの退店が重なり、会計と片付けのための人手が必要になったからだった。
 もう少しすると、今度はカフェタイムが始まる。今ジークが作っているゼリーも、それを見越した補充分だ。
 順調そうなジークの方はいいとして……と、リサはもう一人の男性店員に視線を向ける。一見、料理人には見えない大柄で筋肉質な青年が、大きな鍋からスープをうつわによそっていた。
 彼はヘクター・アディントン。
 元々はフェリフォミア王宮で働く料理人見習いなのだが、二年間という期間限定でカフェに勤めてくれている。
 カフェに来た当初は、王宮の厨房ちゅうぼうとのシステムの違いや、多岐たきにわたる仕事内容に戸惑っていたようだ。

「スープランチ二つ、上がりました~」

 だが料理の載ったトレーを両手に持ち、ホールの方へ声をかけている様子を見る限り、カフェの仕事ぶりがすっかり板についている。
 この調子でいろんな知識を吸収して、王宮に戻ってほしいとリサは思っていた。



   第二章 恋とは落ちるもののようです。


 カフェタイムも落ち着いた夕方。カフェ・おむすびに、ある客がやってきた。

「こんにちは~」

 ドアを開けるとともに顔をのぞかせたのは、一人の女性。
 近くにいたオリヴィアが、にこやかに声をかける。

「あらヴィルナさん、いらっしゃいませ」

 やってきたのは、ヴィルナ・エイゼンシュテイン。
 フェリフォミアの騎士団に所属している、ジークの元同僚だ。
 以前は地方にいたが、数か月前に王都へ異動してきた。学院時代からの友人であるジークを訪ねてきて以来、カフェ・おむすびにたびたび顔を出すようになった。
 今ではすっかり常連の一人である。

「まあ、今日はいつもと雰囲気が違いますね」

 オリヴィアがヴィルナの格好を見て言った。
 背が高く、すらっとしているヴィルナは、どちらかというとボーイッシュな服装が多い。だが、今日の彼女は、とても可愛らしいよそおいをしていた。
 紫の長い髪を編み込み、左サイドにゆるく流した髪型。
 そですそにさりげなく刺繍ししゅうほどこされた、白いワンピース。
 薄く軽そうな生地のすそがふわりと揺れ、編み上げサンダルをいた白く細い脚がちらりと見えた。

「今日は学院時代の友人と会ってたんだけど、服を見に行った時に無理やり押し付けられて……」

 ヴィルナは恥ずかしそうにほおを染め、肩をすくめてみせる。

「とても似合ってますよ。ヴィルナさんはすらっとしているから、なんでも着こなせてうらやましいわ」
「いやいや、そんなこと……」

 オリヴィアにめられたヴィルナは、恐縮きょうしゅくしながら手を振った。
 そこで、大事なことを思い出す。

「……っと。そういえば、今日ってリサさんかジークいますか? 実は二人に話があって……」
「ああ、あの話ですね。今呼んでくるので、座って待っていてください」

 ヴィルナの言葉に思い当たるふしがあったオリヴィアは、カウンター席を勧める。そして、リサとジークを呼ぶために厨房ちゅうぼうへ向かった。
 ややあって、リサを連れて戻ってくる。

「ヴィルナさん、わざわざ来てもらっちゃってごめんなさい」
「いいのいいの、ちょうど通りかかったとこだし」

 リサが申し訳なく思いながら言うと、ヴィルナは笑った。

「それでね、あっちへ行く時のことなんだけど……」

 さっそくとばかりに、ヴィルナが話を切り出す。

「実家に連絡したら、迎えの馬車を手配してくれるっていうからさ、リサさんとジークも同乗してもらった方が楽なんじゃないかな~と思って!」
「え、でも邪魔にならない? 大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。むしろ、私が二人の邪魔になっちゃうかもしれないけど」

 ははは、とヴィルナは明るく笑う。
 今話しているのは、来月の頭に予定されているリサとジークの新婚旅行のことだ。行き先がヴィルナの故郷ニーゲンシュトックであるため、少し前からリサたちはいろいろと相談に乗ってもらっていた。ちょうど同じ頃、ヴィルナも帰省するそうなので、観光案内を頼んである。
 ヴィルナが帰省のことで実家に連絡したところ、そちらの方で馬車を用意して、迎えに来てくれることになったという。せっかくなので、リサとジークもその馬車に乗っていかないか、というお誘いだった。

