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5巻
5-3
しおりを挟む「ヘレナ、オリヴィア、これからガントさんのお見舞いに行こうと思うんだけど、一緒に来てもらえる?」
料理が載ったトレーを両手で持っているリサには、ドアの開け閉めが出来ない。それに、ヘレナたちもガントやアンジェリカの様子が気になっているだろうと思い、同行してもらうことにしたのだ。
明日の準備を一通り終え、予備の紙ナプキンをたたんでいた二人は快諾した。
リサは二人を連れて、サイラス魔術具店を訪ねる。
通りに面する店の扉は閉まっていたため、建物の横の道を通って裏口へ向かった。
先頭を歩くヘレナが裏口のドアをノックすると、しばらくしてアンジェリカが顔を出した。
先程は青ざめていた彼女だが、顔色がすっかり元に戻っているのを見て、リサはほっとする。
「お見舞いに来たよ」
ヘレナがそう言うと、アンジェリカは表情を明るくした。
「ありがとう! 入って入って」
彼女はドアを大きく開け、三人を中に招き入れる。
廊下を進んでリビングに入ると、そこにある大きなソファに、ガントが身を横たえていた。
「父さん、みんながお見舞いに来てくれたよ!」
アンジェリカが声をかける。ガントはリサたちに視線を向け、ゆっくりと右手を上げた。
「おう、嬢ちゃんたちか。さっきは世話んなったみたいで、ありがとな」
まだ本調子ではないのか、いつもより力のない声で礼を言うガント。
だが、意識ははっきりしているようだし、会話も普段通り出来ているので、じきに回復するだろう。
ガントの様子を見て安堵したリサは、差し入れが載ったトレーをアンジェリカに渡した。
「アンジェリカ、これ、よかったら食べて。ガントさんも食べられるように、さっぱりしたサラダうどんを作ったんだ」
「ありがとう! 助かるよ~」
トレーを受け取ったアンジェリカは、野菜がふんだんに盛られたうどんを見て声を弾ませる。
「ガントさんは、たぶん熱中症っていうのに罹ったんだと思う。夏野菜は熱中症予防になるから、しっかり食べさせてあげてね。アンジェリカも看病して疲れてるだろうし、ちゃんと栄養取らないと!」
「そうだね」
リサの忠告にしっかり頷くと、アンジェリカはうどんを冷蔵しておくためか、キッチンの方へ運んでいった。
「気を遣わせてすまねえな、リサ嬢」
リサとアンジェリカの会話を聞いていたガントが、リサに声をかけた。
「いえいえ、お互い様ですよ! こちらこそ、いつも二人にはお世話になってますから」
リサがそう言うと、ヘレナとオリヴィアもそれに続く。
「そうです! ガントさんに何かあれば、一番に困るのはカフェ・おむすびですから!」
「くれぐれも無理はなさらないでくださいね」
女三人から口々に言われ、ガントはたじたじになって苦笑する。
「そうかい。まあ、ちょっとばかし肩の力抜くことにするかな」
そんなガントに熱中症の予防法を教えると、リサたちはあまり長居することなくサイラス魔術具店を後にした。
第四章 サマータイムを導入しましょう。
翌日はカフェ・おむすびの営業日だった。
心持ち、暑さは昨日より和らいだ……と思いたいが、残念ながらこれから暑くなりそうな予感がする朝だった。
開店準備を済ませたカフェのメンバーは、賄いを食べた後、昨日作っておいた水ようかんを試食することにした。
それぞれ黄色、薄緑色、白色、ピンク色をした四種類の水ようかんを、プリンの容器からお皿に移す。
どれも半透明でツルンとしているので、涼しげに見える。
一人につき四つずつ食べるのは無理があるので、一口ずつ食べられるよう、リサがナイフで小さく切り分けた。
そうして、まずは黄色い餡子のものから試食する。
リサに続き、他のメンバーも水ようかんをスプーンで掬って食べた。
「食感はプリンともゼリーとも違うわね」
「そうですね。もっとしっかりした感じがします」
オリヴィアとヘレナが感想を口にする。
「塩が入ると聞いた時は驚いたが、意外とおいしいな」
ジークは水ようかんの味をじっくり確かめてから、しみじみと呟いた。
