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5:カイルディア殿下

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「ロゥガリヤが就任式場を飛び出していったきり戻ってこないと思えば……一体何の騒ぎだ、これは」
 癖のある濡れたカラスの羽のような髪に銀のメッシュ、赤と琥珀の瞳を持つ、実に(色彩的に)多彩な我が国の21歳である第二王子殿下は、その美貌を歪めて言った。
「おお? どうしたんだ? カイル坊」
 険悪な殿下の声色とは対照的な、キース父様の声が辺りに響いた。
「どうした、ではない。国の大事な式典――しかも、『葵』の団長の就任式の準備に、ロゥガリヤが関わらずしてどうするというのだ」
「やる事はやってきたから来たつもりだったんですが、やり残した事があったんでしょうか? カイル坊」
 ん? 今、殿下のこめかみに青筋が浮かんだような?
「そうですのよう? それに、今回の就任式は急ごしらえでしたので、国賓も来ないのでしょう? あまり対面を気にする必要もないと、国王陛下から承っていますのよ? カイル坊」
 あ、青筋が増えた。
「だからと言って、手を抜いていいなどと誰が言った? それに、何故わざわざ王宮の正門まで来る必要がある」
 若干、殿下の声のトーンが低くなっている気がする。
「何故って、見てわからんか? 我らが愛し子を迎えに来たんだが」
「その通りです。何の問題がありましょうか」
「親が子に会うのに、何の咎めが必要がなんですのぉ?」
 あ、また青筋が増えた。
「騒ぎを起こす必要があったのか、と聞いている」
「無かったですね」
「うむ。無かったな」
「無かったですわぁ」
 異口同音に、同時にあっさりと答える御三方。悪びれる様子など一切無い。
 頬を引きつらせて、また青筋を増やすカイルディア殿下。
 …………。な~んか見た事ある光景だ。どこだったかな―――あ。
 村長のせがれとそれを茶化すお年寄りだ。まんまじゃないか。どこにでもあるもんだな、この光景は。
「―――~~っ。とにかく、就任式には遅れるな。やっとヴィアンが戻ってきて、貴様らがまともに公務をする気になったんだから、真面目にこれまでの 挽回のつもりでやってくれ」
 はぁあああぁ、とおもむろに溜息をつく殿下。うちの親が本当に申し訳ありません。お疲れ様です。
 後半部分で変な事聞いた気がしますが、我が身のために無視させていただきます。ごめんなさい。
「して、ヴィアン」
「は、はい?」
 心に中で懺悔していたら、唐突に声をかけられた。完全に蚊帳の外だと思っていただけに、反応が鈍る。
「少し来い。就任式に前に話がある」
「? 相わかりました」
 何だろう。式まで、あと四半刻もないのに。
「では、ロゥガリヤ。また後で。遅刻したら許さんぞ」
「ヴィーの晴れ舞台に、我々が遅れるはず無いでしょうが」
「そぉそ。心配されなくとも、ちゃあんと行くぜ?」
「その間、わらわたちがいないからって、ヴィーに手を出したらそれこそ許しませんわよ? カイル坊」
 流石に、それはないと思いますよ? カリメア母様。――って、何が流石に、なのか分かりませんが。はい、わかりませんが。
「まだそんなことを言っているのか。昔の話だろうが」
 昔の事って何ですか。聞きたいけど聞きたくないんですけど。
 て言うか、殿下の青筋が増えてる!? こぶしが小刻みに震えてるんですけど。殴ろうだなんて考えてませんよね、流石にっ!?
「…………ぶな」
「ブナ?」
 なぜ魚の名が?
