異世界でカフェを開店しました。

甘沢林檎

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4巻

4-1

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 プロローグ


 フェリフォミア王国の王都の一画。
 中心部からは距離があり、すぐ隣の区画が歓楽街であるそこには、学生や単身者向けの安いアパルトマンや個人経営の小さな商店が立ち並んでいる。
 ある程度の人通りはあるが、華やいだ感じやにぎやかさはない。
 そんな場所に、新たな店が出来ようとしていた。
 レンガ調の壁に、人目を引く赤いドア。その横の壁には小窓。
 それは、どこか既視感きしかんを覚えるたたずまいだった。
 店内では開店準備をしているのか、騒がしい声や物音が外まで響いている。
 その店の中から、一人の男が出てきた。
 くすんだ茶色の髪を後ろに流して整髪剤で固め、鼻の下に蓄えたひげは綺麗に整えられている。
 身にまとっているのは高級感のある三つ揃えの紳士服だ。財力を見せつけるかのように金の装飾があしらわれ、手や腕にも貴金属が飾られている。
 このごく庶民的な場所に建つ店には、全く似つかわしくない男だった。
 彼によって開け放たれたドアの向こうでは、多くの人々が動いているさまが見て取れる。
 男はまだ看板のない店の前に立ち、腕を組んで建物の全体を眺めた。
 そして、満足気にニヤリと笑う。
 その笑みは見るからに、下品でよこしまなものであった。


 同じ頃、王都の道具街。
 古い街並みに調和するようにひっそりと立つカフェ・おむすびには、今日も客がひっきりなしに訪れていた。
 それもそのはず、王都に知らない人はいないと言われるほど有名な店だ。これまで食べたことがないくらいおいしい料理が食べられると評判である。
 レンガ調の壁に、人目を引く赤いドア。右手にはガラスのショーケースがあり、その上には小窓があった。
 ショーケースには色とりどりのケーキが並び、道行く人の目と心を楽しませている。
 一人の客が赤いドアを開けて中に入ると、こぢんまりとした店内はたくさんの人で埋まっていた。

「いらっしゃいませ」

 ショートカットの女性店員が、すかさず声をかけてくる。
 そしてちょうど一人分だけ空いていたカウンター席に誘導し、メニューを手渡してきた。

「今日のランチメニューは、親子丼セットとグラタンセットの二種類です」

 知らない料理名に戸惑う客に、女性店員は笑顔で説明してくれる。
 その説明を聞いて、客はグラタンセットを頼むことにした。
 女性店員が注文を聞いた後に出してくれた水を、客は一口飲む。ただの水かと思っていたが、さわやかな風味があって口の中がすっきりした。
 どうやら柑橘類かんきつるいの果汁も少し入っているようだ。
 しばらくすると、黒髪を一つに束ねた女性がお皿を持ってやってくる。ショートカットの女性とは違ったデザインの制服を着ていた。

「お待たせいたしました。グラタンのランチセットです。熱いので気を付けて召し上がってくださいね」

 黒髪の女性店員はそう言いながら、お皿を客の目の前に置いた。
 大きいお皿の上には、手前に熱々のグラタン、右奥には瑞々みずみずしいサラダ、左奥には小さいうつわに入ったスープが置かれ、小さい丸パンまでついている。
 なんとも充実した一皿だ。
 客はまず、メインのグラタンにスプーンを差し入れる。ぐつぐつと音が聞こえてきそうなほど焼きたてだ。
 こんがりと焦げ目のついた表面を割ってすくうと、香りが一層強くなった。
 湯気の上がるそれに息を吹きかけ、冷ましてから頬張る。それでも咀嚼そしゃくすると中から熱が噴き出てきて、客はハフハフしながら味わった。
 濃厚なミルクの風味が口いっぱいに広がる。もちもちした食感のマカロニにソースがよく絡まっている。鳥肉や芋など他の具材もソースと絶妙にマッチしていて、おいしいという感想しかなかった。
 一口食べてからは夢中で食べ進め、あっという間に平らげてしまう。あれだけボリュームがあったのに、お皿の上には何も残っていなかった。
 支払いをした客は満足そうな表情を浮かべ、店を去っていく。
 そして、また新たな客がやってきて、その空いた席を埋めるのだった。



