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「魔物はうろついていましたが、何故か何もラキティスを襲おうとしなかったんです。理由は後で分かりましたけれど」
にこりと笑む天使のようなセルフィーユは、後ろから抱きつきながら頬にキスをする。そうしながら遠い目をして、窓の外を見遣った。
「魔物は確かに少ない場所です。ついてきたとは言え、そこまでの数ではないから。けれど、あなたはその魔物を従えて、この城にやってきたんですよ」
「ラキティスさんが、魔物従えて来たの??」
頭にクエスチョンマークが浮かんだ。ラキティスさん何者?
「あなたも連れ歩いているではないですか」
言われて、更に頭がこんがらがる。ここに来て、恐ろしい魔物になど会ったことはない。言うなればマルヴィラくらいだろうか。恐ろしいと言うか、何と言うか、だが。
首を傾げながら、ふと思いつく。
「小鳥ちゃんたち?」
「あれが小鳥に見えるのだから、それがあなたの力なのですよ」
ぷっと吹き出して笑ってくれるが、あれが魔物?いや、鳥に似ているが目が大きいし確かに小鳥とは言わないかもしれない。
そうかなとは思っていたけれど、あの小鳥が魔物だとして、自分は襲われることもなく、恐ろしい思いもしていない。大人しい種類なのではないだろうか。
然ればラキティスが襲われずに従えていても、何の疑問も持たないのだが。
「ほら、これが何に見えます?」
セルフィーユが手を翳すと、部屋に小鳥がぼとぼとと落ちてきた。ぴっぴと鳴きながら右往左往する。とっても可愛い。
「小鳥ちゃんだけど。可愛いよね」
「本当に?」
セルフィーユの声音が低くなった。その瞬間、小鳥たちの影がぐんと伸びて巨大な獣のような形になる。
「あなたの目にはどう見えているのか」
ぴっぴ言いながら小鳥たちはばたつくが、その様子は小鳥たちがじゃれているようにしか見えない。しかし、後ろの影は鋭い爪を引き裂くように振り回し、牙を剥き出しにした獣のようにも見えた。
「私には、小鳥に見えているけれど、他の人には違うってこと?」
「魔物は魔物です。小鳥と言うのもおかしな表現です。あなたには表面的な姿でなく、内面的な姿が見えるのかもしれません。その種の魔物は大人しく、平和を好む種類ですから」
セルフィーユが手を振ると、小鳥たちは一瞬にして姿を消した。
「私はうるさいのが嫌いですから、暴れるような輩は近くに置きません。大人しい種が集まっているのは確かです。ですが見た目はいかついものが多い。それなのに、あなたにはそう見えないのですよね」
「…何で?」
「さあ。何故かは分かりませんが。あなたはそう言う目を持っているのでしょう」
良く分からないが、自分の目には大人しい種類は大人しい姿で目に見えるらしい。そうしたら魔物など怖くないと、簡単に城へ辿り着けるのだろう。
ラキティスはそうやって、セルフィーユの城へと辿り着いた。
「初めはその力に気付きませんでした。うるさいので、外に捨てましたから」
「捨てた??」
「ええ。何度も追い返して谷に捨てました。飛ばしても飛ばしても戻ってくる。しつこい娘でしたよ」
面倒そうに言うくせに、セルフィーユは温かみのある柔らかい声音で話す。ラキティスの思い出が彼を穏やかにさせるのだろう。嬉しそうに笑みながら、懐かしい思い出を語るように口にする。
その顔が、何故かもやっとした。ラキティスを想いながら、人を抱きしめて離さないからだろうか。他の女性の話を、麗しげに話されれば、腕の中にいる者にとって嫌がらせにしかならない。
いや、私には関係ないからいいんだけど。
「ただ、そのせいで、あれに目を付けられたわけですが」
あれってマルヴィラのことだろう。セルフィーユは吐息をつくと、なぜか太ももに手を伸ばしてきた。
「ちょーっ、続き、話の続きは!?」
「先に消毒しませんと」
何が消毒。セルフィーユは背中越しに口付けると、舌に吸い付いてくる。絡めた口内で唾液を嚥下させ、貪るように口付けを交わすと、当たり前のように胸を揉みしだき、太ももから指を這わせて下着の下へと進めた。