リサが豆を使ってお菓子を作ると言った時も、ジークはかなり驚いていた。基本的に無表情なので顔にはあまり出ていなかったが、リサにはわかる。
おそらく彼は、こうして出来上がったものを食べるまで半信半疑だったのだろう。
「少し塩気がある方が、甘みが引き立つこともあるんだよ。他のお菓子でも試してみてもいいかもね」
リサの言葉にジークは頷いたが、どこか釈然としない様子だ。彼が塩気をお菓子作りにうまく生かせるようになるのは、まだまだ先かもしれない。
一方、ジークと同じく水ようかん作りに携わったアランは、無言で口をもぐもぐと動かし続けている。
「アランくんはどう?」
リサが話を振ると、彼は食べる手を止めて、口の中のものをゴクリと呑み込んだ。
「俺はかなり好きっすね、この水ようかんってやつ! ゼリーとかプリンよりもお腹に溜まる感じがしますし」
アランは思わず夢中になってしまうほどお気に召したようだ。
そうして五人は、他の餡子で作ったものも試食した。
その結果、黄色、薄緑色、ピンク色の餡子で作った三種類の水ようかんを販売することが決定した。
白色の餡子で作った水ようかんは、残念ながら販売を見送ることになった。他の三種類と比べると、淡泊で味気ない印象だったためだ。
だが、あっさりしている分、ナッツなどの具材を入れれば他のお菓子に使えるかもしれない。いずれはそういった方向で活用していこうとリサは考えていた。
また、餡子の種類によって、砂糖、塩、グリッツの配分を調整した方がいいこともわかった。これから量産していく際は、注意が必要だろう。
これから水ようかんを売るにあたって、熱中症予防になるということをセールスポイントとしてアピールしたい。
とはいえ、あまり大々的に効果をアピールするのは危険だ。水ようかんを食べれば塩分と糖分を効果的に摂取できるが、だからといって絶対に熱中症にならないというわけではないのだ。
それについては、あとで接客担当であるヘレナやオリヴィアと相談しようとリサは考えた。
水ようかんの試食が終わり、いつもならそのまま開店作業に入るのだが、リサは話があると言ってみんなに残ってもらった。
実は、この場でメンバーにある提案をするつもりだった。
「夏の間は、営業時間を少し変えようと思っているんだ」
リサがそう言うと、メンバーはそれほど驚いた様子もなく彼女を見つめた。
「日が長いから、閉店時間を遅くするんですか?」
ヘレナの問いに、リサは「んー」と少し首を傾げて答える。
「確かに閉店時間を一時間延ばそうと思ってるんだけど、開店時間も一時間早めたいと考えてるの。その代わり、一番暑い二時から四時までの間は店を閉めようと思ってるんだよね」
リサがメンバーの反応を見てみると、皆一様にぽかんとしていた。
「えっと……その二時間は何をするんですか?」
ヘレナが代表して疑問を口にする。
「基本的には、休憩時間にするつもり。一度家に帰ってもいいし、お店で休憩してもいいよ。なんなら二階でお昼寝してもらってもいいしね」
「俺たち調理担当は、次の日の仕込みをするのもよさそうだな」
ジークは考えながら答えた。
リサは彼の意見に頷く。
「そうだね。日中に仕込みをしておけば、その分早く帰れるし」
「あの、リサさん。言いづらいんですけど、私は帰りがあまり遅くなると、ヴェルノのお迎えが……」
オリヴィアが躊躇いがちに言ったが、そのことはリサももちろん考慮していた。
だからリサはオリヴィアを安心させるため、笑顔で答える。
「大丈夫! これまでは六時に閉店してから後片付けして、七時くらいに上がっていたでしょう? 今後は七時閉店になるけど、閉店したらすぐ上がっていいよ。今は料理科が夏休みだから、私もジークくんもずっとカフェにいられるしね」
リサの言葉に、オリヴィアはほっと息を吐いた。
今は日が長いとはいえ、オリヴィアが息子を保育所に迎えに行く時間があまり遅くなってはまずい。聞くところによると、今ですらヴェルノのお迎えは、児童の中で最後になってしまうことが多いらしいのだ。