 第一章 みんなで行きましょう。


 フェリフォミア王国最大の祭りである春の花祭りが終わり、王都の浮き足立った雰囲気も消えた。人々は落ち着いた日常を取り戻しつつある。
 花祭りに屋台を出したカフェ・おむすびも、祭りの後に一日だけ臨時休業してから、通常の営業に戻った。

「そう言えばリサさん」
「んー?」

 カフェの開店準備中、カウンターテーブルを拭いていた女性店員が、思い出したように口を開いた。
 オレンジ色の髪をショートカットにした彼女は、ヘレナ・チェスター。カフェでは接客を担当しており、すらりとした体に、カフェの制服をスタイリッシュにまとっている。
 一方、ショーケースに色とりどりのケーキを並べながら返事をしたのは、長い黒髪を一つに結んだ女性だ。彼女はリサ・クロカワ・クロード。カフェ・おむすびの店主である。
 フェリフォミア王国では珍しい黒髪と、黒に近い焦げ茶色の瞳を持つ彼女は、この国の出身ではない。
 いや、そもそもこの世界のどの国の出身でもなかった。
 彼女はこの世界の創造主である女神によって、違う世界から連れてこられた人間なのだ。
 その事実は、彼女の養父母とカフェの従業員のみが知る秘密であった。

「花祭りのルルメールアリアでもらった副賞の使い道って決めたんですか?」

 ヘレナの言ったルルメールアリアとは、花祭りの最終日に行われたベストカップルを決めるイベントのことだ。
 リサはカフェのメンバーと、彼女が教鞭きょうべんをとる国立魔術総合学院の料理科の生徒たちによって推薦され、恋人のジークと共にそのイベントに参加したのである。
 結果、グランプリには選ばれなかったものの、カフェとして花祭りに大きく貢献したことが評価され、審査員特別賞に選ばれたのだった。
 その際にもらった副賞は、旅行券。ヘレナはそれの使い道が気になっているようだ。
 というのも、あと二ヶ月ほどで料理科の一年次が終わり、二ヶ月半の長い夏期休暇に入る。そして、この国では同じ時期に、仕事をしている大人も二週間ほどの夏休みを取るのが一般的なのだ。
 カフェ・おむすびも毎年夏は、二週間ほど休業している。
 春祭りの最中はまだ肌寒かったが、最近は暖かな陽気の日が多く、季節は初夏へ移り変わろうとしていた。
 そんな時期なので、そろそろ夏のバカンスの予定を立てようという人も多いはずだ。そのためヘレナも、この時期に副賞の旅行券を使うのではないかと考えたのだろう。
 だがリサは、ヘレナに指摘されて初めて気付いたように、「ああ、そう言えば」と呟いた。
 元の世界で社会人をしている頃は、二週間という長い期間休むことなどなかった。そのため、夏のバカンスという風習には未だになじめず、頭からすっかり抜け落ちてしまっていたのだ。

「旅行ね~」

 リサは並べ終えてからになったケーキのトレーを胸に抱え、中空を見つめて考え込む。

「早く決めて宿とか予約しないと、埋まっちゃいますよ~?」
「そうだよね。けど私、観光地とか全然知らないからな~」
「ジークさんに聞いたらいいんじゃないですか?」
「それが確実だね」

 ヘレナにかすように言われ、苦笑しながらリサは答えた。
 ちょうどその時、カウンターの奥から一人の男性が出てきた。

「もしかして俺のこと呼びました?」

 やってきたのはシルバーブロンドの髪に青い目をした青年だ。リサやヘレナとは微妙にデザインの違う制服を着ている彼は、ジーク・ブラウン。
 カフェでは調理を担当していて、リサと同じく学院の料理科で講師も務めている。そして前述した通り、リサとは恋人同士でもあった。

「呼んだわけではないんだけど、ヘレナにルルメールアリアでもらった副賞をどう使うか聞かれてね。それでジークくんに相談しようと思ってさ」

 リサの言葉を聞いて、ジークはなるほどといった風に頷いた。いつもながら感情が顔に出ない彼だが、出会ってからかれこれ四年も経つと、何を考えているかくらいはリサにもわかるようになっていた。

