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リズベルト
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「リズベルト。ちょうどよかった」
人垣をかき分け、男が一人、駆け来た。
男――リズベルトは、朱っぽい金髪を跳ねさせ、屈託ない人懐こい笑顔をシアンに向ける。
「リズと呼んでくれ、といつも言っているのに。――会えて嬉しいよ、シアン」
さりげなく男はシアンに身を寄せ、茶目っ気たっぷりに翠緑色の瞳をウィンクしてみせた。
「………」
胡散臭い、というのが少女が抱いた男への第一印象だった。
セレインが胡乱気に男を観察していると、送られた本人がこちらに視線を向ける。
「ん? あれ、そちらのお嬢さん方は? 初めて見る顔だけど」
ひょいと器用に片眉を上げて問う。
「貰った」
「あ? 貰った?」
「挨拶して」
驚いた様子の男を完璧にスルーしたシアンに促され、少女はぎこちなく挨拶する。
「……………お初お目にかかります。『黒蛇』が【奴隷】セレインでございます」
間が空いてしまったのはご愛嬌、だ。間が空いてしまったこと以外はいつものように、完璧なカーテシーを披露できたと思う。服装がくたびれた黒シャツに引きずるような長さの黒い外套なのが、極めて残念だが。
弟も続いて挨拶する。
「同じく、『黒蛇』が【奴隷】エリウスでございます」
彼も軽く膝を折って、紳士にふさわしい挨拶をした。
「……貴族のお嬢ちゃんお坊ちゃんでも攫ってきたのかい?」
だが、これがいけなかった。
(しまった……っ!)
余計な疑いを駆けられた。
【奴隷】だと名乗る、ズルズルの黒衣をまとった子供が、貴族のような挨拶をするわけがない。
少女は強張らせた顔をうつむける。怯えからか色の失せた唇を引き結んだ弟と、目があった。
一方で、寝起きでまだまだぽやっとしている彼女の主人は、一つ首を振った。
「――マザレスの一団から、貰った」
「いや―――いやいやいや。それだったら人攫いにあった貴族の子女で間違いないじゃないかっ!?」
「………そうか?」
「変なところで鈍いなぁっ!」
これ以上突っ込まないでほしい、とセレインは切実に思った。
額から冷や汗が伝うのが分かる。
「こんなきれいなお辞儀ができる娘が【奴隷】にいるかよ」
「そういうもの?」
「そういうものっ!」
とぼけた様子のシアンに沸を切らしたのか、リズベルトは語気を強めた。
「ふぅん」
「ふぅんって、シアン――あんたね……」
「軍からは許可をもらっている」
「マジかよ」
「合法」
「ごっ――え? 嘘だろ……」
愕然とした様子のリズベルトに、シアンは追い打ちをかける。
「ね?」
「はい。わたくしどもは、『黒蛇』様の【奴隷】にございます」
「ほら」
「こんな堂々としている【奴隷】も珍しいわ」
男は脱力したようだ。反論する気も失せたと思われる。
ほっと胸をなでおろした姉弟だった。
「……で? ちょうど良かったって何さ?」
これ以上続けるのも馬鹿らしいと、リズベルトは話題を変える。
「ああ、服を」
「服? コイツらのかい?」
シアンは一つ頷いた。
「ん? え、もしかして、その外套の下って……」
怖いものでも見るように、リズベルトの視線が姉弟に向く。エリウスは。居心地が悪そうに身動ぎした。セレインは不快げに眉をひそめる。
「シャツを着せてる……私の」
「一枚?」
「多分?」
「た、多分……。俺は今、憲兵を呼ぼうかどうか、本気で迷っている」
「不可抗力だった」
「その言い訳が通じると本気で思っているんだったら、もう一回一から常識を学んでこい」
胡散くさいが良識は持っているようだと、セレインはリズベルトへの評価を少し修正した。
「通じたら良い」
「いくら無能だからって、そこまでナメられてる軍の奴らに俺は同情する」
「事実」
「もっと可哀相だよ」
やれやれ、と男は肩をすくめた。
「それで? 姉貴の店に行く途中だったわけか」
「そう」
男の姉の店は、仕立て屋だろうかと少女は当たりをつける。
リズベルトは数秒躊躇ってから、口を開いた。
「―――案内を頼みたいと」
頭領はいい笑顔だった。
「……。いい加減、店までの道を覚えても良いんじゃないか……?」
「善処する」
「シアンの善処は全っ然アテにならないが、まあ期待しないで待ってるよ………。全く、道の無い海はあんなに自由自在に駆け回れるのに、途端、陸に上がるとコレだからなぁ」
男の口ぶりから、どうやら似たようなやり取りをもう何度も繰り返していることが窺えた。
頭領とこの男は親しいのだろうか、とセレインは考える。胡散くさいが、頭領と仲がいいのなら、邪険にするのやめておいたほうが良いかもしれない。胡散くさいが。
「わかった、案内する。―――姉貴の店の売上は俺の売上でもあるからな」
「?」
どういう意味だろう、とエリウスは大人たちの会話を興味深そうに聞いていた。頭領と出会ってまだ一日足らずしか経っていないが、この人ととも生きることは、きっと知らないことを知る機会にあふれているんだろうな、と予感していた。知らず知らずに胸が高鳴るのを感じる。一昨日まで陰鬱な未来しか思い抱けなかったのが嘘のようだった。
「そうと決まれば、とっとと行こう。日が暮れちまう」
人垣をかき分け、男が一人、駆け来た。
男――リズベルトは、朱っぽい金髪を跳ねさせ、屈託ない人懐こい笑顔をシアンに向ける。
「リズと呼んでくれ、といつも言っているのに。――会えて嬉しいよ、シアン」
さりげなく男はシアンに身を寄せ、茶目っ気たっぷりに翠緑色の瞳をウィンクしてみせた。
「………」
胡散臭い、というのが少女が抱いた男への第一印象だった。
セレインが胡乱気に男を観察していると、送られた本人がこちらに視線を向ける。
「ん? あれ、そちらのお嬢さん方は? 初めて見る顔だけど」
ひょいと器用に片眉を上げて問う。
「貰った」
「あ? 貰った?」
「挨拶して」
驚いた様子の男を完璧にスルーしたシアンに促され、少女はぎこちなく挨拶する。
「……………お初お目にかかります。『黒蛇』が【奴隷】セレインでございます」
間が空いてしまったのはご愛嬌、だ。間が空いてしまったこと以外はいつものように、完璧なカーテシーを披露できたと思う。服装がくたびれた黒シャツに引きずるような長さの黒い外套なのが、極めて残念だが。
弟も続いて挨拶する。
「同じく、『黒蛇』が【奴隷】エリウスでございます」
彼も軽く膝を折って、紳士にふさわしい挨拶をした。
「……貴族のお嬢ちゃんお坊ちゃんでも攫ってきたのかい?」
だが、これがいけなかった。
(しまった……っ!)