「も、もうっ。ちょ。こら!」
「マルヴィラに触られたのでしょう?」
だからって、その後をセルフィーユが触れる必要はない。なのに遠慮なしに背中から覆い被さると、後ろ向きのままベッドに押される。
あれよと脱がされておしりがぺろりと丸出しになると、セルフィーユは美味しそうにかぶりついた。
「きゃっ。ちょっと!」
「ここ、もう濡れています。マルヴィラのせいですか?」
違う。とは言い切れずに口籠ると、セルフィーユは返事を待たずにそこに顔を突っ込んできた。
「あっ、駄目」
後ろからセルフィーユが花柱を舌で捏ねてきた。ころころと転がされて当たり前に感じてしまう。
先程マルヴィラに触れられたせいで敏感になっているのは確かだ。それを上塗りするかのように、セルフィーユは洞房に舌を這わせる。ちゅぱちゅぱと出し入れすれば、とろりと蕩けて蜜が垂れるのを感じた。
「これだけで溢れさせるだなんて。凛花、覚悟してくださいね」
後ろ背で言われたからどんな顔をしているか分からないが、背筋が凍る気配がしたのは間違いなかった。
「くそ。あいつ、全然容赦しねえし」
マルヴィラは舌打ちしながら、怪我をした腕を擦る。
セルフィーユは転移際に攻撃を放ってきた。咄嗟に防御したが、それでも腕が痺れるのを感じた。
ひりひりと傷んだ両腕が赤く、血が滲んだ。凛花には見えなかっただろうが、気付かれずに攻撃するあたりこすい男である。
「凛花って言ったか。全く、良く見付けてきたもんだな」
セルフィーユの攻撃で部屋がぼろぼろになってしまったが、それを直して寝台に身体を放る。残った凛花の香りを感じてそれを嗅いだ。香りは昔と変わらないような気がする。
もう随分昔に死んでしまった人間の女。その魂を探すことはしなかった。彼女は哀しみに暮れて死んだ弱き人間だ。再び探しても同じ思いをするだろう。
だが、セルフィーユは諦めていなかった。長く会わない内に引き籠もりが酷くなったのかと思っていたのに、城を留守にして探し回っていたのに気付いたのはいつだったか。
「そこまで、執着していたとはな…」
城へと向かうラキティスを見たのは、冬の雪景色が美しい頃だった。
雨が降れば春にはその雪が崩れ下流へと流れる。流れた水が鉄砲水のように打ち寄せて、湖の下の森を襲うことは良くあった。
魔物がそれに巻き込まれようがどうでも良いことだ。
城からは分からない災害に、セルフィーユが構うはずがない。
そこに人間が混じっているなど、知る由もない。
そもそも、セルフィーユは村ができたことも知らなかった。城から出れば少しでも見える開けた場所に、弱き者たちが集まっているのはすぐ気付くのに。
それだけセルフィーユは城に籠もり、静けさのためにこの地に留まっていたわけだが。
その村から、人間が一人。細い身体の長い黒髪の女が山を登ってきた。
人が城に近付くのは初めてだが、それよりもその後ろをついていく見慣れたものに首を傾げた。
人間の女が、魔物を連れて歩いている。
女は時折後ろを向いて、それらがちゃんと付いてきているか確認した。魔物に微笑み、時に座り込んで声を掛ける。撫でやっては立ち上がり、城へと向かった。
「何だ、あれ…」
人型の魔物ではない。ただの人間だ。しかも女が、魔物を恐れずペットを可愛がるようにして魔物を連れる。
城に向かっている所を見れば、セルフィーユの知り合いの人間なのかもしれない。本当に何でもない人間であれば、ここに近付く前に魔物に殺されるだろう。
比較的大人しい種の魔物が集まっているとは言え、主人に近付く怪しい者など格好の獲物だ。むしろ喰ってくださいと言っているようなもので、魔物たちも容赦はしない。
しかし、セルフィーユの下に訪れた女は、俺でも呆気に取られる理由で城にやってきた。
「堤を作る許可を得られないでしょうか」
魔物たちが襲わぬ中、セルフィーユのいる部屋まで辿り着いた女は、勝手に侵入したことを詫びながら、そんな話をした。
馬鹿なのか、あの人間。
セルフィーユが無防備に部屋に女を入れたことにも驚いたが、その発言をした女にも驚いた。
