14 / 21
魔法使いに必要なこと
学ぶ少女は悪徳商人を目指した
しおりを挟むあの後いつものようにアルフの講義を受け、日も傾きかけた頃、イシュカは休憩にとキッチンに立ち、お茶を淹れていた。
キッチンには水道がなく、水は表の井戸から汲み上げる。
火はアルフの簡易触媒があるにはあるが、イシュカが使うと吹けば消えるような弱々しい火しか灯らないため、勿体なくて使っていない。
キッチン台には直径15cm程、深さ30cm程の穴が空いている。内側は熱に強い泥土で固められ、周囲もまた火に強い煉瓦で敷き詰められている。
その穴の中に、小さく割られた木を順序よく格子型に組み上げると、穴の横の煉瓦の上に着火材になる木屑を置き、その上でイシュカは火打ち石を打ち合わせた。
小さな火花が数回散り木屑に燃え移ると、火種が消えないように注意しながら、格子型に組まれた木の真ん中に落とし入れる。
火種が残っていることを確認して更に木屑を足し、その上に直径10cmほどの穴が空いた鉄板を置く。
出口を狭められた火が空いた穴をめがけて上がってくると、イシュカはその上に水の入ったやかんを置いた。
「木を燃やしているのに、どうして煙が立たないんですか?」
初めて使い方を教えてもらった際に、イシュカは不思議に思った。
今まで散々野宿を経験し、獣を避けたり寒さを和らげるために焚き火をしてきた。
森で小枝を集め、どうにかこうにか火を起こして、酷い煙に何度も噎せたものだ。
それが、キッチンで焚く火からはほとんど煙が出ない。
「それはそもそも、燃やしても煙が出にくい種類の木で、穴の上部に3つの吸煙口があるからだ。出てきた少量の煙はそこから吸われて、屋外に吐き出されている。」
アルフに言われ、イシュカは興味深そうに火のついている穴を覗き込む。
チリっと前髪が焼ける焦げ臭い匂いが漂い、慌てたアルフに抱きかかえられて表に運ばれ、井戸水を浴びせられたことは今でも覚えている。
「馬鹿者が! 燃えたらどうする!」
いつも冷静なアルフが、もふもふのしっぽをボッと毛羽立たせて、そのあまりの慌てようがとても面白くて、イシュカは怒られているのに笑い転げたのだった。
「……ふふっ。」
キッチンに立ちながら、イシュカは思い出し笑いをした。
それを見て椅子に腰掛けているアルフは、嫌な予感を伴いつつ不思議そうにイシュカを見た。
「どうした?」
「え? ああ、いえいえ。なんでもないですよ。」
含み笑いのイシュカにアルフは眉根を寄せるが、それ以上追求することは無く、イシュカが作業する様子を眺めていた。
「お待たせしました。」
イシュカが淹れたての紅茶を運んで来ると、アルフは礼を述べて、紅茶を入れたカップがテーブルに置かれるのを待つ。
テーブルに2つのカップを置いて、アルフの向かいにイシュカが腰掛けたところで紅茶を一口啜り、アルフは提案した。
「明日、麓へ出て触媒を売ってみるか?」
初めての誘いにイシュカは目を丸くして、飲みかけていた紅茶のカップを持ったまま動きを止める。
「買い出し……じゃなく、売るんですか?」
「そうだ。魔法を詰めた触媒がだいぶ余ってきたからな。」
アルフは頷いて、リビングの引き出しを鼻先で指し示した。それを受けてイシュカは視線をそちらに向け、中身を思い返す。
あそこにあるのはスキアの便箋と、さくらんぼサイズの赤い小石の触媒だ。
魔法使いは、他人が魔法を吹き込んだ触媒を勝手に販売することは出来ない。
それ故、アルフがスキアの便箋を売ることは出来ないので、小石の方を売るのだろう。
「火の触媒、売っちゃうんですか?」
イシュカは前述の通り魔力が少ないため、その触媒を使ったことは一度しかない。
火の精霊持ちが少ないため、火の触媒は貴重なのだ。
アルフも万が一の時のために、あまり売ることなく置いていたが、さすがに溜まりすぎたようだった。
「お前にも、良い経験になる。」
アルフの提案にイシュカは興味を示すが、アルフが魔法を込めた触媒を、自分が売っても罪にならないのかが気になり、アルフへと視線を戻した。
「私が売るんですか? 魔法使いでも、魔法を吹き込んだ本人でもないのに。」
イシュカの気掛かりを、アルフは頷いて肯定する。
「あぁ。心配いらない。確かに、他人の触媒を売ったりすることは出来ないが、魔法を吹き込んだ本人である俺が同行していれば話は別だ。要は、売り子のようなものだな。」
違反になる心配がないとわかると、イシュカの胸に込み上げたのは、初めてのことに対する期待だった。
「私が……魔法を売れるなんて!」
瞳を輝かせるイシュカを見て、まるで子供のようだと苦笑しながら、アルフは明日の予定を立てる。
「朝、食事の後麓へ下りて、村の方面で売ろう。街中は混み合うからな。」
アルフの言葉にイシュカは抑えきれないワクワクを抱えたまま、何度も頷いた。
◇◇◇◇◇◇
翌朝、早々に起き出していつも通り朝食の支度をし終わる頃、イシュカはまだ深い眠りの中にいるアルフを起こす。
起こされたアルフは寝ぼけ眼で朝食を摂り、待ちきれずにそわそわしているイシュカには体を動かしておいてもらった方がいいだろうと、食後の紅茶を飲む間に出かける準備を頼んだ。
アルフに指示されるまま、割れないよう注意しつつ触媒を運搬用の柔らかい袋に詰める。
そもそもアルフの使用している触媒は材質が石であるため、そうそう割れることはないのだが、念には念を入れての対応だった。