「旅行券ですか。……あ、少し思いついたことが……」
「ん? なになに?」
「ちょうどまかないが出来たんで、食べながら話しますよ。みんなにも聞いてほしいし」

 何か考えがあるらしいジーク。
 リサとヘレナはお互いに顔を見合わせた。


 カフェ・おむすびの二階はプライベートスペースになっている。
 かつてこの建物を使っていた店の主人が、住居として使用していたらしい。今はカフェのスタッフが着替えたり、賄いを食べたりするスペースとして、また備品倉庫としても活用していた。
 その二階のダイニングテーブルに、カフェ・おむすびのメンバーが勢ぞろいしていた。
 お誕生日席にリサ、その右隣にジーク、左隣にはヘレナが着席している。
 そしてジークの横には、ふわふわしたうぐいす色の髪が特徴的な青年が座っていた。彼はアラン・トレイル。リサやジークと同じく調理を担当している。
 彼はテーブルの上に並べられた賄いを前にして、ご飯を待ちきれない犬のようにそわそわしていた。
 アランの向かい側に座っているのは、ミルクティー色の長い髪を一つにまとめ、たれ目がちの目が印象的な女性だった。
 彼女はオリヴィア・シャーレイン。ヘレナと一緒に接客を担当するスタッフだ。
 カフェのメンバーの中では一番年上で子供がいることもあってか、みんなの良きお姉さん的な人物である。
 余談ではあるが、彼女はかなり豊かな胸の持ち主で、ヘレナがうらやましそうに見ていることが多々あった。
 そして最後に、カフェのメンバーではないが、リサの肩にちょこんと座る人影がある。二十センチほどの体に緑色のワンピースをまとい、それよりやや明るい緑色の髪をした女の子。
 彼女はバジルといい、リサと契約している精霊だ。
 本来精霊は食事を必要としないが彼女は例外らしく、かなりの食いしん坊。アランと同じようにまかない料理を早く食べたくて、リサの肩から若干身を乗り出している。
 ただ、そんな彼女の姿はリサにしか見えていない。

「じゃあ全員揃ったところで、いただきます!」
「いただきます!」

 リサの言葉に続き、全員が唱和して食事が始まった。
 開店準備が終わったら、全員で賄いを食べるのが毎日の習慣なのだ。

「わあ、今日の賄いはってるわねぇ」

 オリヴィアがメインの料理を見て楽しそうな声を上げた。

「あ、それは俺が作ったんです! ……といっても、考えたのはリサさんですけど」

 アランは得意げに言った後、気まずそうに笑って頭をいた。
 今日の賄いのメインは、トマトによく似たマローという野菜を使ったグラタン。
 マローの中身をくりぬいてうつわにし、丸ごと使っているので食べ応えも充分だ。少し焦げ目のついたチーズが食欲をそそる。

「昨日のランチで使ったホワイトソースが余ってたから、それを使ったんだよね」

 リサがそう補足した。

「この魚も、くさみが全然なくておいしい!」

 もぐもぐと咀嚼そしゃくしながらヘレナが絶賛したのは、白身魚の香草焼き。下味をつけた魚にハーブをまぶして、じっくり焼き上げた逸品いっぴんだ。ハーブの香りで魚特有の臭みが消されている。

「それはジークさんが作ったんですよ」
「さすがジークさん!」

 アランの言葉を聞いたヘレナはジークを見るが、彼はクールな表情のまま、シャキシャキとサラダを頬張っていた。
 今日のサラダは、さっぱりとした海藻のサラダだ。ミズウリというキュウリに似た野菜が入っているので、食感も抜群である。
 リサは和気藹々わきあいあいとしたメンバーの様子を微笑ましく眺めながら、スープを一口飲んだ。
 スープは塩味のあっさりした野菜スープ。グラタンと香草焼きの味が濃い目なので、スープで口直し出来るようにしたのだ。
 そのリサのすぐ横では、精霊のバジルが大きな口を開け、彼女の身長とほぼ同じサイズのパンにかじりついていた。
 外はパリパリ、中はふんわりのクロワッサンだ。パンはいつもヘレナの実家であるチェスターパン店からおろしてもらっている。
 この世界特有のカチコチパンしか作れなかったヘレナの父・ポールも、リサの指導によってメキメキと腕を上げた。たまにリサに助言をもらいにくるが、今ではリサよりも腕前は上だ。
 そのおかげか、代々続いてきた歴史ある店も、かつてないほど繁盛しているらしい。
 バジルは頬にパンくずをつけたまま、クロワッサンをおいしそうに頬張っている。彼女の小さな体のどこに消えているのかはわからないが、クロワッサンは既に三分の一がなくなっていた。
 この場で唯一バジルの姿を見ることが出来るリサは、一人引きつった笑みを浮かべる。
 リサの視線に気付いたのか、バジルが食べるのをやめて見上げてくる。