リサとしても、もう少し早く帰らせてあげたいところだが、そうも出来ないのが現状だった。
しかし、幸い今はリサとジークが講師を務める学院が夏期休暇中である。来学期に向けた他の講師たちとの打ち合わせはたまにあるが、学期中ほどは忙しくないため、その分カフェの方に長くいられるのだ。
少なくとも学院が始まる頃には暑さも和らいでいるはずなので、オリヴィアが早く帰っても大丈夫だろうとリサは考えていた。
「では、お言葉に甘えちゃおうかしら? もちろん早く帰らせてもらう分、営業時間中はしっかり働きますよ」
両手の拳を握って、やる気十分な様子を見せるオリヴィア。
リサは彼女の様子に微笑むと、今度はヘレナに問いかけた。
「ヘレナも大丈夫?」
「はい! うちのパン屋も最近は暑くて早めに閉めてるので、手伝いをする必要もないですし」
ヘレナの家はチェスターパン店というパン屋を営んでいる。王宮御用達の老舗だ。
カフェ・おむすびが開店した当初、リサが作ったふわふわなパンが話題を呼び、客を取られたチェスターパン店は一度経営が傾いてしまった。
だが、リサがヘレナの父・ポールに酵母を使ったパン作りを教えて以来、再びお客さんが増えて今では前よりも繁盛しているようだ。
多くのお弟子さんを雇ったため、ヘレナは前ほど手伝わなくてもよくなったらしい。
「営業時間は、料理科が始まる二週間前には元に戻そう。その頃にはだいぶ涼しくなってると思うし」
リサの言葉にメンバーが頷いたところで、各々開店準備を再開した。
二日後の水ようかんの販売開始に合わせて、営業時間を変更することになった。
リサはさっそく告知のためのチラシを作り、店内に掲示する。
ランチ客のうちの何人かが、リサが壁に貼っているチラシを興味深そうに見つめていた。
「店長、営業時間を変えるのかい?」
そう問いかけてきたのは、よくランチを食べに来る初老の職人さんだった。
「はい。この頃、昼間の暑い時間帯はお客さんがめっきり減ってしまって……その分、朝と夕方の涼しい時間に営業しようと思ったんです」
「この暑さの中、外を歩くのはしんどいからな」
げんなりした顔をする彼に、リサは苦笑した。
やはり王都に住んでいる人たちは、この暑さに滅入っているようだ。
だから今日のランチメニューも、暑くても食べやすい、さっぱりした献立になっている。鶏肉と野菜の冷たいパスタセットと、冷やし茶漬けセットの二つだ。
職人さんは冷たいパスタセットを注文したらしく、テーブルには空になったパスタのお皿がある。
彼は「もっと暑くなる前に戻るわ」と言って、すぐ店を出ていった。
ランチタイムが終わった頃、オリヴィアに呼ばれたリサがホールに向かうと、アンジェリカが来ていた。昨日より明るい表情をして、カウンター席に座っている。
「リサ、昨日は本当にありがとう!」
「どういたしまして。あれからガントさんの調子はどう?」
「昨日よりはだいぶ良いみたい。まだ少しだるいらしいけどね」
昨日とは打って変わって笑顔を見せるアンジェリカに、リサは安堵した。
アンジェリカは幼い頃に母親を病気で亡くしている。彼女は何も言わなかったが、ガントが倒れた時、父親まで亡くしてしまうのではと考えたはずだ。
そうならなくて本当に良かったと、リサはつくづく思う。
「無理はしないように、しっかり食べて休んでもらいなね」
「うん! ……そうだ。栄養をつけるには、どんなものを食べさせたらいい?」
「そうだな~、基本的には夏野菜がオススメかな。夏野菜は体を冷やす働きがあるから、暑い時期には積極的に食べた方が良いみたいだよ」
「へぇ~」
「あ、でもあまり体を冷やしすぎるのも良くないから、飲み物は常温の方が良いかも。冷たいものばかり飲んでると胃腸にも悪いしね」
「そうなんだ! 私、つい冷たいものばっかり飲んじゃってた」
「あとは、肉と魚も食べた方が良いね。食欲がない時には香辛料や香味野菜を上手く使うと食が進むよ」
「なるほど……」
そこでリサがふと周りを見ると、いつの間にか周囲に人が集まって来ていた。
真剣な表情でメモを取っていたアンジェリカも顔を上げ、周りを取り囲む人々を見て、ぎょっとする。