余計な疑いを駆けられた。
【奴隷】だと名乗る、ズルズルの黒衣をまとった子供が、貴族のような挨拶をするわけがない。
少女は強張らせた顔をうつむける。怯えからか色の失せた唇を引き結んだ弟と、目があった。
一方で、寝起きでまだまだぽやっとしている彼女の主人は、一つ首を振った。
「――マザレスの一団から、貰った」
「いや―――いやいやいや。それだったら人攫いにあった貴族の子女で間違いないじゃないかっ!?」
「………そうか?」
「変なところで鈍いなぁっ!」
これ以上突っ込まないでほしい、とセレインは切実に思った。
額から冷や汗が伝うのが分かる。
「こんなきれいなお辞儀ができる娘が【奴隷】にいるかよ」
「そういうもの?」
「そういうものっ!」
とぼけた様子のシアンに沸を切らしたのか、リズベルトは語気を強めた。
「ふぅん」
「ふぅんって、シアン――あんたね……」
「軍からは許可をもらっている」
「マジかよ」
「合法」
「ごっ――え? 嘘だろ……」
愕然とした様子のリズベルトに、シアンは追い打ちをかける。
「ね?」
「はい。わたくしどもは、『黒蛇』様の【奴隷】にございます」
「ほら」
「こんな堂々としている【奴隷】も珍しいわ」
男は脱力したようだ。反論する気も失せたと思われる。
ほっと胸をなでおろした姉弟だった。
「……で? ちょうど良かったって何さ?」
これ以上続けるのも馬鹿らしいと、リズベルトは話題を変える。
「ああ、服を」
「服? コイツらのかい?」
シアンは一つ頷いた。
「ん? え、もしかして、その外套の下って……」
怖いものでも見るように、リズベルトの視線が姉弟に向く。エリウスは。居心地が悪そうに身動ぎした。セレインは不快げに眉をひそめる。
「シャツを着せてる……私の」
「一枚?」
「多分?」
「た、多分……。俺は今、憲兵を呼ぼうかどうか、本気で迷っている」
「不可抗力だった」
「その言い訳が通じると本気で思っているんだったら、もう一回一から常識を学んでこい」
胡散くさいが良識は持っているようだと、セレインはリズベルトへの評価を少し修正した。
「通じたら良い」
「いくら無能だからって、そこまでナメられてる軍の奴らに俺は同情する」
「事実」
「もっと可哀相だよ」
やれやれ、と男は肩をすくめた。
「それで? 姉貴の店に行く途中だったわけか」
「そう」
男の姉の店は、仕立て屋だろうかと少女は当たりをつける。
リズベルトは数秒躊躇ってから、口を開いた。
「―――案内を頼みたいと」
頭領はいい笑顔だった。
「……。いい加減、店までの道を覚えても良いんじゃないか……?」
「善処する」
「シアンの善処は全っ然アテにならないが、まあ期待しないで待ってるよ………。全く、道の無い海はあんなに自由自在に駆け回れるのに、途端、陸に上がるとコレだからなぁ」
男の口ぶりから、どうやら似たようなやり取りをもう何度も繰り返していることが窺えた。
頭領とこの男は親しいのだろうか、とセレインは考える。胡散くさいが、頭領と仲がいいのなら、邪険にするのやめておいたほうが良いかもしれない。胡散くさいが。
「わかった、案内する。―――姉貴の店の売上は俺の売上でもあるからな」
「?」
どういう意味だろう、とエリウスは大人たちの会話を興味深そうに聞いていた。頭領と出会ってまだ一日足らずしか経っていないが、この人ととも生きることは、きっと知らないことを知る機会にあふれているんだろうな、と予感していた。知らず知らずに胸が高鳴るのを感じる。一昨日まで陰鬱な未来しか思い抱けなかったのが嘘のようだった。
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