どう答えるのか窓から覗いていると、女はセルフィーユによってどこかへ飛ばされてしまったが。
セルフィーユは基本甘い。テリトリーを犯すものには容赦ないが、そうでないものには無関心で殺すことなどしない。
あの女はセルフィーユの城に入り込み、意味のない頼み事をしてきたのだから、殺されるほどではなくとも、人の力ではどうにもならないような場所に飛ばされたのだろう。
その時はそう思っていたのだが。
しばらくすれば再び女が現れて、セルフィーユに同じ頼み事をした。それでも飛ばされたわけだが。
どこに飛ばされたか。女は湖の畔で転がっていた。もう一度城へ行こうとはせず、村へと戻っていく。
諦めたのかと思えば再び日をおいてやってくる。そしてまた同じように畔に捨てられた。女は立ち上がり、服の汚れをはたいて、城へと顔を向ける。
ため息も吐かずに拳を作って、女は一度気合を入れるような声を上げた。そうして、村へと戻っていった。
女は何度も同じ様に飛ばされる。それでも屈しない。日を置いてはセラフィーユに頼みに行く。堤など、気にせず作れば良いものの、律儀に挨拶に行って、セルフィーユに無視された。
何日も何日も、飽きずに良くやる。
それでも堤を作る許可を得に、女は城へ訪れた。大雨が降れば村が被害を受ける。堤を作っても良いか、お願いをしに。
「その願いを、叶えてやろうか?」
声を掛けたのはいつ頃だっただろうか。
湖に転げている女は、ぱちくりと黒い眼をこちらに向けた。長い黒髪と黒目で、目鼻立ちのはっきりとした整った顔だと初めて気付いた。
「どちら様でしょうか」
「マルヴィラ。城の主人の仲間だ」
羽を使いながら空中にいる魔物に対して、悲鳴も何もなく名を聞く女に、興味以上のものを持っても仕方がないだろう。
女の側に降りると、女は逃げることもせずにいつも通りと服をはたきながら立ち上がる。
「初めまして。ラキティスと言います」
全く物おじもしない。震えることもない。魔物を後ろに連れても気にしないわけだ。魔物に襲われたことがないのか疑問に思うが、ラキティスは自分を恐れようとはしない。
それがやけに面白かった。
にこりと笑む天使のようなセルフィーユは、後ろから抱きつきながら頬にキスをする。そうしながら遠い目をして、窓の外を見遣った。
「魔物は確かに少ない場所です。ついてきたとは言え、そこまでの数ではないから。けれど、あなたはその魔物を従えて、この城にやってきたんですよ」
「ラキティスさんが、魔物従えて来たの??」
頭にクエスチョンマークが浮かんだ。ラキティスさん何者?
「あなたも連れ歩いているではないですか」
言われて、更に頭がこんがらがる。ここに来て、恐ろしい魔物になど会ったことはない。言うなればマルヴィラくらいだろうか。恐ろしいと言うか、何と言うか、だが。
首を傾げながら、ふと思いつく。
「小鳥ちゃんたち?」
「あれが小鳥に見えるのだから、それがあなたの力なのですよ」
ぷっと吹き出して笑ってくれるが、あれが魔物?いや、鳥に似ているが目が大きいし確かに小鳥とは言わないかもしれない。
そうかなとは思っていたけれど、あの小鳥が魔物だとして、自分は襲われることもなく、恐ろしい思いもしていない。大人しい種類なのではないだろうか。
然ればラキティスが襲われずに従えていても、何の疑問も持たないのだが。
「ほら、これが何に見えます?」
セルフィーユが手を翳すと、部屋に小鳥がぼとぼとと落ちてきた。ぴっぴと鳴きながら右往左往する。とっても可愛い。
「小鳥ちゃんだけど。可愛いよね」
「本当に?」
セルフィーユの声音が低くなった。その瞬間、小鳥たちの影がぐんと伸びて巨大な獣のような形になる。
「あなたの目にはどう見えているのか」
ぴっぴ言いながら小鳥たちはばたつくが、その様子は小鳥たちがじゃれているようにしか見えない。しかし、後ろの影は鋭い爪を引き裂くように振り回し、牙を剥き出しにした獣のようにも見えた。
「私には、小鳥に見えているけれど、他の人には違うってこと?」