「店長さん、私にも教えてほしいわ!」
そう声を上げたのは、リサよりも一回りくらい年上の女性だった。
「うちの子も最近、食欲がなくて困ってたんだよ」
今度は道具街に店を構えている奥さんが口を開いた。
続いて五、六人の女性も同じように声を上げる。
リサは彼女たちに少し気圧されながらも、アンジェリカに話したことをもう一度話す。
すると女性たちから、さらに詳しい説明を求める質問が飛んできた。
リサとしてはアンジェリカに軽くアドバイスするだけのつもりが、いつしか夏バテ対策教室のようになってしまう。
話を聞き終えると、女性たちは希望に満ちた表情で帰っていった。
普段から食事を作って家族の健康を支えている彼女たちも、この暑さに頭を悩ませていたのだろう。
自分にはアドバイスするくらいしか出来ないが、王都の人たちが暑い夏を乗り切るための一助になればと、リサは思うのだった。
第五章 夏の新商品の販売開始です。
翌々日。今日からカフェ・おむすびでは水ようかんの販売を開始する。
それと併せて営業時間を変更するのだ。
いつもより早めに出勤したカフェのメンバーは、開店準備を進めていた。
水ようかんは試食の際に好評だった三種類のものを、それぞれ瓶に詰めて販売する予定だ。そのまま持ち帰りも出来るようになっている。
また、水ようかんだけではもの足りないというアランの提案で、かき氷もリニューアルすることにした。
まずは、つぶあんとみぞれシロップをかけた金時かき氷をメニューに加えた。
また、果汁を凍らせたものを削り、生のフルーツをトッピングして販売する。そうすることで、フルーツに含まれるビタミンなどの栄養を取れるようにしたのだ。
開店時間ちょうどに、ヘレナが入り口のドアを開ける。
二日前に新メニューの告知をしていたためか、いつもより一時間早い開店にもかかわらず、カフェの前には常連客が列をなしていた。
「お待たせしました! 中へどうぞ~」
ヘレナが客を店内に誘導し始める。
リサとオリヴィアは席に着いた客にお冷を配り、注文を取っていく。
ほとんどの客が新メニューの水ようかんやかき氷を注文した。
水ようかんは外に面したショーケースに入れてあるため、そこから瓶ごと運び出して提供するだけだ。だが、かき氷は氷を削ってさらに盛り付ける必要があるため、注文が入るたびに厨房で作らなければならない。
「注文入りました。金時とメイチミルクのかき氷を一つずつです」
オリヴィアが厨房の入り口でオーダーを読み上げた。
それを聞いたアランが、元気よく返事をして動き出す。
「はいよー!」
まずは冷凍庫から普通の氷を取り出し、かき氷機にセットする。
そして氷の下にガラスの器を置き、かき氷機のハンドルを勢いよく回し始めた。
大きな氷の塊が回転し、シャリシャリと音をたてて削られていく。
結構力がいる作業なので、アランは歯を食いしばりながらハンドルを回す。
そしてあっと言う間に、白い氷の山が出来た。
今度は薄紅色の氷を冷凍庫から取り出し、かき氷機に設置する。イチゴに似たメイチというフルーツの果汁を凍らせたものだ。
その下に新しい器を置き、先程と同じように削っていく。
そうして二つ目の氷の山が出来上がった。
白い方にはたっぷりのみぞれシロップをかけ、つぶあんをトッピングしていく。
薄紅色の方にはスライスしたメイチの実をトッピングして、上から練乳をかけた。
「金時とメイチミルクのかき氷、あがりっす」
アランはホールに一番近い作業台の上にかき氷をのせ、一言かける。
すると、それに気付いたヘレナがホールに運んでいった。
一方、ジークは餡子作りに精を出していた。
販売に至るまで何度も試作したので、もう慣れたものではあるが、焦げないように注意深く鍋をかき混ぜる。
厨房内には豆の甘い香りが充満していた。
ホールでは、最初に水ようかんを注文した客が期待に目を輝かせていた。
「お待たせいたしました。新商品の水ようかんでございます」
朝一番に入店した三人組の女性客は、それぞれ違う種類のものを注文したらしく、黄色、薄緑色、ピンク色の水ようかんが各々の前に置かれる。
