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2巻

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 リサがテーブルに着くと、侍女の皆さんが朝食を運んできてくれたので、三人揃って食べ始める。それぞれの今日の予定などを話していると、ギルフォードが思い出したかのように「あっ」と声を上げた。

「そうだ。リサちゃん、明日はカフェの定休日だよね?」
「はい、そうですけど」
「予定あったりする? あったらあったで全然いいけど」
「特にありませんけど、何かあるんですか?」

 それを聞き、ギルフォードはなぜかがっくりと肩を落とした。
 リサとアナスタシアはわけがわからず、二人で顔を見合わせる。

「ロイズのやつが、リサちゃんに話があるから家に来るって言っててさ~」
「ロイズさんがですか?」

 ロイズ・ウォーロックは王宮の文官省の長官で、ギルフォードの友人だ。仕事の好き嫌いが激しいギルフォードをいさめられる、数少ない人間でもある。
 お互いに何だかんだ文句を言いつつも学生時代からの付き合いというのだから、仲は悪くないのだろう。

「それが、何の話かは全然教えてくれなくて。どうも、ろくでもない話のような気がするんだよね~」
「私に話ということは、王宮会談のときみたいな依頼でしょうか?」
「う~ん、どうだろうか」
「とにかく、聞いてみるしかないんじゃないかしら。私もロイズさんに会うのは久々だから、夕食も召し上がっていただいたら?」

 アナスタシアがにこにこして提案すると、ギルフォードは「えぇ~」と嫌そうな声を上げた。だがアナスタシアが「んん?」と笑顔で畳みかけると、渋々ながらうなずいた。
 結婚してからもいろいろあるようだ、と二人の力関係を垣間かいま見たリサは思った。


 リサは、いつもと同じように中央広場のマーケットをのぞきつつカフェへ向かった。午前中だけ開かれるマーケットには、その日とれた新鮮な野菜や果物、魚介類などが並ぶ。
 特定の季節にしか出回らない食材や珍しい輸入品など、来るたびに発見があった。それらについて店員と会話するのも楽しく、どんな料理に使おうかと想像が膨らむ。
 普段、カフェで使っている食材はアナスタシアの実家であるアシュリー商会から定期的に仕入れているが、ごく限られた農家でしか作っていない食材などは、ここで購入している。
 野菜と果物を何種類か買ってカフェに向かう途中、ヘレナと会った。「昨日は遅くまでありがとうございました」とお礼を言った彼女は笑顔だったので、リサは安堵あんどする。
 それどころか、「新しい彼探さないと!」と早くも意気込んでいた。
 その直後の、「リサさんも急がないとき遅れますよ~」という言葉は余計なお世話だったが……
 リサ達のすぐ後に出勤してきたジークも、いつもの調子を取り戻したヘレナを見て、ホッとしたようだった。
 その日はヘレナが食器を割ることもなく、無事に営業を終えた。


 翌日の定休日。ロイズがクロード家を訪れた。
 彼は白いシャツに棒タイをしめ、かっちりとした黒いジャケットを羽織はおっていた。長めの濃紺のうこんの髪を後ろでまとめ、切れ長の目にシルバーフレームの眼鏡めがねをかけている。
 執事のレイドに案内されて応接室へやってきたロイズは、けわしい表情のギルフォードをスルーして、アナスタシアに挨拶あいさつする。

「本日はお忙しいところ、お邪魔して申し訳ない」

 後ろで「本当にな!」と声を上げたギルフォードをひとにらみで黙らせたアナスタシアは、淑女しゅくじょらしく綺麗な礼でロイズを迎えた。
 四人でソファに座るとアナスタシアとロイズを中心に世間話のような会話が始まり、なごやかな時間が流れる。
 ギルフォードがやや落ち着いたところをみはからって、アナスタシアが本題を切り出した。