「カイル坊と呼ぶなっっ!!」
 ゴオッと、殿下を中心として円状に炎が舞い上がった。まだ果敢にも成り行きを(好奇心に駆られて)見守っていた野次馬さんたちは、慌てて身を引く。半拍遅れた者は、ドレスの裾やら髪の毛やらを焦がしてしまった。
「カイル坊!?」
 流石のカリメア母様も、驚いて声を荒げた。
「だ・か・ら、呼ぶな、と言っているんだっ!! 21にもなって、坊付けで呼ばれるなんて……こんな屈辱は、そうそう無いわ!!」
「何だそんな事か」
 ますます憤慨して殿下は怒声を飛ばすが、キース父様は、片眉を上げただけだ。さして重要でもないと言わんばかりだった。
「そんな事、だと!? そんな簡単に済まされてたまるか。大体、一国の仮にも王子に向かって『坊』!? 正気を疑うわ」
「仕方ないでしょう? わらわたちは、三代も前の国王の時代から、王族の教育係を仰せつかっているのよう? 今の王族は、妾たちの孫に等しいんですものぉ」
 さらりと殿下を受け流すカリメア母様。見事な聞き流しっぷりだ。
 ―――と言うか、もう三代も前川王族の皆様の教育係を仰せつかっているのか。魔術師なだけあってやはり長命だ。外見年齢だけなら、十代後半から二十代後半に見えるんだから恐ろしい。まあ、私のあと数年でそうなるんだろうが。
 余談だが、魔術師は自らの保有できる魔力の量で寿命が決まる。十代後半から二十代前半の間は、大体普通の人間と同じように成長する。これには、自らの魔力の成長が伴うため、この年齢までは何ら一般の人と変わりないのである。魔力が成熟すると、成長が止まる。と言うか、なかなか老けなくなる。魔力を持たない人間と違って、魔術師は生命力と呼ばれるモノの他に魔力と言う別種の生命エネルギーが存在するため、と言われているが、実際のところそんなに解明されていなかった。
 つまり、だ。より生命エネルギーがある者の方が、長く生きられるという事である。かなり簡単に言うと。
「王族の教育は、我らロゥガリヤが司る事になっています。そう言うしきたりですよ、カイル坊」
「そんな事は分かっている。だが、それとこれとは、話が違うだろう」
「そうですの? わらわには、よく分かりませんわぁ」
「カイル坊は、俺らにとってずっとカイル坊だしなぁ。変わりようが無い、と
 言うか」
「――――~~~っ」
 ああ。父様方って、本当にお人が悪い。ますます殿下を怒らせてどうするんですか。絶対楽しんでますよね、これ。
 私は、ははは、と乾笑いした。私が止めに入ったって、止められないことは火を見るより明らかだった。父様方に、口で勝てたためしがないのだ。
「殿下―――ぁ。もう就任式始まっちゃいますよ~」
 と、そこで場違いにもほどがある妙に間延びしたのんきな声が、横腹から乱入してきた。
「殿下ぁ」
「イレオンか」
 声の持ち主は、カイルディア殿下公務補佐官イレオン・カートラルド卿だった。二十代半ばで高官につく、優秀お方だ。ぽわぽわとした雰囲気で何も考えてなさそうだが、実は裏で何を思っているか分からない代表格として宮中で知る人ぞ知る方である。
「殿下ぁ、もうあと三十アマード(二十五分)ですよぉ。お急ぎくださぁい。ロゥガリヤの皆様方も、主役の新『葵』団長様も、早くしないと就任できなくなっちゃいますよぉ」
 人垣をかき分け、イレオン卿はさして急いでなさそうな口調で言った。
「まじか、やばいやばい、急がねぇとな」
「キース、貴方まだ正装にもなってなかったですよね。早く着替えて下さい」
「わーかってらぁ」
「仮にも今のようなだらしない格好で式に臨んだら、すまきにして丸焼きにして差し上げますわよ」
「んなこたぁしない。恐ろしくてできん」
「皆様方、お早くぅ」
「あ、はい」
「急ぐぞ」
 私たちが会場に歩を進め始めると、執念強く状況を観察していた野次馬さんたちも、バラバラと場を去っていく。中には、私たち同様、就任式へ向かう人もいるようだった。
 結局、殿下との会談はお取り消しになったようである。一体、何の用事だったんだろうか。
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