「マスター、どうしたんですか?」

 不思議そうな表情のバジルに、リサは頭を振ってみせた。

「何でもないよ」

 そう言って、バジルの頬についたパンくずを指で取ってあげる。バジルは「ありがとうございます!」と言い、再びクロワッサンにかぶりついた。
 リサは余計なことは考えないことにして、自分も食事を進める。

「そう言えばジークさん、さっき言ってた『思いついたこと』ってなんですか?」

 ヘレナが思い出したようにジークに問いかけた。

「さっきの話ってなんのこと?」

 その場にいなかったオリヴィアが首を傾げた。アランも同様に不思議そうにしている。

「さっきね、ルルメールアリアでもらった副賞をどう使うかって話をしてたんだ」

 リサが二人に説明すると、彼女たちはああ、と頷く。

「リサさん、まだ使い道を考えてなかったらしいんですよ。それでジークさんに聞いたら、何か考えがあるみたいで」

 ヘレナがそう言ったので、全員の視線がジークに向けられた。
 彼は口の中のものを呑み込んでから話し始める。

「その旅行券を使って、カフェのメンバー全員で旅行に行くというのはどうだろうか?」

 ジークの言葉に、他の四人はキョトンとする。
 ややあって、オリヴィアが口を開いた。

「全員でって……それはリサさんとジークくんがもらった物でしょう?」
「そうっすよ! お二人で旅行した方がいいんじゃないですか?」

 アランもオリヴィアに同調して言う。
 だが一人、ジークの提案に飛びついたのはリサだった。

「それいいかも!」

 明るい声を上げたリサに、ジークは一つ頷いてみせてから、再び口を開く。

「そもそも俺たちがルルメールアリアに出られたのは、みんなが推薦してくれたからだ。それに特別賞をもらえたのも、カフェの全員で祭りに貢献したからだと思う」

 ジークの説明を聞きながら、リサはうんうんと首を縦に振った。
 一方、他の三人はやや困ったような表情を浮かべる。その顔からはリサとジークの邪魔になるのではないかという配慮がうかがえた。
 そんな三人に、リサは笑顔で提案する。

「私の世界には慰安いあん旅行といって、働いている人たちをねぎらうために、会社が旅行に連れていくっていう習慣があるんだ。今回のもそれと同じで、私から日頃頑張っているみんなへの、せめてものお礼と思ってもらえたら嬉しいな。花祭りでも頑張ってくれたしね!」

 リサがそう言うと、ヘレナとアランは表情をゆるめて頷いた。
 だが二人と違い、オリヴィアの顔は困惑したままだった。

「あの、リサさん」
「どうしたの? オリヴィア」
「お話はすごく嬉しいんですけど、私には息子がいるから……」
「もちろんヴェルノくんにも参加してもらうに決まってるから!」

 シングルマザーのオリヴィアは、今年七歳になる息子のヴェルノを残して旅行に行くわけにはいかず、断ろうと思っていたようだ。
 だがリサは最初からヴェルノも連れていくつもりだったので、全く問題なかった。
 リサの言葉を聞いてほっとしたのか、オリヴィアにも笑顔が戻る。
 そして彼女は、早くもヘレナと二人で旅行話に花を咲かせ始めた。
 流行に敏感で、人気の観光地にも詳しいヘレナとオリヴィアを中心に行き先を決めることにする。