白い皿の上に鎮座している瓶入りの水ようかんを見て、三人は歓声を上げた。
「わぁ、色が綺麗!」
「ゼリーに似てるけど、ちょっと違うね」
「早く食べようよ~」
うずうずしながらスプーンを手に取った彼女たちは、左手で瓶を押さえて水ようかんを掬い上げる。そして一斉に口に運んだ。
「甘ーい!」
「思ったよりも食感がしっかりしてるね」
「面白い味!」
そんな風に感想を言い合うと、一口ずつ交換し始めた。
それぞれの水ようかんに驚いたり、感激したりしながら、にぎやかに食べている。
近くのテーブルでは、運ばれてきたかき氷を見たカップル客が、表情を明るくした。
「お待たせいたしました。金時とメイチミルクのかき氷です」
男性の方が金時、女性の方がメイチミルクを注文したようで、各々の前にガラスの器に盛られたかき氷が置かれる。
「すごいねぇ~」
メイチの赤とミルクの白で出来た可愛らしいかき氷に、女性がほう、と息を吐いた。
「どんな味がすんのかな?」
男性の方は初めて食べるつぶあんを前にして、期待のこもった声で呟く。
大きな木製のスプーンを手に取り、氷の山をそっと崩す二人。
そして氷とトッピングを一緒に掬い上げると、同時に口へ運んだ。
「ん~! メイチとミルクがどっちも甘くておいし~!!」
女性が冷たさに目をギュッとつぶってから、満面の笑みを浮かべた。
「この餡子? っていうのもうまい! ほどほどの甘さだから飽きがこなさそうだ!」
男性は冷静に分析する。
すると、女性は「ちょっとちょうだい」と一言告げるや否や、金時のかき氷をスプーンで掬って頬張った。
「本当だ! なんか優しい甘みで、上品な感じがするね」
甘酸っぱいメイチのシロップのようなパンチはないが、まったりとした甘さには、どこかほっとさせられる。
「俺にもメイチの方、食べさせて」
「いいよ~」
女性が器を男性の方にずらすと、彼はスプーンでそっと掬って頬張った。
「うん、こっちもうまい! 去年より味が濃い感じがするな」
「だよね! さっき店員さんが言ってたけど、今年はメイチのジュースを凍らせて削ってるんだって!」
「へぇ~、それでか。そういえば、値段もちょっと高くなったな」
「こんなにおいしいんだから、安いもんだよ!」
口々に話しながらも、二人の手はスプーンを何度も口へと運んでいく。
冷たさに頭がキーンとするのか、時折こめかみに手を当てつつも、あっという間にガラスの器を空にしてしまった。
新商品目当ての客が帰ると、今度はランチの客で店内がにぎわい始める。
ランチメニューは今日も夏野菜たっぷりの献立である。一つは先日お隣に差し入れたサラダうどん、もう一つはタコライス風のピリ辛ご飯セットだ。
近所に住む人や、職場が近くにある人などが続々と来店する。
そうしてランチセットはほぼ完売となり、ランチタイムが終わる二時になる頃には、店内はガランとしていた。
いつもであれば、入れ替わるようにしてお茶を楽しむ客が来店するのだが、今日からは違う。
入り口のドアに貼ってある営業時間変更のチラシの横に『休憩中。営業再開は夕方四時から』という貼り紙をして、リサはドアに鍵をかけた。
ヘレナとオリヴィアはテーブルに残っている食器を片付け始める。リサとジークとアランは四時からの営業再開に備えて足りないものを補充するとともに、明日の仕込みに取り掛かった。
営業時間を変えるのは初めての試みだが、リサが思っていたよりメンバーに動揺や戸惑いはなく、各々の仕事をこなしているうちに四時を迎えた。
四時以降も、遅いティータイムを楽しむために多くの客が来店した。
暑さはまだ続いているが、ピークであるお昼過ぎよりはだいぶマシだ。
二日前まではぽつぽつとしか埋まっていなかった席は、夕方の六時には満席となった。
七時少し前のまだ明るい時間に、リサがラストオーダーと閉店のアナウンスをする。
そして七時ちょうどに最後の客を見送り、カフェ・おむすびは一日の営業を終えた。
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