万が一割れても、精霊への感謝の印である口付けを行っていない触媒から魔法が放出されることはないが、単純に売り物にならなくなる。
傷や汚れを見つけて、品物にケチをつける者も少なくはないため、イシュカはこの作業になかなかの神経を使った。
そのおかげか、全て詰め終えて一息ついた頃には、アルフの食後の紅茶も終わっていた。
食器を片付け、アルフはローブを、イシュカはつば広の三角帽子を身に付けて、二人は麓を目指し歩き出した。
たかが小石でも集まればかなりの重さになるにも関わらず、触媒の入った袋を持つと言い張るイシュカを宥めて袋を背負い、アルフはイシュカに歩調を合わせるように、横に並んで歩く。
「私、稼ぎます!」
その突然の宣言にアルフはイシュカへと視線を向ける。
常日頃、家事や身の回りの世話はしていても、家計に関してはマイナスを計上し続けているイシュカは、今回の出稼ぎに全力を注いでいた。
「なんだ突然。」
不思議そうなアルフの声を聞きながら、イシュカは前を見たまま悪い笑みを浮かべる。
「稼ぐんです。稼いで、稼いで……悪徳商人と呼ばれてもいい!」
「……目指す方向を間違ってるぞ。頼むから善良な商人でいてくれ。」
空回る気合いで多分に心配の種を撒き散らしながら、イシュカの商売が始まった。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
騎士団長のお抱え薬師
衣更月
ファンタジー
辺境の町ハノンで暮らすイヴは、四大元素の火、風、水、土の属性から弾かれたハズレ属性、聖属性持ちだ。
聖属性持ちは意外と多く、ハズレ属性と言われるだけあって飽和状態。聖属性持ちの女性は結婚に逃げがちだが、イヴの年齢では結婚はできない。家業があれば良かったのだが、平民で天涯孤独となった身の上である。
後ろ盾は一切なく、自分の身は自分で守らなければならない。
なのに、求人依頼に聖属性は殆ど出ない。
そんな折、獣人の国が聖属性を募集していると話を聞き、出国を決意する。
場所は隣国。
しかもハノンの隣。
迎えに来たのは見上げるほど背の高い美丈夫で、なぜかイヴに威圧的な騎士団長だった。
大きな事件は起きないし、意外と獣人は優しい。なのに、団長だけは怖い。
イヴの団長克服の日々が始まる―ー―。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
【完結】番を監禁して早5年、愚かな獣王はようやく運命を知る
紺
恋愛
獣人国の王バレインは明日の婚儀に胸踊らせていた。相手は長年愛し合った美しい獣人の恋人、信頼する家臣たちに祝われながらある女の存在を思い出す。
父が他国より勝手に連れてきた自称"番(つがい)"である少女。
5年間、古びた離れに監禁していた彼女に最後の別れでも伝えようと出向くと、そこには誰よりも美しく成長した番が待ち構えていた。
基本ざまぁ対象目線。ほんのり恋愛。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
お馬鹿な聖女に「だから?」と言ってみた
リオール
恋愛
だから?
それは最強の言葉
~~~~~~~~~
※全6話。短いです
※ダークです!ダークな終わりしてます!
筆者がたまに書きたくなるダークなお話なんです。
スカッと爽快ハッピーエンドをお求めの方はごめんなさい。
※勢いで書いたので支離滅裂です。生ぬるい目でスルーして下さい(^-^;
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
婚約者の浮気相手が子を授かったので
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。
ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。
アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。
ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。
自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。
しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。
彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。
ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。
まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。
※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。
※完結しました
転生したらチートすぎて逆に怖い
至宝里清
ファンタジー
前世は苦労性のお姉ちゃん
愛されることを望んでいた…
神様のミスで刺されて転生!
運命の番と出会って…?
貰った能力は努力次第でスーパーチート!
番と幸せになるために無双します!
溺愛する家族もだいすき!
恋愛です!
無事1章完結しました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる