もふもふしっぽの永久魔法

戌彦

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魔法使いに必要なこと

学ぶ少女は悪徳商人を目指した

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 あの後いつものようにアルフの講義を受け、日も傾きかけた頃、イシュカは休憩にとキッチンに立ち、お茶を淹れていた。

 キッチンには水道がなく、水は表の井戸から汲み上げる。
火はアルフの簡易触媒があるにはあるが、イシュカが使うと吹けば消えるような弱々しい火しか灯らないため、勿体なくて使っていない。

 キッチン台には直径15cm程、深さ30cm程の穴が空いている。内側は熱に強い泥土で固められ、周囲もまた火に強い煉瓦で敷き詰められている。

その穴の中に、小さく割られた木を順序よく格子型に組み上げると、穴の横の煉瓦の上に着火材になる木屑を置き、その上でイシュカは火打ち石を打ち合わせた。

小さな火花が数回散り木屑に燃え移ると、火種が消えないように注意しながら、格子型に組まれた木の真ん中に落とし入れる。
火種が残っていることを確認して更に木屑を足し、その上に直径10cmほどの穴が空いた鉄板を置く。
出口を狭められた火が空いた穴をめがけて上がってくると、イシュカはその上に水の入ったやかんを置いた。


 「木を燃やしているのに、どうして煙が立たないんですか?」

初めて使い方を教えてもらった際に、イシュカは不思議に思った。

 今まで散々野宿を経験し、獣を避けたり寒さを和らげるために焚き火をしてきた。
森で小枝を集め、どうにかこうにか火を起こして、酷い煙に何度もせたものだ。

それが、キッチンで焚く火からはほとんど煙が出ない。

「それはそもそも、燃やしても煙が出にくい種類の木で、穴の上部に3つの吸煙口があるからだ。出てきた少量の煙はそこから吸われて、屋外に吐き出されている。」

 アルフに言われ、イシュカは興味深そうに火のついている穴を覗き込む。

チリっと前髪が焼ける焦げ臭い匂いが漂い、慌てたアルフに抱きかかえられて表に運ばれ、井戸水を浴びせられたことは今でも覚えている。

「馬鹿者が! 燃えたらどうする!」

いつも冷静なアルフが、もふもふのしっぽをボッと毛羽立たせて、そのあまりの慌てようがとても面白くて、イシュカは怒られているのに笑い転げたのだった。


 「……ふふっ。」

キッチンに立ちながら、イシュカは思い出し笑いをした。
それを見て椅子に腰掛けているアルフは、嫌な予感を伴いつつ不思議そうにイシュカを見た。

「どうした?」

「え? ああ、いえいえ。なんでもないですよ。」

 含み笑いのイシュカにアルフは眉根を寄せるが、それ以上追求することは無く、イシュカが作業する様子を眺めていた。


 「お待たせしました。」

イシュカが淹れたての紅茶を運んで来ると、アルフは礼を述べて、紅茶を入れたカップがテーブルに置かれるのを待つ。

 テーブルに2つのカップを置いて、アルフの向かいにイシュカが腰掛けたところで紅茶を一口啜り、アルフは提案した。

「明日、麓へ出て触媒を売ってみるか?」

初めての誘いにイシュカは目を丸くして、飲みかけていた紅茶のカップを持ったまま動きを止める。

「買い出し……じゃなく、売るんですか?」

「そうだ。魔法を詰めた触媒がだいぶ余ってきたからな。」

アルフは頷いて、リビングの引き出しを鼻先で指し示した。それを受けてイシュカは視線をそちらに向け、中身を思い返す。

 あそこにあるのはスキアの便箋と、さくらんぼサイズの赤い小石の触媒だ。

魔法使いは、他人が魔法を吹き込んだ触媒を勝手に販売することは出来ない。
それ故、アルフがスキアの便箋を売ることは出来ないので、小石の方を売るのだろう。

「火の触媒、売っちゃうんですか?」

イシュカは前述の通り魔力が少ないため、その触媒を使ったことは一度しかない。
火の精霊持ちが少ないため、火の触媒は貴重なのだ。

アルフも万が一の時のために、あまり売ることなく置いていたが、さすがに溜まりすぎたようだった。

「お前にも、良い経験になる。」

アルフの提案にイシュカは興味を示すが、アルフが魔法を込めた触媒を、自分が売っても罪にならないのかが気になり、アルフへと視線を戻した。

「私が売るんですか? 魔法使いでも、魔法を吹き込んだ本人でもないのに。」

イシュカの気掛かりを、アルフは頷いて肯定する。

「あぁ。心配いらない。確かに、他人の触媒を売ったりすることは出来ないが、魔法を吹き込んだ本人である俺が同行していれば話は別だ。要は、売り子のようなものだな。」

違反になる心配がないとわかると、イシュカの胸に込み上げたのは、初めてのことに対する期待だった。

「私が……魔法を売れるなんて!」

瞳を輝かせるイシュカを見て、まるで子供のようだと苦笑しながら、アルフは明日の予定を立てる。

「朝、食事の後麓へ下りて、村の方面で売ろう。街中は混み合うからな。」

アルフの言葉にイシュカは抑えきれないワクワクを抱えたまま、何度も頷いた。


◇◇◇◇◇◇


 翌朝、早々に起き出していつも通り朝食の支度をし終わる頃、イシュカはまだ深い眠りの中にいるアルフを起こす。

 起こされたアルフは寝ぼけ眼で朝食を摂り、待ちきれずにそわそわしているイシュカには体を動かしておいてもらった方がいいだろうと、食後の紅茶を飲む間に出かける準備を頼んだ。

 アルフに指示されるまま、割れないよう注意しつつ触媒を運搬用の柔らかい袋に詰める。

そもそもアルフの使用している触媒は材質が石であるため、そうそう割れることはないのだが、念には念を入れての対応だった。

 万が一割れても、精霊への感謝の印である口付けを行っていない触媒から魔法が放出されることはないが、単純に売り物にならなくなる。
傷や汚れを見つけて、品物にケチをつける者も少なくはないため、イシュカはこの作業になかなかの神経を使った。

そのおかげか、全て詰め終えて一息ついた頃には、アルフの食後の紅茶も終わっていた。

 食器を片付け、アルフはローブを、イシュカはつば広の三角帽子を身に付けて、二人は麓を目指し歩き出した。


 たかが小石でも集まればかなりの重さになるにも関わらず、触媒の入った袋を持つと言い張るイシュカを宥めて袋を背負い、アルフはイシュカに歩調を合わせるように、横に並んで歩く。

 「私、稼ぎます!」

その突然の宣言にアルフはイシュカへと視線を向ける。

常日頃、家事や身の回りの世話はしていても、家計に関してはマイナスを計上し続けているイシュカは、今回の出稼ぎに全力を注いでいた。

「なんだ突然。」

不思議そうなアルフの声を聞きながら、イシュカは前を見たまま悪い笑みを浮かべる。

「稼ぐんです。稼いで、稼いで……悪徳商人と呼ばれてもいい!」

「……目指す方向を間違ってるぞ。頼むから善良な商人でいてくれ。」

 空回る気合いで多分に心配の種を撒き散らしながら、イシュカの商売が始まった。
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