「魔物は魔物です。小鳥と言うのもおかしな表現です。あなたには表面的な姿でなく、内面的な姿が見えるのかもしれません。その種の魔物は大人しく、平和を好む種類ですから」
セルフィーユが手を振ると、小鳥たちは一瞬にして姿を消した。
「私はうるさいのが嫌いですから、暴れるような輩は近くに置きません。大人しい種が集まっているのは確かです。ですが見た目はいかついものが多い。それなのに、あなたにはそう見えないのですよね」
「…何で?」
「さあ。何故かは分かりませんが。あなたはそう言う目を持っているのでしょう」
良く分からないが、自分の目には大人しい種類は大人しい姿で目に見えるらしい。そうしたら魔物など怖くないと、簡単に城へ辿り着けるのだろう。
ラキティスはそうやって、セルフィーユの城へと辿り着いた。
「初めはその力に気付きませんでした。うるさいので、外に捨てましたから」
「捨てた??」
「ええ。何度も追い返して谷に捨てました。飛ばしても飛ばしても戻ってくる。しつこい娘でしたよ」
面倒そうに言うくせに、セルフィーユは温かみのある柔らかい声音で話す。ラキティスの思い出が彼を穏やかにさせるのだろう。嬉しそうに笑みながら、懐かしい思い出を語るように口にする。
その顔が、何故かもやっとした。ラキティスを想いながら、人を抱きしめて離さないからだろうか。他の女性の話を、麗しげに話されれば、腕の中にいる者にとって嫌がらせにしかならない。
いや、私には関係ないからいいんだけど。
「ただ、そのせいで、あれに目を付けられたわけですが」
あれってマルヴィラのことだろう。セルフィーユは吐息をつくと、なぜか太ももに手を伸ばしてきた。
「ちょーっ、続き、話の続きは!?」
「先に消毒しませんと」
何が消毒。セルフィーユは背中越しに口付けると、舌に吸い付いてくる。絡めた口内で唾液を嚥下させ、貪るように口付けを交わすと、当たり前のように胸を揉みしだき、太ももから指を這わせて下着の下へと進めた。
「も、もうっ。ちょ。こら!」
「マルヴィラに触られたのでしょう?」
だからって、その後をセルフィーユが触れる必要はない。なのに遠慮なしに背中から覆い被さると、後ろ向きのままベッドに押される。
あれよと脱がされておしりがぺろりと丸出しになると、セルフィーユは美味しそうにかぶりついた。
「きゃっ。ちょっと!」
「ここ、もう濡れています。マルヴィラのせいですか?」
違う。とは言い切れずに口籠ると、セルフィーユは返事を待たずにそこに顔を突っ込んできた。
「あっ、駄目」
後ろからセルフィーユが花柱を舌で捏ねてきた。ころころと転がされて当たり前に感じてしまう。
先程マルヴィラに触れられたせいで敏感になっているのは確かだ。それを上塗りするかのように、セルフィーユは洞房に舌を這わせる。ちゅぱちゅぱと出し入れすれば、とろりと蕩けて蜜が垂れるのを感じた。
「これだけで溢れさせるだなんて。凛花、覚悟してくださいね」
後ろ背で言われたからどんな顔をしているか分からないが、背筋が凍る気配がしたのは間違いなかった。
「くそ。あいつ、全然容赦しねえし」
マルヴィラは舌打ちしながら、怪我をした腕を擦る。
セルフィーユは転移際に攻撃を放ってきた。咄嗟に防御したが、それでも腕が痺れるのを感じた。
ひりひりと傷んだ両腕が赤く、血が滲んだ。凛花には見えなかっただろうが、気付かれずに攻撃するあたりこすい男である。
「凛花って言ったか。全く、良く見付けてきたもんだな」
セルフィーユの攻撃で部屋がぼろぼろになってしまったが、それを直して寝台に身体を放る。残った凛花の香りを感じてそれを嗅いだ。香りは昔と変わらないような気がする。
もう随分昔に死んでしまった人間の女。その魂を探すことはしなかった。彼女は哀しみに暮れて死んだ弱き人間だ。再び探しても同じ思いをするだろう。
だが、セルフィーユは諦めていなかった。長く会わない内に引き籠もりが酷くなったのかと思っていたのに、城を留守にして探し回っていたのに気付いたのはいつだったか。
「そこまで、執着していたとはな…」
城へと向かうラキティスを見たのは、冬の雪景色が美しい頃だった。