「ありがとう。でも、一応ジークにも聞いてみるね! 馬車はジークの実家の伝手つてで手配するつもりだったから」
「そうだね、もう予約してたらまずいし」

 すでに手配を済ませているのであれば、キャンセルする必要がある。
 リサはヴィルナに少し待ってくれるように言うと、ジークのいる厨房ちゅうぼうへ向かった。


「ジーク、今ちょっといい?」

 リサは、出来上がったケーキをトレーに並べているジークに声をかけた。

「これをショーケースに出してからでもいいか? 確かチーズケーキが品切れになってたはずだから」

 ヴィルナがわざわざ来てくれているとはいえ、リサたちのプライベートのことよりもカフェの方が大事だ。
 リサがもちろん、とうなずきかけた時、横からヘクターの声がした。

「ジークさん、俺が出してきますよ」

 今は手が空いているらしく、ジークの代わりにケーキの補充をしてくれるという。

「じゃあ、頼む」
「はい!」

 ジークは残りのケーキを素早くトレーに載せると、それをヘクターに渡した。
 慎重な足取りでトレーを運んでいくヘクター。その後ろ姿を見送ると、リサは先ほどの話の続きをする。

「今ヴィルナさんがお店に来てるんだけど、ヴィルナさんのおうちが帰省のための馬車を手配してくれたんだって。それで、よかったら一緒に乗って行かないかって誘ってくれたんだけど、どうする? 馬車の手配って、ジークの方でもう済ませちゃってた?」
「いや、馬車はまだ探してるところだったから、正直助かる。何しろ国をまたいでの長距離移動となると、引き受けてくれる業者がなかなかなくてな。去年みんなで行ったスーザノウルは隣国だし、観光地だから手配も楽だったんだが……。ヴィルナがいいのであれば世話になろう」
「わかった。じゃあ、ヴィルナさんに返事しておくね」

 ジークの答えを聞いたリサは、ヴィルナのいるホールへと引き返す。
 気がいていたので、周りをよく見ずに厨房ちゅうぼうを出てしまった。

「ぅわっぷ!」

 顔から何かにぶつかり、変な声が出た。
 リサの身長よりはるかに大きなもの。
 よく見ると、それはこちらに背を向けて立っているヘクターだった。
 ぶつかったにもかかわらず微動びどうだにしないヘクターをいぶかしみ、リサは声をかける。

「ヘクターくん?」

 けれど、これにも彼は反応しなかった。
 リサはヘクターの体の横をどうにかすり抜け、正面に移動する。そして彼の表情を見て、思わずぎょっとした。
 わずかにほおを染め、ぼーっと一点を見つめるヘクター。
 その視線をたどると、そこにはヴィルナの姿があった。
 ――も、もしかして……
 リサはヘクターとヴィルナの姿を交互に見る。
 ヘクターのこの視線は、どう考えても気のある相手に向けるものだった。
 ――え、え、えーー!! まさかヘクターくんがヴィルナさんに恋!?
 リサは目をまん丸にして、心の中で叫んだ。
 その時、デリアと話をしていたヴィルナが、リサの姿に気付いて手を上げる。

「あ、リサさん」

 それにリサが手を上げてこたえると、隣にいるヘクターもにへっと笑いながら手を上げた。
 リサはいいとして、ヘクターまで上げるとは思っていなかったのだろう。ヴィルナは不思議そうに首をかしげていた。
 リサはぼーっとした顔で手を上げているヘクターを、どうにかしようと呼びかける。