「みんなで楽しめるところとなると……悩みますね~」

 ヘレナが腕を組んで、うーんとうなる。

「そうねぇ、旅先で何をするかによっても変わってくるし」

 オリヴィアも頬に手を当てて悩み出す。
 そんな二人を眺めながら、リサがポツリとこぼした。

「こっちの世界の人って、夏に海水浴とかしないの?」

 それを聞いて、ヘレナとオリヴィアが同時にリサを見る。

「良いですね! 海水浴!」
「そうね! なかなか出来ないことだし、夏にぴったりでいいんじゃないかしら」

 二人は明るい表情で声を弾ませた。

「海水浴となると、やっぱり隣国のスーザノウルかしらね?」

 オリヴィアが候補地を挙げると、ヘレナも同意する。

「そうですね、ちょっと遠くなっちゃいますけど」

 一方、それを聞いたリサは首を傾げた。

「あれ? この国も海に面してるよね? それなのに、なんでわざわざ隣の国に行くの?」

 食材を仕入れる関係で、海産物がとれる港町の名前をいくつか知っているリサは、疑問に思ったのだ。

「ああ、それはですね。フェリフォミア王国にも海はありますが、海岸は岩場が多くて海水浴には向かないんです。スーザノウルは砂浜が多いので、海水浴場になっているビーチがたくさんあるんですよ」
「なるほど~」

 ヘレナの説明に、リサは納得した。

「リサさん、隣国となると旅費がかさんでしまいますけど、大丈夫ですか?」

 オリヴィアが心配そうな面持ちでリサに尋ねた。
 カフェのメンバーの中では唯一自らが家計を切り盛りしている彼女だからこそ、そういった現実的な問題がすぐさま頭に浮かんだのだろう。
 ただでさえ従業員ではない息子を同行させてもらうこともあり、費用の面でリサに負担をかけてしまうことを彼女は危惧きぐしていた。

「何かあった時のために貯めていた資金もあるから、そこは心配しないで! 私の思いつきで始めた花祭りの屋台でみんながすごく頑張ってくれたから、そのお礼だと思って楽しんでよ。ね?」

 リサが安心させるように笑顔で言ったので、オリヴィアは幾分か安堵する。
 それでも、なるべくお金がかからないプランを考えようと、こっそり決意した。
 カフェの開店時間が近づいてきたこともあり、慰安いあん旅行の話はそこで切り上げ、メンバーは一階に向かうのだった。



 第二章 期待がふくらみます。


 慰安旅行の準備は、ヘレナとオリヴィアが中心となって進めていった。旅行先が国外であるため、出国の手続きもしなければならない。その関係で日程を最初に決め、役所への届け出も早々に行う。
 旅行に行くのは二ヶ月以上も先だが、徐々に現実味を増していく旅行計画に、カフェのメンバーはどこか浮足立っていた。
 そんな中、カフェ・おむすびに災難ともいえる出来事が近づきつつあった。
 それは、花祭りから一週間ほど経った頃のこと。

「こんにちは~」
「アンジェリカ、いらっしゃい」

 お昼のピークが過ぎるのを見計らってやってきたらしい女性客の声を聞き、カウンター内にいたリサはカップをしまう手を止め、顔を上げた。
 ボリュームのある蜂蜜色の髪をポニーテールにし、ワンピースの上に臙脂色えんじいろのエプロンをつけた彼女の名は、アンジェリカ・サイラス。
 カフェの隣に立つサイラス魔術具店の看板娘であり、こうしてたびたびカフェに休憩しにやってくる常連客だ。
 最近はあまりないが、開店当初はたまに手伝ってくれていたこともあり、カフェのメンバーにとっては頭が上がらない存在でもあった。
 アンジェリカはリサに気付くと、カウンターの空いている席にいそいそと座る。

「リサ! 今日はこっちにいるんだ」
「うん、今日は午前の授業だけ担当だったから」

 カフェと料理科の講師を掛け持ちしているリサだが、今日は朝一の授業のみ担当だったので、昼からはカフェの仕事にいそしんでいた。その代わり、今はジークが学院で教えている。

「アンジェリカこそ、店番はいいの?」

 いつもカフェに来る時は外しているエプロンを今日はつけたままだということに気付いたリサが、アンジェリカに問う。

「ああ、ちょっとだけ抜け出して来たの」

 アンジェリカはそう言うと、お茶だけを注文した。
 リサはカウンター内で手早くお茶をれて、彼女の前に差し出す。


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