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めでたしめでたし 5
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「バイタル正常、脈拍安定、体温低下も正常通り」
透明なガラスの棺桶のようなカプセルに閉じ込められて、
僕はリサさんの聞きなれたチェックの声を聞き流していた。
だんだんと、眠気が襲ってくる。
しばらく味わってなかった久しい感覚。
潜る。深く深く潜る。
久しいその感覚に任せて潜る。
視界が開けたとき、僕はもう僕ではなかった。
***
「今日、遅くなるから」
そう話すのはシンヤである僕だ。
鏡に映る学生服姿の彼は、今より幾分若く見える。
「デート?」
にやにや笑う母の声。
「シンヤももうそんな歳か」
父はワザとらしくメガネを上げて涙を拭った。
「違うよ、友達と飯食ってくるだけ」
即座に否定する。
「だよね、お兄ちゃんに彼女いたら驚きだよ」
妹のユイが当然のように失礼なことをいう。
「とにかく、伝えたからな」
ため息交じりにそれだけ言い残して家を出た。
***
駅前には人が行きかう。時刻はもう七時半。
約束の時間はとうに過ぎている。
「おっかしいな?」
先ほどから携帯から電話をかけているのに出る気配がない。
「大樹のやつ、すっぽかしやがったな」
姿を見せない友人に毒を吐く。
今日の夕飯はいらないといってしまったし、どうしよう。
諦めてそんなことを考え始めるところで、
ふとこちらを見る視線に気が付いた。
黒い制服、近くの私立のものだ。
髪の色こそ黒いが、短いスカートも濃いめのメイクも、
どこか俺とは縁遠い人種に見える。
逆ナン?なんて馬鹿な事を考えていると、
目が合ってしまった。
気まずくて視線をそらす。
だが向こうはこちらが気づいたことに気が付くと
むしろつかつかと歩み寄ってくきた。
「やっぱり、水鏡君だよね」
声をかけられて、俺はキョトンとしてしまった。
「あ、その顔、覚えてないでしょ。私、去年同じクラスだったんだけど」
不機嫌そうに頬を膨らます。
俺はそう言われて、少女の顔をまじまじと眺めた。
「あっ、晴海恵美」
彼女の中に面影を感じて思い出す。
「ようやく気付いたか」
飽きれたように笑う。
「気づかないよ。お前めっちゃ変わってるじゃん」
俺の印象のなかの彼女はもう少し地味だった。
「いい意味なら許す」
いたずらっぽく言う。そういう所も昔のイメージと違った。
俺の中の彼女は、いつも一人で、誰ともつるまない一匹狼。
そんな冷たい印象だった。
「そうだな。いい意味でだよ。なんていうか見た目も。か、可愛くなったし」
最後の言葉は照れてしまう。ごまかすように頭をかいた。
「…そ、ならいいけど」
満足そうに微笑む。
「ところでここで何してるの?」
言われて思い出す。
「すっぽさかれたんだよ。夕飯一緒に食べる約束してたのに」
「それって、彼女?」
恵美は探るような視線を向けてきた。
「違う違う、大樹だよ。藤堂大樹。覚えてるだろ?」
何となく全力で誤解を解いておきたくなった。
「藤堂君?ああ、同じ高校いったんだったね」
「そうそう、その藤堂大樹」
「約束すっぽかすようなタイプなんだ藤堂くんって、意外」
確かに彼女の言う通り大樹はそんなタイプじゃない。
実際、すっぽかされたのもこれが初めてだった。
「普段はこんなことする奴じゃないんだけどな」
この場にいない友人のことを弁明する。
「それで、水鏡君はどうするの?」
「どうするかな。もう大樹が来るのはあきらめたけど、家族にはもう夕食いらないっていってあるし、適当になんか食って帰るかな」
他に選択肢はなさそうだ。
「ちょうどいいじゃん」
彼女は明るい声を上げる。
「なにが?」
「あたしも、今ヒマしてたの」
「…、なにが?」
意図が分からず聞き返す。
「そこは、食事に誘いなさいよ」
細めた目でじっとりと見られて、俺はたじろぐ。
