12 / 21
魔法使いに必要なこと
もふもふしっぽは自慢した
しおりを挟む重たそうな扉を片手で押し開けたアルフに続き、イシュカが扉をくぐると、薄暗い室内にランプが沢山灯された大きなホールへと出た。
よく見ればそのランプはどこにも繋がれておらず、ふよふよと漂っている。
しかも、人の動きに合わせて、足元を照らしたり手元を照らしたり、必要な場所へと移動していた。
ホールの中央には大きな円形のカウンターがあり、その外周には訪れた人々が等間隔で腰掛けている。
その正面に1人ずつ、協会の職員と思しき魔法使いが、書類片手に何やら説明をしたり、確認を行っているようだ。
職員は皆揃って紺色のローブを纏い、胸元に協会のシンボルマークである、羽根が描かれたブローチを付けている。
その年齢層は広く、男女比もバラバラだった。
「初めて見ると壮観だろう。」
魔法使いたちのあまりに魔法使いらしい様相に、いつのまにかポカンと口を開けたままになっていたイシュカの耳に、少し笑みを含んだアルフの声が届く。
ハッとしてアルフへと視線を向け、イシュカは頷いた。
幻想的な空間に魅了されているイシュカに対し、この空間があまり好きではない様子のアルフは、尻尾を上げて大きく振った。
キョロキョロするイシュカが迷子にならないよう視線を送りながら、アルフはホールに入ってすぐ正面に据え置かれた、四角い機械に近づいた。
それは魔法とは無縁そうな箱型の機械で、ボタンを押すと番号が印字された一枚の紙が吐き出されてきた。
その紙を持って待合の椅子に腰掛けたアルフの横にイシュカもちょこんと腰かける。
見上げた天井からはまだ弱い朝の日差しが、ステンドグラス越しに色を付けて降り注いでくる。
ここにはアルフ以外に獣人の姿は無く、アルフに気づいた人々が憚りながらも好奇の目を向けてくる。
いつの間にかイシュカはまた、険しい表情で口をへの字に曲げていた。
番号が呼び出されアルフが立ち上がると、イシュカも慌てて後を追う。
カウンターの向こうの気難しそうなおばさんは、アルフとイシュカを交互に見て、いかにもな尖ったメガネを押し上げた。
その仕草に、ローブの裾を持ち上げるアルフの尻尾がブンブンと振られた。
「黒炎のアルフだ。魔法学生を一人登録したい。」
アルフの名乗りにおばさんは驚いた様子で、チェスのポーンのような形をした金属を差し出した。
アルフはその先端に右手の人差し指を当てると、ゆっくりと離していく。
その指先と金属の間に、小さな火が揺らめいた。
そのまま指を離していくと、火は3cm程の灯火として残った。
その火をおばさんは難しい顔で凝視し、暫くしてから吹き消した。
「ここに学生の名前と住所を。」
大きな手でアルフはすらすらと項目を埋め、最後に自らの名を記した。
記入された書類を確認すると、おばさんは一枚のカードをカウンターへ置いた。
「世話になった。」
短く告げてアルフはカードを掴み、その場を離れる。
状況がわからないままに、イシュカはおばさんにぺこりと一礼してからアルフを追いかけた。
「あ、アルフさん、さっきの小さな金色のものはなんですか?」
アルフの大きな背中を小走りに追いかけながら、先程のポーンの駒のような金属について、イシュカが問い掛ける。
「あれは……身分証明とでも言えば良いかもな。魔法使いがあれに触れると、その魔法使いが持つ精霊の力が現れる。」
本当はもっと複雑な仕組みで、登録された魔法使いの中から該当する人物を導き出すくらい精巧な物なのだが、今は簡単な方がイシュカにも伝わりやすいだろうと、アルフは極力ざっくりと説明した。
「これでお前は魔法学生になった。」
精霊のいないイシュカが魔法使いの弟子となることも、まだ魔法使いの弟子であるアルフが弟子を取ることも、協会は許可しないだろう。
スキアと相談した上で、表向きイシュカは魔法使いの弟子ではなく、魔法学生とすることにした。
魔法学生は魔法の原理や魔法具作成の基礎技術を学び、将来的には魔法技師、魔法学士の職に就く者が多い。
自身は精霊を持たない場合も多く、魔法を使えなくても魔法を学ぶには、うってつけの肩書きだった。
イシュカの目的は魔法を学ぶことであり、それが叶うなら肩書きにはこだわらない。
本当は少し、大手を振って、魔法使いの弟子と名乗ることに憧れはあったが、アルフもスキアも、イシュカのために色々と考えてくれている。
その結果がこの肩書きであるならば、イシュカに異論はなかった。
その後、アルフに導かれるままに、イシュカは魔法具店へとやって来た。
店内には両親が作っていたような、美しい装飾品や触媒が並んでいる。
それらには目も向けず、アルフはまっすぐカウンターへと向かう。
店の主人は人の良さそうな笑顔で「いらっしゃい」と歓迎した。
アルフは店の主人に、協会の職員から渡されたカードを渡す。
店の主人は入り口の横の壁を顎で指した。
そこにはつば広の三角帽子がたくさん掛けられている。
「どれがいい?」
二人のやり取りを眺めていたイシュカは、三角帽子が並んだ壁を促されるままに見る。
「魔法学生の証の三角帽子だ。魔法使いで言うところのローブと同じで、それを着けていれば、お前は魔法学生なのだと、周りからも一目瞭然になる。」
魔法の世界の一員となる証。
イシュカは改めて、壁に掛けられている色とりどりの三角帽子を眺めた。
空のような青、草原のような緑、向日葵のような黄色、炎のような赤、花のようなピンクもある。