「それで、リサちゃんにお話があるとうかがいましたけど、どういった内容なのかしら? 私達は聞かない方がいいの?」
「いえ、むしろ同席していただいた方がよろしいかと。実は先日、議会で国立学院の専門課程を増やすことが決まりまして」
「ああ、そういえばそんな話があったな」

 ギルフォードが思い出したように言うと、ロイズはうなずく。

「学院の専門課程っていうと、魔術師科とか騎士科とかですよね?」

 リサは、おぼろげな知識を引っぱり出す。フェリフォミア国立総合魔術学院――通称国立学院は、魔術の専門知識やそれを活用できる分野について学べる学校だ。十歳から十二歳までは初等科といわれる基礎学科で学び、十三歳から十五歳でより専門的な課程に進むらしい。

「ええ。現在は魔術師科、魔術具科、騎士科、一般教養科の四コースがあります。今回、新たに料理科を作ろうという話になっているんですよ」
「料理科ですか?」

 リサが驚いて聞き直すと、ロイズは続けて答える。

「事の発端は昨年の王宮会談です。晩餐ばんさん会の料理と舞踏会の軽食を用意するにあたってリサ嬢にご助力いただき、大成功させることが出来たのですが、あの後、他国からかなりの数の申し入れがあったのですよ。料理人を我が国に留学させて、料理を学ばせたいと」
「まあ、そんなことが!」

 アナスタシアも驚き、目を見開いた。
 カフェに料理人がやってきて料理を教えてほしいと言われることはよくあるが、まさか国家レベルでそういう話があったとは、リサも知らなかった。
 同時に、数ヶ月前からカフェにやってくるようになった少年の顔が頭に浮かんだ。
 料理を学びたいと訴えてきた少年。
 彼が国立学院の初等科を卒業するまでにその意志が変わらなければ、何かしらの道を用意すると約束した。学院に料理科が出来れば、それを叶えられる。

「けれど、学院の専門課程は十三歳から十五歳の子供が学ぶのでしょう? その歳だと、料理を勉強するには早すぎる気がするのだけど……」

 アナスタシアが気遣わしげに言う。
 確かに、とリサも思った。
 今しがた思い浮かべていた少年は現在十一歳のはずだが、その聡明そうめいさは年齢とかけ離れているので問題はないかもしれない。
 けれど年相応の子供として彼の幼馴染おさななじみの少女をイメージしてみると、料理を専門的に学ぶには早いと思われる。
 だがそこで、ふと自分の学生時代を思い出す。
 学院の専門課程の生徒は、リサが元いた世界では中学生の年齢に当たる。
 リサが中学生だった頃、家庭科で調理実習があった。それどころか、小学校の高学年で、既に調理実習をしていた。
 そう考えると、国立学院の専門課程に料理科を設立するというのも無理なことではないような気がしてくる。

「いえ、教える側の配慮次第では無理ではないと思います」

 リサが家庭科の調理実習の話をすると、他の三人は興味深そうに聞いた。

「なるほど。それと今の話から推測するに、リサ嬢のいた世界の教育機関では、様々な学問を総合的に学べるようになっているようですね」
「そうかもしれません。深く考えたことはなかったですが……」
「興味深い。ぜひとも詳しく教えていただきたいが、今はやめておきましょう。本日うかがった目的は、その料理科を設立するにあたって、リサ嬢にご協力をお願いするためです。我々としては、リサ嬢を顧問こもんとして計画を進めたいと考えているのです」
「えぇ! 私がですか!?」


 リサは驚き、他に適任の人がいるんじゃないだろうかと心配になる。

「王宮の料理長であるマキニス氏にも打診しましたが、リサ嬢が適任だと断られました。まずはリサ嬢に声をかけて来いとね」

 ロイズはリサの考えを読んだように、そう言った。

「私も、マキニス氏の意見に賛成です。しかも、リサ嬢には調理実習という授業のご経験があるという。設立後は教鞭きょうべんを取っていただきたいとも考えていたので、やはりぜひともお願いしたい」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください! 私にはお店があるし、無理ですよ! 今でも三人でいっぱいいっぱいですし!」
「そうだぞロイズ! 勝手なこと言うなよ!」