「ヘクターくん、ヘクターくん!!」

 名前を呼んで肩を叩くと、ようやくヘクターが緩慢かんまんな動作でリサの方を見た。

「ヘクターくん、ケーキの補充は終わったの?」
「……あ、はあ……っは、はい! 終わりました!」

 リサの言葉でやっと現実に戻ったのか、ヘクターは手に持ったままのトレーに視線をり、慌てて答えた。

「大丈夫?」

 何がとは言わないが、リサはそう問いかける。

「は、はい!! 厨房ちゅうぼうに戻ります!!」

 ヘクターは駆け込むように厨房ちゅうぼうへと入っていった。
 その姿を苦笑しながら見送ったリサは、ヴィルナのところに戻る。

「お待たせ、ヴィルナさん」

 ヘクターから熱視線を送られていたことに気付いていないヴィルナは、お茶の入ったグラスを置くと、無邪気にリサを見上げた。

「いえいえ~。で、ジークはなんて?」
「馬車の手配が難航してるから、よかったら同乗させてほしいって」
「うんうん、了解! ニーゲンシュトックからフェリフォミアに来るのは割と簡単なんだけど、逆は結構難しいんだよね~。それを見越してうちの家族も迎えを寄越よこすみたいだし」
「そうなんだ~」

 以前、ヴィルナがなかなか帰省できないと言っていたのには、こういった理由もあったようだ。

「じゃあ、私は実家に連絡しておくわ」
「ありがとう! お世話になります」

 リサの言葉に笑顔を返すと、ヴィルナはすぐに席を立つ。軽く手を上げて出ていく彼女を見送ったリサは、厨房ちゅうぼうへと引き返した。
 そして、またもやぎょっとする。

「へ、ヘクターくん!? びっくりした……」

 厨房ちゅうぼうの入り口に、ヘクターがでんと突っ立っていたのだ。
 今度はぶつかることはなかったが、リサは驚いて体をびくりと揺らした。一気に心拍数の上がった胸を手で押さえていると、ヘクターがずいっと顔を近づけてくる。

「リサさん! 今話してた人って誰ですか!? 知り合いですか!?」

 どうやら厨房ちゅうぼうに戻ったあとも、気になってホールの様子をうかがっていたらしい。リサがヴィルナと仲よく話していたのもしっかり見ていたようだ。

「あ~、ヴィルナさんのこと?」
「……ヴィルナ、さん」

 ヘクターはほおを染めてつぶやいた。ヴィルナの名前を知ることができて嬉しかったのか、なんとも締まらない表情を浮かべている。

「というか、ヘクターくんもヴィルナさんとは会ったことあるはずだけど……」
「え!? ど、どこでですか!?」
「どこでって……ヴィルナさんは私の結婚パーティーにも来てくれたし、カフェの常連の一人だし……あ、そっか! いつもは騎士団の制服を着てるから、印象が違うのかも」
「騎士団……あ、あの人か!!」

 記憶を探っていたヘクターは、リサの言葉でようやく思い出したらしい。

「なんで気付かなかったんだ、俺!! あんな可憐かれんな人が近くにいたのに!!」

 過去の自分を責めるように叫び、頭を抱えた。
 一方、リサはヘクターの言葉に目を丸くする。
 ――か、可憐かれん!? ヴィルナさんが!?
 友人としてそこそこ付き合いのあるリサから見ても、ヴィルナに可憐かれんという印象はない。
 確かに、今日のヴィルナの格好は素敵だと思ったし、目を奪われても仕方がないと思う。でも、彼女の性格を知っているリサは、凛々りりしいとかサバサバとかそういう言葉の方が先にくるのだ。
 まるっきり違う印象を持っているらしいヘクターに困惑してしまう。

「ヘクターくん、あのさ……」

 リサは肝心なことを伝えようと、恐る恐る口を開く。


 盛り上がっているところ申し訳ないが、ヴィルナには婚約者がいるのだ。
 もちろんヘクターのことは応援してあげたいけれど、今回は相手が悪かった。どう頑張っても、彼の恋が実ることはない。
 ならば、傷が浅くて済む今のうちに言ってあげた方がいいと思った。
 しかし――

「ヴィルナさん、今度はいつ来るだろう……街中まちなかでばったり会ったりしないかな……」

 ヘクターはぽわんとした顔で一人つぶやいている。自分の世界に入ってしまい、リサの言葉は全く届いていないようだ。

「おーい! ヘクターくーん」

 試しに顔の前で手をひらひらさせてみるも、効果はない。
 ヘクターの急激な気持ちの高ぶりように、リサはやれやれとため息をくのだった。


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