「じゃ、じゃあ、行く?」
押されるように尋ねた。
「いく!」
晴海恵美は陽気に笑った。
透明なガラスの棺桶のようなカプセルに閉じ込められて、
僕はリサさんの聞きなれたチェックの声を聞き流していた。
だんだんと、眠気が襲ってくる。
しばらく味わってなかった久しい感覚。
潜る。深く深く潜る。
久しいその感覚に任せて潜る。
視界が開けたとき、僕はもう僕ではなかった。
***
「今日、遅くなるから」
そう話すのはシンヤである僕だ。
鏡に映る学生服姿の彼は、今より幾分若く見える。
「デート?」
にやにや笑う母の声。
「シンヤももうそんな歳か」
父はワザとらしくメガネを上げて涙を拭った。
「違うよ、友達と飯食ってくるだけ」
即座に否定する。
「だよね、お兄ちゃんに彼女いたら驚きだよ」
妹のユイが当然のように失礼なことをいう。
「とにかく、伝えたからな」
ため息交じりにそれだけ言い残して家を出た。
***
駅前には人が行きかう。時刻はもう七時半。
約束の時間はとうに過ぎている。
「おっかしいな?」
先ほどから携帯から電話をかけているのに出る気配がない。
「大樹のやつ、すっぽかしやがったな」
姿を見せない友人に毒を吐く。
今日の夕飯はいらないといってしまったし、どうしよう。
諦めてそんなことを考え始めるところで、
ふとこちらを見る視線に気が付いた。
黒い制服、近くの私立のものだ。
髪の色こそ黒いが、短いスカートも濃いめのメイクも、
どこか俺とは縁遠い人種に見える。
逆ナン?なんて馬鹿な事を考えていると、
目が合ってしまった。
気まずくて視線をそらす。
だが向こうはこちらが気づいたことに気が付くと
むしろつかつかと歩み寄ってくきた。
「やっぱり、水鏡君だよね」
声をかけられて、俺はキョトンとしてしまった。
「あ、その顔、覚えてないでしょ。私、去年同じクラスだったんだけど」
不機嫌そうに頬を膨らます。
俺はそう言われて、少女の顔をまじまじと眺めた。
「あっ、晴海恵美」
彼女の中に面影を感じて思い出す。
「ようやく気付いたか」
飽きれたように笑う。
「気づかないよ。お前めっちゃ変わってるじゃん」
俺の印象のなかの彼女はもう少し地味だった。
「いい意味なら許す」
いたずらっぽく言う。そういう所も昔のイメージと違った。
俺の中の彼女は、いつも一人で、誰ともつるまない一匹狼。
そんな冷たい印象だった。
「そうだな。いい意味でだよ。なんていうか見た目も。か、可愛くなったし」
最後の言葉は照れてしまう。ごまかすように頭をかいた。
「…そ、ならいいけど」
満足そうに微笑む。
「ところでここで何してるの?」
言われて思い出す。
「すっぽさかれたんだよ。夕飯一緒に食べる約束してたのに」
「それって、彼女?」
恵美は探るような視線を向けてきた。
「違う違う、大樹だよ。藤堂大樹。覚えてるだろ?」
何となく全力で誤解を解いておきたくなった。
「藤堂君?ああ、同じ高校いったんだったね」
「そうそう、その藤堂大樹」
「約束すっぽかすようなタイプなんだ藤堂くんって、意外」
確かに彼女の言う通り大樹はそんなタイプじゃない。
実際、すっぽかされたのもこれが初めてだった。
「普段はこんなことする奴じゃないんだけどな」
この場にいない友人のことを弁明する。
「それで、水鏡君はどうするの?」
「どうするかな。もう大樹が来るのはあきらめたけど、家族にはもう夕食いらないっていってあるし、適当になんか食って帰るかな」
他に選択肢はなさそうだ。
「ちょうどいいじゃん」
彼女は明るい声を上げる。
「なにが?」
「あたしも、今ヒマしてたの」
「…、なにが?」
意図が分からず聞き返す。
「そこは、食事に誘いなさいよ」
細めた目でじっとりと見られて、俺はたじろぐ。
「じゃ、じゃあ、行く?」
押されるように尋ねた。
「いく!」
晴海恵美は陽気に笑った。
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