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アリシオの回想
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アウレイル帝国。この名を知らないものは、サウィリナングラ大陸では乳飲み子くらいだろう。
アウレイル帝国は、サウィリナングラ大陸随一の大国―――というわけではない。断言する。帝国なんて偉そうな称号がついているが、全然大国なんてことは無い。決して。
帝国、というのは過去の栄光の賜物だ。かつてサウィリナングラ大陸が戦乱にあった折に、次々に周辺諸国に戦を仕掛けて併呑していった時の名残だ。今ではそんな国々も独立しているところがほとんどで、今でも帝国を名乗っているのがおかしいくらいだった。
そんな、もはや大国おろか中小国家ともいえるのでは? という国の名を、大国中の人間がなぜ知っているんかというと、きょうび珍しく『マゼン・ディリシエナ』が帝国に誕生したためであった。
――――『マゼン・ディリシエナ』
それは、サウィリナングラ大陸の守護神たるマゼンピュリカティナが大陸の人間の中で最も愛したとされる者の尊称だった。
マゼンピュリカティナのマゼン、古代語でディリシエナは愛し子、つまり現代語に直訳して言うと「守護神マゼンピュリカティナの愛し子」。うん、かなりそのまんまな称号だ。
『マゼン・ディリシエナ』は、神の加護とされる能力を享有している。具体的には、人間をやめているのかと思えるほどの身体能力。その時代の人間が知る由もない画期的な知識の数々。人をはじめ命あるものだったら何でも従わせてしまえる歌声。その他いろいろ。一人として同じ能力を持った人がいないので、一概には言えないのが現状だ。(たまに本気でどうでもいいような、くだらない能力を持った人もいたらしい。)
そんな規格外な超能力を備えたのが、この『マゼン・ディリシエナ』は一世代に一人くらいいたらしい。
だが、今はどうだ。『マゼン・ディリシエナ』を語るだけで、ペテン師扱いだ。もう、伝説のたぐいなのだ。実際に、本物を見たことのある人はもうみんな死んでしまっていることだろう。
だが、私――アリシオ・ハイベリリーの主人・エディリウス・アンガーファーソンは違った。
私の主人は、忘れ去られそうになっていたアウレイル帝国の救世主だ。『マゼン・ディリシエナ』称号を、明らかな人外性で数百年ぶりに受けた人物だった。
―――アウレイル帝国に、『マゼン・ディリシエナ』が現れた。
その一言で大陸中の人間は帝国に注目し始めた。皇帝は久々に帝国が脚光を浴びたと大はしゃぎ、教会は信徒増大を狙えると大はしゃぎ。大陸を上げてあの時は祭り騒ぎだったと記憶している。
ところがどっこい。
数百年ぶりに現れた『マゼン・ディリシエナ』は、世間が思い描き期待する『マゼン・ディリシエナ』とは、だいぶかけ離れた御方だった。
どうやって『マゼン・ディリシエナ』と認められたかは、あまりにばかばかしいので割愛する。機会があったら話すとしよう。
今ここで言いたいことは、我が主様は、極度の面倒臭がりだということだ。
『マゼン・ディリシエナ』の称号も、できる事なら受け取りたくなかった、とほざくような御方なのだ。受け取っただけで巨万の富が手に入るとしても、だ。――いや、だから、か?
正直、頭おかしんじゃないかと思ったこともあった。本人の前で言ったこともある。
そうしたら、どうだ。
「地位とは、欲に眼がくらんだ戯け者が欲しがるものだ。簡単言って、豚の餌だ。そんな価値のないものに、労力割く気にはなれない」
と返された。
内心「それっぽく言っているけど、とどのつまり面倒臭いだけですよね?」と思ったのは過去の話だ。
きっと、教皇やら宰相やら国王やらが聞いたら目をむいて怒鳴り散らしたことだろう。多分。
主は『マゼン・ディリシエナ』の称号をもらって、一応教会の人間になった――はずである。
だが、大神殿に住むこと(押し込められること)を嫌い、自由(自堕落な生活)を欲した。
そういうわけで、無理やり神殿に押し込められそうになったのに反抗して、神殿を脱走した。もちろん、私も手伝ったのだが。
主が神殿入りすると(勝手に決められて)・世俗に身を置く私は免職されてしまった。つまり、不正当な解雇だ。神殿に反撃もしたくなるというものだ。職を奪われた人間の恐ろしさを知るがいい。
私たちは、秘かに購入した山奥の屋敷に逃げ込んだ。これは主の要望だ。静かに(思う存分自堕落に)過ごせる環境で暮らしたいとの仰せだった。
ちなみにこの山、断崖絶壁である。30メートルくらいある崖の上に緑が広がり、私たちが生活する屋敷を覆い隠す。だが、屋敷からは山のふもとを一望できて籠城にはうってつけの環境だ。
脱走した主を捕獲するために派遣された神殿騎士は、さぞや愕然としたことだろう。何せ、崖の上から垂らされたロープ一本しか、上へ登るすべがないのだから。いい気味だ。
ふもとは何もない荒れ地だから、私たちがおりてきたところを迎えようにも、滞在できる環境ではないので、騎士たちは頭を悩ませたことだろう。
当たり前の話かもしれないが、私と主様は、隠し通路から昇降機で上まで行った。そして、生活必需品で消耗品は地下経路をたどって屋敷に届くので、私たちが外に出る必要性は皆無だった。注文もその時に済ませられるし。
そう考えると、騎士たちが何だか哀れに思えてきた。あくまで思えてくるだけだったが。
まあ、それはともかく、下でワーワーと無駄に叫んでいる奴らを無視して、私たちの新生活が始まる。
ただし、やっていることは主様が『マゼン・ディリシエナ』になる前と、さして変わりはしなかった。
アウレイル帝国は、サウィリナングラ大陸随一の大国―――というわけではない。断言する。帝国なんて偉そうな称号がついているが、全然大国なんてことは無い。決して。
帝国、というのは過去の栄光の賜物だ。かつてサウィリナングラ大陸が戦乱にあった折に、次々に周辺諸国に戦を仕掛けて併呑していった時の名残だ。今ではそんな国々も独立しているところがほとんどで、今でも帝国を名乗っているのがおかしいくらいだった。
そんな、もはや大国おろか中小国家ともいえるのでは? という国の名を、大国中の人間がなぜ知っているんかというと、きょうび珍しく『マゼン・ディリシエナ』が帝国に誕生したためであった。
――――『マゼン・ディリシエナ』
それは、サウィリナングラ大陸の守護神たるマゼンピュリカティナが大陸の人間の中で最も愛したとされる者の尊称だった。
マゼンピュリカティナのマゼン、古代語でディリシエナは愛し子、つまり現代語に直訳して言うと「守護神マゼンピュリカティナの愛し子」。うん、かなりそのまんまな称号だ。
『マゼン・ディリシエナ』は、神の加護とされる能力を享有している。具体的には、人間をやめているのかと思えるほどの身体能力。その時代の人間が知る由もない画期的な知識の数々。人をはじめ命あるものだったら何でも従わせてしまえる歌声。その他いろいろ。一人として同じ能力を持った人がいないので、一概には言えないのが現状だ。(たまに本気でどうでもいいような、くだらない能力を持った人もいたらしい。)
そんな規格外な超能力を備えたのが、この『マゼン・ディリシエナ』は一世代に一人くらいいたらしい。
だが、今はどうだ。『マゼン・ディリシエナ』を語るだけで、ペテン師扱いだ。もう、伝説のたぐいなのだ。実際に、本物を見たことのある人はもうみんな死んでしまっていることだろう。
だが、私――アリシオ・ハイベリリーの主人・エディリウス・アンガーファーソンは違った。
私の主人は、忘れ去られそうになっていたアウレイル帝国の救世主だ。『マゼン・ディリシエナ』称号を、明らかな人外性で数百年ぶりに受けた人物だった。
―――アウレイル帝国に、『マゼン・ディリシエナ』が現れた。
その一言で大陸中の人間は帝国に注目し始めた。皇帝は久々に帝国が脚光を浴びたと大はしゃぎ、教会は信徒増大を狙えると大はしゃぎ。大陸を上げてあの時は祭り騒ぎだったと記憶している。
ところがどっこい。
数百年ぶりに現れた『マゼン・ディリシエナ』は、世間が思い描き期待する『マゼン・ディリシエナ』とは、だいぶかけ離れた御方だった。
どうやって『マゼン・ディリシエナ』と認められたかは、あまりにばかばかしいので割愛する。機会があったら話すとしよう。
今ここで言いたいことは、我が主様は、極度の面倒臭がりだということだ。
『マゼン・ディリシエナ』の称号も、できる事なら受け取りたくなかった、とほざくような御方なのだ。受け取っただけで巨万の富が手に入るとしても、だ。――いや、だから、か?
正直、頭おかしんじゃないかと思ったこともあった。本人の前で言ったこともある。
そうしたら、どうだ。
「地位とは、欲に眼がくらんだ戯け者が欲しがるものだ。簡単言って、豚の餌だ。そんな価値のないものに、労力割く気にはなれない」
と返された。
内心「それっぽく言っているけど、とどのつまり面倒臭いだけですよね?」と思ったのは過去の話だ。
きっと、教皇やら宰相やら国王やらが聞いたら目をむいて怒鳴り散らしたことだろう。多分。
主は『マゼン・ディリシエナ』の称号をもらって、一応教会の人間になった――はずである。
だが、大神殿に住むこと(押し込められること)を嫌い、自由(自堕落な生活)を欲した。
そういうわけで、無理やり神殿に押し込められそうになったのに反抗して、神殿を脱走した。もちろん、私も手伝ったのだが。
主が神殿入りすると(勝手に決められて)・世俗に身を置く私は免職されてしまった。つまり、不正当な解雇だ。神殿に反撃もしたくなるというものだ。職を奪われた人間の恐ろしさを知るがいい。
私たちは、秘かに購入した山奥の屋敷に逃げ込んだ。これは主の要望だ。静かに(思う存分自堕落に)過ごせる環境で暮らしたいとの仰せだった。
ちなみにこの山、断崖絶壁である。30メートルくらいある崖の上に緑が広がり、私たちが生活する屋敷を覆い隠す。だが、屋敷からは山のふもとを一望できて籠城にはうってつけの環境だ。
脱走した主を捕獲するために派遣された神殿騎士は、さぞや愕然としたことだろう。何せ、崖の上から垂らされたロープ一本しか、上へ登るすべがないのだから。いい気味だ。
ふもとは何もない荒れ地だから、私たちがおりてきたところを迎えようにも、滞在できる環境ではないので、騎士たちは頭を悩ませたことだろう。
当たり前の話かもしれないが、私と主様は、隠し通路から昇降機で上まで行った。そして、生活必需品で消耗品は地下経路をたどって屋敷に届くので、私たちが外に出る必要性は皆無だった。注文もその時に済ませられるし。
そう考えると、騎士たちが何だか哀れに思えてきた。あくまで思えてくるだけだったが。
まあ、それはともかく、下でワーワーと無駄に叫んでいる奴らを無視して、私たちの新生活が始まる。
ただし、やっていることは主様が『マゼン・ディリシエナ』になる前と、さして変わりはしなかった。
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