多すぎる選択肢に困ったイシュカは、助けを求めてアルフを見た。
窓から差し込む日の光を反射して、アルフの艶やかな黒鉄色の毛並みが煌めく。
その煌めきに目を奪われ、イシュカは思う。
あの輝きに、少しでも近付けるだろうか……。
イシュカは黒色の三角帽子を手に取った。
「これが良いです。」
可愛いものが好きな盛りの、年頃の少女が選ぶにはあまりに地味な色に、アルフは不思議そうに首を傾げる。
「どの色でもいいんだぞ?」
イシュカはぎゅっと、三角帽子のつばを握り込んだ。
その頬が少し赤い。
「これが良いんです。」
イシュカの迷いのない声に、アルフは頷いて了承すると、店の主人に代金を支払った。
「外に出るときは必ず被るんだよ。」
店の主人に言われ、イシュカは何度も頷いて早くもその小さな頭を三角帽子に押し込んだ。
そしてアルフへと駆け寄りぺこりと頭を下げた。
「買っていただいて、ありがとうございます。」
「……気にすることはない。」
出口へと向かいアルフが扉を開け、イシュカを先に外へと出したところで、店の主人はニコニコとした笑顔で見送りながら声をかけた。
「良いお嬢ちゃんだね。」
「……ああ。賢い子なんだ。」
イシュカを褒められたことが何故か嬉しく、閉じ掛けた扉を支え瞳を細めて、アルフは生まれて初めての自慢をした。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
騎士団長のお抱え薬師
衣更月
ファンタジー
辺境の町ハノンで暮らすイヴは、四大元素の火、風、水、土の属性から弾かれたハズレ属性、聖属性持ちだ。
聖属性持ちは意外と多く、ハズレ属性と言われるだけあって飽和状態。聖属性持ちの女性は結婚に逃げがちだが、イヴの年齢では結婚はできない。家業があれば良かったのだが、平民で天涯孤独となった身の上である。
後ろ盾は一切なく、自分の身は自分で守らなければならない。
なのに、求人依頼に聖属性は殆ど出ない。
そんな折、獣人の国が聖属性を募集していると話を聞き、出国を決意する。
場所は隣国。
しかもハノンの隣。
迎えに来たのは見上げるほど背の高い美丈夫で、なぜかイヴに威圧的な騎士団長だった。
大きな事件は起きないし、意外と獣人は優しい。なのに、団長だけは怖い。
イヴの団長克服の日々が始まる―ー―。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
【完結】番を監禁して早5年、愚かな獣王はようやく運命を知る
紺
恋愛
獣人国の王バレインは明日の婚儀に胸踊らせていた。相手は長年愛し合った美しい獣人の恋人、信頼する家臣たちに祝われながらある女の存在を思い出す。
父が他国より勝手に連れてきた自称"番(つがい)"である少女。
5年間、古びた離れに監禁していた彼女に最後の別れでも伝えようと出向くと、そこには誰よりも美しく成長した番が待ち構えていた。
基本ざまぁ対象目線。ほんのり恋愛。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
お馬鹿な聖女に「だから?」と言ってみた
リオール
恋愛
だから?
それは最強の言葉
~~~~~~~~~
※全6話。短いです
※ダークです!ダークな終わりしてます!
筆者がたまに書きたくなるダークなお話なんです。
スカッと爽快ハッピーエンドをお求めの方はごめんなさい。
※勢いで書いたので支離滅裂です。生ぬるい目でスルーして下さい(^-^;
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
婚約者の浮気相手が子を授かったので
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。
ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。
アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。
ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。
自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。
しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。
彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。
ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。
まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。
※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。
※完結しました
転生したらチートすぎて逆に怖い
至宝里清
ファンタジー
前世は苦労性のお姉ちゃん
愛されることを望んでいた…
神様のミスで刺されて転生!
運命の番と出会って…?
貰った能力は努力次第でスーパーチート!
番と幸せになるために無双します!
溺愛する家族もだいすき!
恋愛です!
無事1章完結しました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる