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第1章 PLAYER1
眠り子の守る場所 ②
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「じゃあ、私は部屋で寝る」
ユウキ達と別れて、登録を済ませて直ぐに渡された鍵を持ってイッポリートはその場を後にした。
さて、この後どうするかという表情のベンにヘンリーが声をかける。
「ベン、せっかくだ少し話をしないか」
断る理由もなかった。共有スペースに移動したあと、二人は適当なイスに腰をおろした。
「お前とこうやって話すのも久しぶりだな」
「最後に会ったのは、いつでしたっけね」
「探窟家のお前に会ったのは、あの日以来だ」
あの日以降もトーヴァ街で彼らは何度か顔を合わせている。それを踏まえた上でヘンリーはそう表現した。彼もクズ拾いと揶揄されるベンの姿をもどかしく思って居た一人だ。
「あの日・・・ですか」
ベンは表情を暗くする。あの日、アリスターのチームが全滅した日、4層から辛くも逃げて来たベンを見つけたのは、なんの因果かまた彼であった。
「自分の判断を後悔してるか?」
「納得はしています。俺にはアリスター達を助けて自分の身も守るなんて力はなかった。あの日、あそこに俺が留まったところで死体が一つ増えただけでしょう。アリスターもそう思ったからこそ、俺に行けと指示を出した。でも、・・・後悔はしています。俺にもしもっと力があれば・・・」
「うぬぼれてんな」
沈むベンの顔に向かって、ヘンリーは短くそう言った。
「アレをどうかできる人間なんていないよ。それは例えアリスターだったとしてもな。あいつは、地龍や他の化け物とは違う。出会えば終わりだ。だから、俺たちはあいつの行動パターンや習性を学んで、出くわさないように気を配ってるんじゃないか。その上で遭遇しちまったのはあいつの『幸運』がそこで尽きたからさ」
「俺たちは、この洞窟に最も不向きな生き物か・・・」
それはアリスターの言葉だ。
「そう言うことだ。それを知っているはずのお前がその上で、アレをどうにかできたと思っているならうぬぼれ以外のなんでもねえよ」
普段は頼りになるリーダーのベンも、ヘンリーの前では導かれる側に戻る。
「お前が、また探窟家としてこの洞窟に戻って来たら言おうと思っていたことがある」
それには10年もかかってしまった。だが、一生言えないかもしれないと思っていたその言葉を言えることが嬉しい。
「俺たちのチームに入らないか。ベン、お前が優秀なのは知っている。お前みたいなやつがうちには必要だ」
ヘンリーはそう言って、手を差し出した。ベンはその手を眺めながら考える。答えはすぐに見つかった。
「ありがとうございますヘンリーさん。でも、俺・・・」
ベンのその目を見た瞬間、ヘンリーは笑った。
「だろうな。ここでお前を見かけたときに、何と無く察しがついたよ。ダメもとだが、一応言っておこうと思ってな。お前のことを評価していたのはアリスターだけじゃないってことを」
そう言って、彼は差し出した手を戻す。
「あいつら、バカで、無知で、危なっかしいけど。ほっとけないんです」
ベンは『あいつら』を思い浮かべて微笑んだ。ベースキャンプに彼らを連れてくると決めたときに、ベンの心はすでに決まっていたのだ。
「そうか、じゃあどちらが先に5層にたどり着くか競争だな。俺たちは今からライバルだ」
「はい」
力強く返事をする。
それから、ヘンリーとは情報交換をした。長らく4層に潜っていなかったベンにとってみれば、ほとんどヘンリーから情報を受け取るだけだった。それでもヘンリーは惜しげも無く自分の知っていることを伝えた。それは4層に再び戻って来たベンへのヘンリーからの花向けだ。
「ベン」
情報交換が終わった後、去り際にヘンリーは優しく言う。
「お前が後悔していようと、あのバカは後悔してねえぞ。アレに出くわした上で、お前だけでも生きて返したんだ。それがあいつの最後の『幸運』だよ」
全くどいつもこいつも、俺の『死神』を過小評価してくれちゃって。アリスターの『幸運』の偉大さに。ベンの頬はほころんだ。
******
「で? 話とはなんだ」
夜になって、自分達3人を呼び出したベンに向かってイッポリートは尋ねる。
「ここから先はこれまでとは段違いに危険になる。この先にある危険をお前達に話しておいたほうがいいと思ってな」
ベンがついて来てくれるのはここまでだと知っていた。だからこれは彼の最後の授業なのだろう。ユウキ達の顔には少し寂しさが浮かんだ。
「改まって、なんなのさ。どんなに危険だろうと俺はこの先を目指すぞ」
ユウキは自身の決意を語る。
「私もだ。私にはこの先に進む理由がある」
イッポリートのユウキの言葉に続く。そしてサトリも力強く頷いた。ベンはそんな3人を一人づつ見渡した。
「なんて顔してるんだか」
ベンは小さく笑った。
「話ってのは、あの日の事だ。俺がアリスター・ピットマンの隊のメンバーとして最後に探窟した日。そして、俺だけが帰って来た日。いつか誰かに話すだろうと思っていた。そしてお前達に話したいと俺は思ったんだ」
昨日の事のように、脳裏に焼き付いている。
「あの日俺達は、確かに5層へとつながる新たなルートを見たんだ」