雨が降れば春にはその雪が崩れ下流へと流れる。流れた水が鉄砲水のように打ち寄せて、湖の下の森を襲うことは良くあった。
魔物がそれに巻き込まれようがどうでも良いことだ。
城からは分からない災害に、セルフィーユが構うはずがない。
そこに人間が混じっているなど、知る由もない。
そもそも、セルフィーユは村ができたことも知らなかった。城から出れば少しでも見える開けた場所に、弱き者たちが集まっているのはすぐ気付くのに。
それだけセルフィーユは城に籠もり、静けさのためにこの地に留まっていたわけだが。
その村から、人間が一人。細い身体の長い黒髪の女が山を登ってきた。
人が城に近付くのは初めてだが、それよりもその後ろをついていく見慣れたものに首を傾げた。
人間の女が、魔物を連れて歩いている。
女は時折後ろを向いて、それらがちゃんと付いてきているか確認した。魔物に微笑み、時に座り込んで声を掛ける。撫でやっては立ち上がり、城へと向かった。
「何だ、あれ…」
人型の魔物ではない。ただの人間だ。しかも女が、魔物を恐れずペットを可愛がるようにして魔物を連れる。
城に向かっている所を見れば、セルフィーユの知り合いの人間なのかもしれない。本当に何でもない人間であれば、ここに近付く前に魔物に殺されるだろう。
比較的大人しい種の魔物が集まっているとは言え、主人に近付く怪しい者など格好の獲物だ。むしろ喰ってくださいと言っているようなもので、魔物たちも容赦はしない。
しかし、セルフィーユの下に訪れた女は、俺でも呆気に取られる理由で城にやってきた。
「堤を作る許可を得られないでしょうか」
魔物たちが襲わぬ中、セルフィーユのいる部屋まで辿り着いた女は、勝手に侵入したことを詫びながら、そんな話をした。
馬鹿なのか、あの人間。
セルフィーユが無防備に部屋に女を入れたことにも驚いたが、その発言をした女にも驚いた。
どう答えるのか窓から覗いていると、女はセルフィーユによってどこかへ飛ばされてしまったが。
セルフィーユは基本甘い。テリトリーを犯すものには容赦ないが、そうでないものには無関心で殺すことなどしない。
あの女はセルフィーユの城に入り込み、意味のない頼み事をしてきたのだから、殺されるほどではなくとも、人の力ではどうにもならないような場所に飛ばされたのだろう。
その時はそう思っていたのだが。
しばらくすれば再び女が現れて、セルフィーユに同じ頼み事をした。それでも飛ばされたわけだが。
どこに飛ばされたか。女は湖の畔で転がっていた。もう一度城へ行こうとはせず、村へと戻っていく。
諦めたのかと思えば再び日をおいてやってくる。そしてまた同じように畔に捨てられた。女は立ち上がり、服の汚れをはたいて、城へと顔を向ける。
ため息も吐かずに拳を作って、女は一度気合を入れるような声を上げた。そうして、村へと戻っていった。
女は何度も同じ様に飛ばされる。それでも屈しない。日を置いてはセラフィーユに頼みに行く。堤など、気にせず作れば良いものの、律儀に挨拶に行って、セルフィーユに無視された。
何日も何日も、飽きずに良くやる。
それでも堤を作る許可を得に、女は城へ訪れた。大雨が降れば村が被害を受ける。堤を作っても良いか、お願いをしに。
「その願いを、叶えてやろうか?」
声を掛けたのはいつ頃だっただろうか。
湖に転げている女は、ぱちくりと黒い眼をこちらに向けた。長い黒髪と黒目で、目鼻立ちのはっきりとした整った顔だと初めて気付いた。
「どちら様でしょうか」
「マルヴィラ。城の主人の仲間だ」
羽を使いながら空中にいる魔物に対して、悲鳴も何もなく名を聞く女に、興味以上のものを持っても仕方がないだろう。
女の側に降りると、女は逃げることもせずにいつも通りと服をはたきながら立ち上がる。
「初めまして。ラキティスと言います」
全く物おじもしない。震えることもない。魔物を後ろに連れても気にしないわけだ。魔物に襲われたことがないのか疑問に思うが、ラキティスは自分を恐れようとはしない。
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