もふもふしっぽの永久魔法

戌彦

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魔法使いに必要なこと

もふもふしっぽは自慢した

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 重たそうな扉を片手で押し開けたアルフに続き、イシュカが扉をくぐると、薄暗い室内にランプが沢山灯された大きなホールへと出た。

よく見ればそのランプはどこにも繋がれておらず、ふよふよと漂っている。
しかも、人の動きに合わせて、足元を照らしたり手元を照らしたり、必要な場所へと移動していた。


 ホールの中央には大きな円形のカウンターがあり、その外周には訪れた人々が等間隔で腰掛けている。
その正面に1人ずつ、協会の職員と思しき魔法使いが、書類片手に何やら説明をしたり、確認を行っているようだ。

 職員は皆揃って紺色のローブを纏い、胸元に協会のシンボルマークである、羽根が描かれたブローチを付けている。
その年齢層は広く、男女比もバラバラだった。


「初めて見ると壮観だろう。」

 魔法使いたちのあまりに魔法使いらしい様相に、いつのまにかポカンと口を開けたままになっていたイシュカの耳に、少し笑みを含んだアルフの声が届く。

ハッとしてアルフへと視線を向け、イシュカは頷いた。

 幻想的な空間に魅了されているイシュカに対し、この空間があまり好きではない様子のアルフは、尻尾を上げて大きく振った。


 キョロキョロするイシュカが迷子にならないよう視線を送りながら、アルフはホールに入ってすぐ正面に据え置かれた、四角い機械に近づいた。

それは魔法とは無縁そうな箱型の機械で、ボタンを押すと番号が印字された一枚の紙が吐き出されてきた。

 その紙を持って待合の椅子に腰掛けたアルフの横にイシュカもちょこんと腰かける。

見上げた天井からはまだ弱い朝の日差しが、ステンドグラス越しに色を付けて降り注いでくる。
 ここにはアルフ以外に獣人の姿は無く、アルフに気づいた人々が憚りながらも好奇の目を向けてくる。

いつの間にかイシュカはまた、険しい表情で口をへの字に曲げていた。


 番号が呼び出されアルフが立ち上がると、イシュカも慌てて後を追う。
カウンターの向こうの気難しそうなおばさんは、アルフとイシュカを交互に見て、いかにもな尖ったメガネを押し上げた。

その仕草に、ローブの裾を持ち上げるアルフの尻尾がブンブンと振られた。

 「黒炎のアルフだ。魔法学生を一人登録したい。」

アルフの名乗りにおばさんは驚いた様子で、チェスのポーンのような形をした金属を差し出した。

アルフはその先端に右手の人差し指を当てると、ゆっくりと離していく。

 その指先と金属の間に、小さな火が揺らめいた。

そのまま指を離していくと、火は3cm程の灯火として残った。
その火をおばさんは難しい顔で凝視し、暫くしてから吹き消した。

 「ここに学生の名前と住所を。」

大きな手でアルフはすらすらと項目を埋め、最後に自らの名を記した。

 記入された書類を確認すると、おばさんは一枚のカードをカウンターへ置いた。

「世話になった。」

短く告げてアルフはカードを掴み、その場を離れる。
状況がわからないままに、イシュカはおばさんにぺこりと一礼してからアルフを追いかけた。


 「あ、アルフさん、さっきの小さな金色のものはなんですか?」

アルフの大きな背中を小走りに追いかけながら、先程のポーンの駒のような金属について、イシュカが問い掛ける。

「あれは……身分証明とでも言えば良いかもな。魔法使いがあれに触れると、その魔法使いが持つ精霊の力が現れる。」

 本当はもっと複雑な仕組みで、登録された魔法使いの中から該当する人物を導き出すくらい精巧な物なのだが、今は簡単な方がイシュカにも伝わりやすいだろうと、アルフは極力ざっくりと説明した。


 「これでお前は魔法学生になった。」

精霊のいないイシュカが魔法使いの弟子となることも、まだ魔法使いの弟子であるアルフが弟子を取ることも、協会は許可しないだろう。

スキアと相談した上で、表向きイシュカは魔法使いの弟子ではなく、魔法学生とすることにした。

 魔法学生は魔法の原理や魔法具作成の基礎技術を学び、将来的には魔法技師、魔法学士の職に就く者が多い。
自身は精霊を持たない場合も多く、魔法を使えなくても魔法を学ぶには、うってつけの肩書きだった。

 イシュカの目的は魔法を学ぶことであり、それが叶うなら肩書きにはこだわらない。

本当は少し、大手を振って、魔法使いの弟子と名乗ることに憧れはあったが、アルフもスキアも、イシュカのために色々と考えてくれている。
その結果がこの肩書きであるならば、イシュカに異論はなかった。
 

 その後、アルフに導かれるままに、イシュカは魔法具店へとやって来た。
店内には両親が作っていたような、美しい装飾品や触媒が並んでいる。
 それらには目も向けず、アルフはまっすぐカウンターへと向かう。

店の主人は人の良さそうな笑顔で「いらっしゃい」と歓迎した。

 アルフは店の主人に、協会の職員から渡されたカードを渡す。
店の主人は入り口の横の壁を顎で指した。
そこにはつば広の三角帽子がたくさん掛けられている。

 「どれがいい?」

二人のやり取りを眺めていたイシュカは、三角帽子が並んだ壁を促されるままに見る。

「魔法学生の証の三角帽子だ。魔法使いで言うところのローブと同じで、それを着けていれば、お前は魔法学生なのだと、周りからも一目瞭然になる。」

 魔法の世界の一員となる証。

 イシュカは改めて、壁に掛けられている色とりどりの三角帽子を眺めた。

空のような青、草原のような緑、向日葵のような黄色、炎のような赤、花のようなピンクもある。
多すぎる選択肢に困ったイシュカは、助けを求めてアルフを見た。

 窓から差し込む日の光を反射して、アルフの艶やかな黒鉄色の毛並みが煌めく。

その煌めきに目を奪われ、イシュカは思う。
あの輝きに、少しでも近付けるだろうか……。


イシュカは黒色の三角帽子を手に取った。

「これが良いです。」

可愛いものが好きな盛りの、年頃の少女が選ぶにはあまりに地味な色に、アルフは不思議そうに首を傾げる。

「どの色でもいいんだぞ?」

イシュカはぎゅっと、三角帽子のつばを握り込んだ。
その頬が少し赤い。

「これが良いんです。」

 イシュカの迷いのない声に、アルフは頷いて了承すると、店の主人に代金を支払った。

「外に出るときは必ず被るんだよ。」

店の主人に言われ、イシュカは何度も頷いて早くもその小さな頭を三角帽子に押し込んだ。
そしてアルフへと駆け寄りぺこりと頭を下げた。

「買っていただいて、ありがとうございます。」

「……気にすることはない。」


 出口へと向かいアルフが扉を開け、イシュカを先に外へと出したところで、店の主人はニコニコとした笑顔で見送りながら声をかけた。

「良いお嬢ちゃんだね。」

「……ああ。賢い子なんだ。」

イシュカを褒められたことが何故か嬉しく、閉じ掛けた扉を支え瞳を細めて、アルフは生まれて初めての自慢をした。
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