 焦りのあまりどもってしまうリサに、それまで無言をつらぬいていたギルフォードも加勢した。もっとも彼は話そのものよりも、ロイズ個人にいちゃもんをつけたいようではあるが。
 すると、すかさずアナスタシアが「あなた黙って」と一喝いっかつしたので、彼はすぐに大人しくなった。

「戸惑われるのはもっともですし、そうおっしゃるのも予想していました。答えはすぐでなくて構いません。何しろ料理科設立は、早くとも再来年度ですから、今からだと二年弱はあります」

 二年弱という言葉を聞いて、リサの肩の力が抜けた。確かに新しい科の設立が、すぐというわけにはいかないだろう。

「それもそうよね。授業の内容も一から考えなきゃいけないわけだし、お料理するための設備も必要よね」
「ええ、授業内容については門外漢もんがいかんなのでなんとも言えませんが、設備に関しては老朽化ろうきゅうかして使われなくなった棟を取り壊して新しい棟を建てる計画で、その予算も既に確保済みです」
「あら、もう準備万端なのね」
「どうせ、お前が口八丁で予算をもぎ取ったんだろ」
「毒にも薬にもならない事業にてるぐらいならば、未来ある子供の教育に使う方が、よっぽど有益だからな」

 苦々しい顔で吐き出したギルフォードの言葉を、ロイズは涼しい顔で流す。
 本当にもぎ取ったんだ……と、リサとアナスタシアは苦笑した。

「そういうわけで、ご検討いただきたいと思います」

 ロイズはそう言って話を締めくくった。


 その後、ロイズを交えての晩御飯となった。
 不機嫌だったギルフォードもその頃には機嫌を直しており、四人でなごやかに会話をしながら食事した。
 ロイズはリサの世界の教育課程についてあれこれ質問し、ギルフォードとアナスタシアもそれに乗じてリサの幼い頃の思い出を聞いた。
 逆にリサも、ギルフォードとロイズの学生時代の話を聞くことが出来た。
 食事の間は、料理科の話は出なかったので、心おきなく楽しい時間を過ごしたのだった。



 第四章 リサも悩みます。


 ロイズから料理科設立の話を聞いた翌日。
 リサは久々に、王宮の厨房ちゅうぼうを訪れていた。
 目的は、料理長を務めるイアン・マキニスに会うこと。
 ロイズは初め、彼に料理科の話を持っていったと言っていたし、マキニスは長年、王宮の料理人を育てている。
 これまで数十人もの料理人を指導してきた彼は、自分よりもよっぽど料理科の顧問こもんに適任だとリサは思っていた。

「こんにちはー」

 リサが厨房に顔を出すと、彼女のことを見知っている料理人達が、元気よく挨拶あいさつしてくれた。

「リサさん、今日はどうしたんですか?」

 一人の料理人が、突然やってきたリサに不思議そうにたずねる。その目には、ほのかな期待のようなものも表れていた。

「ちょっと料理長に話があってね。これからカフェの営業だから、長くはいられないんだけど」
「そうなんですかー」

 いかにも残念と言わんばかりの彼の反応を、申し訳なくも嬉しく思い、リサはついフフっと笑ってしまう。
 彼はすぐに気を取り直し、「料理長呼んできますね!」と犬のように飛び出していったので、リサはますます笑ってしまった。
 ほどなくして、彼はだいぶ年上の料理人を連れてきた。

「久しぶりだな~、来ると思ってたよ」
「ご無沙汰ぶさたしてます、マキニスさん」

 コック服を着ていなければ、とても料理人とは思えないがっしりとした体格の男性。彼が、イアン・マキニス料理長だ。
 彼は、少しの間厨房を離れると部下に言い、リサをともなって外に出た。

「すまんな、こんなところで」
「いえ、私もこれからカフェの営業なので、ゆっくりお話するというわけにはいきませんから」

 マキニスとリサは、通用口の横に無造作に積まれている木箱に腰かけた。

「あれだろ? 料理科設立の話」
「そうです。断ったんですって? マキニスさん」
「ああ、俺よりもリサ嬢の方が適任だと思ったからな」
「私はマキニスさんの方が適任だと思います。長年、料理長として新人を指導してきたご経験もありますし」
「まあ、そこはな。けど、ここに入るのはとっくに成人した奴らばっかりだ。学院の専門課程で教えるのは、それより三つ以上も年下だろ? そんな子供に教えたことはないし、第一ビビられるだろうしな」

 彼が冗談めかして言ったので、リサはつい噴き出してしまった。
 マキニスは、その体格もさることながら、顔もいかつい。筆で描いたかのような太い眉。鋭い眼光。持ち前の低い声で怒鳴られたら、子供などひとたまりもないだろう。
 こないだ生まれた孫にも初対面でぎゃんぎゃん泣かれたとなげくので、リサは笑いが止まらなかった。

「ま、俺の見てくれはともかく、リサ嬢の方が向いているよ。といっても、もちろん俺も協力するぜ。カフェの従業員は増やさなきゃならんだろうが、今から準備すれば十分間に合うと思うぞ」

 さとすように言われたリサは、曖昧に笑った。
 お互い仕事があるため、あまり長くは話せなかったが、リサの心は少し軽くなった。ただ、それでも困惑したままであり、憂鬱ゆううつな気分で出勤した。


「リサさん、こぼれてますよ」

 そのジークの声で、リサは我に返った。
 水を注いでいた鍋は、満杯どころか既にあふれている。
 リサは慌てて水を止めたが、どのくらい無駄にしたんだろうと後悔した。

「大丈夫ですか? この間はヘレナでしたが、今日はリサさんの気持ちがどこかに飛んでますね」
「あはは、ごめんね」

 ジークから心配そうな視線を向けられ、リサは苦笑する。
 そのとき、ヘレナが空いたお皿を持って厨房ちゅうぼうにやってきた。

「どうしたんですか?」

 調理の手を止めている二人を、ヘレナは見つめる。

「いや、リサさんがこの間のヘレナみたいにうわそらだったから、俺もどうしたのかと思って」
「ええ! リサさん、もしや恋ですか!?」

 リサの方に身を乗り出すヘレナ。その目はきらきらと輝いている。

「え!」

 リサが否定しようとすると、その前にジークが驚きの声を上げた。

「……いや、違うけど……」

 リサがぼそりと言うと、ヘレナとジークは同時に「はぁ」とため息をいた。
 二人の反応に、リサは首をかしげる。
 なーんだ、と残念そうに言って、ヘレナは厨房ちゅうぼうを出ていった。

「どうしたの、ジークくん」
「いや、なんでもありません」

 そう言って、ジークもそそくさと自分の仕事に戻っていく。
 ――なんなんだ、この二人……
 リサはもう一度首を傾げてから、気合いを入れ直して、目の前の仕事に集中した。


「料理科、ですか」

 カフェの閉店後、リサはヘレナとジークに料理科設立の件を話した。
 マキニスからも二人には話した方がいいと言われたし、自分だけの問題ではないと思ったからだ。

「すごいですね! 国立学院に専門課程が新しく出来るのって、何十年ぶりとかじゃないですか?」
「私もよくわからないけど、そうみたいだね」
「ジークさんは、あそこの騎士科を卒業したんですよね?」
「ああ」
「あれ、ヘレナは?」
「私は学院じゃなくて、中央女子学校を卒業しました」
「へぇ~、そうなんだ。女子学校ってことは、女の子ばっかりか」
「そうですよ。うちは父親だけだから、ちゃんと女の子らしいことを勉強して来いって言われて……本当は、学院に通いたかったんですけどね」

 ヘレナが言うには、ジークの母校であるフェリフォミア国立総合魔術学院とヘレナの母校であるフェリフォミア中央女子学校の他にも、学校はいろいろあるようだ。
 ただ、国立学院は他の学校よりもレベルが高く、就職率も高いらしい。国の要職についている人の多くが、学院の出身だと言う。

「そんなすごい学校だったんだね……」

 それを聞いて、リサはますます今回の話が自分には重すぎると感じた。

「その料理科を設立するのに私が顧問こもんになるなんて、やっぱり無理だよ……」
「ええ!?」

 頭を抱えるようにつぶやいたリサの言葉に、ヘレナとジークは驚愕する。

「すごいじゃないですか。リサさん!」
「へ?」

 ネガティブな方向に考えているリサと正反対に、ヘレナは明るい声で言った。

「去年の各国王宮会談でも大活躍だったから、当然という気もしますけど、すごいです! リサさんの料理が認められてるってことですよね!」

 まるで自分のことのように喜び、笑顔ではしゃいでいるヘレナを見て、リサは呆気にとられた。そんな反応をされるとは思わなかったのだ。
 ジークも納得したようにうなずく。

「そうですね。新たに設立するということは、国家として食事情の改善に力を入れるということでしょう。リサさんがこの店を開いた目的とも合致しますし、願ってもないことではないですか?」

 確かに、ジークの言うことはもっともだ。
 そもそもこのカフェ・おむすびは、リサが元いた世界とあまりに違う食事のレベルにショックを受け、その改善のために開いたのだから。

「料理科が出来ること自体は喜ばしいけど、私を中心にっていうのは無理でしょ。この店だけでもいっぱいいっぱいだし……」

 明らかに、キャパシティーを超えている。リサは二人が思っているほど、大した人間ではない。
 リサの料理の知識や技術は、元の世界では取るに足らないもの。
 けれど、こちらの世界では違う。新しい味だ、斬新な調理法だと賞賛される。
 初めのうちは素直に嬉しかったし、クロード家の人達やカフェのお客さんに笑顔で食べてもらえると、作ってよかったと心から思えた。
 一時期は、「こんなに喜んでもらえるなんて、自分はなんて良いことをしているのだろう」とおごってさえいたのだ。
 けれど、その後にやってきたのは底知れない恐怖だった。
 新しいものが出れば、元あったものは古くなる。当たり前のことだが、リサはそれを改めて思い知らされた。
 ――カフェを始めて一年。
 ありがたいことに常連客も出来た。彼らがカフェの料理を好んで通ってくれるのはもちろん嬉しい。
 けれども、彼らは次第に既存のメニューに飽きてくる。
 来店するやいなや、まず新メニューはあるかと聞かれ、リサは新しい味を求められていることをひしひしと感じていた。
 寄せられる期待と、そのプレッシャー。
 いつまでやれば、どこまでやれば……
 問題から目をそむけていても、心のどこかでもう一人の自分がなげいている気がしていた。
 浮かない顔のリサをよそに、やや興奮気味のヘレナが「ハイ」と言って手を上げる。

「やっぱり、これを機に従業員を増やすべきじゃないですか? ほら、私も結婚して仕事を辞めるかもしれないし」
「ヘレナ、結婚するのか?」
「いつかですよ、いつか! 彼にはこの間フラれたばっかりだから、当分ないですけどね」
「あのときぼーっとしていたのは、それが原因だったのか」

 ジークの言葉にあはは、と笑いを返したヘレナに、あの日の陰はない。
 吹っ切れたんだな、と思い、リサは安心した。

「ヘレナの結婚は置いといて、従業員を増やすのは俺も賛成です。いつまでもこの三人でというのは難しいと思います。もし、このうちの誰かが病気にでもなったら、店は回らないでしょうから」
「うん、それもそうだね」

「私の結婚は置いといてってなんですか!」と憤慨ふんがいするヘレナを、リサは笑いながらなだめる。
 そして夜も遅いからと、それぞれ家路についた。


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