3人が息を飲むのがわかった。それから彼は、あの日のことを一つ一つ噛みしめるように言葉にした。あの日、ベンとアリスターの最後の探窟の冒険譚を。
ユウキ達と別れて、登録を済ませて直ぐに渡された鍵を持ってイッポリートはその場を後にした。
さて、この後どうするかという表情のベンにヘンリーが声をかける。
「ベン、せっかくだ少し話をしないか」
断る理由もなかった。共有スペースに移動したあと、二人は適当なイスに腰をおろした。
「お前とこうやって話すのも久しぶりだな」
「最後に会ったのは、いつでしたっけね」
「探窟家のお前に会ったのは、あの日以来だ」
あの日以降もトーヴァ街で彼らは何度か顔を合わせている。それを踏まえた上でヘンリーはそう表現した。彼もクズ拾いと揶揄されるベンの姿をもどかしく思って居た一人だ。
「あの日・・・ですか」
ベンは表情を暗くする。あの日、アリスターのチームが全滅した日、4層から辛くも逃げて来たベンを見つけたのは、なんの因果かまた彼であった。
「自分の判断を後悔してるか?」
「納得はしています。俺にはアリスター達を助けて自分の身も守るなんて力はなかった。あの日、あそこに俺が留まったところで死体が一つ増えただけでしょう。アリスターもそう思ったからこそ、俺に行けと指示を出した。でも、・・・後悔はしています。俺にもしもっと力があれば・・・」
「うぬぼれてんな」
沈むベンの顔に向かって、ヘンリーは短くそう言った。
「アレをどうかできる人間なんていないよ。それは例えアリスターだったとしてもな。あいつは、地龍や他の化け物とは違う。出会えば終わりだ。だから、俺たちはあいつの行動パターンや習性を学んで、出くわさないように気を配ってるんじゃないか。その上で遭遇しちまったのはあいつの『幸運』がそこで尽きたからさ」
「俺たちは、この洞窟に最も不向きな生き物か・・・」
それはアリスターの言葉だ。
「そう言うことだ。それを知っているはずのお前がその上で、アレをどうにかできたと思っているならうぬぼれ以外のなんでもねえよ」
普段は頼りになるリーダーのベンも、ヘンリーの前では導かれる側に戻る。
「お前が、また探窟家としてこの洞窟に戻って来たら言おうと思っていたことがある」
それには10年もかかってしまった。だが、一生言えないかもしれないと思っていたその言葉を言えることが嬉しい。
「俺たちのチームに入らないか。ベン、お前が優秀なのは知っている。お前みたいなやつがうちには必要だ」
ヘンリーはそう言って、手を差し出した。ベンはその手を眺めながら考える。答えはすぐに見つかった。
「ありがとうございますヘンリーさん。でも、俺・・・」
ベンのその目を見た瞬間、ヘンリーは笑った。
「だろうな。ここでお前を見かけたときに、何と無く察しがついたよ。ダメもとだが、一応言っておこうと思ってな。お前のことを評価していたのはアリスターだけじゃないってことを」
そう言って、彼は差し出した手を戻す。
「あいつら、バカで、無知で、危なっかしいけど。ほっとけないんです」
ベンは『あいつら』を思い浮かべて微笑んだ。ベースキャンプに彼らを連れてくると決めたときに、ベンの心はすでに決まっていたのだ。
「そうか、じゃあどちらが先に5層にたどり着くか競争だな。俺たちは今からライバルだ」
「はい」
力強く返事をする。
それから、ヘンリーとは情報交換をした。長らく4層に潜っていなかったベンにとってみれば、ほとんどヘンリーから情報を受け取るだけだった。それでもヘンリーは惜しげも無く自分の知っていることを伝えた。それは4層に再び戻って来たベンへのヘンリーからの花向けだ。
「ベン」
情報交換が終わった後、去り際にヘンリーは優しく言う。
「お前が後悔していようと、あのバカは後悔してねえぞ。アレに出くわした上で、お前だけでも生きて返したんだ。それがあいつの最後の『幸運』だよ」
全くどいつもこいつも、俺の『死神』を過小評価してくれちゃって。アリスターの『幸運』の偉大さに。ベンの頬はほころんだ。
******
「で? 話とはなんだ」
夜になって、自分達3人を呼び出したベンに向かってイッポリートは尋ねる。
「ここから先はこれまでとは段違いに危険になる。この先にある危険をお前達に話しておいたほうがいいと思ってな」
ベンがついて来てくれるのはここまでだと知っていた。だからこれは彼の最後の授業なのだろう。ユウキ達の顔には少し寂しさが浮かんだ。
「改まって、なんなのさ。どんなに危険だろうと俺はこの先を目指すぞ」
ユウキは自身の決意を語る。
「私もだ。私にはこの先に進む理由がある」
イッポリートのユウキの言葉に続く。そしてサトリも力強く頷いた。ベンはそんな3人を一人づつ見渡した。
「なんて顔してるんだか」
ベンは小さく笑った。
「話ってのは、あの日の事だ。俺がアリスター・ピットマンの隊のメンバーとして最後に探窟した日。そして、俺だけが帰って来た日。いつか誰かに話すだろうと思っていた。そしてお前達に話したいと俺は思ったんだ」
昨日の事のように、脳裏に焼き付いている。
「あの日俺達は、確かに5層へとつながる新たなルートを見たんだ」
3人が息を飲むのがわかった。それから彼は、あの日のことを一つ一つ噛みしめるように言葉にした。あの日、ベンとアリスターの最後の探窟の冒険譚を。
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